第298話 ユスキュエル・イザート

 〈ニューアース〉ブリッジの扉が吹き飛ばされた。

 爆炎を纏って扉の残骸がブリッジ内部に転がる。


 大きく開いた入り口を大型の〈R3〉――超重装機〈アヴェンジャー〉が通り抜ける。

 搭乗者であるシアンはブリッジを見渡した。

 同じように〈アヴェンジャー〉後部につかまっていたアイノも内部を見渡して、そこにたった1人の人物しかいないのを見ると機体から降りた。


「やあアイノ」」


 彼――ユスキュエル・イザートはぎこちない、不気味にすら見える笑みを浮かべて語りかけた。

 アイノはシアンの前へと歩み出ると彼へ問う。


「他の人間は居ないのか」

「僕と君の仲だ。邪魔者は必要無いだろう?

 ずっと君に会いたかったんだよ。アイノ」

「ならさっさと会いに来れば良かった。

 そうしたら直ぐ殺してやったんだ」

「流石はアイノ。やっぱり君はそうでなくてはいけないよ。

 宇宙で君だけが僕の理解者なんだ。

 この日をどんなに待ちわびただろうか」


 語り始めるユスキュエル。年甲斐も無く、少年のような口ぶりで話す彼にアイノは気色悪さを感じて顔をしかめる。

 アイノも彼とまともなコミュニケーションがとれるとは考えていなかった。

 それでも彼が何故、ズナン帝国を作り、〈ニューアース〉を修理してまで統合軍との戦争を続けたのかはっきりさせようと試みる。


「何が目的なんだ。

 そんなにあたしを殺したかったのか」

「まさか! 君はこの宇宙に残ったたった2人の天才のうちの1人なんだよ。

 仲良くやろうじゃないか。宇宙は僕らの前にひれ伏すしか無いんだ」

「宇宙の支配が目的か。下らん野望だ」

「違う違う。

 支配じゃない。再定義だよ。

 君も理解しているだろう? この宇宙にはバカが増えすぎた。

 彼らは宇宙の真理を探究しようとしないばかりか、限りある資源を食い潰してしまう。

 宇宙に必要な人間とそうでないものを振り分けないといけない。

 それは僕たちのような天才にしかできないことだよ」


 無邪気に告げる彼へと大して、アイノは蔑むような視線を向けて、バカバカしいと一蹴して返す。


「バカを減らしてどうする。

 いくら優れた技術があっても、使う人間が居なけりゃただのゴミだぞ。

 お前はゴミ山を作りたいのか?」


 ユスキュエルは「まさか」とかぶりを振った。


「心配は要らないよ。

 ブレインオーダー技術さ。

 これがあれば僕らの知能を継承した人間が大量生産できる。

 僕らが新しい人類の礎になるんだ。素晴らしい考えだろう? 人類という種族を定義し直せるんだ」


 希望一杯に語るユスキュエル。

 彼の瞳は少年のように輝き、彼の語る夢こそが唯一正しい宇宙の姿であることに微塵も疑いを持っていない様子だった。


 そんな彼へとアイノは相変わらず冷たい目を向けていた。

 全てを諦めきった冷淡な目。

 20年という年月は、彼をここまで狂わせてしまった。


「話にならん。

 バカを間引こうだなんてのはそれこそバカの考えだ。

 確かに宇宙にはバカが多すぎる。そこら中、愚か者共で溢れかえってる。


 だがバカを減らしたってどうにもならん。どうせいつか奴らは現れて勝手に増える。

 あたしのような大天才は、そんなバカで愚かな人間でも生きていける宇宙を作るために存在しているんだ。覚えとけ」


 アイノの言葉に、ユスキュエルは笑顔を無理矢理貼り付けた薄っぺらな表情を浮かべる。

 彼は抑揚の無い声で、哀れむように告げる。


「ああアイノ。君は唯一の理解者だと信じていたのに。

 ――怒ってないさ。僕にも責任のある話だ。

 あのユイ・イハラが君をおかしくしてしまったんだ。僕がもっと早くあれを殺しておけばこんな風にはならなかったんだ」

「シアン、殺せ」


 アイノの合図で、前に躍り出たシアンが100ミリ砲を向ける。

 だがその瞬間に、ユスキュエルのいた艦長席を囲うように隔壁が突き出した。

 ブリッジ要員を衝撃から守る対ショックシールドだ。

 100ミリ榴弾が直撃し隔壁はひび割れ崩れていく。

 隔壁が無くなると、そこには〈R3〉を装備したユスキュエルが居た。


 アイノは一目見て、それが零点転移炉を動力源とした機体であること。

 〈エクリプス〉とは異なる基礎フレームを使用した完全専用設計の機体であることを見抜いた。

 そして装甲は〈エクリプス〉と同程度。つまり無いに等しい。

 防御機構の振動障壁の存在もみとめられなかった。

 その情報は即座にツバキ小隊の戦術ネットワークを介してシアンへと共有される。


「アイノ。直ぐに助けてあげるよ。

 大丈夫。君の昔の研究データを見たんだ。

 素晴らしい研究ばかりだった。おかげで脳手術の腕は随分上がったよ。

 だから君を助けてあげられる。ユイ・イハラが植え付けた邪魔な部分を切り出して、昔の君に戻してあげるからね」

「お母様には指一本触れさせないわ!」


 アイノを背中にかばうようにシアンは前へ前へと踏み出す。

 超重装機〈アヴェンジャー〉の100ミリ砲を向けられてもユスキュエルは怯えることなく、〈アヴェンジャー〉の詳細を観察した。


「深次元転換炉による持続的物理法則改変か。

 開発していたレナートは死んだはずだが、君が引き継いだのかい?

