第11話 J太の入院

 合格発表の日に木から落ちるなんて、そんなマンガみたいなことになり、J太は入院中だ。

 でも悪いことばかりじゃない。

 救急車で運びこまれたとき、彼女も一緒に乗り込んで、付き添ってくれたのだ。


「っつうーっ! いででで。ほんと、俺カッコ悪リィ……」

 救急車の中でJ太がぼやいたとき、彼女は

「そんなことないよ、カッコ悪いなんて思わないで」

と慰めてくれた。

「ごめんなさい、私のせいで大変な怪我をさせてしまって……あ、わたしY子っていうの。」

「お、俺はJ太。」

 J太は、Y子のオーラに若干面食らいながら答えた。

 Y子が

「はじめまして、だよね。」

と言った次の瞬間、J太は試験日のおならの件を思い出して、赤面してしまった。

 それを悟ってか、

「心配しないで、あのことは秘密にしとくからさ」

とにっこり笑うY子。


 秘密……なんていうスイートな響き……パーフェクト……ズボン破れのおっさん、ありがとう、ありがとう……


 足の痛みと夢見心地で意識が朦朧としている間に、病院に到着した。


 名声会W総合病院である。


 緊急手術を終え、疲れでぐっすり眠ったあと、病室で目覚めたJ太に寄り添っていたのは、Y子ではなく、J太の母だった。

「あれ、Y子ちゃん……」

と、寝ぼけ眼のJ太。

「は?あんた、木から落ちて頭おかしくなったんじゃないでしょうね」

「わかってるよ、母さんのことじゃないよ。あの子は?」

「もう帰ってもらったよ。可愛い子だったねー。」

「ふん……そう。」

「あっれー、すっごい寂しそうじゃん!さては惚れたな。」

「何言ってんだよ。うるせーよ。」

 ふふふと笑ってから、J太の母が真面目な顔して言った。

「J太、合格おめでとう。」

「おれ、受かってたの?良かったあー! ……あ……。」

「Y子ちゃんも合格だったって。」

「そーか! っっって、俺何も言ってねーし!」


 いつだって、母には息子の思考はお見通しだ。

 

「まったく、電話してきたときは、てっきり試験に落ちたのかと思ったよ。ほんと……ややこしい。でも……なんとか……無事で良かった……。」

 声が途中からかすれ気味になり、母の目が潤んでいた。

「心配かけてごめん。もう大丈夫だから、安心して。」

 いつになく素直な息子に、母は

「うん。」

とだけ答えて、そっと、目頭を押さえた。


 病室の窓から夕陽が差し込み、二人を優しく包んでいた。


 母は帰り際、

「そうそう、今度の週末にお見舞いに来てくれるそうよ。Y子ちゃん。」

と言い残していった。

 J太は

「ふーん、わかった。」

とだけ答えて、母の足音が完全に聞こえなくなるのを確認してから、布団を頭に被った。

「よっしゃー!!!」


 

 ……あれから約1週間。

 手術の経過も良好だ。

 足の腫れや痛みも、少しマシになってきた。

 松葉杖を使ってリハビリする日々。

 これが意外と疲れる。

 腕の筋肉痛が、予想以上だ。

 街中で見かける、ヨタヨタ歩きの老人に苛立ちを覚えた経験もあるが、そんな人達の苦労が、ほんのちょびっとだけ分かったような気もする。

 リハビリと言っても、一日数回、院内をうろうろするだけ。

 体はなまるし、話しかけてくれる人も爺さんや婆さんばかり。

 友達が差し入れしてくれたマンガも読み飽きた。


 だけど、J太は、我慢できなかった。

 顔がほころぶのを。


 ついに今日は、Y子が見舞いに来てくれるのだ。

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