第297話 二式宙間決戦兵器〈音止〉
岩石や金属塊が密集する外縁天体群。
トーコは真っ直ぐにその内側へと〈音止〉を突入させる。
背後では〈海月〉が強力な広範囲攻撃を仕掛け自壊。
〈しらたき〉と〈ニューアース〉は主砲を撃ち合い、結果〈しらたき〉は消滅した。
そして〈スサガペ号〉が〈ニューアース〉へと体当たりを仕掛け、仮想世界構築によって零点転移炉再起動と、外部からの干渉を阻害する。
ここまでは予定通り。
そしてトーコはサブリ・スーミアの乗る宙間決戦兵器〈ハーモニック〉を引き連れて外縁天体群まで辿り着いた。
もう仮想世界構築が途切れるまで〈ニューアース〉に戻れない。
後は〈ニューアース〉での戦いに決着がつくまで、サブリをこの場に足止めすれば良い。
トーコに委ねられたのはそれだけだ。
必ずしも勝利する必要も無い。
〈ニューアース〉を接収してしまえば、戻るべき母艦を失った〈ハーモニック〉は宇宙のゴミとなるだけだ。
もし〈ハーモニック〉が生き残っても、ユスキュエルが居なければ修理も整備も、コアとして積まれた零点転移炉のエネルギー補充すら出来ない。
それでもトーコは勝利を目指す。
相手はサブリ・スーミア。
アキ・シイジが止めを差し切れなかった唯一の宙間決戦兵器パイロット。
彼女を越えなければアキ・シイジには手が届かない。
外縁天体を飛び越えて、目の前に青色の〈ハーモニック〉が姿を現した。
『ようやく戦う気になってくれたか。
やっと会えたんだ。戦わないとウソだよな』
オープンチャンネルで通信が入る。
サブリ・スーミア。
元連合軍宙間決戦兵器パイロット。人型決戦兵器操縦機構設計者。コゼットの友人。
そして連合軍のトップエース。
はきはきとした男勝りの口調はイスラに似ていたが、彼女と違い歳を感じる、深みのある声でもあった。
トーコは気乗りしなかったが応答する。
「一応言っておくけど私はアキ・シイジじゃない」
『ああ知ってる。ロジーヌに聞いた。
トーコ・シイジ。アキの娘だな』
「トーコ・レインウェル」
トーコはすかさず指摘。今までの人生で一度たりともシイジ性を名乗った覚えはないし、今後とも名乗るつもりはない。
『アキの娘には間違いないな』
「血縁上は」
『ならそれでいい。
〈音止〉と、あいつの一番大切な人間をこの宙域に捧げてやる』
「酷い悪趣味だと思う。
戦死した恋人さんもそんなこと望んでないでしょ」
ちょっと言い過ぎたかと思ったが、トーコの言葉にサブリは大きく笑った。
『あいつは望まないだろうな』
「だったらなんでよ」
『あたしが望むからだ。
アキ・シイジはあたしから大切な人間を奪った。
だからあたしも同じ事をしてやるのさ』
トーコは顔をしかめた。
コゼットから恋人が殺されてどうかしてしまったとは聞いていたが、予想以上にどうにかなってる。
「言っとくけど、アキ・シイジは私のことなんて大切だとは思ってないよ」
『それを決めるのはお前じゃなくてアキだ』
「一理ある」
『さあ、楽しませてくれよ!
