第293話 オペレーション・ツバキ
オペレーション・ツバキ。
宇宙戦艦〈ニューアース〉に対する移乗攻撃が開始された。
先頭はフィーリュシカ。それにナツコが続く。
突入管へと身を投げると、ほぼ自由落下で滑るようにして〈ニューアース〉へ。
出口は〈ニューアース〉後部、第3階層中央通路だった。
低出力状態のため非常灯だけが照らす薄暗い通路。
ナツコは環境情報を取得。周囲の物理パラメータは〈スサガペ号〉が構築した仮想世界によって定義されている。
重力が大分小さいが〈R3〉の活動に問題は無し。
艦内地図を開き進行方向を確かめる。
〈ニューアース〉の艦内地図はコゼットが提供していた。
もちろん21年前のデータなので必ずしも正確とは言えない。それでも主要な通路、主機関など、動かすのが難しいものの配置は変わっていないはずだ。
「敵機観測――無人防衛機です!」
三角形の土台をした無人戦闘機械。全高50センチ程度のそれは、脚と機動ホイールを操って通路を爆走してくる。
そしてナツコの姿をみとめると、備えられたビームライフルの銃口を向けた。
青白い光が薄暗い通路を薙いだ。
ナツコは銃口の動きを見て事前に回避していたが、弾速の早さに驚く。
「早いです!」
「銃口の動きを見て。
装甲で弾くことも可能。エネルギー拡散処理が施されている」
「分かりました!」
フィーリュシカの言葉にナツコは応じて即座に反撃開始。
左腕リボルバーカノンは後退させたままで、個人防衛火器を手に持って撃ち放つ。
小型の無人防衛機は関節に直撃を受けるとバラバラになって身動きがとれなくなる。
フィーリュシカの援護もあって、あっという間にその場の制圧は完了した。
「全員降下終了。
防衛は任せます」
タマキが降下完了し、全員の無事を確認すると通信機へ告げる。
この場の防衛は宇宙海賊と、アイノが用意した無人戦闘機に任せた。
ハツキ島婦女挺身隊へは前進命令を下す。
「ナツコさん、フィーさん。中央通路を突破してください。ブリッジを目指しつつとにかく敵の主戦力を引きつけて。
サネルマさん、イスラさん、カリラさん、リルさんは主機関制御室を目指して。零点転移炉の再稼働を阻止してください。
残りは迂回して裏口からブリッジを目指します。
アイノ・テラー。本気で生身のまま行くつもりですか?」
タマキの再三の要求にもかかわらず、アイノは〈R3〉を装備しようとしなかった。
武器も持たず丸腰の状態で、シアンの〈アヴェンジャー〉に背負われている。
「問題無い。シアンが居る」
「お母様はあたしが守るからお構いなく」
「良いと言うなら任せます。
では戦闘開始。出撃コードツバキを発行。くれぐれも油断しないで」
了解を返して、出撃コードが発行された各員は散開していく。
ツバキ小隊としての最後の作戦だ。
発行された『ツバキ6』の出撃コードを見て、ナツコは呼吸を整え作戦に意識を集中する。
機体は〈ヘッダーン5・アサルト〉。
ヘッダーン社が開発した最新鋭突撃機。
拡張装甲は取り外されて基本装甲のみ。それでも機関銃弾を難なく弾く頼れる装甲だ。
コアユニットには冷却塔が2基積まれ、機体各所の放熱板、関節部材は性能重視で換装済み。限界出力で長時間動作させ続けてもオーバーヒートを起こさないよう調整されている。
機体に搭載されたDCS機構は運動、電気、音の3種類。
機体加速から砲弾初速増長、弾道安定。使いようによっては振動ブレードによる共振破砕や、敵の振動障壁の無力化なども出来る。
主武装は左腕25ミリリボルバーカノン。専用弾薬を使うが、威力は申し分なく携行弾数も多いし、砲全長も短く取り回しがしやすい。
それ以外の武装は、右腕にハンドガード付き12.7ミリ機銃と汎用投射機。
投射機で使うグレネードと煙幕弾、対歩兵爆雷は少なめに搭載。
右肩には対装甲ロケット射出機。〈ハーモニック〉の振動障壁さえ貫通可能な3連タンデム弾頭を、発射可能状態で1発。予備弾を無理矢理2つ積み込んだ。
後は個人防衛火器と私物の拳銃〈アムリ〉。
そして近接戦闘武器のハンドアクスと振動ブレード。
最後に最も大切な装備は、背中に搭載された個人用担架。
元は人命救助のための婦女挺身隊だ。この最終決戦においても、ナツコは担架を降ろすことはなかった。
全機構問題無く稼働中。
ナツコは先行するフィーリュシカの後ろにぴったりとついて、周囲を警戒しながら中央通路を艦首方向へ向けて前進する。
ブリッジは艦首前方、第4階層にある。
