第286話 戦争の無い平和な宇宙
「アイノ・テラーは一緒じゃないの?」
国防軍の封鎖した区画を抜け出し、宇宙港へと通じる業務用通路を進みながらカリーナが尋ねた。
「アイノはカジノに行ってます」
「本当にカジノへ行った?
彼女、脳科学者でしょ。しかもかなりやばい研究に手をつけてた。
連合軍勢力圏内でも噂になっていたわ。悪魔のような人体実験を繰り返していたって。
科学者としてはフノスの技術は魅力的でしょう。
うちの自称科学者みたいにフノスの技術奪いに行ってたりしない?」
ユイは俯くが、それでも応える。
「確かにちょっと前までアイノは酷い研究をしていました。
でも今はもうおかしな研究は止めてます。
それに他人の技術を自分の物になんて絶対にしません」
カリーナは肩をすくめる。
「彼女のこと信頼してるのね」
「はい。友達なんです」
「羨ましい限りだわ」
カリーナは「それに比べて私は」と口元を歪める。
それから気持ちを切り替えると別の話題に触れた。
「彼女は〈しらたき〉で何をしているの? 技術職?」
「いえ、砲撃手です」
「砲撃手?
こんなこと言うのは正直気が引けるけど、〈しらたき〉の砲撃手の腕はあまり良くないわよ」
「それはアイノも理解してると思いますけど、その、役職はくじ引きで決めたので」
「全部の役職をくじで決めたの?
思い切ったことしたわね」
カリーナは感嘆する。戦局を、それどころか枢軸軍の命運を決めてしまう新鋭戦艦の役職をくじ引きで決めるとは。
しかもその結果、砲撃手は〈ニューアース〉側から見ても酷い腕だし、操舵手はワームホール内で転舵するし、艦長も適材適所とは言えない。
まともに機能しているのは機動兵器のパイロットくらいかも知れない。一宙戦のパイロットは大外れだが。
「ま、連合軍も人のこと言えないけどね。
本当は軍の名門メルヴィル家から姉さんが艦長に内定してたんだけど、直前で家出されたから妹の私にお鉢が回ってきたわけだし」
「え、メルヴィルさんが家出……?」
ユイにとってはオフィサー・メルヴィルはクールでかっこいい大人の女性という印象だったので、家出したという情報はにわかには信じがたかった。
「姉さんのこと知ってるのよね。今どこに居るか分かる?」
「さっきまで一緒だったのでまだフノスに居るかと」
「枢軸軍に移ったってこと?」
「いえ、枢軸軍ではなくて宇宙海賊に所属しています」
「宇宙海賊? なによそれ。宇宙なのか海なのかどっちかにしなさいよ」
「私もそう思うのですが、そういうものらしいです」
「訳分かんない。一体何してるのよ姉さん」
「楽しそうにしてましたけど」
ユイには宇宙海賊をしている彼女はとても幸せそうに見えた。
それが〈ニューアース〉艦長という大役を妹に押し付ける結果になっても、彼女は後悔していないようにすら思えた。
「あなたはどうして戦ってるの?」
次の質問にユイは一瞬だけ言葉に詰まった。それでもカリーナへ向けて告げる。
「戦争の無い平和な宇宙のためです」
回答にカリーナは微笑んで、それから神妙な面持ちで返す。
「エネルギー資源が尽きかけている以上、宇宙に平和が訪れることはないのよ」
「はい。それは理解しています。
でもエネルギー問題が解決できたらどうでしょう。
アイノは力を貸してくれます。
〈ニューアース〉の技術を使えたら、それもきっと役に立つと思うんです」
「〈ニューアース〉の?」
カリーナは思案した。
宇宙の半分を支配してしまうほど強力な新鋭戦艦。
主砲は星を消し飛ばしてしまう程の威力だ。
そのエネルギー生成機関は従来の技術によらない全くの新技術。
連合軍の〈ニューアース〉は零点転移炉とユスキュエルが呼ぶ、相転移を利用した無尽蔵の機関を搭載している。
誰もがそれを戦いに使うことばかりを考えて、平和利用の可能性について言及してこなかった。
「――確かに。〈ニューアース〉だけなら無理でも、〈しらたき〉の技術が使えるのなら可能性はあるかも」
「カリーナさんは〈ニューアース〉の艦長ですよね。
どうにかお力を貸して頂けませんか?」
ユイの頼みに対してカリーナは即答できない。
エネルギー問題の解決という、戦争の目的を失わせてしまう大事件を起こせるかも知れない。
それでも頷けない事情があった。
「残念だけど、ユスキュエルは協力しないわ。
あいつは自分の技術力を見せつけるためだけに〈ニューアース〉を設計した。
最近は制御不能よ。
今回のフノス国防軍のクーデターもあいつが持ちかけたってことは、もう私の言うことも聞くつもりはないってことよ」
「でも、ユスキュエルさんも戦争が続くよりは――」
「いいえ。あいつは平和を望まないわ。
求めるのは〈ニューアース〉が宇宙の全てを支配できると証明することだけ」
回答にユイは表情を曇らせた。
こうして〈ニューアース〉艦長と話をする機会を得たのに、協力は取り付けられなかった。
だがカリーナは微笑む。
「あいつは無理でも、私は協力する。
私は姉さんほど賢くないからね。無謀な夢でも信じられる」
「カリーナさん!」
ユイはカリーナの手を取った。
カリーナもその手を握り返す。
「両軍とも限界なのは自覚してるわ。なのに勝利ばかり追い求めて終戦の方法を考えなくなってるだけ。
でもきっかけがあれば講和できる。
〈しらたき〉と〈ニューアース〉にはそれを成し遂げるだけの力がある。
2つの戦艦はあまりに強大よ。だからこそ、これが引き分けてしまえば対等講和の道が開ける」
「はい。やりましょう!」
ユイは即答した。
その何も考えていない即断にカリーナは苦笑いをしつつも、何処までも真っ直ぐな彼女の瞳を見て、本当に、戦争を終わらせることも不可能ではないかも知れないと思いつつあった。
「姉さんもフノスに来てるのよね。
宇宙港まで送っていくわ。姉さんと話しておきたいことがあるの」
「そういうことでしたら――あ、ちょっと待ってください」
ユイの通信機へ連絡が入った。
アマネからフノス入国中の全員へ向けた通信。
その指示を受けて、ユイは告げた。
「すいません、ちょっとトラブルがあったみたいで、乗って来た商船が拘留されてしまって……」
「え? それ、どうするつもりなの?」
「乗組員は全員脱出出来たそうなので、別の艦で合流します」
「用意がいいのね」
「偶然ですけどね。進路変更します」
「了解よ、艦長」
カリーナに艦長と呼ばれて照れるユイだが、端末を片手に進路を示し転進。
2人は新型強襲輸送艦〈レナート・R・リドホルム〉が秘密裏に建造された宇宙艦ドックへと向かった。
◇ ◇ ◇
「綺麗な艦ね」
出来上がったばかりの強襲輸送艦〈レナート・R・リドホルム〉級の姿を見た、カリーナの最初の感想はそれだった。
ユイもカリーナの言葉に頷き、真新しい艦の姿を眺める。
速力を重視し、最小限の装甲しかもたない流線型のフォルムをした艦影。
それはまだ艤装を施されないまっさらな状態で、塗装すらされていない。
目を引くのは強襲輸送艦という独特な艦種設定をされたために備えられた、船体に対して大きな格納スペースと、下方へ射出する大型アンカー。
標的を捉え、積み荷を全て奪い取るための装備だ。
「人が増えてますね」
「フノスの科学者を連れて行くの?」
ユイの疑問に対して、カリーナが艦へと荷物を積み込んでいる人達を示した。
彼らの身につけた制服はフノス技研のものだ。
技術総監のレナートが星系外へ出るとなって、彼らはついてくる選択をしたのだろう。
「おい、誰だそいつは。部外者を連れてくるな」
ユイへ向けてとげとげしい言葉が投げかけられる。
〈レナート・R・リドホルム〉の昇降用スロープに姿を見せたのは、初等部学生と見紛う程に小柄で、金色の髪と青い瞳を持つ女性。
カリーナは彼女を見て「どうして子供がいるの?」と問いかけた。
