俺の姉は先を往く。

仁瀬彩波

プロローグ

越えられない壁を神様は与えない。凄く良い言葉だと思うし、その通りだ。だがほぼ100%越えられない壁くらいならあるだろう。例えば俺の姉-深井友紀那みたいに。そう俺には姉がいる。いつだって姉は俺の先を行く。そんな姉を俺は好きになれるはずがなかった。


「現役高校生ラノベ作家かぁ。凄いねー」

 まだ夏の暑さが残る9月。放課後の教室で幼馴染である音坂榛名に捕まった。

「別に凄くねぇよこれくらい」

「はいはい謙遜しないの」

 書籍化されたことをまだ話していない。どこから嗅ぎつけんだ。

「ペンネームを見ただけでわかったよ?」

 ますます謎が深まった。俺の本名とペンネームはかけ離れている。ペンネームがヒントになるとは思えない。

「深井君の処女作の主人公」

「へぇ、よくわかったな」

 もう5年前の話なのに、記憶力のいい奴だな。

「深井君のファン第一号だからね」

 彼女は満面の笑みでそう言った。


 家に帰ると姉がいる。だから俺は帰るのが憂鬱になる。帰宅途中で遭遇しないようにわざと遠回りしたこともあるくらいだ。

 最近は下校時刻を遅らせ、遭遇を防いでいる。

 当たり前のことだが、姉と一緒に住んでいる。つまり会わないように努力しても家で鉢合わせてしまう。

「……ただいま」

 返事はない。2階の自室に篭っているのだろうか。その方が俺にとっては都合が良い。

 ちなみに俺の部屋は姉の部屋の向かい側だ。

「さて、書くか」

 PNペンネームは加賀司。5年程前に書いた小説の主人公の名前と同じ。

 パソコンを立ち上げ、原稿の続きを執筆する。

 俺みたいな新人作家は浮かれていられない。確かに書籍化が決まった時は喜んだが、あくまで通過点。俺はラノベの歴史に名前を残すような作品を書かなくてはならないんだ。


「今日はこれくらいで……」

 取り敢えず一段落。こんなものだろう。

 時刻は午後7時。飯にでもするか。

 1階のリビングに人の気配はない。インスタントラーメンでも作って自室に戻ろう。

 栄養が気になるが、何かを作ろうと思うと途端に面倒くさくなる。まぁラーメンは美味いから良いんだけどな。

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