第292話 〈しらたき〉対〈ニューアース〉

 トトミ星系外縁部。

 外縁天体の裏側に位置取るようにして、宇宙戦艦〈しらたき〉は戦闘配備についていた。


 この宙域は21年前に前大戦最終決戦前哨戦が行われた場所だった。

 本来であれば講和会談が進められる予定が、ユスキュエルにより〈しらたき〉へと攻撃が加えられそのまま戦闘にもつれ込んだ。

 その結果、この場所でユイ・イハラは戦死した。


 今回ユスキュエルはこの宙域を意図的に選んだのであろう。

 〈ニューアース〉は隠すこと無く真っ直ぐにここを目指した。

 今は〈しらたき〉との間に外縁天体を2つ挟んだ向こう側に位置している。


『さて、そろそろ始めましょうか』


 ブリッジ。艦長席に座るコゼット・ムニエ。

 彼女は艦隊戦の指揮経験はないが、一応は統合軍陸軍大将だ。

 この戦いが統合軍として正当に行われた物であるとするため、彼女は指揮官に指名されていた。


 オペレーター席に座っていたオフィサー・メルヴィルが宙間戦闘ポッドへ出撃コードを送る。

 〈しらたき〉に搭載された戦闘ポッドは全て無人機だ。

 設計は枢軸軍の〈KKS-GEN6〉をベースとしてロイグが改良を施した物。

 戦闘プログラムはアイノが作成した。


 この日までに製造完了した戦闘ポッドは40機。

 〈ニューアース〉側も主力艦同士の直接対決の前に戦闘ポッドを繰り出してきた。

 連合軍の〈サキュラ〉をベースとした機体が61機。

 数では相手の方が有利だ。

 だがアイノは自陣営の勝利を確信していた。


「質はこっちのほうが上だ。

 問題無いからそのまま行かせろ。

 〈しらたき〉前進開始。主砲発射予定地点へ向かえ」


 格納庫からブリッジへ向けた通信でアイノがそう告げる。当然コゼットは意見する。


『指揮官は私です』

「〈しらたき〉の艦長はあたしだ」


 コゼットはむすっとした表情をするが、結局アイノの指示に沿って命令を下した。

 〈しらたき〉が移動開始。

 先行するようにして宙間戦闘ポッドが制宙権確保のため主砲発射要諦地点へ向かう。


 21年ぶりの宇宙会戦。

 〈しらたき〉対〈ニューアース〉。最終決戦の火蓋が切られた。


          ◇    ◇    ◇


 機動宇宙戦艦〈ニューアース〉ブリッジ。

 艦長席に座るのは、旧連合軍の技術者。最近まではズナン帝国で技術総監の立場に居た、ユスキュエル・イザートだった。

 小柄で痩せぎすな彼だが、艦長席に深く腰掛け威厳を振りまいている。


 ブリッジ要員は彼の機嫌を決して損ねないよう、目の前の業務へと集中していた。

 彼は絶対的な存在であり、ほんの僅かでも彼の意に背くことがあれば命は保証されない。

 それでも〈ニューアース〉ブリッジに集められた帝国軍内で最も優秀な士官達がミスを侵すことは希だった。

 時折ユスキュエルの癇癪に触れて行方が分からなくなる士官が数名出た程度だ。


「戦闘ポッドを前に出せ。

 統合軍はパイロットの確保が出来ていない。

 所詮はAIだ。行動パターンを解析しろ」


 彼の言葉を受けて粛々と戦闘ポッド隊へ前進命令が下される。


 帝国軍は宙間戦闘ポッドパイロット61名を揃えた。

 彼らはこの1戦のためだけに厳しい訓練を受けた。

 更にユスキュエルは彼らに脳手術を施術した。それにより、恐れることもなく命令に忠実に従うパイロットが揃えられたのだった。


 対して統合軍側にそんな余裕は無かった。

 急遽製造した戦闘ポッドが40機揃っただけでも奇跡だ。

 パイロットまでは手が回っていない。

 宙間戦闘ポッドパイロット育成のための訓練施設使用状況はロジーヌ・ルークレアによって逐一報告されていたし、訓練官の行動記録も追われていた。

 宇宙海賊が数名のパイロットを保有しているが、その数は僅かだ。


「〈サキュラ〉隊接敵。戦闘開始」


 戦端が開かれた。

 数が多い帝国軍側が有利。

 そして統合軍の戦闘ポッドAIの行動パターン解析が終わってしまえば、後は戦いにもならない処理が始まる。

 

