深井姉弟、旅に出る。part5

「また高速乗るし時間もかかるから寝てていいよ」

「この会話さっきもしたような……?」

 姉の運転するレンタカーの助手席で繰り広げられる会話での常套句。

 ところで、もし寝るとどうなるのだろうか。二度と目を覚ます事がなくなるかも知れない。それはいくら何でも怖すぎる。

 姉の胸を眺めるという名目で事故が起きないことを祈りつつ、無理矢理起き続けた。


「やっと着いた!ゆーふいーん!」

 あーきはーばらーのリズムを湯布院でするのは無理があるだろう。まぁこんな楽しそうな姉もなかなかに貴重だ。相当来たかったのだろう。左右に揺れる姉の長い髪を見て何となく感慨深かった。


「どうして友紀那ちゃんは髪の毛が短いの?」

 今から五年以上前の話。俺が姉を友紀那と呼んでいたのも、姉がショートヘアだったのも随分と昔の話になってしまった。

「だってこっちのほうが動きやすいし」

 自分たちが住んでいる地域では運動能力がずば抜けていた姉はサッカーをやっていた。卓越した足元のテクニックに加え、圧倒的なスピードで相手を一瞬にして振り切る最高のドリブラーの姉は常に注目と期待の対象だった。そのサッカーだって俺のほうが始めたのは早かったのに……

 当時俺が立てていた姉とツートップを組むという目標は結局達成されることはなかった。姉と一緒に試合に出ることは多かったが、監督の意向で俺がトップ下に回っていたからだ。

 それでもいつか姉と……なんて思っていたら今度は姉がサッカーを辞めてしまった。

 目標を失った俺も姉を追いかけるような形でサッカーを辞めた。

 多分そこからなんだ。姉が髪を伸ばし始めたのは。

「××××××××××××××××」

 そしてその時俺は姉に何かを言ったような気がするのだが、もう忘れてしまった。


「じゃあまた後で」

「はーい」

 姉と別れてここからは一人だ。この歳になって姉と風呂に入る訳もなく、わざわざ二人でいる必要もない。混浴もあるという噂も聞くが勿論入らない。どうせ中にはババアしかいないんだから。


「このソフトクリーム美味過ぎる……」

 風呂上がりの火照った体に冷たいソフトクリームが染み渡る。こういう温泉街だと少し高く感じるが、風呂上りとなると話は別だ。価格に見合った味になる。

 さて、次はどこに行こうか。フェイスタオルとバスタオルを現地調達したので他の温泉に行くことができる。手ぶらで来て正解だったな。ある程度財布に余裕があれば手ぶらで来ることで臨機応変に対応できるし、何より移動が楽だ。まぁ新人賞の賞金がかなり消えることになるが、あまり気にしない。

「おっと良さそうな温泉があるな」

 こういうのは雰囲気で決める。まずハズレということはないだろう。

「行こう……ん?」

 その時俺のポケットの中で何かが振動した。いや、ポケットには携帯と財布しか入ってないのだから可能性は一つしかない。

「もしもし?」

『もしもし……那知?」

「それ以外に誰がいるんだよ……どうした?」

『た……すけて』

 うっかり携帯を落としそうになった。

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