第278話 辺境基地防宙戦
「ワームホール抜けたわよ」
宇宙艇の運転手を任されたコゼット・ルメイアは、出たら教えてくれという言いつけを守って助手席で眠る相棒へ声をかける。
だが深く眠っているらしい。相棒――サブリ・スーミアは座席に身体を沈めて寝息を立てている。
仕方なくコゼットは右手で操縦桿を握りながら、左手を伸ばしてサブリの身体を揺する。
「起きなさいよ」
「――ああ、ようやくついたか」
寝ぼけ眼のサブリは大きく身体を伸ばした。
それから宇宙標準時刻を示す時計を見て所感を述べる。
「随分長くかかったな」
「予定が変わったのよ。
元々試験運転するはずだった基地方面に枢軸軍が攻勢初めたから、別の基地でやることになったって訳」
「へえ。にしても酷い場所だな」
サブリは現在位置を示す座標情報を宇宙地図に展開し、それが連合軍勢力圏の中でも相当な辺境であるのを確かめると苦笑いした。
「で、そのせいでそんなに怒った顔をしてるのか?」
「別に怒ってないわよ」
「怒ってないようには見えない」
サブリの言葉に、コゼットは釣り上げていた目を更に険しくして返す。
「元々こういう顔よ」
「あっはっは。分かってる、からかっただけさ。
基地には直ぐ着くのか?」
「もう着くわ」
今度こそ正真正銘不機嫌にコゼットは返した。
宇宙艇の正面ディスプレイに、連合軍の衛星基地が映る。
古い造りの基地ではあるが、どうやらその建造ドックは稼働中らしい。されど外からは内側が見えないように隠匿されている。
「こんな場所で軍艦作ってるのか?」
「あー、そうそう。何でも新しい戦艦作ってるとか。
だからドック側には絶対近寄るなって」
「こんな古い基地まで動員して1隻増やしたところで何とか出来る状況じゃないだろ」
「それでも1隻でも多く作らないとやばい状況なんでしょ」
ここのところ連合軍は負け続けだ。
それもいよいよ二大勢力の拮抗を保てない所まで攻め入られている。
次か、もしくはその次の大きな宇宙決戦で負けたら後がない。そのまま連合軍首都星系まで枢軸軍がなだれ込んできてしまう。
そんな状況にあって連合軍は古い造船所まで稼働させて宇宙艇を増産している。
この基地もそういったうちの1つだろう。
コゼットは通信を繋ぎ、基地へと着陸許可を要請。
事前連絡してあったため許可は直ぐ得られる。だが絶対に建造ドックには近寄るなと念を押された。
「そんなに大層な戦艦なのかしら。
――〈ニューアース〉だって。名前だけは立派だこと」
「名前負けしそうだな。
まあ戦艦はどうでもいいさ。それよりはやく〈HDギア〉の試運転させてくれ」
「分かってる。着陸させるからシートベルト締めて」
コゼットとサブリを乗せた宇宙艇は、辺境の工業衛生基地へと降下を開始した。
◇ ◇ ◇
「オーケー。
操縦機構は問題無し。
無人機出してくれ」
『了解。
壊さないようにね』
「りょうか――何で無人機壊したらいけないんだ?」
サブリが開発した新しい操縦機構を積み込んだ、人型宙間決戦兵器〈HDギア〉の動作試験を行う2人。
試験は順調に進んでいたのだが、コゼットが無人機について注釈をつけたためサブリが待ったをかけた。
宇宙基地のオペレーションルームに陣取って試運転のデータを取得していたコゼットは、物資担当官から言いつけられた通りに答える。
『無人機も会戦に投入したいから全部動く状態で持って帰ってこいって指示よ』
「そりゃないぜ。折角実弾積んで来たんだぜ」
『壊さないように撃てるならどうぞ』
「無茶言ってくれるよ」
サブリは渋々と使用弾薬を切り替える。
自身の開発した操縦機構の完成度を測るためなら実弾射撃は不要かも知れない。
だが折角こうして、口うるさい教官から離れて好き勝手出来る環境を手に入れたのに、無人機相手に実弾をぶっ放せないのは不満だった。
「12機も出すなら1機くらい壊してもバレないだろ」
『残念だけど受領出来たのは2機だけよ』
「おいおい。じゃあ接近中のあれは何だ?」
コゼットは何を言っているのかと耳を疑った。
まだ無人機は射出していない。
だが確かにリンクされたサブリの〈HDギア〉は12機の戦闘ポッドを捉えていた。
基地全体にアラートが響く。
コゼットは直ぐに詳細を確認。サブリへ通信を繋ぐ。
『サビィ大変。枢軸軍の戦闘ポッド接近中!
試験は中止。直ぐ帰投して』
「なあ相棒。枢軸軍の戦闘ポッドなら撃墜して構わないよな?」
『バカ言ってないで!
あんたも私も訓練生なのよ!』
「味方機は何機だい、オペレーター?」
サブリが問いかけると、コゼットは悪態をつきながらも基地と連絡をとって回答する。
『〈サキュラ〉が6機』
「じゃあ助けが必要だな。
大丈夫、試運転は済んだし実弾も積んである。
それにここを突破されたらあたしらも無事じゃ済まないだろ」
『そりゃそうだけど……
――そうね。やりましょう』
小さな宇宙基地だ。逃げ場はない。
こんなへんぴな場所では援軍が来るのも相当後だ。
建造中の戦艦が連合軍にとって重要なものであれば援軍も期待できるが、常駐の戦闘ポッドが6機だけでは、その線は薄い。
多分、連合軍にとってはドックを空けておくのはもったいないから稼働させた、くらいの認識でしかない。
『基地と戦術データリンク接続。
ここから先は私の指示に従って』
「了解。
任せるよ相棒」
コゼットはオペレーターとして指揮をとる。
基地と連絡を取り合い、敵機迎撃作戦を実行。
数で不利な連合軍側としては基地の防宙圏内で戦いたいが、基地司令がそれを拒否。
建造中の戦艦には傷1つつけられないとして、基地外縁部での迎撃が要請される。
「そんな大事な戦艦ならもっと護衛機つけとけよ」
悪態をつくサブリにコゼットも同意する。
『私もそう言ってやったけど、どこも機体もパイロットも足りてないんだと』
「古い基地まで動かして戦艦建造しようとするからだろ。守る場所を増やしすぎだ」
『間違いないわね。
〈サキュラ〉、基地外縁部で交戦開始。
守りながら戦ってるけど倍の数じゃ決着着くのは直ぐよ。
側面から支援して』
「了解。攻撃許可を」
『任せるわ』
味方〈サキュラ〉を半包囲するように展開した敵機〈KKS-GEN6〉。
球状の本体から突起物のように突き出した推進装置が特徴の機体で、連合軍パイロットは”コケシ”と呼んでいる。
敵は数の優位を活かして短期決戦に持ち込もうとするが、高い機動力を有するサブリの〈HDギア〉がその側面をとった。
「貰った!」
側面から不意を突いた攻撃。
〈HDギア〉が右腕に装備したビームライフルが瞬き、熱線が〈KKS-GEN6〉のブースターを貫いた。
既に味方の〈サキュラ〉部隊は半壊している。
サブリはそのまま前進を続け残りの相手も引き受ける。
「試運転には絶好の機会だ」
〈HDギア〉のブースターを踏み込む。
〈KKS-GEN6〉は6機編成で包囲してくるが、サブリは動じない。
1機1機の動作を観察。
戦闘ポッドは所詮戦闘機を宇宙空間向けに拡張した兵器だ。その動きにはどうして制約がかかる。
〈HDギア〉を初めとする宙間決戦兵器は、そういった戦闘ポッドの弱点を克服するために開発された。
人型の機体は、宇宙空間を自由自在に動き回ることが出来、あらゆる戦闘において戦闘ポッドを凌駕する――
当初はその目論見だったが、完成した宙間決戦兵器は、戦闘ポッドを過去の物にすることは無かった。
全高16メートル。人型の構造は戦闘ポッドより製造コストがかかり、これを1機作るコストで同世代の戦闘ポッドを6機製造出来る。
更に問題になったのはその戦闘能力の低さだ。
宙間決戦兵器は自由自在に宇宙空間を動き回ることを期待されたが、その操縦機構は戦闘ポッドの拡張に過ぎない。
結局、戦闘ポッドと同じようにしか動けなかった。
腕がついたことで多少攻撃の自由度は増したが、その代償として6倍のコストは高すぎた。
されど人型宙間決戦兵器は使いこなせたのならば高いコストを支払う価値はあると、少なくともサブリと、その相棒のコゼットは信じていた。
彼女たちは新しい操縦機構を1から設計しなおし、それを搭載した〈HDギア〉を作った。
〈HDギア〉は完全に〈KKS-GEN6〉6機に囲われた。
だが自由自在に宇宙空間を駆け回る宙間決戦兵器は、包囲されようとも戦闘継続できた。
「そうこなくっちゃ」
敵機が包囲攻撃を開始。
サブリは攻撃予測線を一瞥し、全ての攻撃位置を把握するとそれを回避するように機体を飛び退かせる。
宇宙空間に上も下もない。
戦闘ポッドは構造上制約がかかるが宙間決戦兵器は違う。
自由に動かせる脚部と機体各所に取り付けられたスラスター。
それらとサブリの考案した操縦機構を組み合わせることで、機体は操縦者の思い通りに、宇宙空間を上下左右関係なく飛び回ることが可能になった。
戦闘ポッドから放たれる攻撃を掻い潜り、サブリは〈HDギア〉の右腕ビームライフルで反撃を行う。
火器管制装置とビームライフルは完全に同調し、敵機の移動先を予測して正確無比に照準を定める。
その動作を邪魔する物は何1つない。
瞬く間に6機の〈KKS-GEN6〉を無力化。
残りは5機。彼らは連合軍の〈サキュラ〉を動作不能に追い込むと、サブリの方向へと向かってくる。
もう侮ってはくれないらしい。
〈KKS-GEN6〉が宇宙魚雷を投射。
基地攻撃用に温存していたのだろうが投入してきた。
『魚雷来てるわよ』
「見えてるよ、問題無い」
飛来する宇宙魚雷。
〈HDギア〉の観測装置がその全ての動作を捉え、迎撃パターンを算出。
頭部に搭載された視線同調式の砲台が火を吹くと、信管を撃ち抜かれた魚雷が光の球となって宇宙の塵になる。
魚雷を処理しきるとサブリは攻勢に転じる。
加速し距離を詰め、1機1機確実に潰していく。
攻撃予測線を頼りに敵の攻撃を回避し、行動予測を元に火器管制を作動させ移動先へビームライフルを放つ。
宇宙空間を縦横無尽に動き回る〈HDギア〉は一方的に〈KKS-GEN6〉の集団を撃破した。
「敵全機動作停止。
しかしこのビームライフルじゃあ威力不足だったな。
敵のパイロット生きてるがどうする?」
『後回し。それより味方の救援向かって。ただでさえパイロット足りないんだから』
「了解」
撃破された〈サキュラ〉から救難信号が出ている。
機体は撃破されたがパイロットは生きている。戦闘ポッドパイロットは連合軍にとって貴重な戦力だ。助けられるならば助けなければいけない。
サブリは救援に向かおうとするが、それをコゼットの声が遮る。
『待った。ワームホール反応!
敵に増援! 3――いや4機。機種確認中……確定、〈KKS-GEN5〉』
「旧世代機小出しにしたって何の役にも立ちやしないさ」
『直ぐ撃破して。こっちの行動不能機狙われたら厄介だわ』
「分かってる。処理するよ」
新型の〈KKS-GEN6〉が12機がかりでも敵わなかったサブリに、旧型4機で勝てるわけがない。
サブリもさっきの戦いで十分に操縦機構のテストは出来たと、援軍の対処についてはただの作業と考えていた。
「ん。3機逃げたぞ」
『1機だけ向かってくるわ。迎撃して』
「そりゃするけど、旧世代機1機相手じゃ射撃練習にもならない」
『実戦よ。油断しないで』
「分かっちゃいるさ」
3機は転進。
仕方なくサブリは単機で向かってくる敵機を注視。
行動予測線を確認し、ビームライフルの銃口を向ける。
「これで終わりさ」
仮想トリガーを引く。
ビームライフルが3回瞬き光線が放たれた。
しかし敵機は行動予測線から外れ、寸前で攻撃を回避。渦を巻くように回転しながら飛行し肉薄してくる。
「ウソだろ。だがまぐれで避けたって――」
再度攻撃。回転周期に合わせて未来位置を予測して攻撃したはずなのに、やはり寸前に軌道が変わり攻撃は失敗。
至近まで迫った敵機が発砲。
短く3発。弾道予測線を注視するサブリだが、回避パターンを見いだせない。
「なっ――」
緊急回避を作動させる。
ブースターとスラスターを安全範囲から外れた出力で作動させ、瞬間的にその場から待避。
されど敵機の攻撃が右腕関節を捉え、熱線によって動作不良を起こした。
「なんだこいつは!」
『離れた3機が破損機体の回収に向かってる!
なに単機相手に手こずってるのよ!』
「手こずっちゃいない。直ぐ片付ける!」
自分に言い聞かせるよう返答し、サブリは敵機の姿を注視した。
もう油断はしない。全力を持って叩き潰す。
ビームライフルを左手で持ち戦闘継続。
敵の〈KKS-GEN5〉は一度離れながらも、〈HDギア〉の周りを円弧を描くように機動する。
相手も戦いを続けるつもりだ。
「所詮は戦闘ポッドだ。動きの癖を読めば問題無い」
行動先を予測して攻撃を継続。
だが攻撃の全てが、完全に見透かされたように寸前で回避される。
『無駄弾多いわ。
エネルギー尽きるわよ』
「分かってるって。
それより敵の動きがおかしい。そっちでパターン解析かけてくれ」
『かけたけど、スペックは普通の〈KKS-GEN5〉と変わらないわよ』
「酷い冗談だ」
〈HDギア〉がかけたパターン解析でもスペック上の数値は全て通常の〈KKS-GEN5〉の範囲内だ。
だとしたら何故サブリの〈HDギア〉を持って命中弾を出せないのか。
特殊な改造無しに、一体どうして旧世代機で渡り合えるのか。全くの謎だ。
はっきりしていることは、これが演習で無い以上、相手が誰だろうと勝たなくては殺されるという事実だけだ。
敵機が距離を詰めてくる。
まだ敵の能力の本質は見えない。それでも行動パターンにいくつか存在する規則性をサブリは掴んでいた。
〈HDギア〉の安全装置を解除。
一時的にブースター出力制限を取り払い、敵機下方に強引に滑り込む。
通常機体の機動力を上回る動作には敵も反応が遅れる。それでも急速転回をかける反応速度は流石だが、サブリが一歩先を行った。
〈KKS-GEN5〉の主砲旋回速度を振り切って、側面を押さえたサブリ。
躊躇すること無く無防備な側面装甲にビームライフルを連射する。
〈KKS-GEN5〉に命中。爆発反応装甲が作動。
ダメージを与えられた。
サブリは勝機を見いだしたが、一瞬後にそれが間違いだったと気付く。
爆発反応装甲の起爆によって得た推進力で〈KKS-GEN5〉が通常機動力を越えて旋回。
本体球面を滑るように移動してきた主砲が、サブリの移動先に指向された。
レーザー砲が火を噴く。
サブリは緊急回避を作動させるが、寸前に出力限界を超えていたブースターは通常出力でしか作動しない。
吸い込まれるように熱線が〈HDギア〉正面装甲へ。
拡散装甲を突き破られ、内側の爆発反応装甲が作動。爆発によって強引に攻撃の威力を外側へ逃す。
『もろにくらってるじゃない!
もういいわ、基地の防宙圏内に待避して!』
「逃がしちゃくれないよ。
やられたのは装甲だけだ。まだ戦える」
口では強がっていたが、サブリの手に汗が滲む。
機体のスペックでは無い。パイロットの技量で圧倒されている。
敵の装甲も一部破損しているが側面の拡張装甲だけ。力量の差は明らかだ。
それでもサブリは逃げない。
敵機へ食らい付き、その背後をとる。
枢軸軍のKKSシリーズ共通の弱点。本体から突き出した推力機構のせいで、真後ろには攻撃出来ない。
要は背後をとり続けてしまえば一方的に攻撃出来る。
1対1ならそれが可能だ。
敵もそれを分かっているから背後をとらせようとはしないが、〈HDギア〉の圧倒的な機動力で無理矢理後ろに張り付く。
勝算があるとすれば、スペックのごり押しで優位をとり続けるしか無い。
後ろをとると距離を詰める。
十分近寄らなければ相手は攻撃を回避する。
絶対に命中弾を出せる位置まで、仮想トリガーを引ききらない。
不規則に動く〈KKS-GEN5〉の動きに惑わされないよう食らいつき、相対距離40メートルまで接近。
ブースターの放つ明かりが目を焼くような距離。
それでもサブリは大きく目を開き、火器管制に頼らず目視で照準を合わせ、仮想トリガーを引ききった。
放たれる攻撃。
そのうち1発が敵機装甲を掠める。
しかし角度が悪い。ビームを散乱させる最外周の拡散装甲によって攻撃は霧散。
そして弾いた攻撃の反動と、爆発反応装甲の手動起爆、スラスター制動によって、敵機は急速転回。
180度回転し、距離を詰めていた〈HDギア〉へとレーザー砲の弾幕を浴びせる。
不意を突かれたサブリは回避行動が間に合わない。
全弾被弾し、機体が揺れ緊急アラートが鳴り響く。
待避しようとするが操作がきかない。
両手両足をやられ、スラスターも多くが動作不良を起こしている。
生き残っていたメインカメラが映すのは、極至近まで接近してきていた〈KKS-GEN5〉の姿。
敵機は近接戦闘用レーザーブレードを機体前面に展開し、〈HDギア〉の正面装甲をなで切りにした。
コクピットブロック前面の装甲が切り裂かれた〈HDギア〉。
サブリは宇宙空間に放り出されそうになるが、機体機構がそれを防ぐ。衝撃をやり過ごすと座席から個人防衛用の小型レーザー銃を取り出す。
敵機は〈HDギア〉の前で停止している。
そして球状の本体後部上面が開くと、パイロットが外に出た。
敵は手にした銃から〈HDギア〉へワイヤーを射出。それを伝って乗り移ってきた。
「凄い動きをすると思ったら、新しい操縦機構?
そうだよね。折角機体スペックが高くても、操縦できなかったら意味ないもんね。
ちょっと操縦機構のデータだけ回収させて貰うね」
枢軸軍のパイロットスーツ。少尉の階級章をつけた彼女は、レーザー銃を向けるサブリに直接通信を繋いでそう述べた。
そして〈HDギア〉のコンソールからデータディスクを見つけ出すと自分の端末を接続しコピーを開始する。
「おいお前。何をしてる」
サブリが声をかけると、コピー完了を待っていた彼女は顔を上げて答えた。
「何って、データコピーだけど」
「そうじゃない。
何故あたしを殺さない」
彼女は首をかしげ、それから笑みを浮かべた。
「私はプロの軍人だからね。丸腰の民間人は殺せないよ。
機体に部隊認識番号なかったから手加減しておいて正解だったよ。
技術屋さん? 訓練生? 操縦の筋は良かったよ」
微笑む彼女。サブリは手にしたレーザー銃を前に突き出す。
「丸腰に見えるか?」
「子供が木の枝を持っていたとしてそれを武装しているとは言わないでしょ。
それと同じ。
あなたが銃を持ったところで脅威じゃ無い。
撃ってもあたらないし、そもそも撃つ気もないでしょ。
指に力入ってないよ」
指摘されてサブリは動揺を表情に出してしまう。
今、彼女との間には覆せない圧倒的な実力差が存在する。
それはパイロットとしてもそうだし、一兵士としてもそうだ。
