第287話 次の世代
「どう?
上手く撮れた?」
〈レナート・R・リドホルム〉級強襲輸送艦の格納庫。
〈R3〉の装備解除を終えたアキはロイグに記念写真を撮らせていた。
「ああ撮れたよ」
「ありがと。
歴史的瞬間に立ち会ったんだから、こういうのは記録を残しておかないとね。
後生の良い資料になるかも」
「いやあ、フノスの政変に枢軸軍が関与してたとは言えないから残しても外には出せないんじゃ無いか」
「そう言われてると、そうね。
クーデターが連合軍によって引き起こされたとも言わないだろうし……。
ま、個人的な資料として残すことにするわ。
〈R3〉の初戦でもあったし、その写真好きに使っていいよ」
アキの提案にロイグは素直には喜べず、冷却機構の破損した〈R3〉を眺めて肩を落とす。
「そりゃどうも。
しかし新兵器の初戦がこんなことになるとは考えもしなかった。
こりゃしばらく使い物にならないぞ」
「だって最終警告無視したくらいで壊れると思わないじゃない」
アキは身の潔白を主張する。当然そんなのはアキ自身もバカな話だとは理解していた。
それでも冷却機構が火を吹いた後、低出力状態で戦闘を続け、レナートもナギも無傷のまま輸送車両まで運び入れたのだから大目に見て欲しいとは思っていた。
実際、ロイグとしても強く苦情を申し入れることは出来ない。
完成したばかりの陸上兵器〈R3〉。
まだ制御機構も確立されておらず、複雑なマニュアル操作を必要とするそれを動かして、フノス国防軍の防衛網を突破出来るのは宇宙中でもアキくらいだろう。
だとすれば修理可能な損傷で済んだだけ良しとしなければならない。
ロイグはアキの無謀さをずっと軽く見てしまったが故、代償を支払う羽目になった。
彼は次からアキに機械を貸す際は危険領域に差し掛かったら停止する機構を組み込もうと決意して、この件についてはこれきりにした。
「でもどうしてこんな兵器作ってたの?
宇宙で戦争するには不要でしょ」
「そりゃ枢軸軍とか連合軍にとっちゃそうだろうよ。敵艦吹き飛ばして終わりで良いなら不要さ。
だけど俺たちは宇宙海賊だ。
相手の艦に乗り込んでいって積み荷を奪わなきゃならねえ。
今までは宇宙空間作業用の拡張骨格を改造して使ってたんだが、専用機があっても良いんじゃ無いかと思ってな。
丁度先生が小型の深次元転換炉を作ってたんで、拝借して試作してみてたんだ」
「確かに、相手の宇宙船に乗り込むにはちょうど良いサイズだね」
アキは得心いったと頷く。
宙間決戦兵器では宇宙船に乗り込むには大きすぎるし、工業作業用の拡張骨格では貧弱すぎる。
使用者の肉体能力を大幅に引き上げ、機関砲を始め大型火器の個人運用を可能にし、装甲は生身の人間が扱えるような火器では傷つきもしない。
敵艦への肉薄攻撃の際にはその能力を十分に発揮するだろう。
「もうちょっと改良は必要そうだけどね」
「そのつもりだ。
修理が終わったら試運転がてらデータ収集するよ」
アキの戦闘ログは常人離れしていて全く役に立たないと暗にロイグは示す。
アキは完成したら1台頂戴とだけ要望を出して、ロイグもそれについては了承した。
「着替えてきたけれどこれでいいの」
格納庫へとレナートがやってくる。
彼女はフノス技研の服を汚してしまったので、シャワーを浴びてアキの軍服へと着替えてきていた。
身長も近かったのでサイズは問題無い。
髪の長いレナートが機動兵器パイロット向けの士官服を着ているのは違和感があったが、彼女の美貌を前にすれば多少の違和感は無いに等しい。
「はい、大丈夫ですよ。
ごめんなさい。乗って来た商船が拘留されちゃって、他に服が無くて」
「着れさえすればなんでも構わないわ」
レナートは衣服についてはさして興味も無さそうにして、入室するなり〈R3〉の元へ歩み寄り、その機関部を調べ始めた。
「これなら修理可能ね。
あなたが設計者?」
レナートに問われて、ロイグは一歩前に出るとガチガチに緊張した面持ちで答えた。
「ええそうです。
技術者をやってる、ロイグ・アスケーグです」
「深次元転換炉を繋いで、既存部品で組み上げた機構を動作させた設計能力は秀でていると思うわ。
でももう少し動作原理について知見を持つべきよ。
折角の深次元転換炉を旧式のエネルギー転換機に繋いでいるせいで損失が90%を越えている。
深次元転換炉の本質は通常空間より深い次元において仮想的にエネルギーをやりとり可能なことよ。
適切に扱えば物理法則を書き換えることも可能。
今のままではあまりに無駄が多すぎるわ」
レナートが早口にまくし立てるとロイグは唖然として、それから彼女の手を取った。
「深次元転換炉の扱いをご存じなのですか。
流石は技術総監閣下だ。是非とも教授して頂きたい。
先生――アイノ先生は物は貸してくれても説明をしてくれないのです。
そして自分と結婚してください」
技術協力を求め、最後にしれっと求婚をぶち込んだロイグ。
レナートは眉一つ動かさず、要求に対して頷いた。
「知識の共有は問題無い。
結婚も了承した。
まずは今の機構が動くように修理しておいて」
「はい直ちに!」
ロイグは威勢の良いかけ声と共に、機嫌を良くして故障した冷却機構の取り外しを始める。
レナートは彼が作業にとりかかったのを見て、アキへと声をかけた。
「横になりたいわ。
私の部屋はある?」
「割り当て済みです。
ベッドは無いですけど、何か用意させます」
「ええそうして」
アキの先導に従いレナートは直ぐ後ろをついてくる。
アキはロイグとの結婚について、レナートかどこまで本気で言っているのか気になって、歩幅を落として横に並ぶと尋ねた。
「ロイグと結婚するのって本気ですか?」
「何か問題があった?」
「いえ、今日会ったばかりですよね? 本当にあの人で良いんですか?」
「丁度助手が欲しかった」
アキは明らかに結婚に対する意識のズレが存在していることを認識して、力なく返す。
「世の中に男なんて星の数ほど居るんですよ?」
「あなたは宇宙男性人口と星の数を把握しているの?」
「比喩表現です。実数値を把握した上で言っている訳ではありません」
「星の数は恒星の数? それとも――」
「比喩表現ですから恒星のみとか惑星は含むとか小惑星はどうするとかいう話は一切関係が無いです。
とにかく、宇宙にはとてもたくさんの人間が居て、あなたはその中からわざわざアレを選ぶ必要は本当にあるのかどうかと質問しています」
レナートは納得いかなそうな顔をしつつも頷いて、それから返した。
「私は今すぐ助手が欲しい。
他に居るなら是非ここに連れてきて」
「今すぐとなると――居ませんけど」
フノスから逃げてきた技研の人間はそれぞれ自分の研究があるだろうし、宇宙海賊で高度な技術を有しているのはロイグだけだ。
アイノの助手達については持ち主が絶対に所有権を手放したりしないだろう。
「ではあれでいい」
「結婚する必要はないのでは?」
「必要ないと判断したら契約を解除する」
「なるほど」
どうやらアキが思っている以上に、レナートの結婚に対する認識は歪んでいたらしい。
彼女にとって結婚は一種の労働契約であって、そこに特別な価値など介在する余地はないのだ。
「水、貰える?」
「ええどうぞ――大丈夫ですか?」
要求されて水筒を取り出したアキ。
レナートの顔から血の気が引いていき真っ青になり壁により掛かるように倒れたので、慌てて身体を支える。
「薬を」
「1つでいいですか?」
アキはレナートが手にしていた薬瓶を手に取り、彼女が頷くのを見ると1錠取り出して飲ませた。
それから水筒を口に当て、ゆっくりと飲ませる。
「医者――は居ないので、アイノ呼びましょうか。一応医学には詳しいです」
「大丈夫。
この程度なら直ぐに良くなる」
廊下に横たわりゆっくりと呼吸するレナート。
言葉通り、時間がたつにつれて顔色は良くなっていった。
アキは薬瓶の表記の無いラベルを確かめ、レナートの様子が落ち着いたのを見て尋ねる。
「何の病気ですか」
「脳の病気――というより、先天的な欠陥。
あなたのとは違うわ。どちらかと言えばアイノの脳に近い。
通常人間が認識出来る領域の外を認識出来る。ただ、アイノと違って自分では脳構造を制御しきれない」
「この薬で治ります?」
「完治はしない。
薬はアイノが作って寄こしたもの。症状を抑えてくれるだけ。
私はもうすぐ死ぬわ」
レナートはアキの肩を借りて立ち上がる。
彼女は薬瓶を内ポケットにしまい込むと、再度アキへと要望を出した。
「横になりたいわ」
「はい。直ぐつきます。
布団無いかオフィサーに聞いてきますね」
部屋に入るとアキは上着を手渡してレナートを床に横たわらせた。
それから退室してオフィサー・メルヴィルの元へ向かう。気の利く彼女のことだから、布団は無理でも、クッションや毛布なら運び込んでくれていることだろう。
◇ ◇ ◇
毛布にくるまり、上着を枕にして横になるレナート。
アキはやっぱりアイノを呼ぼうかと尋ねたが、先ほどこの〈レナート・R・リドホルム〉級の使用権について揉めたので遠慮しておくと断られた。
レナートにとってこの艦は自身の技術をつぎ込んだものだ。アイノにとっての〈しらたき〉に近い。
当然、彼女はこの艦を自分の研究のために活用したいと考えていた。
使用権を貰えると聞いたから協力していたアイノは最初は拒んだが、アマネに諭され、レナートからも使いたいときに貸してくれれば良いと譲歩され、最終的には許可した。
〈レナート・R・リドホルム〉級強襲輸送艦は所有権と使用権が分けられ、更にそれぞれが2分割された。
実際にそれらを貸与されて艦を動かすのは宇宙海賊だが、所有権の半分はアマネ・ニシ。もう半分はカリーナ・メルヴィル。
使用権の半分はアイノ・テラー。もう半分をレナート・リタ・リドホルムと、ややこしい権利構成をとることになった。
