三日目:忌願成就
私は、生きていたいだけでした。
ただただ願い続けました。
つよくつよく、生きていたいと願いました。
お父さんもお母さんも諦めて、お医者様も、神様も、誰も助けてくれませんでした。
だから、私は私を助けます。私は私の願いを叶えます。それが私の願いです。
私の願いは、私です。
*
私は、いきなり困った状況に置かれていた。なんていうか、こう、娘に浮気がバレたみたいな感じの気まずさ。これから俺どうなるんだろうなーとか、もうこの際どうにでもなれーとか、そういう反省と困惑と後悔と諦観と、そしてちょっとした愉快さの混ざったこのきもち。大切にしたい。
大体さ、この冒頭からピンチっていうか、最初からクライマックス?みたいなの、もうだいぶ使い古されてきてない?今更こんな演出、どうかと思うよー。もっとこう、叙述的な、しっとりした導入とか、緻密な世界観描写とか、今時そういうのが流行りだと私は思うのだ。
だから、そう。
今私が置かれている状況は、シリーズモノの執筆の期間が空いてしまったことによる、一種のバグ、或いは筆慣らし、そういった、いわゆる何かの間違いなのではないだろうか?私の目の前の光景は幻で、実は私は、津雲探偵事務所の古びた素敵なソファに腰掛け、愛らしく微笑むハイカラな女学生と珈琲を飲みながら、理知的な会話を、熱く、そして和やかに、繰り広げているのではなかろうか!?
『ないない、ないから、それこそ幻想だから。あとそんな光景過去にもないから。百歩譲っても主殿が飲んでるの珈琲を魔改造したシロップだから。現実を見よう。あといい加減毎回導入なげーなオイ!』
そんな無慈悲な声で、私は嫌々、ようやく現実に目を向けたのだった。
私を待つ現実。つまり、目の前の少女。と、その足元に倒れ伏した、もう一人の『私』。
『私』は死んでいる。それは明白な事実であり、なぜかといえば、彼女の手は自らの胸に突き入れられ、そしてその心臓を握りつぶしているからである。これはまあ、間違いなく死んでいる。
私にとって問題なのは既に事切れた『私』ではなく、『私』と私を見て、見つめて、驚愕に凍りついている一人の女子高生だった。黒髪ショートで小柄でボーイッシュ、しかしカチューシャが短めのスカートと相まって女の子らしいアクセントになっている。胸はいい感じの平坦。肩には小さな悪魔が座っていた。
少女は、目を見開いてよろよろと数歩後ずさり、囁くような声音で言った。
「……ひとごろし」
「…………。」
まあ、状況的に仕方がないことではある。当たり前に学生服の少女に対し、私はというと、学校内部であるにも関わらず、白いシャツに、揃いのジーンズのパンツとジャケットというラフスタイルで、更に、これが致命的であるのだが、日本刀を携えていた。
死体を前にドス持って立ってるとか。
もはや現行犯である。誰だってまずそう思う。ただ、弁解させてもらうなら、よく観察すれば倒れた『私』は自分で自らの心臓を潰して死んでいるし、そもそも私の刀に血は付いていないので、冷静になって見れば私が『私』殺しの犯人でないことは明白……、な、ハズだ。
そういった諸々の事情を少女に説明し、濡れ衣を晴らそうと試みる為に口を開いた、まさにその時。
「待って、マスター。落ち着いて。まず、マスターのお友達の致命傷は刀傷じゃない。自分で自分の胸を貫いている。状況的に自殺よ。それに、そこのそっくりさん、返り血を全く浴びてない。状況的に見て、マスターのお友達を殺したのはその人じゃない」
少女の肩からふわりと飛びたった悪魔が、私の言いたいことを代弁してくれた。そうそう、私はなんにも悪くないんだよー。
「……まあ、あくまで常識の範囲で、って話だけど。そこの人が魔法使いで、マスターのお友達を操ったりしたなら話は別だし、間違いなくその人は一般人じゃないし、つまり、一番クロいのはそこのアナタなんだけどねー」
……私はしたり顔でもしていたのだろうか。緩んだこちらの心を読んだかのように、悪魔は流し目を送ってきた。
「待て待て待て。これは事故、事故だって。コイツは自殺、オレはそれに立ち会わされただけだって」
たまらず、私は自己弁護を始める。この、間違いなく主より頭の回る悪魔に、これ以上こちらの事情について看破される訳にはいかない。ひとまずは最優先機密を守る為に、手に持ったままだった刀を納刀した。ベルトの背中側に鞘を挟み込み、敵意が無いことを示す為に手を肩の高さに挙げた上で、ようやくショック状態から抜け出し始めた顔面蒼白な少女に語りかける。
「まずは一個めの勘違い。そいつを殺したのはオレじゃない。正真正銘、そいつの自殺。証拠に、オレは返り血を浴びてないし、魔力使用の痕跡も残ってない。そこの悪魔殿ならすぐわかるはずだ。そいつはそいつ自身の意思で、そいつ自身の手で死んだ。天に誓って、オレは殺してない」
