第301話 脱出

『主砲発射まで120秒。

 各員、衝撃に備えよ』


 合成された無機質な音声が〈ニューアース〉艦内に響いた。

 警報は止まること無く、乗員に対して耐ショック体勢をとるよう促す。


「主砲の威力を積み増してたな。

 予備動力源か」


 アイノはナツコが投棄した個人防衛火器を拾い上げて、床に転がるユスキュエルへと向けた。

 彼は答える。


「そうだ。主動力を止めても無駄だったね」

「今すぐ中止しろ」

「ここからじゃ止められないよ」

「愚か者め」


 アイノはフィーリュシカへと視線を向ける。

 だが手負いの彼女に制御コンソールの操作は出来ない。

 ナツコは宇宙戦艦についての知識が無いし、誰かがユスキュエルを見張っていなければいけない。


 丁度そこに、ブリッジへの入室者があった。

 扉をこじ開けて、タマキとナギがやってくる。


「主砲発射警報が鳴っていますが何事ですか」タマキが尋ねる。

「何事もクソもあるか。

 操作方法が分かるならその辺の端末から停止させろ」

「畏まりました」ナギが応えたのでアイノはすかさず制止する。

「お前は砲と名のつくものに触るな」


 タマキがブリッジの端末に取り付き操作開始。


「トトミ星系中心部に照準が設定されています。

 ここから届きますか?」

「届かなくても星系を滅茶苦茶にするには十分なエネルギーだ。

 構わず止めろ」


 アイノの言葉を受けて、タマキはことの重大さに気付く。

 星系中心へと向けた新鋭戦艦主砲発射は、その星系に対して甚大なダメージを与える。

 ようやく戦争が終結した惑星トトミですら、人類の生存条件が保てるか分からない。


「言ったはずだよ。ここからじゃ止められない」

「アクセス弾かれます。

 主砲の制御端末へ直接接続しないといけません」

「クソ面倒なことをしやがって」


 タマキは通信機へ向かって叫ぶ。


「ツバキ各機、誰でも良いです。

 主砲制御室へ向かって発射阻止を。

 最優先命令です」


 カウントダウンが残り1分を告げる。

 ここで待っていても問題は解決しないとナツコは手を上げた。


「私が向かいます」

「もう間に合わないよ」ユスキュエルが告げる。


 実際艦内マップを確認しても、主砲制御室までは〈ヘッダーン5・アサルト〉でも1分で辿り着ける位置にない。

 それは宇宙最速の〈空風〉でも同じことだ。


 艦内放送の電子音声が発射まで残り30秒を告げる。

 ブリッジ内の動力が非常モードに設定され明かりが落ちた。


「どうしてこんなことするんですか」


 ナツコはユスキュエルに問いかけた。

 彼は血の混じった咳をすると答える。


「君には理解出来ないだろうね」

「出来ません。だからきいてます」


 ユスキュエルはアイノの顔をちらと見てから告げた。


「長距離航宙の準備はしてないだろう?

