第276話 合流

 帝国軍が無条件降伏を受け入れた。

 その報道に嘘偽りはなく、配信されたアマネ・ニシ元帥による演説も本物であると確認が取れた。


 ハツキ島に残っていた帝国軍残存部隊も、本国から無条件降伏の通達を受けると次々に降伏。

 一部はそれでも抵抗を続けたが、夜深くなるころには全ての戦闘行動が終了した。

 統合軍と帝国軍による惑星トトミでの戦闘は終結した。

 トトミ星系総司令官、コゼット・ムニエも終戦宣言を発表し、惑星トトミ防衛に携わった全将兵にねぎらいの言葉を贈った。


「で、おじいさまとの連絡は?」

「本星とは一時的に繋がったようだがここからはまだだ」


 夜遅く、第401独立遊撃大隊の大隊長私室に押しかけたタマキはカサネを問い詰める。

 カサネはタマキの来訪を予想していたものの、急なことだったので大した準備も出来ていなかった。

 本星へと連絡をつけて、配信にのったアマネ・ニシの映像が本物かどうか確認し、彼と連絡は繋げられるか質問するので手一杯だった。


「本当に無理なの?」

「時間がたてば繋がるようになるさ」

「今繋げて欲しいの」


 流石のカサネもそこまでは出来ないと顔をしかめ謝罪の言葉を口にした。

 大隊長に過ぎないカサネの権限で出来ることには限りが有る。


「親父も突然のことで対応に追われてるらしい。

 落ち着くまでかけてくるなと念を押されたよ。

 どうしてもと言うなら、通信コードを送るから自分できいて見るといい」


 タマキは信じられないと言う面持ちで返す。


「わたしが父様に?

 適当にあしらわれるのが分かりきっています。

 そんなバカなことするなら母様に通信繋ぐわ」

「まあそっちから親父に依頼した方が早そうだが、生憎母さんも連絡がつかない」

「ちょっとどういうこと?