「〈サキュラ〉4機被弾」

「敵機撃墜数2。機体性能は相手が上です」


 報告を受けてもユスキュエルは動じない。

 機体性能で勝とうとも、操縦がAIでは相手にならない。

 どうあがいてもAIはプログラムされた内容でしか動かない。いかに乱数を絡めて行動パターンを多く見せようとしても、行動の細部は変えられない。


 帝国軍のパイロットの脳は機体制御装置と接続され、学習された敵の集団行動パターンが随時書き込まれるようになっている。

 時が経てば経つほどに、撃墜比率は帝国軍有利になっていくであろう。


 宇宙空間を飛び交い、敵も味方も入り交じった乱戦となる戦闘ポッド主戦場。

 ビーム砲の閃光が瞬き、次々と機体数が減っていく。


「〈サキュラ〉被撃墜数10を突破。

 敵に集団行動規則特定できません。機体ごと完全にランダムな行動パターンを保持しています」

「撃墜機のコクピットブロックを確かめろ」


 ユスキュエルの命令に、即座に戦場から映像が届けられる。

 敵機〈KKS-GEN6〉の残骸映像が正面の大型モニタへ映し出される。

 破壊されたコクピットブロック。

 本来ならばパイロットが乗る部分に鎮座していたのは、大型の演算装置と、それに囲われた培養槽。

 培養槽は緑色の液体で満たされ、その中に人間の脳髄が浮かんでいた。


          ◇    ◇    ◇


「捕虜の脳を摘出して操縦システムへ組み込んだ?」


 アイノの説明を受けてタマキは唖然とした。


 あの時、レインウェル北部へとツバキ小隊が途中まで移送した帝国軍捕虜。

 それは途中で現れたシアンとナギによって奪われたが、それは予定通り捕虜収容所へと送られて、脳髄を摘出された。

 摘出された脳髄は宇宙海賊へと引き渡され、新規製造した宙間戦闘ポッドの操縦システムへと組み込まれる。


 こうして人間的な思考経路を持つ操縦システムが完成された。

 人間の直感的思考と演算装置の正確無比な思考の組み合わせ。更に脆弱な人体が存在しないことで急加速急減速もやりたい放題だ。

 その成果たるや、数で劣るにもかからわず帝国軍の〈サキュラ〉部隊と拮抗し、キルレシオで大きく上回っている。


「戦争犯罪です」


 だがタマキはやってはいけないことだと語気を強める。

 当然アイノは問題無いという態度をとる。


「勝てば構わないだろ」

『私は何も聞いていませんよ』


 格納庫での会話はブリッジにも伝わっているはずだが、コゼットが自分は一切関与していないしこれからも関与するつもりは無いと宣言。

 タマキは統合軍の大将が捕虜を使った人体実験を無視した事実に憤りを感じるが、やってしまったものは取り返しがつかないし、その実験の成果は上々である。


「人体実験は止めたときいています」

「実験じゃない。理論は確立されている」


 だから問題無いだろう。アイノはその態度を決して崩さなかった。

 これ以上言っても無駄だとタマキは口をつぐんだ。戦闘が終わったらアマネへ言いつけてやることにはしたが、少なくとも現時点ではこの件については無視だ。


「押し切れるな。3宙戦を出せ」

『勝手な指示を出さない』

「ばあさんの指揮権はあたしにある。間違いないな」


 アイノの確認にコゼットは肯定を返した。

 それからどうぞご勝手にと、出撃指示を許可する。

 ブリッジのメインモニタと、格納庫の通信端末にトメの姿が映し出される。


『こちらトメ・ウメキ。準備完了してるよ。

 もう出して良いのかい?』

「ああ構わん。

 破壊輪だけギリギリまで使わなければ好きに暴れて構わない」

『ええ、了解しました』


 トメは皺の寄った顔で頷いて見せる。

 だがそんな映像を見てナツコが声を上げた。


「ちょっと待ってください!

 何でトメさんが出撃しようとしているんです?

