第279話 新プロジェクト

「敵旗艦〈ニューアース〉後退中。ワームホール展開。撤退していきます」


 枢軸軍、首都星系防衛艦隊旗艦〈ナイマン・ヤーノシュ〉のブリッジでメインオペレーターが告げる。

 〈ニューアース〉が撤退した。

 その情報に乗組員達は安堵し、この会戦を生き延びることが出来たと胸をなで下ろす。


 最終防衛ラインにおける決死の戦いだった。

 敵無しと思えた〈ニューアース〉を撃沈すべく、提督のアマネ・ニシ元帥指揮下の元、艦隊はあらゆる策を講じた。

 結果として〈ニューアース〉は沈められなかったが、それでも大破させ、撤退させることには成功。


 防衛ラインの死守と言う点において戦略目標を達成できた。

 だが傷は浅くない。度重なる〈ニューアース〉主砲の広範囲殲滅によって艦隊は甚大な被害を受けている。

 既に多くの工業基地を奪われた枢軸軍にとって、艦隊の再整備などいつまでかかるか概算も不可能だった。


 〈ナイマン・ヤーノシュ〉ブリッジでは、各員が艦隊状況の把握に努める。

 〈ニューアース〉主砲は周囲の電磁波を乱れさせ、強力な通信障害を引き起こす。

 ようやく回復しつつある通信網を使って、それぞれが担当先へと状況確認を行っていた。


「こちら〈ナイマン・ヤーノシュ〉ブリッジ。

 〈白糸〉ご無事ですか? 聞こえたら応答願います」


 新任士官ユイ・イハラ少尉は、士官学校卒業と同時に人手不足の首都防衛艦隊に配属となり、そのブリッジ、サブオペレーター見習いとして配備についていた。

 先輩方の補佐を目的としていたが、会戦途中で別の基地所属だった宙間決戦兵器が〈ナイマン・ヤーノシュ〉の指揮下に入ったため、そちらのオペレーターを担当。


 通信障害が回復し始めたのをみて、その機体へと通信を試みる。

 枢軸軍製造の宙間決戦兵器〈白糸〉。

 量産型の宙間決戦兵器をエースパイロット向けに改造・改修した専用カスタム機。

 この機体を操縦できるのは枢軸軍でもただ一人。トップエース、アキ・シイジ大尉だけだった。


 ユイの通信に対して、ノイズ混じりではあるが〈白糸〉から応答が返る。


『――こちら〈白糸〉。

 聞こえ――そちらは――?』

「応答確認しました。少々お待ちください」


 士官学校で習ったとおり通信機を調整。通信にのったノイズ成分を除去し、より影響の少ない周波数へと切り替えて再交信。


「こちらブリッジ。

 〈白糸〉へ。聞こえたら再度返答願います」

『こちら〈白糸〉。通信良好。

 そちらは大丈夫?』

「はい、通信良好です」

『そうみたい。先にこっちの報告で良い?』

「お願いします」


 ユイが返答するとアキが答える。


『〈白糸〉は損傷軽微。

 〈ハーモニック〉1機撃破。

 だけどスーミア機には逃げられた。あと少しだったんだけどね。また腕を上げてた』

「それは――ええと、大戦果ですよね」