殺す予定ではあったんだがな、という一言は胸中で呟くだけに止める。要らないことは黙っているに限る。
「で、もいっこ勘違い。君が友人と認識していたソレは、そもそも人間じゃないし、生きてもいない。これは私の式神なんだ……まあ、めっちゃコストかかってるやつだけど……自立稼働式は維持が大変なんだ……。まあ、ともかく、これは偵察機だったワケだが、私がこの式神から情報を回収したタイミングで、なんらかのバグを起こして自壊してしまった。そういうわけで、私は殺人事件を起こしたのではなく、触ってないのに壊れたマシンを前に途方に暮れてるってわけだ」
なるべく簡潔に、なるべく淡々と。この少女に見つかった以上、どのみち穏やかには終われないのだから。
「え……でも……」
少女は呆然と呟く。
「でも……あの子はずっと……入学してから友達で……」
「それは暗示だ。現にこうして壊れた今、君の記憶にこれと過ごした過去の記憶はないはずだ。だって、これは最初からこの学校における異分子だからね。これが運用されたのはおよそ3週間。その間、これに対して周囲に疑念を与えないようこの学校そのものに暗示の術式を施した。これは諜報以外の行動はしないし、他人と関わることもないから、活動停止後はこれに関する記録をこの場所から消去して、それで終わりのはずだったんだが……」
私はそれの残骸を見遣った。
「……何の間違いか、これは独自の自意識を獲得したようだ。君を含め、何人かと諜報目的以外で、自発的に関係した形跡がある。で、これは上手くないとオレ自らこれの回収に当たった訳だが」
これは私と相対すると、私が何か行動するよりも先に、寂しげな笑みを浮かべて自らの胸部に手を突き入れ、心臓を掴み出して死亡した。
元より情報を吸い出した後は速やかに自壊命令を出し、機能を停止した後に完成破壊した上で廃棄する予定だった。
たとえ駆体が破損したとしても、記録情報を吸い出す分には何も問題がない。 この駆体の……彼女の自殺には、何の意味もない。
「それ故に、理解できない。自我があったのなら、自死が無意味であることは明白だったろう。オレとの対話を試みる方がまだ生存の可能性があっただろうに」
改めて、残骸を見下ろした。既に役目を終えたそれは、寂しげな、それでいて満足そうな笑みを口元に残したまま果てていた。
死して屍を晒し、あまつさえ安寧を得るなど同じ外見のものとして腹が立つことこの上ない。次に作る時はもう少しデザインを考えようと思う。
「そんな……そんなの……」
少女は声を震わせて何かを言おうとして、結局何も言えずに口をつぐんだ。
「『あなたが何なのかは知らないが、その子は確かに私の友達で、ついさっきまで一緒に喋っていたんだ。だのにそれを、何だかよくわからない理由で、よくわからない理屈で、いきなり使い捨ての道具みたいに言うなんて酷いじゃないか、あんまりじゃないか』」
少女の目が見開かれる。それを見て、たまらず唇の端が歪んだ。
「……まあ、君が言いたいのは大体そんなところだろう。うんうん、その『私』はさぞ君たちと楽しく仲良くやっていたんだねえ。でも残念ながらそれももうお終いだ。もうこんな所に用はなくなる。私もこれ以上迷惑は掛けずにさっさと退場するからさ。ああ、申し訳ないと思っているよ、当然。だからお詫びにここを離れる前に、こいつの記憶は綺麗に消していってやるよ」
なんて。八つ当たりも甚だしく、少女に一方的に告げる。私は深みにはまりそうな思考を、頭を振って断ち切り少女に向き直った。
「とにかくそういう理由だ。ショックなのはわかるがこちらも仕事でな、いろいろ面倒なんだ。わかってくれよ」
少し、話し過ぎたと反省する。もともとこの『特殊症例』と『自律稼動型』にはあまり接触したくなかったのだ。もう一人の自律稼動型とその保有者が居なかったのは幸運だったが。
少女は、何処か諦めた表情で黙ったままでいた。嫌な目だ、と思った。まるで、知り合いが突然居なくなることに慣れているかのようなその諦観を、けれど私には追及する理由などなかった。
黙り込んだ少女の前で、その残骸の上にかがんで手をかざし、情報を吸い出す。残留思念めいた記録を、然るべき媒体に流し入れ、私は立ち上がった。
殺人姫の砂糖壺 玉簾連雀 @piyooru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。殺人姫の砂糖壺の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます