第14話
教室には一人の女生徒が文庫サイズの本を読んでいるのが目に入った。というよりもその人しかいなかった。
閑散とした部屋で一人本を読む少女。髪は黒髪ロング。少し吊り上がっている目が女性らしいクールさを感じさせる。
本を読む姿勢もそれを物語るように整っていた。
悪くいってしまえば孤高の人なのだろうと巧は勝手に想像してしまう。
「あれ、珍しいこともあるわね」
俺に気付いた女生徒が開口一番そんな言葉をかけてくる。そんな言葉が先に出てくるくらいにここには生徒が来ないのだろう。
彼女が孤高に思ってしまったのもそういうことが彼女のクールさに磨きをかけてしまっているからかもしれない。
「ああ、今日から転校してきたんだ」
「そう」
彼女は興味なさげに再び目線を本に落とす。
「…」
「…」
沈黙が続く。
本当ならば、自己紹介くらいするようなものだが、本に集中しているのを邪魔したくはないと思った。
気を使って彼女を見るのではなく、窓際の席に座り窓からの景色を見ていた。
仮想空間とは思えないくらいの普通の風景、夕日がさしかかっている景色と周りに広がる住宅街。
どこにもおかしなところなど巧には分からなかった。
「景色、好きなの?」
不意に彼女から声をかけられた。どうやら、本を読み終わったようで、目線は完全にこっちを向いていた。
「いや、ここは仮想空間なんだよなと景色を見ながら言い聞かせてた」
「よく出来てるわよね、ここ」
「ああ、俺もそう思うよ」
「私は
「お、おお。俺は鳴沢巧だ」
突然の名乗りに戸惑いつつもお互いに名乗りあった。
俺の名前を聞いた千里はうんと頷いた。おそらく、よろしくということなのだろう。
「ここのことを教えてくれないか。転校したてでよく分からないんだが……」
「先生に聞いたんじゃないの?」
「確かに概要は聞いたけど、夜来目線で聞いてみたいんだ」
俺は夜来の横の席に移動しそう切り出す。正直、話の種的な手段にここの状況はうってつけだ。話し下手の俺でもつかみは行けたんじゃないかと思う。
「分かった。でも私目線だから、正直合ってるか自信ない」
俺は「それでもいい」と言って話を促した。
「……あれの原因は生徒の誰かがサーバーを乗っ取ろうとしたことだと聞いてるわ」
「いきなりそこからいくのか…」
「え? なぜここは閑散なのか私目線で知りたかったんじゃないの?」
「いや、それもあるんだけどここが設立されたいきさつだとか、夜来がここに通う理由とかが聞きたいなって思ってさ」
俺の回答に明らかに俺に対する警戒度が上がる千里。どうやらナンパでもしてるのかと思われたらしい。「体目当てなの?」とか言われた。んなわけない。
「私がここに来る理由は………」
ため息をついた後、千里は
誰かしら言えない事、言い出せない事、言いづらい事があるのだろう。
これは……多分迷ってるんだ。
千里は思案するようにキョロキョロと首を動かしている。
「別に無理に言うことはないぞ」
「え」
俺の言葉に千里は困ったような表情を見せる。気を遣われたと思われたのだろうか。
「また言いたくなったら話してくれればいい。それを無理矢理聞いたところで、俺は別に得しないし」
「そう……」
言った後でキザすぎると思い慌てて千里から目を離す。
普通ならキモとか思われても仕方のないセリフな気がして恥ずかしくなる。
「私がここにくるのはちょっとは変われるかなと思ったからよ」
「……」
「人とのコミニュケーションが苦手でいつも……こうやって本ばかり読んでた。本は私にいろいろな感情を湧き上がらせてくれる」
そう言って、しまった本を取り出して読むふりをして見せる。
その時には逸らした視線を元に戻した。真剣に聞かねばと思ったからだ。
「それだとダメだ…なんてことは当然分かってた。本に没頭するのは逃げなんてことも。そんな時に母親からこの学校への転校を提案されたわ」
出した本を再びカバンにしまった。
「環境を変えれば友達ができると思った?」
否定の意味ではなく、純粋にそう聞いていた。彼女は俺の問いに頷いた。
「最初こそうまくはいかなかったけど、徐々に話せる子が増えてきたわ。それに喜びも感じてた」
「そこに事件が起きた…と」
「そう。せっかく仲良くなれたと思った友達と……私は思っていたけど……」
「会えなくなってしまった…」
「ええ」
『それか!』
「はぁ⁉︎」
突然、頭の中なのか声が聞こえて辺りを瞬時に見渡す…が、誰もおらず千里からは「急にどうしたの?」と言われる。
「いや、よく分かんないんだけど……急に−」
「ごめんごめん、こっちから声が聞こえるようにしてるんだ。声でわかるだろ?新だよ」
声の主は確かにあの研究員の鳳新だが、どうにも実体が視認できないと少し気持ち悪い。
『ここから話すことに返事してはいけないよ。君はあくまで夜来千里と話をするんだ』
「……」
「急に、何? なんか不具合でも起きてるの?私は何ともないわよ」
完全に心配されてしまっていた。俺が夜来を裏切るのは心が痛むが仕方ない。
「あ、いやさっきまでノイズみたいのが急に聞こえてきたんだけど直ったみたいだ。心配かけてすまん」
「いや、別に心配なんてしてないし……」
そう言って軽く頬を染め視線をそらす千里。顔に出やすいタイプなんだなと巧は思った。
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