 トトミ星系が無くなれば君たちも終わりだ。

 僕はね、アイノが全てを失うときどんな反応をするのか興味があるんだ」

「そ、そんなことのために――」


 信じられないと、ナツコは顔を引きつらせる。

 アイノは言った。


「愚か者め。

 あたしゃお前さえ死んでくれたらそれで満足だよ」

「さあどうかな」


 カウントが残り10秒を告げ、そこからは1秒ごとにカウントダウンが為される。

 タマキは何とか主砲の火器管制へアクセス出来ないか試みるも、あらゆるアクセスが弾かれてしまう。


『主砲発射まで5、4、3、2、1……』

「僕の勝ちだよ、アイノ」


 ユスキュエルが勝利を確信した。

 瞬間、ブリッジは非常灯すら消えて闇が落ちる。


 ナツコは思わず目を瞑った。

 せっかく故郷を取り戻したのに、トトミ星系が無くなってしまったら――


 だが、主砲発射の衝撃は訪れなかった。

 ブリッジの明かりが再び灯る。鳴り響いていた警報も止まった。


『――主砲発射停止』


 機械音声が無感情にそう告げる。

 ユスキュエルはその報告に唖然としていた。


「タマキ隊長?」


 ナツコが問いかける。

 きっとタマキがなんとかしてくれたのだろうと。

 だがタマキはかぶりを振った。


「わたしではありません」

「では誰が?」

「誰か、主砲止めましたか? 報告を」


 タマキは通信機に問いかけたのだが、返答はない。

 ブリッジの端末から通信機能を呼び出して、主砲制御室へと繋ぐ。


「そちらに誰か居ますか」


 問いかけに対して応答があった。

 端末のモニタ。そしてブリッジの正面大型モニタへと、主砲制御室にいた人物が映し出される。


『不肖サネルマ・ベリクヴィスト。主砲発射阻止しました!』


 敬礼して報告するサネルマ。

 ツバキ小隊が分断された後、彼女は1人で主動力機構を目指したのだが、進路選択を間違ったため遠回りになり、偶然にも主砲制御室の近くまで辿り着いていたのだった。


 彼女の姿を見てタマキは思わず呟く。


「サネルマさん。そう言えば居ましたね」

『酷いですよ!』

「いえ悪い意味ではありません。

 とにかく助かりました。早めに通信繋いでくれると尚良かったです」

『いやあ、通信機が不調で発信が出来なくて』


 銃声がブリッジ内に木霊する。

 タマキは思わず振り向いた。

 視線の先で、アイノがユスキュエルへ向けて個人防衛火器を弾切れになるまで撃ち込んでいた。

 彼女は弾切れを起こした個人防衛火器のトリガーを数回引いて、弾が出なくなったことを確認すると床に投げ捨てる。


「何をしていますか」

「もう用済みだろ」

「だとしても撃つ前に聞くべきことは無かったのですか」

「こういうのは撃てるときに撃っとかないと後でバカを見るんだ」

「言いたいことは理解出来ますけどね」


 実際ユスキュエルを殺し損ねたことで、前大戦が終結したあと統合軍と帝国軍の戦争が勃発してしまっている。

 タマキはユスキュエルの姿を見る。

 装甲の薄い機体は個人防衛火器の小口径高速弾を防ぎきれず、体中から出血し、床に転がったまま動かなくなっていた。

 宇宙の半分を支配した人物の最後としてはあまりにあっけない。


 ブリッジに警報が響く。

 主砲発射を知らせるものとは異なる。緊急事態を告げるけたたましいサイレンだった。


『主砲エネルギー転換炉制御不能。

 乗組員は待避して下さい』


 警報がメッセージを繰り返す。

 アイノは何事も無かったかのように告げた。


「発射直前で止めたから転換炉に送り込まれたエネルギーが行き場を失って暴走してるな」

「それは暴走したらどうなりますか」

「問題無い。

 相転移される前のエネルギーだから大した量じゃない。星系にまで被害は及ばないだろ」

「そうですか。

 では各員、至急〈スサガペ号〉へ帰投を」


 タマキは帰投指示を出したが、それをアイノが咎める。


「バカを言うな。

 主砲転換炉が暴走してるんだぞ。星系は無事でも〈ニューアース〉は爆発する。

 〈スサガペ号〉まで戻ってる余裕はない」


 アイノの発言に合わせたように、前方で小規模な爆発があり艦が大きく揺れた。

 タマキは指示を出し直す。


「では問題無くないですね。

 ツバキ小隊各員へ。大至急〈ニューアース〉から待避を。間もなく艦は爆発します。

 〈スサガペ号〉。乗員収容後脱出を」


 タマキは通信機へ告げると、サネルマに対しても直ぐに脱出するよう言いつけた。

 彼女は了解を返すと、脱出ポッドへと向かうと言って通信を終了する。


 タマキはそれからブリッジ近くにある脱出艇の位置を確認するのだが、その最中に通信が入った。


『こちらツバキ4。

 内火艇格納庫制圧完了。必要なら脱出艇送るよ』

「良い仕事です。

 ブリッジ方面に1艇お願いします」

『了解。直ぐ送りますよ、中尉殿』


 タマキはブリッジ後方の脱出口の位置を確認して、ブリッジに残っていた面々を見渡す。


「脱出します。

 ナツコさん、フィーさんを引き続きお願いします。

 シアンさんは無事には見えませんが無事ですか?」


 問いかけに、正直生きているようには見えない状態のシアンは答える。


「見ての通りぴんぴんしてるわよ。

 ナギ。運んで」

「お任せ下さい」


 言いつけられてナギはシアンの元へ駆け寄る。

 積載量の小さい〈空風〉だが、〈R3〉を失い、両手も失ってすっかり軽くなったシアンを抱えるくらい訳なかった。


「では脱出を。アイノはこちらに」


 タマキは強引に嫌がるアイノを担ぎ上げた。

 6人はブリッジから待避し、脱出口へ。直ぐにイスラが送り出した脱出艇が到着し、対外通用路を開いて乗り移る。

 全員が乗り込むと、タマキの運転で脱出艇は〈ニューアース〉を離れた。


 サネルマの乗る脱出ポッドが射出されたのも確認。内火艇格納庫からはイスラ達が乗って居るであろう脱出艇も飛び出していた。


 〈スサガペ号〉は宇宙海賊の乗組員を収容し終わったのか、突入管を引き抜き、ゆっくりと〈ニューアース〉から離れていく。


 遠くからこちらへ向かってくる宙間決戦兵器の姿を確認。

 レーダーによってそれが二式宙間決戦兵器〈音止〉であることが判明すると、ナツコは脱出艇の窓に顔を押し付けてそちらの方向を確認し、大きく手を振った。


「トーコさん、無事だったんですね!」

『まあね。死ぬほど吐いたけど』

「しぶとい奴め」アイノが誰に言うでも無く小さく呟いた。


 脱出艇と〈音止〉は〈スサガペ号〉へと向かう。

 〈スサガペ号〉は格納庫の後部ハッチを大きく開けて、宇宙服を着た乗組員が誘導灯を振って出迎えてくれた。


 サネルマの脱出ポットを回収しに向かったイスラ達の乗る脱出艇が遅れていたので、〈スサガペ号〉は収容を終えるとハッチを閉じて迎えに出向く。


 脱出艇から降りたナツコ達は〈スサガペ号〉格納庫の窓から〈ニューアース〉の姿を見た。

 主砲の根元付近で一際大きな爆発があり、連鎖するように爆発が続く。

 かつて宇宙最強の一角であった新鋭戦艦〈ニューアース〉は、粉々になって宇宙へと散っていった。


「全部終わったんですね」


 ナツコが呟く。

 隣に立つトーコが答えた。


「そうだね」

「えへへ。後は皆でハツキ島へ戻るだけですね!

 もう戦争も終わったし、〈ニューアース〉も無くなったので、戦う必要は無いんですよね!」


 そう、と答えようとしたトーコ。

 だがナツコがこうして何かを断言していると、よからぬことが起きるものだと即答できなかった。


 そしてその不安は裏切られること無く、〈ニューアース〉の残骸から光の筋が放たれるのをナツコが見つけた。


「あ、何か〈ニューアース〉から飛び出して来ましたよ!」

「何かって――」


 トーコを始め、アイノやタマキも飛び出した何かを注視する。

 そして直ぐにその正体がつきとめられた。


 ――宙間決戦兵器〈ハーモニック〉。

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