第2話
竹内真理亜(24)の場合
竹内真理亜には婚約者がいた。
婚約者は優しく、誠実であったが若くして病に伏せその命を奪われた。
竹内真理亜は自棄茫失として街中を歩いていた。
婚約者から渡された指輪。
婚約者から渡されたネックレス。
婚約者から渡されたピアス。
そしてウェディングドレス。
純白のドレスに身を包み、街中を歩く竹内真理亜の姿は異様だった。
道行く人達は一様に目を逸らしながら道を譲る。
留まることのない涙を流し、真っ白なドレスに身を包みながら歩く竹内真理亜の前には、人の波が割れるように道が出来た。
「今宵の客人が見付かった」
竹内真理亜の真正面に痩せたピエロが姿を現す。
痩せたピエロは自分の身体を扉のように開くと、竹内真理亜は吸い込まれるようにその中へ入っていった。
赤い世界と荒野だけが続く世界。
足元には手紙が道のように連なっている。
いつの間にか居た太ったピエロが、歩き続ける竹内真理亜に一枚の手紙を渡す。
瞬きもせず、怒りと卑猥な表情のピエロには一瞥もくれずに竹内真理亜はその手紙へ虚ろな目をやった。
あの人の文字だ。
温かく、優しい言葉に彩られた手紙は荒野にぽっかりと空いた真っ黒い穴の螺旋階段へ幾つも続いていた。
竹内真理亜は一枚一枚噛み締めながらそれを拾い、深淵の穴の深部に歩き進めて行った。
太ったピエロは満足そうにそれを見詰めていたが、ふとある違和感に気付く。
竹内真理亜は妊娠していた。
太ったピエロは不機嫌そうに竹内真理亜の前に立つと、自らを扉のように開いた。向こう側には目映い光が広がっている。
竹内真理亜はそのまま吸い込まれるように光の中へ入っていった。
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「真理亜!真理亜!」
初老の女が竹内真理亜を後ろから呼ぶ。
懐かしさが込み上げるその声に振り向くと、その女は力一杯竹内真理亜を抱き締める。
竹内真理亜は幼子のように涙声をあげた。
「お母さん…!お母さん!」
扉の向こうで太ったピエロは苦虫を潰したような顔で舌打ちをした。
痩せたピエロがパチンと指を鳴らすと、ネックレスとピアスは粉々に砕け散った。
不満気な顔をしながら太ったピエロは扉を閉める。
竹内真理亜の指輪は傷一つ無く輝いていた。
絶望の世界。
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