二日目:自傷他傷

「あ〜、誰か爆発して死なないかな」

『馬鹿なの?』

 私、櫻木冥天さくらぎみそらは、とある学校のすぐ側の道路のガードレールにもたれて、某有名ドーナツチェーン店のドーナツを食べている。そして、相棒の日本刀とやる気のない会話をしていた。

「いやー、このオレ様ちゃんをこれだけ退屈させてるんだからね。そのぐらいしてもらわないと」

 私の言葉に、愛刀――疾風刀――は、心底うんざりした様に言った。

『いや、名前も知らぬ通行人Aさんに八つ当たりしても、退屈しているのはミソラ自身だ。それは自分でしか解決できまいよ』

「そーなんだけどさぁー」

 そんなことは分かっている。分かった上で、文句を垂れているのだ。むしろ、分かっているからこそ、こうして悪態をついているのかもしれない。

 まあなんにせよ、付き合わされる方はたまったものではないだろう。

 そんな諸々の憂鬱を、ため息にして吐き出した、そのとき。

「……おでましだぜぇ」

 私の、このどうにもしようのない鬱屈の、元凶の一部が校門から出て来た。

 空になったドーナツの袋をポケットに突っ込んで、ガードレールから身を起こす。

「さぁて、楽しく二人でランデブーと行こうじゃないか」

 私が呟くと、疾風がぼそりと応えた。

『知ってるか?殺人と浮気は重罪だぞ』

 *


 先程、校門から出て来た少年は、そのまま駅に向かわず、ひと気のない路地へと入って行く。こちらとしては好都合なので、あえて声は掛けずにそっと後をつけた。

 少年が立ち止まったので、こちらも足を止めて様子を伺う。

 少年は、肩に掛けていた通学カバンから、小さなカンを取り出した。さらに、そのカンを開けて絆創膏を何枚か出す。それらは、無視出来ない程度の魔力を帯びていた。

(ビンゴ、だな)

 間違いない。あれが、今回の獲物……『マジックアイテム』保有者だ。

 マジックアイテム。ヒトの、願い……もとい、欲望のカタチ。単なる魔力の塊が、歪められて姿カタチを持ったもの。

 今回の私の仕事は、そのマジックアイテムについてのデータ収集、だった。

 気配を消したまま、少年に近づく。そして、後ろから肩にポンと手を置いて一言、

「やあ!」

「うわあぁぁぁっ!?」

 うん、いい反応だ。このぐらいのリアクションがあると、わざわざ隠密行動した甲斐があったというものだ。

「なっ……!誰っ!な、何⁉俺なんかしたっ⁉」

 お。

「怯えてる怯えてる。ちょーカワイイなァ♪」

「ひぃぃぃぃっ‼」

 ニヤリ、と笑ってやれば、面白い程に怯えた。まるで肉食動物に狙われた小動物の様で、私の嗜虐心が煽られまくる。許されるならこのまま喰ってしまいたいが、残念ながらそういうわけにも行かない。悲鳴を聞きつけられるのは厄介なので、人除けの呪符をこっそり落として、少年に話しかける。

「やあ。少年、そんなに怖がらなくていいよ。見た通り、怪しいもんじゃない」

『いや、その台詞からして既に怪しい!というか、怯えてるの明らか楽しんでるだろう!胡散臭さすぎるわ‼』

 ……肩に袈裟掛けにしたケースから、愛刀の私にしか聞こえないツッコミが聞こえた気がしたが、あえてスルーして。言葉を続ける。

「オレはね、ちょっとしたお仕事で今ここにいるんだ。つきましては、君のマジックアイテムを、ちょーっと、見せてもらえないかな?」

「――――っ‼」

 マジックアイテム、と言った瞬間、少年は顔色を変えた。ここまで来れば、この少年がマジックアイテム使いであることはまず間違いない。

 と、いうか、少年の余りにわかりやすい態度に、いささか拍子抜けした。前回の判定者が、やたらと手強かったせいかもしれない。だが、それにしたって無防備すぎる。

(まあ、何にせよ……)

 思考を切り替える。少年の態度についてあれこれ考えても仕方がない。それよりも、直接マジックアイテムを確かめた方が早い。

「素直に見せてくれんなら、おねーさんご褒美あげちゃう♪……だが、もし見せたくねぇってんなら……わかるな?」

「〜〜〜〜っ‼」

 少年の耳元で、誘惑だか脅しだかわからない言葉を囁く。すると少年は、体を跳ねさせて私から距離を取った。わかりやすい反応は可愛い程だ。だがまあ、それを理由に仕事を滞らせる訳にもいかない。

「あ〜、ゴメンな〜」

「あっ……」

 一応、断りを入れてから少年に当て身を食らわせ、一瞬で意識を奪う。小さく声を上げて、くたり、と動かなくなった体を地面に横たえ、彼の持っていた絆創膏を取り上げてしげしげと眺める。

 変わった模様で装飾されている以外は、至って普通の絆創膏。少し大きめの、長方形のものだ。

「『痛みを共有する』だっけか」

 一体何の役に立つ能力なんだろう。全くわからない。

「まあとにかく、情報転写コピーっと」

 写し記録する能力。私の持つ聖典……最強の魔導書の、本来のチカラ。これのおかげで、私は他者の模倣と、物事の記録に関しては困ることはない。

 だがそれも、決して便利なだけではないが。

「……完了、と」

 無事に記録を終え、少年に向き直ろうとしたとき。

「え?」

 首筋に何かが触れた。驚きと共に上げた視線の先には、絆創膏を手に立ち上がった少年。

「返せ……ソレを返せ‼」

 さっきまで気絶してたクセに、と思わす言いたくなるほど素早い動作で、少年は隠し持っていたナイフを振り上げ、

「ばっちこい!」

 私は正面から構え、

「うわあぁぁぁぁぁっ‼」

 絶叫と共に、彼は自分の右腕に突き刺した。

「……ってなにぃィィィイ⁉」

 うん、何というか、ちょっと予想外でした。やる気満々で構えてたのに。そのまま少年は傷を押さえてうずくまる。割りと力いっぱい突き刺していたので、さもありなんとは思う。

「……いや、何?新たな降参リザルトのカタチをクリエイトする会?」

 思わず、冴えないツッコミをしてしまう。正直、意味がわからない。謎の自傷行動を取っ少年は、ポカンとする私を見て、何故か私以上に狼狽した。

「な……な、何で……?」

「……あ」

 そこで私は思い出す。この少年のマジックアイテムの能力を。

 さっき触れられた首筋に手をやる。すると、ソレは確かにそこにあった。

 私の首筋に貼られた絆創膏。これを貼られた者は、持ち主と双方向の痛覚の共有をする。

「どうして……効かない⁉」

 それならば。彼の狼狽にも納得できよう。マジックアイテムを使われた私は、今右腕から血を流している彼と、同じ痛みを感じていなければならない。

 しかし。

「残念だったねぇ」

 痛みなどそんなもの、私にとって何の障害にもならない。

 唯一の防衛手段を失った少年は、右腕を押さえたまま、呆然とこちらを見ているだけだった。私が彼に向かって足を踏み出すと、その表情は絶望に染まっていく。

 いい顔だ。このまま踏みにじりたくなる。やはり、他人の不幸と絶望は素晴らしい。思わず唇の端を吊り上げる。

「……いい顔。どうやって可愛がってあげようか……?」

 少年は、逃げることも出来ずに私を凝視する。彼の間近に立って、うずくまる姿を見下ろす。もう一度、その絶望を味わってから、彼に手を伸ばした。

「……ッ‼」

 固く目をつぶった少年の、傷付いた腕に触れる。押さえる手を退けて傷をなぞれば、彼が痛みに体を震わせた。

「……えいっ」

 軽い気合いと共に、その傷を自分に移す。現象としては、少年の傷が、まるで最初から無かったかのように消え、それと同時に、私の右腕から鮮血が飛び散った。

 さっきまで彼のものだった傷口から、ぼたぼたと血液が流れ出す様を、どこか他人事の様に眺める。その傷も、しばらく眺めているうちに、だんだん閉じていき、最後には血痕だけを残して完全に消えた。

 少年は、呆気にとられている。いいマヌケ面だ。

「え。え?」

 その顔を見て、少しだけ故郷に置いてきた彼を思い出した。そういえばあいつも、血濡れた私を見て、よくあんな顔をしていた。

 思いがけず取り戻した記憶のカケラに満足して、このまま少年を助けてやらないこともない、という気分になった。相変わらず困惑している彼に声を掛ける。

「いやー、お疲れ。でも戦法としては駄目駄目だねぇ。そんなんじゃすぐ死んじゃうよ。そもそもソレ、戦闘向きじゃないよねぇ」

 私としては精一杯人の良い笑顔を浮かべているつもりなのだが、少年は何故か怯えた表情でこちらを見上げている。一体、私は彼を怖がらせる様なことをしただろうか。

 ともあれ、助けると決めたからには、彼がこんな歪な願いマジックアイテムを生み出すに至った経緯を知る必要があった。

「まあ、取って食ったりしないからさ。今はお腹空いてないし。ちょっと話そうか?」

 笑顔で言えば、少年はカクカクと頷いた。

 だから、そんな怖がる様なことはしてないと思うんだけど、なぁ。


 *


 いくら人通りの少ない路地裏とはいえ、全く人が来ないはずもない。よって、右腕を血まみれにした少年少女がサシで話しをするためには、先ほど私が張った人払いの結界を、再び強化して編み直す必要があった。数枚の呪符を魔道書から取り出して、とりあえず半径50メートルほどの範囲で結界を張る。これだけ空間をとれば盗聴の恐れはないだろう。

 ただ、盗み聞きは人間の専売特許ではない。念の為、普段使うものより数ランク上の強度にした。今回はブツがブツなので、用心するに越したことはない。

 下手を打てば、一連の事件の元凶様がお出ましにならないとも限らない。

 結界の維持が普段よりきつい為、さっさとカタをつけることにする。

「それじゃ、オレも忙しいんで単刀直入に聞く。お前、コレ誰からもらった?」

 まずは確認から。この事件の大元……最低最悪の『魔女』について尋ねる。マジックアイテムをバラ撒いているのはこいつなので、この少年が接触している可能性は高い。奴をしばき倒すのも、私が例の彼女から依頼された仕事の一部だ。手掛かりは大いに越したことはない。

 そんなこちらの思惑など知るよしもない少年は、怯えながらも真っ直ぐこちらを見て答えた。

「トキムラと名乗る女性だ。俺がこの力を使うことで、自分が救われることにもなると言っていた」

「なに……?」

 予想外の名前が出てきた。まさか、彼女がそんなことにまで手を染めていたとは。心中で舌打ちして、更に少年に尋ねる。

「オーケイ。とりあえず、その女は大丈夫だな。少なくとも、いきなりぶっ殺されることはないから安心しろ。で、次だ。お前、その力を使ったな?しかも、結構な規模で」

 私が二つ目の質問をした途端、少年は泣きそうな顔になった。

 こちらで任務に取り掛かってから、私は式神を使役して情報を仕入れている。前回、直接学校に乗り込んで痛い目を見たので、それからは人型の式神を校内に侵入させていた。

 そこから得た情報の中に、最近不登校気味の生徒と、その周辺で起きた不可解な事件があったのだ。彼のマジックアイテムを知ってから、薄々怪しいとは思っていたが、どうやらビンゴらしい。