トーコ・シイジ!!』
「レインウェルだって言ったでしょ!!」
トーコは頭をシートに押し付ける。
後頭部、ヘルメットに設けられた接続点が開き、シートから突出した有機ケーブルが貫通する。
冷たい感触。一瞬身体から力が抜けるが、もう慣れた。
有機ケーブルを介してトーコの脳と、〈音止〉に搭載された拡張脳――アキ・シイジから摘出された異常発達した脳組織が接続される。
”二式宙間決戦兵器〈音止〉
起動最終確認
全機構点検 : 正常
冷却機構 : 正常稼働成功
脳接続 : 確認
拡張脳同調率 : 80% ―― 起動可能
主動力機構 : 正常稼働
起動最終確認正常終了
〈音止〉起動可能
〈音止〉起動 : 是 / 否 …… ”
拡張脳の最終起動確認。
トーコは迷うこと無く起動コードを送る。
”二式宙間決戦兵器〈音止〉
全安全装置 : 解除
主動力機構 : 全力稼働 出力99%
拡張脳 : 起動
…………全機構正常稼働確認
――〈音止〉起動 ”
甲高い音が響き、〈音止〉に搭載された深次元転換炉から光の柱が立ち上がった。
トーコの体感時間は無限と思えるほどに引き延ばされ、宇宙は色を失い、一面灰色に染まった。
安全装置。脳疲労蓄積時に拡張脳稼働率を下げる抑制機能。
全て解除されている。全力戦闘可能だ。
左腕主砲を構え照準。真っ直ぐ突っ込んでくる〈ハーモニック〉へ向けて放った。
物理法則をねじ曲げ、瞬間的に産み出された高圧縮エネルギーが射出される。
〈ハーモニック〉の振動障壁すら貫通する高エネルギー砲。
だが〈ハーモニック〉はそれを寸前で躱すと、そのまま突撃を敢行。
「接近戦に持ち込むつもり?」
接近戦においては機動力で優れる〈音止〉優位。
旧連合軍末期の宙間決戦兵器パイロット養成マニュアルには、〈音止〉には絶対接近戦を挑むなと記される程だ。
〈ハーモニック〉が共鳴刀を引き抜く。
トーコは拡張脳から送られてくる情報を元に未来位置予測。右腕副砲を乱射し距離をとった。
攻撃は尽くかわされる。命中しても副砲では振動障壁を突破できない。
だが副砲によって移動方向に制限をかけることは出来た。
意識を集中。拡張脳による詳細解析をかけて、〈ハーモニック〉細部の情報を取得。
関節の動きから未来予知を予測し、回避不能になる位置を算出。
その点に向けて左腕主砲を向け撃ち放った。
高エネルギーの塊が撃ち出される。
命中寸前。〈ハーモニック〉の機体が陽炎に包まれたように歪んで見えた。
「振動障壁――じゃない」
空間の揺らぎを利用し攻撃を弾く防御機構、振動障壁。
今使われたのはそれとは違う別の機構。空間が揺らいだかと思うと〈ハーモニック〉は主砲の射線から僅かに逸れた位置に移動している。
「瞬間移動!?」
拡張脳が答えを出す。
空間の揺らぎを使い、〈ハーモニック〉の存在座標期待値をずらした。連続的に使用されたそれは、見かけ上は超短距離ワープを実行したように見える。
僅か2メートルの移動とは言えその能力は驚異だ。
トーコは能力詳細を確認。
拡張脳なら瞬間移動の前兆を捉えられる。
それに移動後は振動障壁が消滅している。再起動までは2秒必要。
〈ハーモニック〉に距離を詰められている。
機体スペックで言えば〈音止〉は接近戦有利だが、トーコは即応訓練を終えたばかりの状態。
対宙間決戦兵器爆雷をばら撒いて後退。外縁天体の裏に隠れ、尚も距離をとる。
『逃げてばっかりじゃ面白くないだろう』
拡張脳が敵機主砲発射を捉えた。
〈ハーモニック〉の位相光線砲が外縁天体に命中。共鳴を引き起こし、瞬間的に無限大の振幅を発生させた外縁天体は原子レベルまで分解され宇宙に散った。
トーコは射線が通った瞬間、左腕主砲を放つ。
拡張脳によって外縁天体裏の敵機機動は予測済みだった。
必殺の一撃――のはずが命中角が浅く弾かれる。
『そうだ、そうじゃなくちゃ!
