第299話 最終決戦 前編
「ずっと会いたかったよフィーネ。
君はアイノの作品の中でも特に美しい。
君のような優れた作品を再現したくてね。ブレインオーダーを試作してみたんだけど、どれもとても君には及ばない欠陥品だったよ」
語り始めるユスキュエル。
フィーリュシカは自身の脳と肉体との接続を失っている。
今は〈ヘッダーン5・アサルト〉の後部に取り付けられた個人用担架へと身体を固定され、”手”を介してナツコの脳へと接続し、そこからナツコの身体を操っている状態だ。
ナツコの身体を操り、〈ヘッダーン5・アサルト〉を動かしてユスキュエルとの射線上にシアンとアイノが入らないよう位置取りを進める。
「君だけはオリジナルを手元に置いておきたいんだ。
もちろん。僕の物になってくれるだろう?」
問いかけに、フィーリュシカはナツコの口を介してきっぱりと答えた。
「断る。
あなたは自分の求めるものを提供できない」
「それは駄目だよ。
僕の求める物は僕の物になるんだ。例外は存在しないよ。
いくら君でも、その出来損ないの身体では満足に戦えないだろう?」
「あなた程度の相手なら問題無い」
「それはいい。
試して見ようじゃないか」
ユスキュエルが構える。
同時にフィーリュシカも〈ヘッダーン5・アサルト〉の左腕リボルバーカノンを構えた。
アイノが共有した〈アルケテロス〉機体情報を確認。
空間の揺らぎによる短距離転移に関する情報は限定的ではあるが、転移が可能であるという情報だけあれば不可思議な現象が起きたときに対応はとれる。
フィーリュシカは地球型人類とは根本から異なる観測能力を使ってユスキュエルの動きを先読みする。
彼は通常の人間とは異なる脳構造を持っている。そして身体の構造に至っても手が加えられていた。
先天的なブレインオーダーすら凌駕する肉体能力と反応速度。
それはフィーリュシカの動きに機敏に反応し対処してくる。
機体スペックは〈アルケテロス〉が優位。更に彼のために設計された完全専用機。神経ケーブルを介して操縦可能なため、操作ラグがほとんど存在しない。
フィーリュシカは足りない機動力を深次元干渉による物理法則改変で埋め合わせる。
リボルバーカノンが火を吹く。
だが射線上からユスキュエルは待避済み。反応速度がフィーリュシカの試算を上回っている。
それにフィーリュシカの先読みの更に先を読んで、カウンターを仕掛けてきた。
高初速42ミリ砲弾が飛来。
命中寸前にフィーリュシカは周囲の空間へと”手”を伸ばし深次元へ干渉。
空気から熱を奪い取り、あぶれた大量の熱を42ミリ砲弾の進路へと叩き込む。
空気が熱膨張を起こし、発生した衝撃波が砲弾の進路をねじ曲げる。
「そうだとも。君はそうでなくちゃ」
熱膨張を終え収縮を始めた空気の中へとユスキュエルは迷わず身を投じる。
フィーリュシカは至近距離から左腕14.5ミリ機関銃を向けられて機体を捻り、機動ホイールを空転させて横滑りし銃口から逃れようとする。
ユスキュエルはその動きすら予測して、機体を滑らせて銃口を追従させる。
攻撃回避不能を予測したフィーリュシカ。
右腕で受けたいが、ナツコの身体を傷つけるわけにはいかない。
深次元干渉で20ミリ機関砲の構成分子に干渉。硬度をかさ増しして銃弾を弾き飛ばす。
動作不良に陥った機関砲を投棄。
接近戦を挑んでくるユスキュエルに対して空気膨張による攻撃を仕掛け、繰り出された回し蹴りをDCS運動制御で減衰させて受けきる。
攻撃の衝撃をいなすように後退したフィーリュシカ。
ユスキュエルにとっては攻勢のチャンスだったにも関わらず、彼はその場で足を止め追撃しなかった。
「実を言うとずっと不安だったんだよ。
君はアイノの作った作品の中で最も優れている。
もしかしたら僕では及ばないかも知れないって。
だから対策を練ったんだ。
君の脳と肉体を切り離したのもその1つ。
そしてもう1つ。君のこれまでの戦闘データを回収させて貰ったよ。
その点においては、あの出来損ないのブレインオーダーも役に立ったと言えるかもね。
アレのおかげで君の能力を引き出せたわけだから」
これ以上戦いを続けることに意味は無いと、腕を降ろしたユスキュエル。
だがフィーリュシカはリボルバーカノンを構える。
彼は冷めた口調で告げる。