「アイノです」
「アイノ・テラー? あのちんちくりんが?」
「見た目は、まあ、見ての通りなんですけど」
「こっちの質問に答えろ」
アイノが要求を飛ばす。丁度艦から出てきたオフィサー――レミー・メルヴィルが、カリーナの姿を認めるとアイノへと告げた。
「自分の妹」
「乗艦するとは聞いてないぞ」
「その予定はない。
彼女は〈ニューアース〉の艦長〉」
その言葉を受けてアイノが右腕を掲げた。
直ぐに飛んできたシアンがビームライフルを構える。
だが銃口を向けられても、カリーナは臆すること無く言った。
「戦いに来たわけじゃないわ。
むしろ感謝して欲しいわ。あなたたちの艦長をここまで送ってきてあげたのだから」
隣に立つユイもカリーナは敵対していないと伝える。
カリーナは戦う意志を見せては居ないが、状況としてはユイを人質にとられているに近い。アイノはシアンへと銃を下げさせた。
「分かってくれて嬉しいわ。
ちょっと姉さんと話しに来たの。
ユイから聞いたわ。宇宙海賊になったんだって?」
「ええ。あなたもどうですか」
「遠慮しとく。
私まで家出したら、父さんも母さんも銃殺刑になるもの」
「賢明な判断でしょうね」
返答を受けてカリーナは本題を切り出す。
「私は〈ニューアース〉の艦長としてユイの夢物語に乗るわ。
だからそっちの連絡先欲しいんだけど、姉さんの通信コード貰える?」
レミーは眉を顰める。
彼女としては妹のカリーナへ連絡先を渡したくはなかった。
自分勝手な都合で宇宙海賊と駆け落ちして、自分の役目を妹に押し付けたのだ。
良く思われていないことは分かっていた。
だがカリーナも、レミーが簡単には自分の連絡先を寄こすとは思っていなかったから続ける。
「その艦買うそうね。
でもそんなお金ないでしょ。新鋭艦。しかもフノスの技術を盛り込んだ特別製。
決して安くないはずだわ。
もし必要ならメルヴィル家で半分支払ってもいいわよ」
今度の提案にレミーはパリーへと視線を向ける。彼も騒ぎを聞いて外に出てきていた。
彼はレミーへと顔を寄せると小声で尋ねる。
「さっき値段をきいたがとんでもない額だったぜ。
本当に半分出せるのか?」
「星系1つ所有する程度には裕福ですから問題は無いかと」
「じゃあ出して貰おう。――もちろん、オフィサーが良いと言うのなら」
「そうね。別に構わないでしょう」
レミーは決断し、端末を手にした。
同じようにカリーナが端末をかざしたので通信コードを送信。
それを受け取ったカリーナは微笑んだ。
「ありがとう姉さん。
実家に報告済ませたら連絡するわ。
ユイも連絡先貰って良い?」
「はい。もちろんです」
ユイも端末を出してカリーナと通信コードの交換を行う。
カリーナはやるべきことを済ませると最後にアイノへと視線を向ける。言葉を発することなく、笑みを見せるとそれで十分と踵を返した。
「少しだけ〈ニューアース〉の乗組員をまとめる時間を頂戴。
ユスキュエルのバカ以外の了承はとれると思う。そしたら連絡するわ」
「はい。待ってます」
カリーナが去って行く。
シアンがアイノへと追いかけるかと確認をとるが、アイノはユイの表情を見てその必要は無いと判断した。
それよりもやるべきことがあるとレミーへ告げる。
「急いで出発の準備をさせろ」
「ええ。そのつもりです」
急ピッチで準備が進められて、〈レナート・R・リドホルム〉級強襲輸送艦はフノス首都星系から出立した。
フノス国防軍の追跡を短距離ワープで振り切って、星系の外れに待機させていた〈しらたき〉の元へ向かう。
「全く、だからお前は1人でふらつくなと言ったんだ」
「だって、アイノが仕事すっぽかしてカジノに行くって言うから――」
連合軍の軍人と接触したことを咎められるユイ。
だがカジノの話をして、カリーナの言葉を思い出した。
アイノは本当にカジノへ行っていたのだろうか?