 お料理とお掃除のために乗艦しているおばあちゃんですよ!?」


 疑問を抱いたのはナツコだけではない。

 タマキも何故トメが出撃しようとしているのかさっぱり分からない。

 だがトメ・ウメキの名前を頭の中で復唱すると、何処かで聞いたことがあると思いだした。


 一体何時――?

 そうだ。実家に帰っていたとき。母親のフミノが口にしていた。

 ウメキ大佐はフミノの上官だった。そして彼女はフミノの所属する宙間戦闘ポッド部隊の隊長だった。


「ウメキ大佐は宙間機動部隊の隊長をしていた?」

「昔はそうらしいな」


 タマキの問いにアイノは肯定を返す。だがナツコが異論を唱えた。


「え、でも、昔からずっと軍艦ではお料理とかお掃除をしてたって聞いています」


 アイノは下らない話だとしながらも、その問いに答える。


「だから、敵の機体を料理したり掃除したりしてたんだろ」

「ああ、なるほど――いやいやいやそんな話が」


 信じられないと首をふるナツコ。

 だがモニタに映るトメの姿は、操縦桿を握った途端、人が変わったように血色が良くなり、荒々しい姿に豹変した。

 彼女は血走った目で遙か遠くに映る敵機の姿を見据えると出撃の合図を出す。


『さあ料理の時間だ!! 三式宙間決戦兵器〈海月〉出撃する!』


 〈音止〉よりも大型の、対艦戦能力を有する宙間決戦兵器〈海月〉。

 〈しらたき〉から出撃すると人間の耐えきれる加速度を遙かに超えて増速し、〈サキュラ〉部隊へと突貫を開始した。


『前大戦時でも十分に高齢でしたが、出撃しても問題は無いのですか?』


 コゼットの問いにアイノは頷く。


「問題無い。問題ある部分は機械に置き換えた」

『どうしてあなたの問題解決手段はいつも人権を無視しますか』

「ばあさんが望んだことだ」


 コゼットは呆れるが、それでもトメなら言い出しそうだと不思議と納得出来てしまった。

 トメの出撃に続いて〈音止〉にも出撃命令が下される。


「〈音止〉も出す。

 宙間戦闘ポッドとは戦わなくていい。〈ハーモニック〉が出てくるまでは大人しくしてろ」

『了解』


 トーコはアイノの言いつけを聞き入れた。

 〈音止〉の戦うべき相手は〈ハーモニック〉だけだ。

 サブリ・スーミアが操縦する〈ハーモニック〉は宙間戦闘ポッド全てよりもずっと脅威だ。


『二式宙間決戦兵器〈音止〉。出撃します!』


 アイノの命令を受けて、〈しらたき〉の電磁レールから〈音止〉が射出される。

 真っ赤に塗装された〈音止〉は、宙間戦闘ポッドが戦闘を繰り広げる宙域からやや後方で戦局を見定めながら待機する。


「制宙権はとれそうだな」

『〈しらたき〉前進。主砲発射準備。

 有利な位置取りで砲撃戦に持ち込みます』


 コゼットの指示で〈しらたき〉が前進していく。

 既に宙間戦闘ポッドによる機動戦は決着がつきかけていた。

 戦局は大きく統合軍側に有利。〈しらたき〉は一切の妨害を受けること無く、機動部隊に先導されて外縁天体の側面に布陣。


 対して〈ニューアース〉は、〈サキュラ〉部隊を突破した〈KKS-GEN6〉に側面から攻撃を仕掛けられつつ前進する。

 宇宙最強の一角であった新鋭戦艦だ。宙間戦闘ポッドの攻撃では沈みこそしないが、〈しらたき〉と対面している以上、少しの損害でも先の決戦に影響が出る。


 艦載砲で〈KKS-GEN6〉を追い払いながら、脆弱部を攻撃されないように移動。

 その結果〈しらたき〉が主砲発射可能状態で待ち構える射線上に、自ら進んでいくことになった。


『〈ニューアース〉から新規機体出撃。

 ――〈ハーモニック〉です』


 オフィサー・メルヴィルが報告する。

 エネルギー噴射の軌跡を描き、〈ハーモニック〉が姿を現した。

 モニタに映し出されたのは青く塗装された機体。

 サブリ・スーミアの機体は赤色のはずだ。青く塗装されていたのは、彼女が愛していた恋人の機体だった。


『何処までも歪んだ愛だわ。

 恋人の敵を討つつもりなんでしょう』

「パイロットはサブリで間違いないだろうな」

『ええ。あの動きは間違いなくサブリのものよ』