もっと楽しませてくれ!』
「いかれてる」
悪態をつき緊急後退。だが後退速度よりも〈ハーモニック〉の前進速度が速い。
拡張脳の思考速度を引き上げ、突撃してきた〈ハーモニック〉の攻撃を寸前で回避。
反撃しようと試みるが、〈ハーモニック〉の連続攻撃に曝される。
拡張脳による演算によってトーコの感覚時間は引き延ばされているが、それでも回避に手一杯。しかも段々と回避猶予が短くなっている。
拡張脳を使ったトーコの動きにサブリは順応し、的確に詰めてきている。
そして遂に〈ハーモニック〉の左腕が〈音止〉の正面装甲を叩いた。
「クソッ」
ダメージは大したことは無いが、衝撃を受け後方へ吹き飛ばされる。
追撃で繰り出される位相光線砲の射線を予測。スラスター噴射してギリギリで避ける。
それでもまだ〈ハーモニック〉は追いすがって来る。
宙間決戦兵器パイロットとしての技量は、拡張脳を使ったトーコよりもサブリの方が上だ。
後方に外縁天体が迫る。壁際に追い込まれては不利――
〈音止〉の火器管制が接続可能な武器を検知した。
トーコは藁にも縋る思いで、緊急後退をかけて外縁天体に張り付く。
同時に火器管制から新規火器を登録し即座に起動させた。
外縁天体に仕込まれていた対宙間決戦兵器爆雷が撃ち出され〈ハーモニック〉の進路を塞ぐ。
爆雷が起爆。
トーコはその瞬間に外縁天体を蹴って進路変更。爆雷回避中の〈ハーモニック〉へ向けて主砲を放つ。
攻撃は回避された。
だが距離を開けられた。
火器管制を呼び出し広範囲探索。周囲の外縁天体に、対宙間決戦兵器武装がいくつも仕込まれている。
アイノは手は貸さないと言っていたが、しっかり準備を整えてくれていた。
技量でサブリが上でも、環境を味方につければ互角にも戦える。
拡張脳の思考演算を借りて戦闘機動を策定。
脳疲労が大分貯まってきた。でもまだ戦える。
後退しながら副砲を撃ち継戦。
〈ハーモニック〉も遠距離から位相光線砲を放ってくるが、拡張脳による攻撃軌道計算で避ける。
追いすがる〈ハーモニック〉が外縁天体へ近づくと、天体に仕込まれた武装を起動。
宇宙空間へと機雷が散布された。
トーコは回避して進む〈ハーモニック〉の進路を予想。主砲を放つが、角度が浅く振動障壁で逸らされる。
次の機会を狙い後退。
だがトーコが誘い出そうとした武装の仕込まれた外縁天体へと〈ハーモニック〉が位相光線砲を放った。
共鳴によって外縁天体は武装ごと消滅。
トーコは別の外縁天体への進路をとろうとするが、その行動は予測された。
移動先に位相光線砲が向けられ進路変更。砲口の動きを見て攻撃を先読みして回避をかける。
〈ハーモニック〉の位相光線砲が瞬く。砲口から溢れた光が二重螺旋状の軌跡を描いた。
――共鳴。
〈音止〉の装甲は共鳴を無力化する。直撃さえ避ければ問題無い。
トーコの思考とは裏腹に拡張脳が警告を発する。
共鳴は撃ち出された位相光線砲エネルギーに干渉し軌道をねじ曲げる。
だが純粋なエネルギーの塊である位相光線砲は分解されず、6つに別れた光線が螺旋を描いて飛来した。
「なっ――」
拡張脳へ意識を集中。
灰色に染まった世界の中で、攻撃の螺旋半径を観測。全ての攻撃軌道を算出して回避開始。
機体脚部と腰部に据えられた大型スラスターと、機体各部に取り付けられた小型スラスター全てを最適な角度、出力で制御し、攻撃の届かない隙間へと〈音止〉を滑り込ませた。
当然、回避先は予測されていた。
〈ハーモニック〉は最大速力で突撃をかけてくる。
目前まで迫った〈ハーモニック〉。
トーコは否応なしに接近戦を行わざるを得なかった。
速度を活かして〈ハーモニック〉が刺突を繰り出す。
その一撃をギリギリで躱し、重ねて繰り出される連続攻撃を避ける。
攻撃の合間に反撃しようとするが、〈ハーモニック〉の反応が早い。トーコが拡張脳の予測結果を元に攻撃を繰り出そうとしたときには、既に次の攻撃が始まっている。
――反応速度が異常な程速い!
