絶望の世界

優和

第1話

 この世に憂いた一人の青年は夕暮れの街中を歩く。


 コンクリートの無機質な建物にはたくさんの言葉が溢れ、道行く人達は皆幸せに見える。


 自分だけが不幸なのだ。


 青年は夢破れ、宛無き道を力無く歩いていた。


 ただ茫然と。

 ただ無気力に。


 心の根底には静かな怒りを携えて。


 ふと目の前5メートルの所に痩せたピエロが現れた。


 顔に化粧を施した奇抜な洋装の滑稽な姿は青年の心を写し出したように感じた。


「今宵の客人が見付かった」


 痩せたピエロの台詞染みた言葉はとても小さかったが、青年の耳にははっきり届いた。


 痩せたピエロは青年へ向かってニヤリと笑みを浮かべると、右手で左肘を掴み、まるで扉を開くのように自分の身体を開いた。


 空間にはぽっかりと痩せたピエロの形に穴が空いている。その向こうの空間は鮮やかな夕焼けのように真っ赤な世界が広がっていた。


 吸い込まれるように青年は身体をよじってピエロの中へ入る。手に掛けたピエロの断面は分厚いゴムのように弾力があった。


 向こう側の世界には地平線の彼方まで広がる荒野と真っ赤な空間が在った。


 後ろを振り返るとピエロはもういない。変わりに透き通ったガラス玉が一つ転がっている。


 青年はそれを拾うと目の前にかざしてみた。


 中には幼少の頃の記憶が写し出されている。


 守られていた時間。

 愛されていた時間。


 青年はしばらくそれを見つめ続けた。


 今は無き、

 守られていた時間。

 愛されていた時間。


 ふと前を見ると荒野に10本のナイフが円を描くように突き刺さり、その中心にはさっきとは違うピエロがいた。


 赤黒く太ったピエロはあぐらをかいたまま1本のナイフを引き抜くと、目の前の地面へ怒りを叩き込むように突き刺した。


 そこから切り裂かれたように世界が変わる。


 過去に堕ちた暗くまとわりつくような闇が青年を包み込む。


 しかしガラス玉の中は白く輝いたままだった。


 青年は立ち上がり、そのガラス玉を勢いよく地面へ叩き付ける。


 暗闇は押し戻され、地面へ突き刺した1本のナイフは砕け散った。


 太ったピエロは訝しげな顔をしながら無言でまたナイフを力任せに突き刺した。


 途端、紅蓮の業火が青年の身を焦がした。


 燃え行く青年は騒ぐでもなく、ただ静かに炎に身を任せた。


 青年は燃え尽きた。


 太ったピエロはナイフを満足そうに抜くと、自分の身体をドアのように開き、そして居なくなった。


 太ったピエロの形に空いた穴の向こう側には真っ黒な世界が広がっていた。


 青年の燃え尽きた跡には消し炭が残った。


 消し炭の心は、諦めと自己否定感に打ちひしがれていた。


 そこにゆらゆらと陽炎が立ち上ぼる。


 陽炎はやがて大気に混ざり、赤い世界と同化した。


 ここは絶望の世界。

 痩せたピエロと太ったピエロが住まう異次元の世界。

  

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