 しれっと報告するアキに対して、ユイはなんと言葉を返したら良いのか分からない。

 連合軍の新鋭戦艦〈ニューアース〉と同時に製造された、新型宙間決戦兵器〈ハーモニック〉。

 それは量産機の〈HDギア〉をスペックで大きく上回るほか、対艦攻撃能力を備え、空間の揺らぎを用いた防御機構を備える厄介な相手だった。


 19機だけ製造されたとされる〈ハーモニック〉に対して、枢軸軍の宙間決戦兵器は手も足も出ない。

 それでもこれまで6機。いや、今日で7機目を撃破したが、その全てはアキ・シイジによるものだった。


『そうは言ってもまだ12機残ってるし。

 スーミアが倒せなければ何機倒しても変わらないよ』

「そんなにスーミア機は強いのですか?」

『強いと言えばそうだね。

 連合軍の〈ハーモニック〉パイロットの中では1番だと思う』


 まあ1対1なら勝てるだろうけどね、とアキはやはりしれっととんでもないことを口走る。

 サブリ・スーミアと彼女の乗る赤い〈ハーモニック〉は枢軸軍にとって〈ニューアース〉と並ぶ恐怖の対象だった。

 彼女に撃破された宙間決戦兵器、宇宙艦艇の数は計り知れない。

 彼女に対して1対1なら勝てる、などと冗談でも言えるのは、アキ・シイジだけだろう。


『そっちは大丈夫?』


 アキに問いかけられて、ユイは被害確認をしながら応答する。


「艦隊の被害は確認中ですが半分は失っています。

 〈ナイマン・ヤーノシュ〉も被弾し中破。機関部付近に命中弾が出て、エネルギー供給が不安定になっています。

 現在、予備動力で低出力航行中です」

『あー、そっか。

 こっちエネルギー尽きそうだけど、直ぐに着艦は難しいかな?』


 ユイは「少々お待ちを」と告げて、隣に座る先輩オペレーターに問いかける。


「すいません。シイジ大尉が着艦要請をしているのですけど、今は難しいですよね?」


 だが先輩オペレーターは毅然と答える。


「シイジ大尉が要請しているなら最優先で通して。

 割り込んでもシイジ大尉なら他のパイロットも文句は言いません」

「了解しました。着艦するよう伝えます」


 直ぐに着艦可能であるとアキへ伝えると、彼女は礼を言って着艦体勢に入った。

 着艦を終えれば、オペレーターの仕事も一段落だ。


「お疲れ様。着任初日にしては落ち着いていて良かったわ」

「ありがとうございます。

 士官学校での教育のおかげです」


 先輩オペレーターに評価されて嬉しくなったが、ユイは謙虚にそう述べた。

 元来引っ込み思案で人と話すのは苦手な性分だ。そんなユイがこうして初任務を無事に遂行し切れたのは、教育の賜であることは間違いない。


「そう?

 いきなり実戦投入されたら普通はもっと落ち着かないものよ。

 あなた間違いなく優秀だわ。良かったら、私の会社に来ない?」


 突然の勧誘にユイは首をかしげる。

 会社とは?