ブレインオーダーすら凌駕する反応速度。
圧倒的な思考演算能力を持つ拡張脳だが、拡張脳の演算結果を見てトーコが行動を決定するまでには一瞬のラグがある。
サブリ・スーミアの反応速度は、そのラグを的確に突いてきている。
拡張脳の演算結果を見てからでは遅い。
トーコは先読みで回避行動をとり、拡張脳の演算結果を見て行動修正をかける。
だが実戦経験0のトーコによる行動選択は必ずしも正しいとは限らない。
〈ハーモニック〉が繰り出す共鳴刀の攻撃を後退しつつ回避するのがやっとだった。
それでも拡張脳による長期未来予測をかけ、一瞬の攻撃出来る猶予を作り出す。
深く払われた共鳴刀の一撃を回避した後。
大きく開いた〈ハーモニック〉の懐へと共振ブレードを引き抜き――
――空間湾曲検知
拡張脳から警告。
完全に捉えたと思っていた〈ハーモニック〉の姿が陽炎のように揺らいだかと思うと、同時に2メートル左方へ姿を現した。
空間の揺らぎを利用した瞬間移動。
渾身の一撃を繰り出そうとしていたトーコだが、拡張脳からの警告を受けて瞬間的に攻撃を取りやめていた。
――回避不能。防御可能。
拡張脳が告げる。
完全回避は不可能。止むなく左腕主砲で攻撃を受けて共鳴刀の軌道を逸らす。
攻撃が命中した瞬間左腕主砲を投棄。
〈音止〉専用の主砲として開発されているため共鳴は通らないが、それでも共鳴刀に深く抉られてしまった。
主砲を失った〈音止〉に対して〈ハーモニック〉が追撃を仕掛ける。
だがトーコも後退し続け、ようやく外縁天体付近まで辿り着いた。
火器管制から武装を呼び出し、対宙間決戦兵器爆雷を起動させる。
撃ち出される爆雷群。
だが〈ハーモニック〉は恐れることなくその渦中へ身を投じた。
振動障壁で至近での爆発を受け流し邁進。
”警告 : 脳蓄積疲労 80%”
トーコは熱を持った頭を動かし、拡張脳の情報を元に回避軌道を策定。
完全回避は不可能。多少のダメージを許容して――
白線が幾重にも連なり宇宙を薙いだ。
外縁天体裏からの攻撃。
トーコは攻撃軌道を確かめるが〈音止〉には命中しない軌道だった。
白線は枝分かれしながら〈ハーモニック〉へ襲いかかる。
1撃目を避けた先に2撃目が。2撃目の回避先には更に攻撃が。
それでも〈ハーモニック〉は攻撃を避けきった。そして攻撃のあった方向へメインカメラを向ける。
トーコもそちらを見やった。
白く塗装された、〈音止〉よりは少し小型。角張った機械的な部分の多いデザインで、少なくとも最新機種では無さそうだった。
「宙間決戦兵器――〈白糸〉?」
〈音止〉が捉えた映像を解析し機体名を判別。
旧枢軸軍が1機だけ製造した実験機。詳細なスペックは不明だ。
『――やっと会えたなあ!!』
〈ハーモニック〉が〈音止〉に背を向けた。
踵を返したかと思えば、共鳴刀を両手で握り〈白糸〉へと突貫している。
「無視すんな!!」
トーコは右腕副砲を向けて〈ハーモニック〉の背中を狙い打ちにする。
回避行動をとらない。全弾命中するがコアユニット至近だけあって装甲が厚い。
振動障壁を解除出来てもダメージを与えられない。
〈ハーモニック〉は〈白糸〉へと共鳴刀を突き出す。
旧型機で〈ハーモニック〉の相手は無理だ。
トーコは通信機に向かって叫ぶ。
「さっさと逃げて!!」
『そっち行くからコクピット開けて。
左腕武装解除――してるね。火器管制オープンして』
「はあ!? あんた何を――」
女の声で一方的に指示を出される。
次の瞬間には〈ハーモニック〉の一撃が〈白糸〉腹部を貫いていた。
「だから逃げろって――」
『準備しておいてね』
一方的にそう投げかけられ通信が終了。
〈ハーモニック〉の共鳴刀が機体を貫いたのだ。旧枢軸軍機体故に共鳴対策は施されていたが、貫通した刃は後部のコアユニットまで貫いている。
〈白糸〉が左腕主砲を強制脱離。