フィーリュシカとナツコに期待されるのは、ツバキ小隊最高戦力として、敵の主力部隊を引きつけ殲滅することだ。
正面から敵機。
〈エクリプス〉後期型2機。
高機動高火力を誇る〈エクリプス〉。更に後期型は振動障壁さえ備えている。
操縦するのは先天的に戦闘知識を与えられ、後天的にも学習可能。そして戦闘に最適化された肉体を与えられたブレインオーダーだ。
だがナツコとフィーリュシカの突撃をたった2機では止められなかった。
物理演算による未来位置予測によって回避・防御不能の攻撃を撃ち込まれ、一瞬にして散っていく。
「前方〈ハーモニック〉!」
「こちらで対処する。〈R3〉撃破を」
「分かりました!」
通路を塞ぐように姿を現した装甲騎兵〈ハーモニック〉。
フィーリュシカは単独でその相手を買って出て、即座に撃ち放った42ミリ徹甲弾で〈ハーモニック〉脚部を穿つ。
ナツコはその間、周囲から次々に姿を現す〈R3〉を撃破していく。
ブレインオーダーの操縦する〈エクリプス〉を始め、帝国軍突撃機〈フレアF型〉、重装機〈T-7〉の後継機である第5世代重装機〈T-9〉。
最新鋭の機体によって構成された歩兵部隊が押し寄せてくる。
特異脳を左右同時に動作開始。
機体安全装置解除。冷却塔稼働開始。
〈ヘッダーン5・アサルト〉を全力稼働させ戦闘継続。
特異脳による短期未来予測、肉体制御を組み合わせ、あらゆる攻撃の未来位置を予測し、攻撃が発生する前に回避。
対してナツコの攻撃は敵の未来位置を予測して放たれるため、攻撃の瞬間には命中が確定した。
強力な25ミリ専用弾は重装機相手でも脆弱分を狙えば正面から打ち砕ける。
フィーリュシカが〈ハーモニック〉を撃破。
2人は前進速度を落とすこと無く、歩兵をなぎ倒して進む。
「敵、まだ増えます」
「好都合」
〈ニューアース〉の帝国軍兵士は恐れることなく立ち向かってくる。
ユスキュエルも白兵戦に持ち込まれる可能性を想定していたのだろう。
艦内の兵士たちは宙間戦闘ポッドパイロットと同様に、死を恐れず、命令に対して忠実に動くよう、脳に処置を施されていた。
死を恐れない兵士による飽和攻撃が敢行される。
死を前提とした超至近距離戦闘に持ち込み、動きを制限して押し切るつもりだ。
「正面突破します?」
「いいえ。
ここで殲滅する」
フィーリュシカは一時停止を命じた。
ナツコはその場で脚を止めて防衛戦に転じる。
フィーリュシカの髪の中から金色の”手”が伸びた。その手は肉薄戦闘に持ち込もうとした〈フレアF型〉搭乗者の額を貫通し、脳と直接接続される。
途端、思考回路をハッキングされた敵は、フィーリュシカへ向けて振り下ろそうとしていた振動ブレードを後方へ投擲。
そのまま機関砲によって味方であるはずの帝国軍兵へ攻撃を開始する。
帝国軍兵3名がフィーリュシカによって操られ防衛戦に加わる。
フィーリュシカは彼らを攻撃から身を守る盾としても用い、壊れて動かなくなれば次の個体へと取り替える。
「それって戦争法違反では?」
「バレないので問題無い」
「なるほど」
フィーリュシカの”手”は通常認識不可能だ。
敵の脳をハッキングし意識を乗っ取り、あまつさえ銃弾から身を守る盾としようとも、誰もそれを罪に問えない。
近づけば利用されるからと敵は接近戦を避け遠巻きに攻撃を仕掛けるが、距離が離れてしまえば2人の射撃の的だ。
中央通路の敵が少なくなると2人は前進を再開。
まだ散発的に攻撃を仕掛けられるが、少数の敵は相手にせず邁進する。
「爆薬仕掛けられてます! ――艦内ですけど本当に起爆するつもりですかね?」
「通路の分断が目的。
通過する」
「はい!」
中央通路に配置された爆薬。
ナツコとフィーリュシカはその爆発に巻き込まれないよう位置取りしつつ前進。
起爆され中央通路が崩れても、2人は足を止めない。
「このまま突破」
「はい! 行きましょう!」
崩れる通路を飛び移りながら前へ。
通路の分断。そして後方を進んでいたツバキ小隊との分断が目的なのは明らかだ。
それでも作戦第一目標であるユスキュエルの身柄確保が優先だ。
タマキからも各自が為すべき事をするようにと命令が飛ぶ。
「隔壁降ります!」
「解除する。防衛を」
「任せてください!」
ワイヤーを射出し第3階層中央通路へと復帰。
正面の隔壁が降りて艦前方への進路が塞がれるが、フィーリュシカがコンソールへ張り付き”手”つかってセキュリティを解除。強引に隔壁制御を乗っ取って解放手続きを行う。