サブリは銃を構えてはいたが、トリガーにかけた指にはまるで力が入っていない。入れようとしても、体が強ばり動かなかった。
「撃つなら今が最後のチャンスだけど、どうする?」
彼女はゆっくりとレーザー銃へと手を伸ばす。
その動きにサブリの心臓の鼓動は高まり、緊張が極限まで達して視界がぼやける。
だがその緊張がほどけるのは一瞬だった。
彼女の手がレーザー銃の安全装置を押し込んだ。もうトリガーを引いても攻撃出来ない。
そんな状況にあってサブリはほっと安堵する。戦わなくてもいいという安心感が体の硬直をほどいた。
「素直でよろしい。
データありがとね。
ええと、サブリ・スーミアってあなたの名前?」
彼女はコピー完了したデータを確認すると、操縦機構制作者の名前を見て尋ねる。
サブリは頷いた。
「そっか。良い名前だね。
それじゃあさよなら、サブリ」
コクピットから去ろうとする彼女へと、サブリは声を投げる。
「後悔するぞ。
次に会ったら殺す」
強がった発言に、彼女はやはり笑って返した。
「楽しみにしとく」
コクピットを離れ、〈KKS-GEN5〉へと戻る彼女。
最後にサブリは尋ねた。
「あんたの名前は? こっちの名前を知ったんだ。不公平だ」
「アキ・シイジ」
彼女はそれだけ答えると、〈KKS-GEN5〉に乗り込み機体を発進させた。
既に救援に来ていた他の〈KKS-GEN5〉が、撃破された〈KKS-GEN6〉からパイロットを救出していて、4機編成に戻ってそのまま撤退していく。
見逃して貰えた。
もし敵が本気で攻めるつもりなら、〈KKS-GEN5〉だけで基地に甚大な被害を与えられただろう。
それどころかアキ・シイジ1人相手でも、この辺境基地は壊滅していたに違いない。
サブリは全身から力が抜けて、緊急用の通信機電源を入れる。
直ぐにコゼットの叫び声が響き渡って、それでようやく生き残った実感がわいた。
◇ ◇ ◇
「ようやく援軍か。
遅いったらない」
「全くだわ」
コゼットの操縦する宇宙艇に回収された〈HDギア〉。
サブリは宇宙艇の助手席に乗り込んで、今し方開いたワームホールからやってきた統合軍護衛艦の姿を見て告げる。
今更来ても遅い。
それでも、基地の保有機体を全損したため増援は必要だ。
また枢軸軍が攻めてきたときに護衛艦1隻で何とか出来るとは思わないが、居ないよりはずっとマシだ。
「操縦機構さえ完成させれば枢軸軍の戦闘ポッドくらい圧倒できると思ったんだがなあ」
サブリの愚痴にコゼットはため息交じりに応じる。
「相手が悪かったのよ。
何度見てもこれ、普通の人間の動きじゃ無いわよ。
アキ・シイジだっけ。何者なのこいつ」
「それはあたしにも分からん。
だが絶対にあいつはあたしが倒す。
そのためにも操縦機構を使いこなせるようにして、可能なら新しい機体が欲しい。
操縦機構に最適化された機体があれば、パイロットが誰だろうと戦闘ポッド相手に遅れはとりやしない」
すっかり憔悴していたサブリがやる気になっていて、コゼットも前向きに意見を述べる。
「そう言えば新型宙間決戦兵器の設計プロジェクト、極秘に動いてるみたい。
メルヴィル先輩から聞いたから確かな情報よ」
「そりゃあいい情報だ。
それじゃ、戦艦1隻守った戦果を手土産に、そのプロジェクトに噛ませて貰えないか交渉してみるか」
「その前に訓練施設へ戻って報告と謝罪よ。
借りてた〈HDギア〉大破させたんだから」
その言葉にサブリも辟易として、大きくため息を吐き出した。
「なあ相棒。そっちでやっといて――」
「却下。
私も半分責任負うんだから、あんたも覚悟決めなさい」
「分かったよ、相棒。
ワームホール抜けたら起こしてくれ」
サブリは座席のリクライニングを倒して帽子を顔にかけた。
コゼットは「了解」と短く返して、訓練基地周辺宙域へと繋がるワームホールを目指した。
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