「それでアイノ、カジノはどうだったの?」
さりげなく聞いてみる。
その問いかけに彼女は上機嫌で答えた。
「どうもクソもあるか。
奴らは確率の概念も知らないバカだらけだ。
あたしみたいな天才にかかれば勝つのは何も難しくない。
ただその事実が証明されただけだ」
アイノは自慢げに端末を示す。
画面に映されていたのは偽造口座の残高通知。それはもうユイには数え切れないほどの桁数まで膨れ上がっていた。
「え、え!? これいくらになってるの!?」
「お前にはやらんぞ」
「そんなこと言ってるんじゃないよ!」
密入国した挙げ句にカジノで大勝ちだなんて。しかも本来やるべき仕事をすっぽかしてだ。
そんなやりとりをしていると、〈しらたき〉からの通信が入りディスプレイにアマネの姿が映し出される。
『いやあ、アイノ君の勝ちっぷりは凄まじいものがあったよ。
わしはあまり勝てなかったが、見ていて爽快だった』
「アマネ閣下も賭けていたのですか?」
『うむ。
〈しらたき〉の通信機構を持ってすればフノス国内のアイノ君たちとタイムラグ無く視界を共有出来たのでな。
いやあこれは凄い発明だよ』
「ジジイは賭け事の才能が無い。
金輪際手を出さない方がいいな」
バカ勝ちしたアイノはそう言ってのける。
だがアマネは珍しく張り合った。
『いやいや。最後のルーレットは間違いなく当たっていたよ。
ノーゲームにならなければそれまでの負け分は取り戻せていた計算だ』
「負ける奴は誰だってそう言うんだ」
下らない言い争いを始めるアイノ。
ユイはそんな彼女を見て確信する。
今のアイノは犯罪に手を染めていた頃のアイノとは違う。
一緒に初等部へ通っていた頃のアイノだ。だから、ユイが困っていたらきっと力を貸してくれる。
「次は私もカジノ行くからね」
ユイが宣言すると、アイノはかぶりを振って見せた。
「次はない。フノスは連合軍の手に落ちる」
「ううん。次はあるよ。
戦争が終わったらまた来れる。
――だからアイノ。私のお願いを聞いてくれる?」
アイノは肯定も否定もしなかった。
そんな彼女を見て、ユイはカリーナと話したことを語る。
どうしても戦争の無い平和な宇宙を取り戻したいと。
「バカバカしい。
戦争の無い平和な宇宙なんてものは、空想上の存在だ」
アイノは一蹴する。
だがユイが俯きそうになると、直ぐに前言を撤回した。
「――だが人間はバカな生き物だ。
あたしゃ天才だからバカの思考は分からんが、たまにはバカに付き合ってやるのも悪くない。退屈しないで済むからな」
ユイはアイノの名を呼んで彼女を抱きしめる。
アイノは止めろと声を荒げたが振り払おうとも無理矢理抜け出そうともしなかった。
ひとしきり抱擁を終えると、今度は通信先のアマネが告げる。
『わしも協力しよう。
若者の夢を叶えるのが老人に残された唯一の仕事だ。
それに、本来ならば我々の世代が講和への取り組みをすべきだった。
君たちの世代へとその仕事を残してしまった責任をとらなければならない。
この老人が役に立てるのであれば、是非力を貸させて欲しい』
ユイは帽子をとってアマネへと頭を下げる。
こうして、枢軸軍のユイ、アイノ、アマネ。連合軍のカリーナ。そして宇宙海賊と、フノスを脱出したレナートが手を組んで、講和への道を進み始めた。
「ところで、商船が拘留されたトラブルって何だったの?」
ふとユイがアイノへと気になったことを尋ねる。
彼女はけろっとして応えた。
「ああ。あたしがカジノで勝ちすぎたのに警察機構が目をつけて、入管記録を追われらしい。
全く迷惑な話だ」
自分に非は無いと他人事のように言ってのけるアイノに対して、ユイは声を荒げた。
「アイノは金輪際カジノ禁止!!」
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