 コゼットは断言する。

 訓練生時代から前大戦の終戦まで連れ添った仲だ。コゼットは彼女専属のオペレーターとして〈ニューアース〉に乗り込んだのだ。

 20年以上経ったとしても、彼女の操縦する機体は一目で分かった。


「トーコ、〈ハーモニック〉を外縁天体群まで連れ出せ。こっちの戦いに一切関わらせるな。

 援護はしない。単機でなんとかしろ。

 最悪時間さえ稼げば良い」


 アイノから死亡前提の命令を受けても、トーコは平然と返す。


『了解。

 さっさと倒してそっちの援護に向かうよ。

 それまで負けないでね』

「バカバカしい。心配は無用だ」

『だといいけどね。それじゃ、後のことはよろしく』


 トーコは軌道を変更し、ブースターを使って小さな外縁天体が集まる宙域へと向かう。

 〈ハーモニック〉も〈音止〉の姿をみとめるとそちらへと進路を変更。

 艦隊戦における脅威はとりあえず取り除けた。


 〈ハーモニック〉との決戦へ向かう〈音止〉へとナツコが声をかける。


「トーコさん、負けないでくださいね」

『そのつもり』


 トーコの短い返答にナツコは満足した。きっとトーコは大丈夫。

 意識を切り替え、自分のやるべきことへと集中する。


 〈音止〉との通信が途切れる間際、ナツコの横で端末を眺めていたフィーリュシカが呟く。


「ご武運を、軍曹殿」


 いつもは必要なことしか喋らないフィーリュシカから決戦直前に声をかけられて、トーコはちょっと嬉しくなった。

 通信を切る寸前に短く返答する。


『ありがと。そっちもね』


 通信を終え、トーコは振り返ること無く真っ直ぐに外縁天体群を目指した。

 宙間決戦兵器〈音止〉の21年ぶりの決戦の舞台だ。


『〈ニューアース〉主砲発射準備。

 有効射程内に突入しています』


 オフィサー・メルヴィルが告げる。

 だがコゼットは直ぐには主砲発射指示を出さない。

 ギリギリまで引きつけて、1撃で粉砕する。


 戦闘能力が拮抗した〈しらたき〉と〈ニューアース〉の決戦においては、最初の1撃が何よりも肝心だ。


「〈海月〉、破壊輪使用許可。邪魔者を排除しろ」

『了解』


 アイノの指示にトメが応じる。

 それをコゼットが止めようとするのだが、中止命令を出すよりも早くトメが行動に移した。


『待ちなさい、その攻撃は――』

「全部片してしまえば問題無い」

『そういう問題ではありません』


 残っていた〈サキュラ〉を強引に引き剥がした〈海月〉は突出。

 全高18メートル級の〈海月〉。その背中に搭載された直径15メートルにも及ぶ巨大な円形の武装。

 歯車のようでもあり、船の舵のようでもあるそれは、かつて宙間戦闘ポッドであった〈海月〉にも装備されていた広域破壊兵器だった。


 空間ごとねじ曲げて分断し周囲を破壊し尽くすそれには、大きな欠点も存在した。

 使用の反動が大きすぎて機体が耐えられないのだ。


 1度使えば最後、周辺の敵味方関係なく破壊する代償として、自機もバラバラになる。

 当然パイロットも即死するはずなのだが、かつての大戦で2度これを使用したトメは何故か生き残った。

 その理由はアイノにも、本人にも分からない。


 身体のほとんどを機械に置き換えられた現在のトメは、一切死を恐れることなく敵中に身を投じると2重の安全装置を解除して、奇声と共に破壊輪のトリガーを引いた。


 巨大な歯車が回転し空間に歪みを生じさせる。

 その歪みは一瞬にして周囲の空間構造をズタズタにして、〈サキュラ〉も〈KKS-GEN6〉も消し飛ばす。

 更に余波が前進する〈ニューアース〉へと襲いかかった。


「耐次元兵器シールドを用意されてたか」


 アイノは〈ニューアース〉が破壊輪の攻撃を受けて尚、無傷で前進を続けるのを見て呟く。


『そんなことよりウメキ大佐は!?』

「ばあさんなら心配ない」


 コゼットが身を案じるトメは、機体がバラバラになったものの生存していて、音声通信は繋がらなかったが、バイタル信号だけは受信できて生きていることが確かめられる。


「それより主砲来るぞ」

『分かっています!