 母様がトトミ首都から離れるわけないでしょう?」


 2人の母、フミノはトトミ首都で士官学校の教育係をしている。

 そんな彼女が連絡もつかないような場所に出かけていくはずがない。

 しかしカサネは答えた。


「そうは思うが、実際に繋がらない。

 行く先も連絡先も伝えはしなかったが、数週間外出すると報告してから出かけたらしい」

「母様らしくないわね。

 大丈夫かしら。プライベートアドレスは?」

「メッセージは送ったが返信はない」


 タマキはむっとした表情を崩さぬままカサネを睨み付けた。

 彼は止むなく端末を操作して再びメッセージを送ったが、直ぐに返信が来るわけでもなく、端末を放り出して肩をすくめて見せた。


「肝心なときに役に立たない」

「申し訳ないとは思ってる。

 だがこの事態だからな。何処もかしこも手が足りてない。

 通信1つ繋ぐのも大変だよ。最前線だったここが一番暇かも知れない」

「それは言い過ぎね」


 本星や惑星首都が忙しいのはもっともだが、最前線もそれなりに忙しい。

 捕虜となった大量の帝国軍兵士を、処遇が決まるまで収容所に押し込めて生活の面倒を見なければならないのだ。

 暇なのは統合軍の仕事から切り離されて、新自治政府の樹立も市民協力者へ丸投げしたツバキ小隊くらいのものだ。


「おじいさまの映像は見た?」

「見たよ。

 あの人でなければ帝国の首都強襲なんて出来やしなかっただろう。

 それも統合軍の力をほとんど借りず、帝国軍支配宙域で敵を懐柔して艦隊を作るなんて、他の誰にも出来ない芸当だ」

「それはそう。

 敵地で長期間活動なんて、旧枢軸軍からも、旧連合軍からも認められたおじいさま以外には出来なかったでしょう。

 ――だからといって、連絡くらいしてくれたら良かったのに」

「極秘だから意味があった。

 どこからか情報が漏れていたら今回の強襲は成功しなかっただろう。

 統合軍側との超長距離通信はそのリスクが0に出来ない」


 タマキはため息と共に返す。


「そんな意見は聞かなくても分かってます」

「悪かったよ」


 カサネが謝罪するとタマキは満足したのか、端末を取り出して時刻を確かめる。

 最後に1度だけカサネへと本星に連絡を取る気は無いのか問いかけて、かぶりを振られるといつもの社交辞令程度の意味しか無い台詞を口にして踵を返す。


「何か用事があるのか?」

「ちょっとね」

「こんな時間に?」

「わたしがいつ何をしようとお兄ちゃんには関係ないでしょ」

「それは違いないが――手が必要なら言ってくれて構わない」


 タマキは値踏みするようにカサネを見つめる。

 しかし結局、かぶりを振った。


「ううん。そっちはそっちの仕事があるでしょ」

「また危ないことに首を突っ込もうとしてる訳じゃないよな」

「伝える義務はないわね」


 タマキは回答を突っぱねたが、それだけで十分に、危険な橋を渡ろうとしていることはカサネへと伝わった。

 不安になったカサネが無言のまま睨みをきかすと、タマキはため息と共に返した。


「大したことじゃない。

 直ぐ戻ってくるわ」

「本当だろうな」

「約束は出来ないけど、上手くやるわよ。

 わたしがおじいさまに会わないまま死ぬわけ無いでしょ」


 不安は残るが、タマキがやると言いだした以上、カサネには止めることは出来ない。

 結局、カサネは渋りながらも送り出すほかになかった。


「――上手くやれよ。

 必要な物があれば持って行ってくれて構わない」

「そう言ってくれると思ってた。大隊倉庫にあるもの適当に拝借していくから」


 既に持ち出す物品はリスト化してあった。

 許可も得られて後は持ち出すだけだ。

 送りつけられたリストを見てカサネは辟易としながらも、倉庫の管理者へと運び出すのを手伝うようメッセージを作成する。


「あ、そうだお兄ちゃん」


 タマキが去り際に、閉まりかけた扉に足をかけて振り返った。

 カサネが気のない返事をすると、タマキは鋭い視線を向けて声を発した。


「テレーズのことだけど」


 副官、テレーズ・ルビニの名前を出され、カサネはぎくりとして息を詰まらせた。

 それでも平静を装って見せたが、タマキは内心を見透かしたように続ける。


「父様は反対するわよ」

「……分かってる」

「それで母様に泣きつこうとしたわけね」

「別にそういうわけでは――」

「お幸せに」


 タマキは言うだけ言うと、ぴしゃりと扉を閉じて廊下に出た。

 カサネの問題はカサネに解決して貰うほかない。タマキにとっては別に解決しなくても良いくらいだ。

 それより今はやることがあった。


          ◇    ◇    ◇


 深夜過ぎに車両に乗ってから3時間ほど。

 いつの間にか眠りに落ちていたが、まだ目的地には着いていないらしい。


 トーコは眠い目をこすり運転手へ声をかける。この車両唯一の同乗者だ。


「あとどれくらいでつきそう?」

「もうすぐ」

「そう」


 フィーリュシカの回答を受けて、しっかり目を覚まそうと身体を伸ばす。

 狭い車内で伸びをしていると、ヘッドライトの照らす向こう。闇に沈んでいた海から、白銀色の巨大な物体が浮かび上がるのが見えた。


「ついた」

「了解」


 トーコは車両から降りると誘導灯を手にして車両の先導へ向かう。

 フィーリュシカに先導など必要無いだろうが、どちらかというと向こう側の出迎えと話がしたかった。


 海から姿を現した巨大な物体――宇宙戦艦〈しらたき〉は、崖の向こう側に浮遊したまま停止し、昇降用スロープを接岸させる。

 そのスロープを降りてくるのは、子供みたいに小柄なくせして、大きな白衣を纏った金髪碧眼の女。


 彼女――アイノ・テラーはやってきたトーコの姿を目にすると、露骨に嫌そうに濁った瞳を更に曇らせた。


 トーコの先導に従って車両が移動。

 前輪がスロープに乗ったところでもう役目は十分だと、トーコは先導を中断してアイノへと声をかけた。


「〈音止〉動きそう?」

「あたしを誰だと思ってる」

「じゃあ拡張脳も移設出来たってことでいいの」

「問題無い。