「あんたの周りで、教員が何人か、原因不明の痛みを訴えて入退院を繰り返してる。あれは、お前の仕業なのか?」

 あえて、断定せずに尋ねる。この、今にも泣きそうな少年の傷は、それなりに深く、こちらの一手でたやすく壊れかねない。

「……あいつらは……俺なんて、見ていない」

 少年はしばらくの沈黙の後、ぽつりと、独り言のように言った。実際、それは独白だった。他でもない、誰でもない、どこにもいない私しか、彼の言葉を拾わない。

 ないない尽くしの独白は、切れぎれに続く。

「俺が結果さえ出せばいいって、そう思ってる。教師も、両親も。だから、俺はいらない。だって、結果だけなら誰だって変わらない……」

 話は長くなりそうだ。

「もう、疲れたんだよ。成績トップで今の高校に入学して、今までずっとトップであり続けた。部活だって努力して、大会で入賞だってした。なのに、誰も俺を見てくれない!俺の成績ばっかり見て、俺がどんな人間なのか知ろうともしない!」

 だんだん、声が大きくなっていく。なんとなくお腹空いたなーなんて考えていたので、ちょっとびっくりした。

「友達と遊ぶ暇なんかなかった!自分を犠牲にして結果を出したところで、見返りなんてなかった!あいつらにとって、俺なんていなくても良かったんだ!結果さえあれば良かった!なら、もういいだろ?俺だって、普通に学生したいんだよ!そのために、俺を見なかった奴を黙らせて何が悪い!?」

 激昂していた少年は、それだけ言うとぼろぼろと涙を零した。

 そして、私は彼に問う。

「で?」

 彼は、怪訝そうに顔を上げて私を見た。私は続ける。

「それで、何が問題なんだい?君はどうして苦しんでいる?」

「……は?」

 少年は惚けたような顔をした。驚きの余り、決壊した涙も引っ込んでいる。

「友達がいなくても死にはしないさ。今日び、親教師を放り出して家出して、路頭に迷ったって飢えやしないだろ。そもそもさぁ、」

 投げ出すように言葉を並べ、一度、息を吸った。

「自分は他人にとって不必要なんて、当たり前のことじゃないか」

 彼は、根本から勘違いしているのだ。誰にも見られないなんて、当然だ。一人ひとり、一つひとつの個体である限り、決して他の相手を理解することなど出来ない。


 人は、


「あんたがあんたを理解しない、できない人間に自分と同じ痛みを与えたとして、それはその時点で既に『痛みを与えた他人の痛み』で、自分の感じた痛みとは別物に成り下がっている。他人と痛みを共有できない以上、あんたの行為はただの自傷だ。他人を傷つけようとして、自分の傷を増やしているだけだ」