 〈しらたき〉主砲照準合わせ! 目標〈ニューアース〉!』


 砲撃を担当するのはキャプテン・パリー。

 この日のためにと戦艦主砲の火器管制についてオフィサーから学び取っていた。

 彼は〈しらたき〉主砲を操ると、向かってくる〈ニューアース〉へと照準を定める。


『〈ニューアース〉主砲エネルギー急上昇。攻撃来ます』


 オフィサー・メルヴィルが冷静に告げる。

 コゼットは観測されるエネルギー数値が異常に高まるのを見る。

 それでもまだ発射命令を出さない。〈ニューアース〉主砲発射の瞬間を見計らう。


 観測されるエネルギーが一瞬0まで落ち込んだ。

 それが〈ニューアース〉主砲発射の合図だった。コゼットは命じる。


『〈しらたき〉主砲、撃てっ!!!!』


 パリーが発射コードを叩く。

 〈しらたき〉艦首に備えられた主砲が、鈍く一瞬だけ光った。


 深次元転換炉が産み出した深い次元に存在するエネルギーは認識出来ない。

 だが認識出来ないエネルギーは、深い次元へと直接影響を及ぼす。


 深い次元における超エネルギーの移動は物理法則の改変を引き起こし、一瞬にして認識可能な次元に無限大のエネルギーを生成する。

 そのエネルギーは指向性を与えられて、真っ直ぐ〈ニューアース〉へ向けて放たれた。


 〈ニューアース〉主砲から放たれたエネルギーと、〈しらたき〉主砲から放たれたエネルギーが宇宙空間で激突。

 惑星ごと破壊してしまうほどの超エネルギーがぶつかり合い、宇宙が震えるように揺れた。


          ◇    ◇    ◇


 〈ニューアース〉と〈しらたき〉。

 かつて新鋭戦艦と呼ばれた宇宙戦艦の主砲がぶつかり合う。

 その瞬間、ユスキュエルは勝利を確信した。


 大戦中、主砲の威力は同等だった。

 だがそれは過去のこと。

 ユスキュエルはこの21年間。〈ニューアース〉の修理と並行して、主砲威力の増大に取り組んでいた。

 最早〈しらたき〉と引き分けていた頃とは違う。

 今の〈ニューアース〉には〈しらたき〉相手に撃ち勝てる攻撃力があった。


 超エネルギーがぶつかり合い宇宙が振動する。

 だがそれも一瞬のこと。

 〈ニューアース〉主砲から放たれたエネルギーは、〈しらたき〉の攻撃を押し切った。


 純白のエネルギーの渦が〈しらたき〉に襲いかかる。

 主砲発射直後。無防備な艦には防御も回避も出来なかった。

 エネルギーの奔流に飲まれ、一瞬にして〈しらたき〉は消滅した。


 何もかも〈ニューアース〉の主砲が吹き飛ばしてしまった。

 宇宙空間は酷く静かで、時折超エネルギーの余波が瞬くだけだった。


 宇宙最強であった宇宙戦艦〈しらたき〉。

 それが微塵も残らず消え去ったのを見て、ユスキュエルは悲しげに声を発する。


「ああ、残念だよアイノ・テラー。

 僕は君のことは一目置いていたんだ。

 だというのに、考え無しに主砲の撃ち合いに応じるだなんて。


 全ての物は移り変わっていくのが宇宙じゃあないか。

 それを昔のままでいるなんて。

 アイノ・テラー。結局君も、愚かな人間だったのさ」


 好敵手だったはずのアイノが失態を犯したことに、ユスキュエルは哀しみを覚える。

 こんなにあっけなく終わるだなんて考えてもみなかった。

 大戦中、アイノ・テラーはあの手この手で、常にユスキュエルの先を行き彼を苦しめたのだ。

 それが今となっては――


「敵艦接近! 直上、短距離ワープです!」


 〈ニューアース〉ブリッジに、オペレーターの声が響く。

 悲しげな顔をしていたユスキュエルは、その報告に狂おしいほどの笑顔を向けた。


          ◇    ◇    ◇


「昔のままだ。学習しない奴め」


