姉という存在。
五年前、俺は一本の小説を書いた。内容はもうほとんど覚えていない。web投稿したその小説を音坂が読んだことで俺と知りあったんだ。その当時―小学生の俺にPNなんて概念はなく、作者名は本名だったことから同じクラスの音坂に身バレした。
「ねぇ深井君って小説とか書いてたりしない?」
「……どうしてそんなこと」
とにかく驚いたのを覚えている。
その日も放課後に音坂に捕まった。
「この前にwebで読んだ面白い小説の作者さんがね、なんとびっくり深井君と同姓同名。これって偶然かな?」
もちろん偶然じゃない。web上に深井那知ふかいなちなんて作者が二人もいないだろう。
「あの小説のどこが面白いんだよ」
自分で読んでみて面白いとは思えない。
「うーん、わかんない」
何だそれ。
「でも面白いの!」
放課後夕暮れに染まる教室で茶色く短い髪を揺らしながら笑う彼女を見て、小説のネタにできるなと思った。
「何もないな……」
ラーメンの具を見つけるべく冷蔵庫を漁ってみたが何もない。
仕方ない今日は素ラーメンだ。具が無くても美味いのがインスタントの魅力の一つだからな。
「おっ、いい匂いしてるなー」
「……!?」
ふと振り向くと俺の姉が立っていた。
どうやら自室にいるというのが俺の勘違いだったらしい。
はぁ……。
「おかえり姉さん」
「ただいま!」
その言葉を待っていたと言わんばかり返事だな。
これが俺の姉深井友紀那ふかいゆきなだ。ちなみに身長は俺より高い。
「ラーメンか。いいなぁ!」
「素ラーメンだけど?」
「溶き卵と刻みネギが入ってるのに」
「具というには少し弱い」
とはいえスープを飲む時に卵とネギがないと話にならない。そういった意味ではスーパーサブと言っても差し支えない。
「へぇーじゃあさ、私のと交換してよ」
そういって差し出してきた紙袋を受け取った。
「何これ」
「お肉」
中には飛騨牛サーロインステーキが入っていた。じっくりと焼き、ワサビ醤油で頂いた。
「ごちそうさまでした」
スープまで飲み干した姉は満足そうだった。
「お粗末様でした」
インスタントに作法なんてあるのだろうか。
「まさかインスタントラーメンがサーロインステーキに化けるとは」
世の中何が起こるか分からないな。
「私そういうお肉好きじゃないからねぇ」
「じゃあ何で持って帰ってきたんだ……」
「担当からの貰い物だし。今に時期会うことも多いしね」
恐らく、あの人からのお土産だろう。そしてそれ以上は聞きたくなかった。
「そうか……俺もう部屋戻るよ」
姉から逃げるように背中を向けた。
その瞬間姉が笑みを浮かべたんだと思う。
「アニメ化が決まったラノベ作家には色々あるんだよ」
姉はわざと俺に聞こえるよにそう言った。
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