第294話 艦内空戦


 中央通路の爆破と隔壁操作。

 ツバキ小隊は分断された。


 その中でリルは1人、飛行可能機であることを活かし欠落した通路を飛び越え、隔壁が降りる寸前の整備用通路へ入り込んだ。

 機体の大きい〈Rudel87G〉で狭い通路を飛び抜ける。


 このまま真っ直ぐに主機関まで辿り着けそうだと、艦内マップを頼りに飛行。

 目の前に明かりがこぼれる出口。その向こうが主機関室で間違いない。

 リルは機体システムから反動抑制機構を呼び出す。


 カリラが製造したそれはDDIと呼ばれ、内部処理はともかく、結果だけ見た場合はDCSと同じような働きをする。

 物理法則改変により瞬間的に攻撃の反動を抑制する。

 改変できるのが古典力学のみに限定されるが、その分反動抑制効果は絶大だ。


 >DDI 古典力学改変 : 抑制


 物理法則がねじ曲げられると同時に両腰に装備された37ミリ砲の仮想トリガーを叩く。

 反動抑制をかけたとしても、両側同時に発射しなければ失速を起こしてしまうのだ。


 強力な37ミリ砲弾が出口を吹き飛ばす。

 主機関室は明かりが煌々と照りつけていた。強烈な光に目を焼かれながらもリルは突入する。


 広々とした空間。

 中央には〈ニューアース〉の心臓。巨大な零点転移炉。

 縦に長い卵形のその機構は〈ニューアース〉の艦内構造。第1階層から第2、第3階層までぶち抜くほどの巨大さで、低出力稼働中にもかかわらず膨大なエネルギーと熱量を産み出していた。