 今は戦争中で、ユイはもちろん、先輩オペレーターも軍の士官である。

 当然戦争中の副業は禁止だ。


「あの、副業は禁止では?」

「本業よ。

 だって首都防衛艦隊が壊滅したんですもの、もう終戦でしょ。

 終戦後は知り合いと会社を興すことにしてるの。優秀な人材はいくらでも欲しいわ。どう?」


 どう? と言われてもユイには判断出来ない。

 彼女は生まれ故郷の力になりたいと士官教育を受けて軍人になった。

 まだ軍から正式に終戦を告げられていない以上、その後のことを考える余地はない。


「直ぐに回答しなくていいわ。

 でも、決断できたら教えて」


 先輩オペレーターはプライベートアドレスをユイの端末へと送りつける。

 ユイは「考えておきます」とだけ答えて、この話題はいったん忘れることにした。

 されどその先輩オペレーターだけでなく、他のブリッジ要員達も、艦隊壊滅を受けて終戦後の仕事や住む場所について話していた。


 そんな空気を振り払うように、ごほんと一つ大きな咳払いがあった。

 艦隊司令。提督専用席に座っていたアマネ・ニシ元帥が立ち上がる。

 ブリッジ要員も口をつぐんだ。


「――連合軍の新鋭戦艦〈ニューアース〉が現れてからこの方、我々は敗北が続き、遂に本会戦で首都防衛艦隊が壊滅的被害を受けた。

 これは敵方の新兵器に対して有効な対策を講じられなかった軍司令部の問題にも関わらず、これまで共に戦ってくれた将兵各位には感謝の言葉が尽きない」


 語り始めたアマネ元帥。

 ゆっくりと重々しく語る彼の言葉を受けて、ユイも終戦について考えてしまう。

 だが一転、彼は顔を上げてブリッジ要員を見渡すと、明るい口調でこれからの展望を語り出した。


「さて、この度の作戦では〈ニューアース〉を撃沈するまでに及ばなかったが、それでも大破させることが出来た。

 機関部の損傷具合を見るに、そう簡単に修理出来るものではない。

 連合軍の補給線は限界を超えていた。

 この状況で特殊な機構を持つ〈ニューアース〉の修理ともなれば、どんなに少なく見積もっても6ヶ月は要するであろう。


 ここで軍情報部が得た最新情報を伝えよう。

 何でも〈ニューアース〉は、無名だった大学生、ユスキュエル・イザートが設計し、古い工業衛星を再稼働させ、突貫工事で僅か6ヶ月で完成させたそうだ」


 雲行きが怪しくなってきたと、ブリッジ要員は視線を伏せ、アマネと目が合わないように努めた。

 この老人は気が良く融通が利き艦隊運用能力についても並び立つ者はいない、まさしく元帥の器である。


 ただ1点問題があるとすれば、大変な夢想家であり、時折たがが外れたように大きな夢を語り出す。

 そうなったときはボケた老人を介護するように優しく夢語りに付き合ってあげて、その上で協力は一切拒否する。

 〈ナイマン・ヤーノシュ〉のブリッジ要員はそれをよく心得ていた。


「もう理解出来たであろう?

 連合軍に出来て、枢軸軍に出来ないという道理は無い。


 されど生半可な努力では無為に返すであろう。

 古い慣習を覆す、全く新しい試みが必要だ。

 その上で、〈ニューアース〉と対等に――いやそれを凌駕する枢軸軍の新鋭戦艦を、6ヶ月で建造する。


 問題があるとすれば、わしは年老いた古い人間だ。

 常識を覆すのはいつだって活気溢れる若者だ。

 どうだろう。誰かこの老人に、知恵と力を貸し与えてはくれないだろうか?」


 ブリッジ要員は沈黙を守る。

 それがこのアマネ・ニシ元帥の”持病”に対する最適解で有り、唯一の対抗策だ。


 だがたった1人。

 先日配属されたばかりの新任士官。

 サブオペレーター見習いのユイ・イハラ少尉は、そのルールを理解していなかった。


「了解しました!」


 上官が命じたら即応答せよ。

 士官学校で習った通りに彼女は実行した。

 それはほとんどの場合正解であったが、アマネ・ニシの夢語りに対しては多いなる失策であった。


「ほう。今返事をしたのは誰かね?」


 アマネが問いかける。

 ユイは返事をしたのが自分1人だけだったことに慌てふためくが、もう返事をしてしまった。

 隣に座る先輩オペレーターも渋い表情を浮かべ、覚悟を決めて応答せよと視線を送る。

 ユイは立ち上がった。


「自分です」

「ほう。確か新任のイハラ少尉だったかね」

「はい。ユイ・イハラです。

 昨日付で〈ナイマン・ヤーノシュ〉配属となりました」

「おお!

 そうだとも。いつだって変革をもたらすのは若者だ。

 新任少尉。これ以上の適任は無いだろう。

 艦長。彼女はこちらで預かりますぞ。対〈ニューアース〉に向けた新プロジェクトのリーダーとして」

「り、リーダーですか!?