権利関係について詳しくないアキでも、いつか揉めそうと思うくらいには滅茶苦茶だ。
「〈しらたき〉についたらベッドで横になれますよ」
「〈しらたき〉には乗らないわ。
私は枢軸軍には協力しない」
レナートが告げる。
だがアキは驚くことも無かった。
事前にアマネから、レナートが枢軸軍に協力するかどうかは彼女自身が決めることだと聞いていたし、実際の彼女を見ていて、枢軸軍という巨大な組織の管理下に入ることは望まないだろうなと察していた。
「それでも、〈しらたき〉の医務室に余ってるベッドをこっちに持ってきますから」
「そう。
貰えるなら貰っておくわ」
「ええ、そうして下さい」
会話は終わり。
毛布を運び込んでひとまずアキの仕事は終わりだ。
レナートは休みたいだろうし、緊急の用も無いのだからここに留まる必要は無い。
それでもアキはレナートの隣に腰を下ろした。
「少しだけ話しても良い?」
「どうぞ」
許可が得られたので、アキは足を伸ばして姿勢を楽にすると話し始めた。
「レナートさんはあとどれくらい生きていられますか」
「分からない。
今日かも知れないし数年持つかも知れない。
少なくとも今のところ、アイノの寄こした薬は効いているわ」
「死ぬのは怖くないですか?」
問いに対してレナートは一度だけ瞳を閉じると、小さく頷いた。
「人間は必ず死ぬ生き物だわ。
心残りは真理の探究が終えられないこと。
だけれど私が生きていようと死んでいようと人類が滅びるまでに解明され尽くされることもないわ」
レナートが言葉を紡ぐと、アキは質問を重ねようとする。
だがそれをレナートが遮って続けた。
「それでも気がかりなのは、私の知識を残せないことよ。
私の認識を漏れなく受け継げるのはアイノくらい。でも彼女はそれを望まないでしょうね」
アキも言われて、素直にアイノがレナートの知識を引き継ぎはしないだろうと思った。
彼女には彼女のやりたいことがある。それが必ずしも、レナートの追求したい真理と同じとは限らない。
「知識を残せたらそれで良いんですか?」
「ええ。生き死にとはそういうことでしょう。
だからアイノのやり遂げたBO計画は価値があるの。
あの技術は知識を次の世代へと直接引き渡すことが出来る。私の知識を、新しい世代へと引き継げる」
レナートの死生観にアキは言葉も出ない。
アキは自分が死ぬと分かっていても特異脳を使ってきた。
特異脳があれば戦いに勝てる。勝たなければ生き残れない。
使っても使わなくても死ぬのなら、戦って戦い抜いて、それから死ねば良い。
それでもやっぱりアキは死を簡単には受け入れられない。
戦い抜いて、生き残る可能性が何処かに無いかと模索していた。
戦う事、生き残ること。
どちらかしか選べないのに、アキは両方を選ぼうとしていた。
「あなたは自分の力を引き継ごうとは思わないの?」
レナートが問いかける。
その問いに、アキははにかんで返した。
「私のを引き継いでも、宇宙が平和になったら役に立たないばかりか早死にするだけですよ」
「あなたみたいに無茶しなければなんとでもなるわ」
アキは「無茶してますかね?」なんて呟いて、それから真面目に先のことについて考える。
特異脳はこういうことを考えるのにはあまりに不向きだ。
自分がどう生きていくのか、どう死んでいくのかは、特異脳とは別の、まるで演算能力も持たない脳の通常領域で考えるしかない。
そしてその難問は、アキには答えを導き出せなかった。
「どうしましょう。
どうしたら良いと思います?」
自分では答えを出せなくてアキは問いかける。
錬金術師と称された技術者、レナート・リタ・リドホルムなら、この難問にもあっさり回答してくれるのではないかと一縷の望みを託したのだ。
されど、彼女はかぶりを振る。
「あなたのこと。
あなたが考えるしか無い」
「分かってはいるつもりなんですけど」
理解出来ることと、回答を出せるかどうかは別の話だ。
ユイ達は戦争の無い平和な宇宙を目指して動き始めた。
自分が戦うことでその助けになるのならば喜んで戦うだろう。
だが平和な宇宙が訪れた時、その世代に自分は一体何を残せるだろうか?
思い悩むアキに対して、レナートは助言するよう語りかけた。
「私はあなたたちのおかげでフノスから解放されて自由になれた。
これからは私のしたい研究に専念するわ」
その言葉にアキは頷いた。少しだけだけれども気持ちが晴れてきた。
「はい。
私も、自分のやりたいことを考えてみます」
「ええ。それがいいわ」
話を終えると、アキはレナートへ礼を述べて立ち上がる。
その去り際、レナートが声を投げる。
「枢軸軍には協力しないけれど、あなたたち個人には手を貸すわ」
アキは振り返って頷いて見せると、レナートの部屋を後にした。
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