 どれだけ自分を傷つけても、その痛みを人に感染うつしたとしても、自分の痛みは、自分のモノでしかない。

「あんた……お前の願いは、最初から、だったんだよ」

 結局、その一言が決め手となった。

 少年はその場で膝から崩れ落ちた。光を失った瞳は、ただぼんやりと虚空を見るだけ。

 無理もない。全てを投げ打つ覚悟で取り引きした悪魔は、自分の望みなど叶えることができないモノだったのだから。

『それを自覚させたのは、どこの誰だったかな』

 意地悪な正論が聞こえてきた。

『いや、だって事実じゃん』

 念話を返しながら、胸中、思う。仮にも、救うと決めた相手だ。例えそれが、単なる気まぐれであったとしても。

 私は放心している少年の顎をすくって、目を合わせた。

「さて、お前の願いは悪魔マジックアイテムなどには叶えられないモノであったわけだが」

 そして、その耳元に、そっと囁く。

天使わたしなら、お前を助けられると思う。……お前が望むのなら、お前を脅かす全てを排除しよう。オレがお前を守ろう。お前は傷付かず、痛みもない」

 少年は、その言葉を聞いて、

 飲み込んで、

 瞬きして、

「……いいよ、」

 拒否した。

「要らない」

 まあ、分かってたが。予想してたが。悪魔に懲りて、天使に手を出すなんて、普通にあり得ない。

 ので、別に残念がったりしてない、断じて。

『いや今思いっきり拗ねて……ひゃうっ!?そこはダメぇ!』

 減らず口の駄刀の柄頭をぎゅうぎゅう握りながら、私は少年からす、と身を引いて、爽やかな笑顔で言った。

「そうか、それは残念。最近退屈してたから」

『やっぱ残念なんじゃん……ふあぁっ!』

 この刀、実は夜のお仕事の素養があるかもしれない。次に金欠になったら考えてみよう。

 なんて、どうでもいいことを考えていると、少年が立ち上がって、私を見た。年相応の、ぎこちない真っ直ぐさが眩しい。

「俺……俺は、痛かった。分かってもらえなくて痛かった……痛くて、いたくて……ここに、居たかった」

「……」

「だから……だけど、今度はちゃんと、言ってみるよ」

「……へえ?」

 言う、か。

「ああ。親にも、教師にも、クラスの奴にも。自分で、俺の痛みを、居たい気持ちを分からせる」

 なかなか、どうして。

 この少年は、芯が強いらしい。だからこそ、こんな歪みを抱えることになったのだろうが。

「いいんじやないの。悪魔も天使も、神様だって信用できないご時世だ。結局、自分が一番信頼できる」

 つまり、私はお呼びでないということだが。まあ、それでいいんだろう。

「なんか、ありがとな」

 何故か、少年は礼を言ってきた。私は、彼の力になれたのだろうか。

「うん、お代はコレだけで」

「取るのかよ」

 元気になったのなら良かった。悪役した甲斐があったというものだ。

「お前、怖いけど、いい人だね。なんか、吹っ切れた。最初から必要とされてないなら、無理することないもんな」

「そ。他人の為に頑張るなんて、時々でいいの。もっとさ、肩の力抜いてこーぜ。ーもっとも、痛みは忘れるなよ。下手打つと、オレみたいになるからな。痛みを感じないってのも、結構イタいぜ」

 少年は、少し驚いて、納得したように頷いた。

「だから、効かなかったのか。元々痛みが無いなら、このアイテムの意味が無い」

 それから、少し痛ましそうな顔をして言った。

「でもそれ、辛くないか?痛みが無いってことは、怪我してもわかんないだろ?」

 実はそれどころでは無かったりするが、ここは軽く流しておく。

「ま、そのお陰でこんな仕事してられるわけだし、オレはオレで納得してる、かな。ああでも、お前は絶対なるなよ、向いてないから」

 自分のようにはなるな。それだけ念押ししておく。

「わかった。痛みに逃げるのは良くないし、痛みから逃げるのも良くないんだな」

 そうそう。頭いいって素敵。理解が得られたところで、仕事に戻る。

「さて、それではコレはもう要らないな?回収するぞ」

 少年は、潔くマジックアイテム《相思相愛》を差し出す。それを受け取って、携帯端末型の魔道器に格納、封印。これで、安定した状態で依頼主の所まで運ぶことができる。

「よし、それじゃ、オレの仕事は終わり。……最後にこれは餞別だ」

 傷だらけの少年を、彼の選んだ、尊い痛みを祝福する様に。

「あー、もしもし?えーと、匿名希望っす。×××高校の○○○って教師、生徒を虐待してるよ。最近は暴力だけじゃないんでしょ?虐待って。あと、***もだわ。つか、あの学校、一度きちんと調べたら?勉強熱心はいいが、ありゃ一部が暴走気味だな。……え?いや、だから、匿名希望っつてるだろ。まー、解決したら礼金ぐらい落とすからさぁ。さっさと仕事してくんない?うぃーっす。うるさいうるさい。はい、よろしくー」

 プツリと回線を切って、少年の肩にぽん、とを置いた。

「頑張りたまえ、少年」

 彼は、ぎこちなく、真っ直ぐに明るく笑った。

 その笑顔は、眩しくて、痛いぐらいで。

 痛みを亡くした傷んだ遺体わたしを、悼んでくれている様だった。


 ☆


 少年を、路地裏から明るい街中まで軽く送って、別れる時、彼の名を聞いた。

「いい名前だ。こりゃ、親に愛されてるわ。良かったな」

 そして、私も名を聞かれた。別れの挨拶がわりに答えた。

「オレの名前は、白銀はくぎん。気に入ってるんだ」

 そうして、ミソラ《わたし》は彼とは反対の道を歩いて行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る