 お言葉ですが自分は経験が少なく――」


 意見したユイだが、アマネはそれを一笑に付した。


「必要なのは経験ではない。

 見ての通りだ。

 長らく艦隊指揮をとってきた老人は〈ニューアース〉に勝てなかった。

 必要なのはもっと別の次元の能力だ。そして君はそれを持っている。どうか引き受けてくれないか?」


 元帥直々の頼みを新任少尉が断れるはずが無い。

 ユイは結局、自分はその役目に適任では無いと確信しつつも、頷くほかに道は無かった。


「了解しました。自分でよろしければ」


 ユイの言葉を受けて艦長も頷く。

 元帥命令と言えどアマネは無理強いしないだろう。

 だが艦長としても新任少尉1人で済むのならそれで構わなかった。

 士官学校時代の成績もぱっとしないサブオペレーター見習いの替わりなら、都合もつくだろう。


「よろしい。ではイハラ少尉。

 本星帰還後からプロジェクトを始動させよう」

「はい了解しました!」


 ユイは敬礼して命令を受領し、アマネが頷くのを見て着席した。

 先輩オペレーターが小声で話しかける。


「最初に伝えておくべきだったわ。

 〈ナイマン・ヤーノシュ〉では上官命令を無視して良い特殊な事例があること」

「い、いえ、良いんです。

 多分、あまり元帥閣下の力にはなれないでしょうけど、自分なりに頑張ってみます」


 無理して意気込むユイを見て先輩オペレーターは笑う。


「会社の件。考えておいて。

 あなたみたいな面白い子なら大歓迎よ」

「はい。ありがとうございます、前向きに検討しておきます」


 アマネの新プロジェクト。

 ユイは自分なんかがリーダーを任された以上、あまり良い結果は残せなさそうだと後ろ向きに考えていた。

 そうなったら敗戦だ。

 ユイも事ここに至って、敗戦後の自分の仕事について考え始めた。


 そんなユイの元に通信が入る。


『こちら〈白糸〉。

 〈ナイマン・ヤーノシュ〉着艦完了』

「あ、お疲れ様です。

 着艦を確認しました。以降はええと、どちらの指揮下に――」

『反抗部隊に異動だって。補給終えたら直ぐ移動する。

 それより聞いてたよ。〈ニューアース〉を倒す新プロジェクトだって?』

「聞いてましたか……。

 私、あまり自信ないです」


 ユイの後ろ向きな発言をアキは笑い飛ばした。


『だろうね。

 でも誰だってそう。アマネのじいさんの妄言に付き合うなんて正気じゃないよ。

 ――だけど凄い楽しそうじゃない? 全く新しいこと始めるんでしょ?』

「そうなりますけど、私なんて……」

『気負わなくたって大丈夫。

 誰がやっても失敗するよ。だから失敗してもイハラ少尉のせいじゃない。

 堂々としてればいいんだよ。

 ――なんて、偉そうだったかな? 一応先輩士官からのアドバイスってことで。

 まあ私はちゃんと士官学校出てないけどね』

「そうなんですか?」

『前線が危ないからって途中で卒業扱いにされちゃったんだよ。

 酷い話だよね。他の人はちゃんと卒業まで在籍できたのに私だけ。

 でもまあ、そのおかげで好き勝手出来たからね。

 何事も考えようだよ。

 きっとイハラ少尉にとっても、新プロジェクトの話は良い経験になるよ』

「そうだと良いです」


 ユイは何事も前向きに捉えるアキを羨ましく思った。

 でも自分とアキとは違う。

 アキには力がある。性能で劣る枢軸軍の機体で〈ハーモニック〉と渡り合える力。

 でもユイには、今のところこれと言った力は何1つとして存在しなかった。


 アキは通信を切る間際、最後にユイへと告げた。


『新プロジェクト、上手く行くことを期待してるよ。

 〈白糸〉より良い機体が出来たら連絡して。宇宙の反対側からだって駆けつけるから』

「はい。その時は是非力を貸して下さい」


 通信を終了。

 サブオペレーター見習いとしての仕事はひとまず終わりを迎えた。


 誰がやっても失敗する。堂々としてればいい。

 そんなアキの言葉は、不安ばかりため込んでいたユイの気持ちを一新させた。


 相手は〈ニューアース〉だ。

 枢軸軍の勝利間近だったのに、たった1隻で全てを塗り替えた連合軍の新鋭戦艦。


 そんな戦艦を相手にするのだから、上手く行かなくても当たり前。

 でももし自分が少しでも力になれる可能性があるとすれば、それに賭けてみるのも悪くないかも知れない。


 ユイは新しいプロジェクトに対して、前向きに捉えるようになってきた。

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