 そっちは報告することがあるんじゃないか?」

「何のこと?」


 トーコはすっとぼけたが、アイノは半分閉じた瞳を更に細めて睨み付ける。

 彼女が怒るのも無理はない。

 〈ヴァーチューソ〉を全損した。

 機体自体にそこまで価値があったわけではない。だが〈ヴァーチューソ〉はスペックだけ見ても高機能な機体だし、有機ケーブルによる神経接続機能付きだ。


 そんな機体を全損するほどの戦闘に投入されるとは、アイノは知らされていなかっただろう。

 知っていたら止めたはずだ。

 だからわざわざ連絡しなかった。


「ハツキ島攻略なんて適当にやってりゃ片がついたんだ」

「ハツキ島義勇軍がハツキ島奪還作戦で適当にやれる訳ないでしょ。

 隊員だけ見てもアレなのに、隊長も隊長だから」

「酷い部隊だった。

 もう2度と顔も見たくない。

 ――何が言いたいか分かるか?」


 アイノの問いかけにトーコは首をかしげた。


「さあ。言いたいことがあるならどうぞ」


 挑発的な返答に、アイノは顎でトーコの背後を示す。

 何のことかとトーコは振り返った。

 真っ暗闇の林道を車両が走っている。その車両は確実に〈しらたき〉の方へと向かってきていた。


 アイノはフィーリュシカの顔を一睨みして問う。


「余計な奴を連れてくるなと言ったぞ」


 フィーリュシカは何を怒っているのかさっぱり分からないと、無感情のまま2つだけ事実を告げた。


「1つ。彼女たちは余計な奴ではない。

 2つ。連れてきたのではない。勝手についてきた」

「バカバカしい」


 林道を抜けた車両が〈しらたき〉に近づく。

 ツバキ小隊のトレーラー。その屋根に乗っていたイスラがアイノの姿を見て手を掲げる。


「何で連れてきた」


 アイノに問いかけられてトーコは肩をすくめる。


「私は黙って出てきたよ」

「どいつもこいつも使い物にならん」


 トレーラーが〈しらたき〉の前に停車。

 ツバキ小隊の面々は揃って車両から降りてきた。一番に降りたナツコがトーコへと手を振った。


「トーコさん、勝手に出て行くなんて水くさいですよ」

「ほら、私のせいじゃない」


 トーコは身の潔白を主張するが、アイノにとってはここまで連れてきたのだからどっちでも同じ事だ。

 ツバキ小隊は勝手にスロープを上り始める。


「トレーラー運び入れたいので荷室のスペース空けて頂けます?」

「なんで貴様らを乗せなきゃならん」


 アイノは乗艦拒否したそうにむすっとしていたが、そんな彼女を無視してナツコがトーコ達へと話しかける。


「もう、なんで先に行っちゃったんですか。

 誘ってくれたらついてきたのに」

「ついてくるから先に来たんだけど」


 トーコは厄介そうにあしらうが、ナツコはそんな言葉に聞く耳を持たない。


「ついてくに決まってます!

 私はトーコさんの妹ですからね!」


 自信満々に述べるナツコ。彼女はそれからフィーリュシカの方を見やった。


「フィーちゃんには言ったはずですよ。

 私はずっとフィーちゃんの僚機だって。

 何処までもついて行きますからね」


 フィーリュシカは無感情のまま頷く。

 そんなやりとりをつまらなそうに眺めていたアイノだが、ナツコは彼女の目の前まで歩み寄った。


「それとアイノちゃん、忘れ物です」

「あたしゃ忘れ物をしない」

「してますよ。はい」


 ナツコが差し出したのは銀色に輝くハツキ島婦女挺身隊の隊員章。ツバキの花をあしらったそれを、アイノが受け取ろうとしないので無理矢理白衣に取り付ける。


「今までツバキ小隊を助けてくれたし、ハツキ島上陸作戦でも手を貸してくれたので。

 皆の許可は取ってますけど――」


 ナツコはトーコとフィーリュシカへ視線を向ける。

 まだ許可を出してない2人。トーコは「まあいいんじゃない」と同意を返し、フィーリュシカも静かに頷いた。


「はい。そういうわけです!

 これでアイノちゃんもハツキ島婦女挺身隊の名誉隊員です!

 一緒に頑張りましょうね!」


 ナツコは意気込むが、アイノは顔をしかめたままだった。


「何がどういうわけだ」


 その問いにサネルマが答える。


「婦女挺身隊の隊員が3人も戦いに行くのですから、手を貸すに決まってます!

 それに〈ニューアース〉を誰かが止めないと、ハツキ島どころか惑星トトミすらなくなってしまうのでしょう?」


 アイノが反論しようとするのに先んじてタマキが言い放つ。


「〈ニューアース〉を排除しなければ祖父の艦隊も無事では済まないのですから。

 わたしには〈しらたき〉が〈ニューアース〉を無力化するのを見届ける義務があります」


 それにリルも続いた。


「どうせあいつも来るんでしょ」


 有無を言わさずついていくつもりの隊員に、カリラとイスラも当然のように便乗した。


「わたくし――というより、お母様の知識が必要でしょう?」

「悪い奴を倒しに行くんだろ?」


 アイノは不遜な態度のまま見下すようにイスラを睨んで返す。


「悪人も善人もいやしない。

 居るのはバカと愚か者だけだ」

「じゃああたしはバカでいいさ」


 笑い飛ばすイスラ。勝手に〈しらたき〉へ上がり込もうとする彼女の進路をアイノが塞ぐ。


「お前は両方だ。乗って良いとは言ってないぞ」

「駄目なのか?」


 とぼけるイスラ。

 アイノはふてくされたような表情でツバキ小隊の面々を見渡し、最後にフィーリュシカを睨み付けると、深くため息をついて告げた。


「――勝手にしろ。

 だが帰ってこられる保証はない」

「お言葉に甘えて勝手にさせて貰うさ。

 その前にとりあえず荷室整理させて貰って良いか?」


 アイノはフィーリュシカへと「後は任せる」と指示を出し、自分は手伝うつもりはないと意思表示して艦内へ入っていった。

 ツバキ小隊は〈しらたき〉にトレーラーを積み込み、各々荷物を運び入れていく。


 ツバキ小隊を乗せた宇宙戦艦〈しらたき〉は、最後の準備のためハツキ島から遙か北にある無人島へと進路をとった。

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