 いや違うね。君ならもっと美しく仕上げる。

 そうだろう?」

「ごちゃごちゃくっちゃべってんじゃないわよ」


 シアンが右腕100ミリ砲を撃ち放つ。

 強力な榴弾だが、ユスキュエルは発射の寸前には回避を開始。

 金属片を巻き散らかす大爆発を受けても、傷一つ負わなかった。


「ああ、一応事前に伝えておくよ。

 僕は自分の脳をいじった。

 もちろん上手くいったよ。

 人間の限界を超える反応速度と戦闘知識を手に入れたんだ」

「だったら撃ってきなさいよ!」


 シアンが左腕の100ミリ砲を撃ち放った。

 砲弾はユスキュエルから離れた場所へと向けて放たれるが、命中弾を出すのが目的では無い。

 世界面変換機構のパラメータを調節し、攻撃の反動を使って右腕100ミリ砲の指向速度と装填速度をかさ増し。

 ユスキュエルへ向けて100ミリ榴弾を叩き込む。


 だがやはり、発射の寸前には回避行動をとられ、至近で爆発したにもかかわらず、爆風も金属片もいなされる。


「もう1つ。

 僕はオモチャ遊びは好きでね。1度始めたらすっかり凝ってしまったんだ。

 理解出来るかい?

 この〈アルケテロス〉は宇宙最強の機動戦闘骨格なんだ」


 ユスキュエルの機体――〈アルケテロス〉右腕の42ミリ砲が指向。

 砲の指向速度があまりに速く〈アヴェンジャー〉では回避が間に合わない。

 シアンは装甲で受けようとするが、撃ち放たれた砲弾は左腕100ミリ砲の機関部分を砕く。


「シアン。君はアイノの発明品としては中途半端なんだよ。

 それに、ここは死んだ人間が立って良い舞台じゃない」

「直ぐにあんたもこっち側にしてやる」


 左腕100ミリ砲を投棄。

 超重量の移動をエネルギーに変えて機体ごと回転。右腕100ミリ砲をユスキュエルの足下へ向けて放った。


 焼夷弾が炸裂し、半固形燃焼剤がばら撒かれた。赤々と炎が燃え上がるが、それでもユスキュエルはダメージを受けない。

 彼は急加速で〈アヴェンジャー〉へ肉薄。

 シアンは左手に個人防衛火器を持ち迎撃するも攻撃は無いに等しい装甲で弾かれる。


「君じゃあ僕には勝てないよ」


 〈アルケテロス〉右腕の42ミリ砲が瞬く。

 至近から高初速弾の直撃を受けて、シアンの左肩から先がねじ切れて吹き飛ぶ。

 だがシアンはにやりと笑った。


「やってみなけりゃわかんないわよ」


 直撃弾を受けた衝撃を使って旋回。

 強引に右腕100ミリ砲を回し、砲口がユスキュエルを捉えた。

 しかし仮想トリガーを引く寸前。

 彼の姿が揺らいだかと思うとかき消えた。


「分かるんだ。僕には」


 空間の揺らぎを使って存在座標の期待値をずらしたユスキュエルは、シアンの右側面に姿を現す。

 小ぶりな黒い刀身を持つ近接武装――共鳴刀が、揺らぎを伴って右腕装甲に突き立つ。

 物理的強度を無視して差し込まれた刀身がシアンの腕を抉った。


「こんのっ」


 シアンは構わず右腕100ミリ砲の仮想トリガーを引ききった。

 砲撃の反動を使って後退。右腕を硬化させ突き刺さった共鳴刀をユスキュエルの手から奪い取る。


 搭乗者の肉体保護を軽視された〈アヴェンジャー〉。

 100ミリ砲の反動を殺しきれず、右腕が共鳴刀の突き立った箇所からねじ切れた。

 シアンは右腕パーツを自身の腕ごとパージ。


 青い瞳が黒く染まる。

 一時的に肉体強度を無視し、損傷覚悟で運動速度を限界を超えて引き上げる。

 左足を踏み込み、全力で右脚を蹴り出した。


 蹴り飛ばされた右腕パーツと100ミリ砲。

 ユスキュエルはそれをくぐるように躱すと、躊躇無く〈アヴェンジャー〉正面装甲へと42ミリ砲を叩き込んだ。


 高初速弾頭が装甲を貫き、衝撃でシアンは機体ごと壁に叩き付けられた。

 両腕を失い、右脚を粉々に砕き、腹部には徹甲弾が突き刺さった。傷口からは黒いどろりとした液体が流れ出す。

 シアンは立ち上がることが出来なかった。

 そんな彼女へとユスキュエルは歩み寄る。


「醜い姿だ。そんな姿をこれ以上曝したくはないだろう。

 僕は優しいからね。今度こそ、君をしっかり殺してあげるよ」


 42ミリ砲の砲口がシアン頭部へ向けられる。

 その砲口が瞬く寸前、ブリッジ裏口が蹴り飛ばされた。


 ユスキュエルは攻撃を取りやめて振り返る。

 そしてそこに姿を現したナツコとフィーリュシカの姿を見て、表情に薄っぺらい笑みを貼り付けて告げる。


「やあフィーネ。遅かったじゃないか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る