更に〈白糸〉が備えていた対装甲爆雷が全て投下される。爆雷は推力を与えられず〈白糸〉周囲を漂う。ほとんど自爆のような物だ。
だがそれ以上に、臨界を起こしたコアユニットが真っ白な光の柱を吹きだし暴走を開始。
〈白糸〉機体はバラバラになって崩壊を始める。
爆発に巻き込まれた〈ハーモニック〉。
振動障壁が解除されていたため、至近での爆発に機体が震える。
――攻撃するなら今。
副砲を構える。
目の前は真っ白で自動照準不可能。拡張脳へと演算命令を飛ばす。
その拡張脳が生体反応を捉えた。
先ほど強制脱離された〈白糸〉主砲が、機体爆発の余波を受けて〈音止〉へ向かって飛んできている。
しかもその主砲にワイヤーをくくりつけ、宇宙服姿のパイロットがついてきていた。
「正気じゃない! 何してるのよ!」
回収に向かいながら、コクピットを開く。
火器管制もオープンにすると、〈白糸〉主砲の武器情報が取得される。
自動装着を実行し〈音止〉左腕へ引き寄せると、パイロットはワイヤーを振りほどき主砲を蹴って、コクピットの後部座席へと転がり込んできた。
トーコはコクピットを閉じると、乗り込んできたパイロットへと文句を言いつける。
「あんた何考えてるのよ!」
「細かい説明は後。
まだ戦えるね? トーコ」
「当然」
「OK。来るよ!」
〈白糸〉爆発に巻き込まれていた〈ハーモニック〉が姿勢を立て直し、〈音止〉へ向き直る。
損傷は僅か。
トーコは左腕に新たに装備された主砲を向ける。
”視えてる?”
脳に直接メッセージが届く。後部座席に座った女性が、有機ケーブルを首筋に接続していた。
トーコは神経接続を介して返す。
”視えてるよ”
”OK。
サポートはするけど操縦はそっちでなんとかして”
”なんとかって”
”正面。突っ込んでくる”
”分かってる”
邁進してくる〈ハーモニック〉。
元より危険を顧みない突撃を繰り返していた彼女だが、今まで以上に恐れることなく愚直に真っ直ぐに突っ込んでくる。
トーコは拡張脳へと意識を向ける。
”警告 : 拡張脳複数確認
: 循環接続 要接続確認
: 保護機構――”
警告が途中で途切れ、別の処理が上書きされる。
”処理 : 第二拡張脳接続完了 正常動作確認
第二拡張脳 : 演算効率 第一拡張脳比 9%”
〈ハーモニック〉が位相光線砲を構える。
拡張脳が軌道を予測――の前に、第二拡張脳から信号。
”減速しつつ軽くロール入れて”
トーコは言われるがままに操縦。
直ぐに拡張脳からの解析結果を受けて回避軌道修正。
6つに別れた位相光線砲が飛来するが、全て回避成功。
「その調子その調子」
「ちょっと黙ってて」
後ろではしゃぐ女性を黙らせて戦闘へと集中。
彼女の思考によって、拡張脳の結果を見てから行動判定する一瞬のラグが埋まった。
突っ込んでくる〈ハーモニック〉に対し左腕主砲を発射。
白線が無数に別れ、若干の時間差を持って〈ハーモニック〉へ襲いかかる。
1発1発の威力こそ元の主砲には及ばないが、それでも振動障壁を崩すには十分な威力。
突貫してきた〈ハーモニック〉は回避に専念しなければならなくなる。
――まだ戦える。
位相光線砲の攻撃を掻い潜り、主砲で応戦。
思考ラグが無くなり、拡張脳の超高速演算の真価を発揮できるようになった。
周辺宙域の環境情報を取得。
敵機特性と、主砲特性を学習し数式化。
亜高速で飛来してくる攻撃を、発射寸前には完全予測可能になった。
体感速度が遅くなり制止したようにすら感じる宇宙の中で、トーコはあらゆる攻撃を回避し、敵機回避機動先へ向けて主砲を撃ち放つ。
〈ハーモニック〉は回避に手一杯で攻撃が緩くなった。
遠距離戦を制した。
だが完全に優位に立ったわけでは無い。
”危険 : 脳蓄積疲労 95%
警告 : 冷却機構負荷 90%”
まだ有効打を与えられていない。しかしトーコの脳は限界寸前だ。
拡張脳も冷却機構が危険領域に迫りつつあった。
”接近戦で一気に決着つけたらどう?”
