第4話

 あれは五月の半ばのことだったと記憶している。

 朝、普通に眠い目をこすりながら重い身体を学校に向かって引きずっていた時のことだ。


「あー、ねむ……」


 俺はかなりの寝不足だった。と、いうよりもほぼ一睡もしていない。


「まじ、攻略する選択肢ムズ過ぎんだろ……一通りしか正解がないのはやば過ぎんだろ……結局攻略見る羽目になったし……くそ」


 そう。昨日は楽しみにしていた恋愛アドベンチャーゲームの発売日で発売した瞬間に一人を攻略しに行った結果、思ったほど時間がかかってしまったのだ。

 いわゆる俺は“オタク”なのだ。ジャンルは恋愛系。特に純情系ばかりをやっている。

 しかし、高校生の俺にとってそうやすやすとゲームを何本も買えるわけもなく、今回のは久々に有名どころから出た恋愛アドベンチャーゲームを買ったというわけだった。

 今回のこの『クレナド』は実はもう先にエロゲー版が出てからのコンシューマー版という形であった。


「本当ならそっちの方が安くていいんだけどなー」


 ネットで調べるとそういう形態のゲームはエロゲ版の方が値段が落ちており、中古であれば二、三千円で買えるという安さだ。もちろん、例外はあるが。

 しかし、それには十八禁という障壁がどうしても突き刺さる。

 俺は今高二だから、買えないのだ。

 こればっかりは仕方がなく、ただただコンシューマー版を待つのみである。


「まあ、分かっちゃいるんだ。仕方ないって……」


 再び欠伸を堪えながら学校の門をくぐった。





 学校では特段面白いということのお話はない。

 ということで割愛。


「じゃあ、ホームルーム終わり!」

「きりーつ。礼」


 ホームルームが終わった頃。他の皆は隣のやつと駄弁る者、部活へと急ぐ者、と様々ではあるが、俺はカバンを持って下駄箱へと向かった。

 そう、帰るのだ。別に部活は一年で辞めたし特に勉強するという時期でもないから学校に残るという選択肢は無い。

 けれども特段ぼっちというわけでもないと自負している。


「じゃあなー巧」

「おう」


 こういう言葉を掛け合うようなクラスメイトは存在している。

 けれども、その者たちを『友達』と呼ぶにはいささか失礼というやつだろう。

 なぜならば俺はそこまで彼らに何かしたことはないからだ。別に宿題を見せたとか、何か恩を着せるようなことをしたことはない。

 別にそんなくらいで現実リアルはいいだろう。

 そんなこんなで下駄箱を開け靴を取り出し、家路に着くため歩き出した。

 校門をくぐり、まっすぐ帰り道を一人で歩く。

 この時には俺の頭はゲームのことでいっぱいだ。どんな話なのだろうか、というワクワク感で足が進んでいたように感じる。


「すみません。ちょっといいですか?」

「は? え………ええ……」


 いきなり声をかけられて、驚き反面身構えた。こういう時に声をかけるのは面倒ごとでしかない。ただその面倒ごとがどの程度かでうんと言うか、いやというかを決める。


「いきなりですけどこういう者です」

「はぁ……どうも……」


 話が長くなりそうだと少し眉がつり上がったが、一回で収めた。

 渡された名刺には国立研究センター という文字と鳳新という名前があった。

 取り敢えず、国立とつくからにはやばい相手ではないんだろうと少し肩の荷を落とした。


「実は君にアルバイトをしてみないかという提案をしに来たんだ」

「アルバイト? どんなですか?」


 いきなりの提案だった。国立という文字ですっかり警戒心を解いてしまっていた俺はその話に食いついてしまった。

 想像できるのは研究というからには何かの実験の被験者なのかなと俺は思った。何かの薬のモニターになるとかは時給が高いのではと安易に想像力を膨らませていた。

 そうなれば、俺のやりたかったゲームが一気にできるんじゃないかと頭の中はムフフ状態だった。


「それはね……」

「ム!? あぐっ!?」


 口を塞がれ、意識を奪われるという思いと途切れそうな意識の中でとてつもない後悔がのしかかってしまった。

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