 ここだけはエネルギー供給がなされているため部屋中の明かりが灯り、更には零点転移炉を覆うように冷却塔が設置され、稼働中を表す青色の明かりが灯っていた。


「こちらツバキ7。

 零点転移炉まで到達――聞こえてないわね」


 通信機に声をかけるがまるで繋がらない。

 零点転移炉という、機構そのものが物理法則に逆らった超高出力機関が目の前にあるのだ。

 通信のか細い信号は霧散してしまい誰にも繋がらない。


 リルは考える。

 いったんこの場から離れて通信を試みるべきか、1人でも零点転移炉の制御盤を探して停止コードを実行するか。


 いまいち零点転移炉に対する知識も、制御盤のハッキング知識もないので1人でやりきれる自信はない。

 だが通信を試せる距離まで離れたところで、誰かがこの場に駆けつけられる状況にあるとも限らない。


「とりあえず制御盤の位置だけ確かめる」


 繋がらない通信機へそう報告して、リルは零点転移炉の周囲を反時計回りに旋回しながらゆっくり高度を落としていく。

 怪しいのは一番下だが、それ以外にも艦内と繋がる太いエネルギーラインを無視出来ない。

 1つ1つ確かめながら降下する。


 目を凝らしながら降下していたリルだが、直感が回避行動をとらせた。

 左方向へ機体を振る。

 ギリギリで飛来した機銃弾を回避。

 攻撃は真上から。バックモニターで確認。背後をとられている。


 敵機は〈エリスモデル4〉。最新鋭の第5世代型競技用飛行偵察機。

 それを操縦する人間にリルは心当たりがある。


「ロジーヌ・ルークレア! 探す手間が省けたわ!」


 リルは飛行攻撃機。相手は飛行偵察機。

 空中戦になれば圧倒的にリルが不利だ。

 機動力では相手側が大きく勝る。だというのに速度も高度も向こうが有利。


 飛行攻撃機は防御装甲を有しているが、それは下方からの対空機銃に対する物で、上方からの攻撃に対しては全くの無力だ。

 当たれば貫通する飛行翼、燃えやすいブースターにエネルギーパック。機銃弾で問題無くぶち抜ける後頭部。


 弱点を曝している上に、相手はロジーヌ・ルークレア。

 統合人類政府内でトップの飛行偵察機操縦技量を持っていた天才だ。


 それでもリルは空戦を挑む。

 整備用通路に逃げ込んで閉所戦闘に持ち込んだほうが勝率は高いだろう。

 だがロジーヌ相手にそんな小細工をするつもりは無かった。

 相手の望む空中戦で戦って、その上でぶちのめす。


 煙幕展開。同時にDDI機構へコマンドを叩き込む。


 >DDI 古典力学改変 : 浮揚


 機構が物理法則を書き換え重力を緩和。軽く扱われた機体が通常の限界仰角を越えて急上昇。

 高度を上げたが速度は維持。DDIによる重力緩和が途切れると同時に水平飛行へと戻した。


 煙幕の切れ目からロジーヌの姿を確認する。

 距離は詰めたがまだ後ろをとられている。


「鬱陶しい!」


 構えられた狙撃銃の銃口から逃れるよう、加速しながら機体を左右に振る。

 最高速度では同等でも加速性能では大きく劣るし、そもそも旋回性能が低すぎて零点転移炉の周囲を旋回して回らないと行けないこの状況では最高速度まで辿り着けない。

 勝っている急降下性能で対処しようにも、相手が乗ってこなければ床に縛り付けられて一方的に上から撃たれるだけだ。


 それでも対抗手段はある。

 強力な37ミリ砲と、古典力学改変。

 ロジーヌが経験したどんな空中戦にも存在しなかったであろう装備が揃っている。


 背後で銃口が瞬く瞬間、機体を捻って上昇をかける。

 DDIコマンドを呼び出す。

 コマンドは全てカリラが作った物だ。正直リルには彼女の作成したコマンドを完全に信用することは出来ないのだが、それでも使うしかない。


 >DDI 古典力学改変 : 反転


 急旋回。フラップと推力偏向まで使って機体を反転させ無理矢理後方へと向ける。

 本来そんなことをすれば機体は耐えきれずバラバラになるし、耐えたとしても速度はほぼ0になり継戦不可能。

 だが古典力学における物理パラメーターが刻々と書き換えられて、機体が受けるはずのGは打ち消され、前向きに存在していた運動エネルギーはほぼ全量を保って後ろ向きに転置される。