「止めた方が良い。君を壊したくはないんだ。
万が一にも君に勝ち目は無いんだよ」
「問題無い」
フィーリュシカは構わずリボルバーカノンを撃ち放った。
ユスキュエルは軽く頭を振って砲弾を避けると、戦闘態勢をとり攻撃を再開する。
「分かったよ。
君にも理解して貰えるやり方で、君が僕に勝てないことを証明してあげよう」
迫り来るユスキュエル。
距離を詰めて放たれる14.5ミリ機関銃の攻撃を躱し、〈ヘッダーン5・アサルト〉はブースターを使って急加速。
一気に間合いを詰めると近接戦闘を仕掛ける。
「無駄だよ。
君が何をするかは読めているんだ」
ユスキュエルは近接戦闘を受けた。
〈ヘッダーン5・アサルト〉は対歩兵爆雷をバックパックから取り落とし、蹴り飛ばして信管を作動させる。
極至近距離に迫った2機の〈R3〉の眼前に対歩兵爆雷が滞空する。
爆雷が炸裂。高速回転と共に金属片をばら撒き始める。
>DCS 電磁気制御 : 電磁遊離
〈ヘッダーン5・アサルト〉のDCSコマンドが叩かれ、電気エネルギーの網が展開される。
網に捉えられた金属片は進路を逸らされ、〈ヘッダーン5・アサルト〉に危害を加えるルートから外れていく。
一切の回避行動をとらず邁進する〈ヘッダーン5・アサルト〉。
対照的に回避行動をとっていたユスキュエルの〈アルケテロス〉へと肉薄し、一撃を叩き込むため右脚を踏み込む。
機動ホイールが高速回転。
ユスキュエルはその行動の先を読む。
だが彼の顔は驚愕に歪む。――予測と全く異なる動作が為された。
〈ヘッダーン5・アサルト〉の機動ホイールは床を捉え回転。
しかし対歩兵爆雷が弾き飛ばした金属片を踏み跳ね上がる。その動作によってユスキュエルの仕掛けた14.5ミリ機銃の攻撃を回避した。
更に着地した右脚を軸にして、左足による後ろ蹴りが繰り出される。
ユスキュエルはそれを咄嗟に左腕で受ける。
〈ヘッダーン5・アサルト〉左脚部のアンカースパイクが作動。
火薬の力で撃ち出された金属杭は、〈アルケテロス〉左腕装甲を貫き、腕の骨を砕く。
攻撃の衝撃によって後方へ転がる〈アルケテロス〉。
直ぐに姿勢を制御し立ち上がったが、ユスキュエルは信じられないものを見るような目を、〈ヘッダーン5・アサルト〉へと向けていた。
〈ヘッダーン5・アサルト〉の行動を彼は先読みできなかった。
今の行動は、フィーリュシカの戦闘データからは導き出されるはずの無い行動だったからだ。
そしてその原因に彼は直ぐに行き着く。
「信じられないよ。正気じゃない。
その凡人に意識を渡しているのか?
凡人は所詮凡人だよ。意表をついたつもりかも知れないけど、これきりだよ」
ナツコの瞳に光が戻る。
フィーリュシカは身体の制御権を完全にナツコへと明け渡した。
ナツコは言い返す。
「確かに私は凡人です。あなたにとって宇宙のほとんどの人がそう見えるんでしょう。
でも、凡人だって生きているんです。
私たちにだって、守りたいものがあるんです。
天才だかなんだか知りませんけど、あなたが勝手な理屈でそれを奪おうとするのなら、私はそれを許しません」
ユスキュエルはナツコの言葉に大して思うことも無く、冷ややかな、見下したような目を向ける。
彼にとってみればナツコなど取るに足らない存在で、興味など一切沸かなかった。例え自分の左腕を砕いた人間だとしても、それは変わらない。
「君じゃあ話にならないよ。
さっさとフィーネに変わってくれ。それくらいしか君に出来ることは無いよ」
ナツコはそんなユスキュエルの言葉には耳を貸さず、一歩前へと踏み出した。
頭の中に、フィーリュシカが直接意識を伝える。
”あなたに任せる。自分が援護する”
ナツコはフィーリュシカへと了承を返して、ユスキュエルへと真っ直ぐに視線を向けた。
機体のエネルギーパックを取り替え、宣言する。
「私はあなたを許しません。
だから、私があなたを倒します!!」
脳の中枢部分で撃鉄を落とす。
左右両方に存在する特異脳が覚醒し、異常発達したシナプスが超高速演算を開始。
ナツコの体感時間は無限と思えるほどに引き延ばされ、世界は色を失い、一面灰色に染まった。
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