第295話 超重装機〈ハーモニック〉

 通路爆破に巻き込まれ、下の階層まで落ちてしまったタマキ。

 襲いかかってくる無人攻撃機を潰しつつ現状確認。

 現在地は第2階層。真っ直ぐ主機関室へ向かいたいが、この階層から直通する通路はない。整備用通路を通らなければならないが、どこから入るのか。少なくともコゼットが用意した艦内マップには記されていなかった。


「だれかいますー?」


 一通り無人攻撃機を倒しきったところで声。

 声のした方向を見やると、〈空風〉を装備したナギ・イハラが居た。


「あ! タマキちゃんだ!

 助かりましたー。アイノ様とはぐれてしまって。ここどこか分かります?」

「現在地は把握しています」

「流石です! 頼りになりますね!」


 ナギは脳天気に笑って、手にしていたチェーンブレードを格納した。

 タマキはため息をつきつつも、他の隊員と連絡を取ろうと通信機を呼び出した。


 ナツコからフィーリュシカの機体破損についての報告が為される。

 彼女らしからぬ、感情のない声に違和感を感じる物の、可能なら作戦継続を指示。

 それからイスラへと通信を繋ごうとしたところ、突然通信機がエラーを返した。


「――通信妨害?」

「本当です。

 これ、連合軍の妨害プロトコルですね」

「解除方法分かります?」


 タマキには前大戦時代の通信妨害に対応する手段が分からない。

 しかしナギもかぶりを振った。


「こういうのはアイノ様やフィーちゃんの担当だったので」

「でしょうね」


 ナギの助手としての役割は、アイノの身の回りの世話と自衛だ。

 技術的な事柄に関しては、手順書なり調整済みの端末なりを渡して、後はこれを動かしてこうすれば良いと明確な指示を与えてやれば実行できるが、そうでなければ大したことは出来ない。


 タマキはナギと2人きりになってしまったことにもう一度ため息を吐いた。

 大戦の英雄、ユイ・イハラ提督のほぼほぼ完璧な生体クローン。

 タマキにとって憧れの人物であったユイ・イハラだが、アイノの話を聞いたり、ナギの挙動を見る限り、統合人類政府に残っている記録とはどうにも違った人物であるらしいことは分かった。

 

「こんなとき、イハラ提督ならどうしたと思います?」


 問いかけるとナギは首をかしげて、少ししてから答えた。


「アイノ様に泣きつくか、アマネ閣下に泣きつくのでは?」

「本気で言ってます?」

「お母さんはそういう人です」


 あまりに酷い侮辱だと思うのだが、ナギの見た目はユイそのもの。強く言い返すことも出来ない。

 それにナギを見ていると、ユイ・イハラもこんな感じだったのではないかと思えてくる。


「とにかく、2人では危険です。誰かと合流したいですが、ともかく通信が復旧しないと不便ですね」

「あ、ちょっと待ってください!」


 ナギが突然駆け出していく。

 そして少し離れた場所から彼女は問いかけた。


「聞こえます?」

「聞こえますよ」

「そうじゃなくて、通信機の方です」


 タマキは言われるがままに外音を遮断して通信機へと耳を澄ませる。

 僅かな距離を開けて立つナギの口は動いたが、通信機から声は聞こえなかった。


「聞こえませんね」

「この距離で繋がらないとなると妨害装置近くにありますね」

「なるほど。

 どの辺りだと思います?」

「そこまではさっぱり」


 肝心な所で知識が足りていないが、それでも通信妨害装置が近くにあると分かったのは大きな成果だった。

 タマキは艦内マップを開き、現在地近くの情報を確かめる。


「普通、自艦内に対して通信妨害をかける機会はそうないはず。

 だとすれば妨害装置は後付け。今回の移乗作戦を見越して新たに用意したのでしょう。

 そして先ほどまで起動されていなかったが、現在は低出力状態でも動作しているから、主機関である零点転移炉の極近くに設置されている可能性が非常に高い。

 つまり――」


 艦内マップから該当する場所を導き出す。

 第2階層。零点転移炉の置かれた区画の真横に、艦内通信予備室が存在した。


「ここは通信室として運用されて居たのでしょうか?」

「どうでしょう?

 あ、そうだ。コゼットちゃんに確認すれば分かります!」


 ナギはぱあっと表情を明るくさせると、思いついた案を実行に移す。

 通信機を使ってコゼットへ問いかけるのだが、当然返答はない。


「通信は繋がりませんよ」

「そうでした。うっかりしてました」


 本当にこの人はユイのクローンなのか。そもそもこの人と一緒に居て自分は安全なのだろうか。

 タマキの脳裏に不安がよぎる。

 だがとにかくまずは現状を打開しなければいけない。

 通信さえ繋がれば状況判断もしやすくなるし、指揮もとれるようになる。


「確かめに行きましょう。

 通信妨害装置の置かれている場所の選択肢はそう多くありませんし、主機関方向へ向かう道中です。

 移動も無駄にはならないでしょう」

「はい! やっぱりタマキちゃんは頼りになりますね!」

「その呼び方何とかなりませんか?」


 ユイの見た目をした彼女に、作戦行動中にタマキちゃんと呼ばれるのはむずがゆい。

 ナギの方は悩んだような表情を見せて、あっけらかんと答えた。


「ではニシ隊長で」

「それはそれで――。いえ構いません。そう呼んでください」

「はい。私はナギで良いですからね」

「そうさせて貰います」


 2人は揃って旧艦内通信予備室へ向かう。

 第2階層の通路を無人攻撃機を撃破しつつ進み、ようやく主機関である零点転移炉の置かれた区画の正面まで辿り着く。


 第2階層から主機関室へ直接通じる道は無い。

 心臓部である主機関室の壁は分厚く2人の武装では破壊も出来ない。

 楕円形に区切られた主機関室を迂回して、艦内通信予備室方向へ。


「敵機」

「下がって」


 前方を進んでいたナギが報告と共に後退。

 タマキの〈C21〉に積まれた戦術レーダーも敵の存在を確認した。


「〈ハーモニック〉?」


 捉えたコアユニット周波数を見てタマキは問いかける。

 装甲騎兵〈ハーモニック〉。全長7メートル級。2人の進む通路は高さ3メートルほど。とても〈ハーモニック〉がこの場に収まりきってるとは思えない。


「もっと小型でした。でも60ミリ砲装備です。

 超重装機になりますかね?」

「〈ハーモニック〉のコア積んだ〈R3〉ってこと?

 とんだ変態機ですね」


 カリラが見たら絶対に無傷で回収すると言い出しかねない機体だ。

 しかしタマキにとっては障害でしかない。

 されどこの広くはない通路。対歩兵砲を装備した超重装機が待ち構えているのでは先に進めない。


「迂回して反対方向からになりますかね?」


 ナギは問いかけるが、タマキはその判断が正しいとは思えなかった。

 こちら側にこんな物を配置したのだから、反対側だって何らかの対策がされているはず。


「遠回りする時間が惜しいです。

 それに追ってこられて挟撃を受けるようなことになれば最悪です」

「では突破します?」


 タマキはナギの顔を見やる。

 脳天気そうに笑う彼女。

 突破するだなんて、言うのは簡単でも実行するのは容易ではない。

 相手は戦闘状態で待ち構えているのだ。


 ナギの装備は高機動機〈空風〉。

 タマキはその機体については嫌というほどよく知っている。

 速度こそ出るものの装甲は限りなく少なく、火器管制の類いすら積んでいない。その上安全を無視した搭乗者殺しの機体だ。


「その機体で敵機に肉薄できますか」

「何とかなると思います」

「イハラ提督はあまり戦闘は得意で無かったと聞いています」

「お母さんはそうです。

 でも私はアイノ様に戦闘知識を書き込まれていますから。

 カリラちゃんと同じくらいには動けると考えて貰って構いません」

「それは結構。ですがミスしたら終わりですよ」

「私はミスしません。ニシ隊長はどうです?」


 バカバカしい質問だとタマキは顔をしかめながらも答える。


「わたしもミスはしません」

「なら大丈夫ですね!」

「脳天気な人です」

「えへへ。お母さん譲りです」


 とんでもない侮辱だ。

 だけれどタマキも、そんな風に言ってのける彼女のことを気に入っていた。


 それにカリラと同じように扱えるのなら、上手くやってくれるだろう。

 問題は肉薄した後。

 相手が〈ハーモニック〉のコアを積む以上、当然振動障壁を備えている。

 ナギの装備はチェーンブレードと炸薬式アームパンチ。それに振動ブレードとハンドアクス。どれも重装甲機相手には有用とは言えない装備だ。


「後方に回り込んで錯乱を。

 こちらで対装甲ロケットを叩き込みます」

「はい! お任せします!」


 タマキは左肩に装備した対装甲ロケットを火器管制から呼び出す。

 振動障壁に対しても有効な3連タンデム弾頭だ。相手が超重装機であろうとも、命中させてしまえばダメージは通る。


「では短期決戦で行きます」

「はい、合図を」


 ナギが機体加速区間を稼ぐため後退。

 タマキは彼女の準備が終わると自身の武装再確認を行い、攻撃開始の合図を出した。


「作戦開始!」

「行きます!」


 〈空風〉が一時的に出力を上昇させる高機動状態に入る。同時にブースター点火で一気に加速。

 最高速度で敵超重装機の射線へと飛び出す。


 対歩兵60ミリ榴弾砲が炸裂。更には敵機左腕に備えられた30ミリ機関砲が火を吹いた。

 ナギと敵機の距離は20メートル。

 宇宙最高を誇った〈空風〉はその距離を一気に縮め、60ミリ榴弾の近接信管による爆発を背後で受けて肉薄。

 無傷で敵機側面に回り込んだ。


 敵機脚部から対歩兵爆雷が撃ち出される。

 ナギはハンドアクスで爆雷を叩く。信管が動作不良を起こし爆雷は起動しない。

 その一瞬後に〈空風〉は敵機背後をとっていた。


 チェーンブレードを引き抜き攻撃。

 後頭部を狙うが振動障壁で攻撃軌道が逸らされる。だがナギはそれを予測済み。

 チェーンブレードは意志を持ったようにうねり、敵機右腕の60ミリ砲を捉える。

 刀身を繋ぐワイヤーが切れて分断され、60ミリ砲可動部に巻き付く。取り外さない限り60ミリ砲は使用できない。


 タマキが突出。ロケット砲を照準して前進。

 直ぐには撃たず十分距離を詰める。


 その間にもナギは敵機背後から攻撃を続ける。

 振動ブレードを突き立て振動障壁を作動させる。

 それでも敵機は正面を向いたまま。ナギが超重装機に対して有効な武装を所持していないことが分かっている。

 正面のタマキだけに集中し、30ミリ機関砲を放つ。


 前進するタマキは敵機砲口の向きを注視。

 射線から逃れつつも距離を詰める。相手は超重装機。動きは遅い。

 相対距離4メートルまで接近。

 左肩、対装甲ロケットを構え、正面装甲へ狙いを定める。


 だがその瞬間、敵機腰部に装備されていた機関銃がタマキへと指向した。自動迎撃機銃。

 構わずロケット射出。迎撃を妨害するため12.7ミリ機銃を乱射。ナギも背後から攻撃を仕掛け注意を逸らそうとする。


 敵機迎撃機銃が放たれたロケットを穿つ。

 だが3連タンデム弾頭は、先頭のみが脱落してもそのまま進み続ける。

 迎撃された先頭弾は起爆。その爆風を受けて後続のロケットが逸れる。

 正面装甲へ浅い角度で侵入した対装甲ロケットは、起爆したものの有効打とならない。

 敵機は正面爆発反応装甲を失ったが衝撃を耐えきった。


「畳みかけます! 援護を!」

「はい!」


 ロケットでの攻撃は失敗したが、既に十分接近している。

 今から距離をとってしきり直す余裕はない。ここで決めきると、タマキは邁進。


 ロケットの爆発を受けた敵機が旋回。爆発の衝撃すら利用して指向された機関砲がタマキの進路を捉える。

 タマキは一瞬だけ回避行動をとった。

 30ミリ機関砲弾が飛来。腹部装甲に浅く入った。DCS運動制御が自動起動され衝撃を外側へ逸らす。

 ダメージは最小限。

 レーザーブレードを引き抜き突撃。自動迎撃機銃の弾幕を装甲で受けきり肉薄。


 後方からナギも合わせる。

 ハンドアクスで後頭部を殴りつけるが振動障壁に阻まれる。

 そのまま0距離戦闘継続。コアユニットを右腕で殴りつける。やはり振動障壁に阻まれたが、炸薬式アームパンチ作動。

 振動障壁による外向きの力を押し返して、強力な応力を生じさせる。

 振動障壁は一時無力化。


 そのタイミングで肉薄したタマキがレーザーブレードを一閃させた。

 振動障壁を解除され、爆発反応装甲も失った敵機正面。

 最強の近接武装であるレーザーブレードは、その装甲を易々と切り裂いた。


「止めを」

「お任せ下さい!」


 正面装甲が破られ振動障壁が再起動されない。

 ナギは敵機首筋を踏みつけるとアンカースパイクを起動。射出された金属杭は敵の脊椎を砕いた。


 敵は直立姿勢のまま動かなくなった。

 タマキは敵機背後に回るとレーザーブレードで敵コアユニットを破壊する。

 それで完全に機体機能が停止し、敵はその場に崩れ落ちた。


「良い武器ですね。私も欲しいです」


 レーザーブレードに興味を示すナギ。

 タマキはそれをコアユニット下部に懸架し直すと返す。


「上げませんよ。友人から貰った大切なものです」

「それは素敵ですね。

 さあ、先に進みましょう! ブリッジに、じゃなくて何処へ向かうんでしたっけ?」

「艦内通信予備室。

 通信妨害機構を見つけて破壊します」

「そうでした! 行きましょう!」


 2人は通路を進み、先を目指した。


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