その間ナツコは後方から攻撃を仕掛ける敵機へと対応。
戦闘が続くがまだ脳疲労は問題無し。機体のエネルギーパックも冷却剤も十分にある。
「解錠成功。前方敵機」
「〈エクリプス〉です!」
隔壁が開いてく。
その向こうから敵機が接近。〈エクリプス〉4機。
数を増やして投入してきた。
ナツコは特異脳の演算能力を引き上げる。
体感速度が引き延ばされ、時間が停止したように全ての物体の動きが止まる。
色を失った世界の中で、開きかけの隔壁の向こうから攻撃を仕掛けてきている敵機詳細を確認。
2機は隔壁至近。もう2機はやや離れた場所から砲撃支援体勢。
既にフィーリュシカは”手”を伸ばしている。至近の2機は任せて大丈夫。
離れた2機へ意識を向けて行動予測。
ブレインオーダーの学習経路すら考慮して、数秒間の動きを完全にトレースする。
敵機の攻撃回避完了。撃破完了。
攻撃直前に全ての動作が確定。予測通りにことは運び、敵の攻撃は空を切り、リボルバーカノンの砲撃が振動障壁ごと〈エクリプス〉を貫いた。
「――フィーちゃん!?」
だが予測と違うことが起きた。
接近戦を行っていたフィーリュシカ。敵ブレインオーダーを完全撃破しているが、当人が突然その場に倒れ、動かなくなった。
ナツコは後方から追いすがってきていた〈フレアF型〉をリボルバーカノンで撃ち落とすと、フィーリュシカを機体ごと抱えて通路脇の安全地帯へ運び込む。
「フィーちゃんどうしました!?
大丈夫ですか?」
フィーリュシカの身体はかろうじて呼吸はしているが、身体全体から力が抜け、死人のようですらあった。
何が起こった?
そちらへ意識を向けていなかったので詳細が分からない。
だがナツコの目の前に金色の”手”が差し出された。
ナツコはそれを指先で掴むと躊躇無く自分の首筋に差し込む。
”フィーちゃん、分かります? 何があったんですか?”
接続された”手”を介して直接情報を伝える。フィーリュシカは直ぐに応答した。
”ブレインオーダーの脳中枢へ侵入した所、ウイルスを送り込まれた。
脳と肉体を繋ぐラインが切断。肉体制御不能。再生まで12時間必要”
フィーリュシカの脳と身体とは、アイノによる外科手術で繋がれていた。
ブレインオーダー――それらを製造したユスキュエルは、フィーリュシカの脳を直接破壊するのではなく、脳と肉体の接続部分へ向けて攻撃を仕掛けたのだ。
フィーリュシカは”手”による情報制御と物理法則改変によて身体を動かそうとするが、その動きはあまりに遅く、とても戦闘には耐えられない。
”置いていって。あなただけでもアイノの救援を”
”駄目です”
フィーリュシカの指示に対してナツコは明確にNOを突き付けた。
”命令”
”聞きません。
ツバキ小隊は1度解散しているんです。今のフィーちゃんに私への指揮権はありません。
それに、これからの戦いにフィーちゃんの力は絶対に必要です!”
そう言い切ってナツコは積んでいた対装甲ロケット発射機、対装甲3連タンデム弾頭を投棄。
折りたたんで格納状態にしていた背中の個人用担架を展開する。
フィーリュシカの〈Aino-01〉を装備解除させて、彼女を担架へと積み込む。
自力でつかまれない彼女を拘束ベルトで無理矢理くくりつけて固定した。
”私の身体を使ってください。”手”は身体を直接は動かせなくても、私の脳を介せば問題無く動かせますよね?”
”可能”
”ではそうしましょう。大丈夫、きっと上手くいきます!”
ナツコは自分の脳の制御権を全てフィーリュシカへ明け渡す。
その意志をくみ取って、フィーリュシカがナツコの脳の制御権を確保した。
ナツコの意識は深い闇の底へと落ちていく。
ナツコの意識を乗っ取ったフィーリュシカは、ナツコの身体を操り、右腕12.7ミリ機銃を投棄。代わりに〈Aino-01〉に積んでいた副武装の20ミリ機関砲を積み込む。
要らなくなったカートリッジ式グレネードや煙幕弾を投棄。代わりに20ミリ弾と、エネルギーパックを積み込む。
「ツバキ3、機体破損。
これよりツバキ6と行動を共にする」
通信機へと報告。
タマキはナツコの声で為された無感情な報告に耳を疑うも、了解と作戦継続可能ならば継続するように指示を出す。
フィーリュシカは了承を返し、ブリッジへと向けて前進を再開した。
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