”簡単に言わないで。空間の揺らぎ使って瞬間移動してくるのよ”
”予測して対処すれば良いでしょ”
”もっと的確にアドバイスできないの”
”勘でいけるよ。大体勘に従っておけば上手く行く”
”だからあんたみたいなのは嫌いなのよ”
勘で何とかなるなら最初から問題なんて存在しない。
されど、このまま遠距離戦を続ければ〈ハーモニック〉より先にトーコの脳が動かなくなる。
歯を食いしばって脳疲労による頭痛と発熱、吐き気を堪え、〈ハーモニック〉まで到達する最適なルートを策定。
前進開始。距離を詰めながら主砲攻撃を続け、〈ハーモニック〉をその場に釘付けにする。
〈ハーモニック〉もただ待っているわけではない。距離を詰められると、共鳴刀を抜いて臨戦態勢をとる。
距離が十分に縮まった。
〈ハーモニック〉がエネルギー充塡完了した主砲を向けるのに合わせて、トーコも主砲を向ける。
至近距離で同時に放たれた主砲。
エネルギーの塊がぶつかり合い大爆発を起こした。〈ハーモニック〉も〈音止〉も主砲を投棄し爆発の中へ身を投じる。
横薙ぎに払われた共鳴刀をトーコはギリギリで後方に避ける。
共振ブレードを抜いて反撃。スラスター制御で距離を詰めながらの連続攻撃を繰り出す。
〈ハーモニック〉の反応速度がここに来て更に上がった。
攻撃を躱され、切り返しの一撃を正面装甲に受ける。傷は浅い。
”最終警告 : 脳蓄積疲労99%
最終警告 : 冷却機構負荷 98%”
脳疲労は限界に達している。
いつ意識を失ってもおかしくない。
もう〈音止〉には安全機構は組み込まれていない。意識を失うまで拡張脳は動き続ける。
”無理なら変わるよ。
と言っても操縦できるほど感覚戻ってないけど”
”なら黙ってて”
”了解。任せるよ”
意識が途切れる前に。拡張脳が機能停止する前に。とにかく迅速に決めきらないと行けない。
振り下ろした共振ブレードが共鳴刀を捉える。
振動障壁とは周波数が違うため共振破砕が起こらない。
異なる2つの周波数がぶつかり合い、甲高い音を立て弾かれる。
『所詮は装甲騎兵乗りだなあ!』
〈ハーモニック〉は両手に共鳴刀を引き抜いた。
左右から漆黒の刀身を持つ共鳴刀の連続攻撃が襲いかかる。
致命傷を受けないようにするので精一杯だった。
回避しきれずいくつも装甲面に傷がつく。
”瞬間移動来るよ”
報告にトーコは身構える。――どの方向から仕掛けてくるか。
〈ハーモニック〉の姿が陽炎に包まれ消える。
同時に姿を現したのは、〈音止〉の懐。超至近距離だった。
コクピットブロックまで届くような間合いで〈ハーモニック〉は横薙ぎに共鳴刀を払った。
だが共振ブレードの柄が〈ハーモニック〉右手を強打し、その手から共鳴刀を叩き落とす。
「私は装甲騎兵乗りだからね。超至近距離戦闘の経験はこっちの方が上だよ」
〈ハーモニック〉は残った左手の共鳴刀を突き出す。
トーコはギリギリで回避行動をとり、ダメージを腹部側面の装甲版のみに留めると、超至近距離を保ち共振ブレードを切り上げる。
刀身が〈ハーモニック〉正面装甲を撫でるが、瞬間移動直後のため振動障壁が作動していない。共振破砕は起こらない。
”緊急報告 : 冷却機構動作停止
最終警告 : 拡張脳 熱暴走開始”
熱暴走を起こした拡張脳はノイズ混じりの情報をトーコへと送りつけてくる。
意識が途切れぬよう強く歯を噛みしめ、目を見開き、最後の攻撃を敢行。
ブースターと全スラスターを使って急速前進。
〈ハーモニック〉へ体当たりをかける。
機体強度は〈ハーモニック〉が上。損傷覚悟で機体をぶつけ、0距離から副砲をフルオート連射。
復旧した振動障壁によって無力化される。
〈ハーモニック〉が共鳴刀を構えた。
”袈裟斬りで来るよ”
”見えてるよ!”