 完全に速度を維持した状態での反転。

 あり得ない挙動を見てロジーヌは機体をロールさせ回避に転じる。


 リルは右手に持った狙撃銃を構えロジーヌ機を狙った。

 1発発砲したが狙いが定めらていない。回避され、ロジーヌは銃口から逃れるように機体を捻る。


 空中で2人の機体が交錯する。

 相対距離5メートル。高度・速度がロジーヌ有利な状況は変わらないが、リルはその差を縮めていた。

 両者とも銃口の指向が間に合わない。そのまますれ違い、逆方向へ飛行して零点転移炉を周回。


 DDI機構のエネルギー装填完了。

 零点転移炉を半周し、ロジーヌ機が見えたところでリルは容赦なく仮想トリガーを叩いた。

 空中戦においては圧倒的な火力を持つ37ミリ砲。

 機動能力のみを重視し装甲をほとんどもたない飛行偵察機は、その榴弾の破片でも致命的な損傷を受ける。


 37ミリ榴弾が零点転移炉側面に命中し爆発。

 ロジーヌは機体の被害面積を最小限にするよう位置取りし金属片をやり過ごす。


 リルは仕留めきれなくても多少のダメージは与えられるだろうと踏んでいたのだが、彼女は無傷で榴弾砲の爆発を掻い潜った。


 ロジーヌは爆発の余波を飛行翼で受け、短く上昇しながら攻撃姿勢をとる。

 上向きに37ミリ砲を放った直後の〈Rudel87G〉は速度が低下している。咄嗟の判断で更に機体を起こし、狙撃銃による攻撃を正面装甲で受ける。


 胸部装甲が12.7ミリ弾を弾いた。

 狙撃仕様の強装弾。しかも銃口初速の高い長銃身。

 胸部装甲は銃弾を弾きはしたが、衝撃を殺すために脱離される。


「クソッ! この程度なんとかしなさいよ貧弱装甲!」


 文句を言っても無駄だと理解しているが、それでもリルは言い捨てる。

 姿勢を戻しブースター点火。出し惜しみする余裕はない。

 ロジーヌと交錯。互いにそのまま加速しすれ違う。


 ブースターによって大きく速力を得るが、〈Rudel87G〉の旋回能力では狭い空間で曲がりきれない。

 リルは外壁に衝突する寸前に機体を横にして、機動ホイールで壁面を走った。

 機体脚部が損傷を訴えるが無視。ブースター最大噴射を継続。


 半周したところで再びロジーヌと接敵。大きく高度優位に立たれている。37ミリ砲の指向が間に合わない。

 壁を蹴って飛行状態へ戻り、ブースター投棄と共に適当に照準して砲撃。

 DDI機構を動かし古典力学改変。発射の反動を転化して機体軌道を強引にねじ曲げロジーヌの攻撃を回避。

 その攻撃の隙を狙って狙撃銃を構える。


 ロジーヌが急上昇して銃弾を回避。

 既に彼女は天井間近まで迫っている。


 リルは短期決戦を決意。このまま長期戦に持ち込まれ、37ミリ砲弾を撃ち尽くしたら勝ち目は無くなる。

 そしてロジーヌが強引に高度を取り速度を落とした今が好機だった。


「クソ女! 何で裏切ったのよ!」


 暴言を吐きつつ零点転移炉へ突っ込む。そのまま冷却塔を蹴って軌道変更。無理矢理上昇軌道に乗る。

 ロジーヌは応答した。


「裏切ってない。

 元々私はスーミア様の味方」


 無茶な上昇をかけるリルに狙撃銃弾が襲いかかる。

 リルはそれを腕部装甲で受け流し上昇を継続。


「それでもあんたはあいつの副官だっただろうが!」


 上方へ向けて放たれる37ミリ榴弾。

 天井で爆ぜたそれは照明を砕き金属とガラスの雨を降らせる。

 ロジーヌは飛行翼が破損する限界速度で急停止をかけ寸前で金属片を回避。そのまま自由落下しつつ攻撃をかける。


「スーミア様は私を育ててくれた。その恩を返すのは当然」


 急降下攻撃を受けたリル。

 零点転移炉に突っ込み、冷却塔を脚部装甲でぶちまけながら減速し旋回。

 失速を起こして旋回半径を縮め銃口の指向から逃れる。更に降下していくロジーヌを追いかけ急降下開始。


「何が育ててくれた恩よ!

 勝手に育てて良いように利用してるだけでしょうが!

 あんたは思考停止して盲目的に従ってるだけの愚か者よ!」


 背後から狙撃銃を放つがロジーヌには当たらない。

 急降下体制をとるため攻撃を停止。そのまま真下へと渦を描くように落ちていく。


「愚か者で結構。

 母親に対して何の恩も感じない恩知らずよりマシです」

「勝手に産んだだけの恩なんてクソ食らえよ!」


 あっという間に床が迫る。

 ロジーヌは速度を落とさない。

 リルも機首を起こすことなく急降下。急降下性能は〈Rudel87G〉が上。速度差が埋まり、ロジーヌの背中に追いすがった。


 床に激突する寸前、ロジーヌが急減速を開始。強引に起こした機体が悲鳴を上げ、展開されたフラップが吹き飛ぶ。

 リルもダイブブレーキを展開。急降下姿勢のまま37ミリ砲を指向。


 床面に激突する寸前、ロジーヌの〈エリスモデル4〉は停止して水平飛行へ移行。

 急反転しつつ狙撃銃を後方へと向ける。


 リルはその銃口が指向する先へ真っ直ぐ落ちていた。


 >DDI 古典力学改変 : 転移


 殺しきれなかった速度をDDIによって別方向のエネルギーへ変換。

 急減速のGを殺し床面に脚から着地。


 ――1手足りない。


 ロジーヌの狙撃銃は指向されている。

 リルの狙撃銃はまだロジーヌを捉えていない。


 多分痛いだろうな。そう思ったが、リルは行動に移した。

 ロジーヌが狙撃銃のトリガーを引くより先に、37ミリ砲の仮想トリガーを叩く。


 DDI機構を使わずに37ミリ砲が放たれた。

 発火炎の瞬きを至近で受けたロジーヌはトリガーを引けない。


 〈Rudel87G〉は衝撃を受けきれず、腰部パーツが歪み37ミリ砲を強制脱離させる。

 それでも衝撃を殺しきれずリルは後方へと弾き飛ばされた。


 撃ち放たれた砲弾はロジーヌへ迫った。

 あまりに距離が近すぎたので近接信管が作動しない。砲弾はロジーヌの至近を通り抜け、壁面に命中したところで炸裂。

 ロジーヌ前方から金属片の雨が襲いかかる。

 彼女は爆炎の中に突っ込み、機体各所が損傷。飛行翼が再起不能な損害を受け、床へと叩き付けられた。


 リルは朦朧とした意識の中で立ち上がろうとする。

 37ミリ砲投棄。更に機体が衝撃によって動作不良を起こしまくっている。

 予備動力で動かすが、機体以上に中身がやばい。腰骨か骨盤がどうにかなってる。

 痛みを食いしばって耐え、ろくに動かない右腕パーツを投棄。

 何とか立ち上がって、ロジーヌが突っ込んで行った爆炎の方向をぼやけた視界で睨む。


 ――37ミリ榴弾の爆炎の中。ロジーヌが立ち上がっていた。

 破損した機体を引きずり、木製の長い銃身を持つ骨董品みたいな狙撃銃を構えている。


 相対距離僅か10メートル。彼女が外す距離ではない。

 リルは右腕で狙撃銃を構える。

 それより早く、ロジーヌの持つ銃口が瞬いた。


 銃弾は〈Rudel87G〉の胸部下部へ命中する。

 防御装甲を脱離させていたため残っていた基本装甲で受けるが、耐えきれず貫通した。

 衝撃によって、リルの身体は後方へ――


 ――倒れなかった。

 リルは踏ん張り、ギリギリの所で踏みとどまった。


 朦朧とした意識。ぼんやりとした視界。

 それでも相対距離10メートル。リルにとってその距離は0と同じだ。


 狙撃銃のトリガーを引く。

 堅いクルミの銃床を持つ狙撃銃は、右腕パーツを投棄したリルの肩を容赦なく叩いた。


 決着はついた。

 ロジーヌのぼんやりとした輪郭が崩れ落ちるのを見て、リルも背中から倒れ込む。


 ――全くもってバカげてる。


 体中が痛くて、一体何処が痛いのか自分でも分からない。

 狙撃銃を取り落とし、ひとまずまともに動いてくれている右手を動かしてバックパックを漁り、注射器を取り出して首筋に突き刺す。


 強心剤と痛み止めが全身に回って、ようやく意識がはっきりしてきた。

 機体状況を確認。コアユニットを再稼働させ、動きそうもないパーツは投棄していく。


 バイタルチェック。

 結果は酷い物だったので見なかったことにした。


 身体を起こしてロジーヌの方を見やる。

 リルには結局、彼女のことは理解出来なかった。

 孤児だった彼女はサブリ・スーミアに拾われ育てられた。

 彼女はサブリを信望し、言われるがままに統合軍へ潜入しコゼットの副官となった。


 何がそこまでさせるのか。育てられた恩はそれほど彼女にとって大切な物だったのか。

 もしコゼットやクレアがタマキを裏切れと言ったとしても、リルは決して従わないだろう。


「バカな女。

 ――でも死ぬには惜しいバカだったわ」


 ロジーヌに背を向けたリル。

 むせ込んだが、血は吐いてない。とりあえず肺は無事そう。


 そう言えばどうして助かったのか。

 リルは銃弾が命中した前面基本装甲を外した。

 銃弾の通り抜けていた胸の下辺り。内ポケットの中から出てきたのは、アイノ・テラーの拳銃だった。

 惑星トトミ出立前にコゼットから受け取った物だ。

 ロジーヌの放った銃弾は、そのシリンダーに突き刺さって止まっていた。

 

「バカげてる。

 でもこれのおかげで助かっ――」


 再度むせ込む。

 そしてリルは認識を改めた。


「助かってない。

 肋骨どうにかなってんのよ。クソ」


 機体は飛行不可能。

 痛み止めのおかげでなんとか動けているが、戦闘も多分無理。


 リルは損傷した装甲を取り付け直し狙撃銃を拾い上げると、零点転移炉の制御盤を探して徒歩で移動開始した。

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