 アイノは無防備な姿をさらす〈ニューアース〉を端末の画面越しに見て呟いた。


 新鋭戦艦の弱点は主砲発射直後の無防備状態だ。

 〈ニューアース〉も〈しらたき〉も、主砲を放った後は低出力状態となってしまい移動も自衛も出来ない。


 その弱点も通常艦隊相手ならばそこまで問題にはならなかった。

 主砲の一撃で全て消し飛ばしてしまえば、後のことなど考える必要は無かったのだ。


 だがアマネ・ニシが枢軸軍首都星系防衛作戦でこの弱点を突くような戦術を実行し、後に主砲を相殺出来る〈しらたき〉が現れたことによって、無視出来ない物となった。


 主砲発射を誘い、無防備状態となった所へ機動兵器で攻撃を仕掛ける。

 大戦中、〈しらたき〉と〈ニューアース〉はこの戦術でしのぎを削っていた。


 最終決戦では〈しらたき〉が主砲発射直後、無防備状態となった〈ニューアース〉に対して予備動力によって突撃を仕掛け、艦ごと体当たりして直接艦内を制圧したことで完全勝利を収めたのだ。


 今回の戦術はそれの応用だ。

 最強の宇宙戦艦〈しらたき〉を遠隔操作して〈ニューアース〉主砲発射を誘い、主砲発射直後、無防備状態となった所へ肉薄戦闘を仕掛け、艦内へ突入する。


 短距離ワープによって〈ニューアース〉直上に姿を現したレナート・R・リドホルム級強襲輸送艦〈スサガペ号〉は、まともに副砲も動かせない状態の〈ニューアース〉へ突貫を仕掛ける。


『後はそちらでなんとかしてください』

「当然だ。しょうもないミスをするなよ」

『当然です』


 コゼットとアイノは言葉を交わす。

 その直後、オフィサー・メルヴィルから全乗組員へ通達が為された。


『敵艦に接近、衝撃に備えよ』


 格納庫に居た面々もそれぞれ衝撃に備える。ひ弱なアイノだけは〈アヴェンジャー〉を装備したシアンが抱きかかえるようにして守った。


『アンカー射出!

 突入管エネルギー充塡!』


 コゼットの命令に宇宙海賊が従う。

 完全に〈ニューアース〉の真上をとった〈スサガペ号〉からアンカーが6本射出される。

 アンカーは〈ニューアース〉上部甲板に突き刺さり、〈スサガペ号〉はそれを巻き取ることで更に距離を詰める。


『仮想世界構築起動を』コゼットが命じる。

『おうよ! 〈パツ〉のコアが焼き切れるまでになんとかしてくれよ!』


 ロイグが威勢良く応じた。

 彼が仮想世界構築の起動シーケンスを実行すると、〈スサガペ号〉を中心として新しい世界面が構築される。


 ”仮想世界構築”

 それは機構を中心として仮想的な世界を展開し、内側の物理法則を都合良く書き換えて〈ニューアース〉の零点転移炉再稼働を抑え込み、同時に外部から一切の干渉を受け付けなくすることが可能だった。


 ただ仮想世界の維持には膨大なエネルギーが必要となり、〈パツ〉のコアユニットが機能停止するまでしか持たない。


『突入管射出!!』


 続いての命令で〈スサガペ号〉下部に備えられた巨大な槍が射出された。

 槍はエネルギー装甲を無力化された〈ニューアース〉上部甲板を突き破ると、染み出した凝固剤によって隙間が固められる。


 〈スサガペ号〉格納庫から、〈ニューアース〉へ通路が出来上がった。

 格納庫で待機していた面々は突入管射出の衝撃が収まりを見せると立ち上がる。


 ハツキ島婦女挺身隊とアイノ・テラーの助手達。

 彼女たちの臨時作戦隊長に任命されていたタマキは、作戦開始を告げる。


「機動歩兵部隊はこれより〈ニューアース〉へ移乗攻撃を敢行する。

 ブリッジを占領し、ユスキュエル・イザートの身柄を確保せよ!

 オペレーション・ツバキ、開始!!」


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