拡張脳に頼るまでも無い。
トーコはこれまでの装甲騎兵パイロットとしての経験からサブリの行動を予測した。
副砲を投棄。火薬の力で分離されたそれは共鳴刀の進路を塞ぐ。
〈ハーモニック〉は構わず共鳴刀を振り下ろした。
専用設計されていない副砲は、共鳴刀が触れると無限大の振幅を与えられ粉々に粉砕される。
共鳴刀は速度を失うこと無く〈音止〉右肩に振り下ろされた。
だが速度はそのままでも、共鳴を発動させたことで振動が失われた。
〈音止〉肩部装甲を抉るも、それを突き破れない。
『この半人前風情があああ!!』
サブリの叫びが聞こえる。
トーコは構うこと無く、共振ブレードを〈ハーモニック〉正面装甲へと突き刺した。
「半人前で結構。
1人じゃ戦えなくても、誰かの力を借りれば勝てるなら、それで十分でしょ」
共振ブレードが〈ハーモニック〉振動障壁と反応。
空間の揺らぎが共振を起こし、瞬間的に無限大の揺らぎが生成される。
構造を維持出来なくなった〈ハーモニック〉は原子レベルで分解されていく。
サブリは緊急離脱レバーを引かなかった。
〈ハーモニック〉は一欠片も残すこと無く、外縁天体群の宙へと消えていった。
トーコは脳蓄積疲労のせいでまともに動かない腕をなんとか操って、操縦桿中央に配置されたボタンを押し込む。
アイノが製造したエマージェンシーパック――要するにゲロ袋――へと胃の中の物を全部吐き出す。
全部出したのに吐き気はおさまらない。ついでに頭痛と発熱で死にそうだ。
それでも〈音止〉の状態を確認。
必要なら〈ニューアース〉へ援護に向かわなくてはいけない。
拡張脳は――機能停止。熱暴走を起こしてシナプスが焼き切れている。
アイノですら構造を把握できない物体だ。2度と動くことはないだろう。
機体の方は動作している。ダメージはあるが、通常動作させる分には問題無し。
武装が共振ブレードしか残っていないので、エネルギーと合わせて〈スサガペ号〉から補給して貰う必要はあるだろう。
肩に突き刺さっていた共鳴刀を引き抜いて、まだ使えそうなのでハードポイントへと収めておく。
それからトーコは問いかけた。
「で、結局あんた何しに来たのよ」
「え? 助けに来たんだけど。
ちゃんと役に立ったでしょ」
「あんまり役に立たなかった」
「えー。元はと言えば拡張脳だって私のものなんだけど」
「取り出したのも使えるよう調整したのもアイノ」
「それは違いないけどさ」
トーコは振り返らず、正面ディスプレイを見つめる。反射して映る、後部座席に座る女性の顔。
確かに自分に良く似ている。年の差があるので老けては見えるが、隣に並んで立ったら誰も親子であることを疑いはしないだろう。
「育てられもしない子供をどうして産んだのよ」
「恥ずかしいなあ。言わないとダメ?」
「言え」
言いつけると、彼女は素直に告白した。
「死ぬ前に好きな人の子供を産みたくて」
「はあ?」
あまりにもバカバカしい回答を返されて、トーコはしらけてしまった。
何のために自分が生まれてきたのか。
その回答としてはあまりにふざけていて、産まれてくる子供のことなんか微塵も考えて居ない。
トーコは回答内容によっては取りやめにしようとしていた計画を実行に移すことを決意した。
「後で殴るから」
「いいよ。そのかわりに抱きしめてもいいなら」
「自分勝手なことばっかり」
トーコは正面ディスプレイに映るアキの顔から目を逸らすと、〈音止〉を操縦し、未だ戦闘の続く〈ニューアース〉を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます