第274話 ツバキの花咲く

「北から歩兵部隊来てる。中隊規模」


 偵察飛行中のリルから報告。

 ツバキ小隊はハツキ島政庁内を完全に制圧し、屋外に出て政庁防衛にあたっていた。

 北側の担当になったナツコは、政庁2階の屋根の上で押し寄せる敵部隊を迎撃する。


 1中隊およそ200名。

 遮蔽物の少ない政庁周囲を突撃してくる敵機を撃ち抜くのは容易いことだが、まだ後続が来るとすれば砲弾が足りなくなる。


 節約したいが、別方面にも帝国軍が攻め寄せている。

 北側の歩兵部隊は早く片付けて余所の救援に向かわなくてはいけない。


 意識を集中。

 長時間の特異脳覚醒で、発熱と頭痛がとんでもないことになっている。

 気を抜けば意識を失ってしまう。

 それでもここまで来たのだ。倒れるわけには行かない。


 唇を噛み、痛みで意識を保つと特異脳に高速演算させる。

 敵機の動き、周辺環境、自機情報。全て頭の中に取り込んで、最適な攻撃パターンを算出。

 手早く終わらせるためDCS起動準備。短時間だが連射速度をかさ増しできる。


 >DCS運動制御 : 抑制

 

 DCSのコマンドを叩く。同時にリボルバーカノンの仮想トリガーを引き、25ミリ砲弾をばら撒いた。

 砲弾は北側から押し寄せる敵集団を寸分違わず撃ち抜いていく。

 敵中隊の半数を撃破。被害を受けた敵は後退を開始した。


「北側追い返しました。

 屋上向かいます」


 報告し方向転換。政庁3階の壁をよじ登り屋上へ。

 背の低い建物だが、周囲に背の高い建物がないので視界は良く通る。

 既にイスラとフィーリュシカが屋上に来ていた。


「お疲れさん。

 南東から来てる。手伝ってくれ」

「はい。頑張ります!」


 南東方面から歩兵部隊。1小隊規模だが最新の〈フレアF型〉。長距離狙撃となると20ミリ機関砲でも振動障壁で弾いてくる厄介な機体だ。

 それでもナツコは強力な25ミリリボルバーカノン装備。

 イスラに至っては右腕30ミリ機関砲、左腕56ミリ対装甲砲装備。振動障壁の上から問題無く正面装甲を撃ち抜ける。


 弾幕展開。

 帝国軍も応射してくるが、どれもツバキ小隊に対してダメージを与えられない。

 敵は先陣を崩されると退却。

 それに合わせて多方面でも後退を開始した。


「3階屋上へ」


 タマキの指示が飛び、ツバキ小隊は集結する。

 なだらかな円錐状の屋根はあまり広いとは言えないが、ツバキ小隊の歩兵7名が集まるには十分だった。


「やっと諦めてくれたか」


 イスラの言葉にタマキがかぶりを振る。


「個別に来ても無駄だと分かったので足並み揃えてくるのでしょう。

 北側に戦術砲が移動して来ています。

 もうしばらく迎撃戦は続くでしょう」


 タマキは答えながらも暗号文を送信する。

 宛先は第401独立遊撃大隊のカサネ。

 政庁陥落させたからさっさと攻め上げてこいという内容なのだが、西側の主力決戦は押してはいるが決定打に欠け、政庁まで戦線を伸ばせないらしい。


「補給を済ませて。

 エネルギーパックはこれで最後です。大事に使って」


 エネルギーパックと弾薬が配られる。

 一時攻撃が止んだため、隊員たちは水分と栄養の補給も行う。


 脳疲労が限界に達していたナツコも、携帯食料を口にして栄養を補う。

 死ぬほど甘い固形食料を水で無理矢理飲み込むと、少しばかり頭もはっきりしてきた。


「東側敵部隊前進開始」


 観測していたリルが告げる。

 即座にツバキ小隊は全員立ち上がった。


「休憩は以上です。

 迎撃戦を開始します。

 これはもう、不要ですね」


 タマキが目線で旗を示す。

 政庁屋上に掲げられていた帝国軍軍旗。合図を受けて、イスラがバトルアクスを引き抜いて振るう。

 軍旗は根元から折れて屋根の上を転がり落ちていった。


「統合軍が到達するまでこの場を守り切ります。

 全機、戦闘開始」


 各自の判断で散開。

 3階屋根上に陣取り、押し寄せてくる敵機を迎撃する。


 帝国軍は戦術砲も動員。

 榴弾が飛来するが、着弾の瞬間には全機待避。

 最新鋭指揮官機〈C21〉にかかれば、戦術砲の着弾点予測くらい造作も無い。


「この場は任せた。

 戦術砲を潰してくる」

「はい! 歩兵の迎撃は任せて下さい!」


 フィーリュシカがナツコに屋根上を任せ、戦術砲が配備された北側敵集団へと突貫する。

 攻撃を掻い潜り、有効射程まで距離を詰めると42ミリ砲を発射。

 貫通力の高い徹甲弾は戦術砲の駆動部を穿った。


 やることを終えるとフィーリュシカは屋上へと戻る。

 帝国軍は政庁を半包囲。

 西側を除く各方面から一気に攻め寄せていた。


「南東から装甲騎兵接近中。〈ハーモニック〉小隊」

「おう、フィー様援護頼むぜ」

「任された」


 戻ってきたフィーリュシカとイスラが装甲騎兵の迎撃に向かう。

 その隙を縫って北東側から2脚人型装甲騎兵〈ボルモンド〉が押し寄せた。


「北東〈ボルモンド〉来てます!」

「足潰すわよ!」


 イスラとフィーリュシカが別方面に手一杯なので残りの戦力で対処するしかない。

 ナツコとリルが張り付き、〈ボルモンド〉脚部を狙って砲撃開始。

 移動能力を奪うことには成功したが、リルの30ミリ砲弾が尽きた。


 彼女はセミオート狙撃銃を手にして対歩兵攻撃を開始。

 入れ替わるようにやってきたサネルマが40ミリ砲で〈ボルモンド〉にとどめを刺す。


「ロケット攻撃!」


 ナツコが敵のロケット弾幕を発見して声を上げる。

 直ぐにサネルマがそちらに移動。〈ヘッダーン4・ミーティア〉の対空レーダーが捉えた位置情報を頼りに対空迎撃開始。


「反対から誘導弾来ましたわよ」


 観測に当たっていたカリラが報告。

 ナツコが迎撃に向かおうとするが、それをタマキが制する。


「あなたは歩兵を少しでも多く倒して。

 こちらはわたしが」


 飛来する誘導弾の正面に躍り出たタマキ。

 〈C21〉の誘導妨害機構が起動される。周囲のあらゆる誘導兵器の挙動をおかしくさせる電子戦装備。


 妨害機構の影響を受けて、敵誘導弾は散り散りになりあさっての方向へと飛ぶ。

 偶然真っ直ぐ飛んできた物についてはタマキが迎撃した。


「弾切れた。拾ってくる」


 リルが狙撃銃の弾を撃ちきった。

 屋内に入ろうとする彼女をカリラが制する。


「バカ言わないで下さいまし。

 ほら、まだありますわ」


 カリラは自分が装備していたセミオート狙撃銃をリルへ手渡す。

 補給を受けてから1発も撃っていなかった。


「自分で撃ちなさいよ」

「おチビちゃんが撃った方が数パーセントですが命中率が高いですから」

「は?

 あんた0なんだから何倍したってあたしに及ばないわよ」

「十分近づけば当たりますわよ」

「そんなの当てたって言わないのよ」


 リルはひったくるようにカリラの銃を受け取り狙撃を再開。

 カリラは屋内と屋根を往復して物資を運び、空になったリルの狙撃銃に弾薬を詰め込み、味方機の元を回ってはエネルギーパック・銃身の交換、機体の修理に当たる。


「東側敵集団、堀を越えてます」

「向かいます!」


 ナツコが声を上げ移動。

 リボルバーカノンの弾薬庫を取り替えて東方面の歩兵へと向けて放つ。

 

 指揮官機を優先撃破――敵の数が多い。

 酷使し続けた脳が悲鳴を上げる。

 熱を持った特異脳が肥大化し、脳の通常領域を圧迫し始めていた。

 思考にノイズが走り、視界が途切れ途切れになる。


 それでも脳を動かし攻撃を継続。

 敵の数に思考速度が追いつかない。必中だったはずの射撃にミスが目立ってきた。

 政庁に取り付いた敵歩兵が壁をよじ登り始めている。


「敵機至近! ツバキ6!」


 タマキの声が響く。

 壁を登ってきた〈フレアF型〉がナツコの側面に迫っていた。


 ノイズにまみれた脳を動かし敵の攻撃軌道を算出。

 既に距離が近すぎる。近接戦闘でなんとかするしかない。ハンドアクスを引き抜き――


 至近を砲弾が駆け抜けた。

 更に機関砲の弾幕が、政庁を登っていた帝国軍機を叩き落とす。


『ごめんなさい、遅れました』


 南方から味方機。

 2脚人型決戦兵器〈I-M16〉。

 通信機に響いたのはトーコの声だった。

 彼女は南側の敵歩兵部隊を蹴散らしながら政庁へと邁進する。


「合流を援護!」

「は、はい!」


 脳疲労の限界だったナツコも、何とか意識をとりとめて援護射撃に向かう。

 装甲騎兵の障害となり得る重装機脚部を撃ち抜き、トーコの道を切り開く。


 政庁前まで辿り着いた〈I-M16〉は、跳躍すると政庁の壁を蹴って屋上へ。

 着地と同時に東方面の敵集団へ88ミリ榴弾を叩き込む。


「ツバキ8、合流しました。

 遅れてしまい申し訳ありません。」

「合流できたのならそれで結構――と言いたいところですが遅すぎます。

 〈ヴァーチューソ〉は?」


 タマキの問いかけにトーコも申し訳なさそうに答える。


「全損しました」

「〈HDギア〉は無力化出来ましたか?」

「はい。そちらは問題ありません」

「それなら結構。

 現在政庁防衛中です。敵を寄せ付けさせないで」

「了解――おぅっと」


 背後から飛来する56ミリ徹甲弾。

 トーコは弾道予測線を頼りに回避行動をとるも、傾斜のある足場に一瞬まごついた。

 徹甲弾はコアユニット装甲に命中。貫通し、コアを加害する。


「あ、コアに貰いました。

 脱出します」

「この肝心な場面で何をしていますか!

 ――無事なら結構。早く外へ」


 トーコは予備動力で機体を操縦しコクピットブロックから這い出す。

 そして〈I-M16〉から装備解除した20ミリ機関砲を持ってナツコの元へ。


「ほら、何ぼけっとしてるの。

 弾切れたならこれ使って早く撃つ!」

「え、ええ。

 なんで一瞬でやられたトーコさんが偉そうにしてるんですか」


 納得いかないと抗議するがトーコは聞く耳を持たない。


「さっき守ってあげたでしょ。

 今度はナツコが私を守る番だから。

 グズグズしない。ハツキ島を取り戻すんでしょ」


 弾薬の尽きたリボルバーカノンを装備解除。

 代わりに20ミリ機関砲を装備すると、ナツコはもうひと頑張りだと大きく息を吐く。

 そんな彼女へとトーコが緊急冷却材を頭からぶっかけた。

 粉まみれになったが熱は冷えた。

 思考能力が若干回復。機関砲の安全装置を解除して戦闘を再開。


「トーコさんは危ないから下がっててください」

「分かってる。北東側敵来てるよ」

「見えてます!」


 ナツコが北東側の敵集団へと攻撃を開始。

 帝国軍は堀を越えて政庁へと攻め寄せてくる。

 少なくなった弾薬で、ツバキ小隊はその攻撃を防ぐ。


「56ミリ切れた。ちと重いが積み替える」


 イスラが主砲の弾切れを報告。

 既にフィーリュシカの42ミリ砲も砲弾が尽きている。

 止むなく〈I-M16〉から88ミリ砲弾の積み下ろし作業を開始する。


「〈バブーン〉登ってきてます!」


 サネルマが叫ぶ。

 蜘蛛のように壁をよじ登る4脚装甲騎兵〈バブーン〉。

 唯一対抗手段を残していたサネルマだが、重い40ミリ砲。更に対空砲仕様で下方への攻撃に転じるには時間を要した。


「わたくしが行きます! 後続任せましたわ!」


 カリラが戦闘中の敵歩兵をなぎ倒し、ブースターに点火して転進。

 2機編成で迫ってきていた〈バブーン〉の先頭へ迫る。

 対歩兵機関砲は〈空風〉相手には分が悪かった。旋回の遅い砲口は高速機動をとる〈空風〉を捉えられない。


「最後の1発くれてやりますわ」


 パイルバンカーが瞬く。

 電磁レールで加速された金属杭は〈バブーン〉が壁に突き立てていた脚部根元の関節を打ち砕いた。


 〈バブーン〉は体重を別の足に移そうとするが、隙だらけの脇腹へ、ようやく攻撃の準備が整ったサネルマの40ミリ砲弾が襲いかかる。

 装甲を砕く攻撃を受けて〈バブーン〉は壁から落下。姿勢を立て直すことも出来ず天板から地面へと落ちていった。


「もう1機! 」

「ナツコさん、なんとかして下さいまし」

「ちょっと待って――」


 残っていたもう1機の〈バブーン〉が迫る。

 カリラは既にパイルバンカーを使い切っている。それでも継戦するつもりでハンドアクスを抜いたが、装甲騎兵相手にはいくら何でも威力不足だ。


 ナツコも援護射撃しようとするが20ミリ機関砲では威力が足りない。

 注意を引こうと駄目元で射撃。だが〈バブーン〉は真っ直ぐに、40ミリ砲を備えるサネルマを狙う。


「間に合わない――」


 緊急後退をかけるサネルマ。

 40ミリ砲を指向させるが、壁を登り終わった〈バブーン〉の機関砲は既に指向を終えていた。


 サネルマが死を覚悟したその瞬間。

 光の刃が〈バブーン〉の脇腹を切り裂いた。

 屋根の縁に身を隠し、ステルス機構を起動していたタマキが、レーザーブレードによる奇襲を仕掛けたのだった。


「止めさして!」

「はい!」


 動きを止めた〈バブーン〉へ40ミリ機関砲が放たれる。

 既に食い破られた装甲内へ徹甲焼夷弾が叩き込まれ乗員を撃破。

 〈バブーン〉の残骸には即座にツバキ小隊隊員が群がり、機関砲と弾薬、機関銃までも奪い取る。


「これでまだ戦えるな」


 30ミリ機関砲弾が手に入ってご満悦なイスラ。

 応じるようにタマキが命じた。


「当然です。帝国軍が最後の攻勢に出てます。追い返しますよ」


 ハツキ島政庁屋根上に陣取ったツバキ小隊8名は一塊になって、押し寄せてくる帝国軍を打ち払った。

 鹵獲した弾薬とエネルギーパックすら動員して、ハツキ島政庁を死守する。


 日は沈み、宵闇のハツキ島。

 その西の空に照明弾の明かりがパッと弾けた。太陽のような光源が複数、空をゆっくりと落ちていく。


「西に照明弾――統合軍よ!」


 リルが声を上げる。

 直ぐにタマキが確認に向かった。

 政庁西側から、帝国軍を打ち破った統合軍部隊が前進してきた。

 最前で戦うその部隊は、第401独立遊撃大隊の旗を掲げている。


「全く。遅すぎます」


 文句を言いながらも、援軍の到来に張り詰めていた表情を緩ませるタマキ。

 隊員たちへもう一息だと激励の言葉を贈り、自身も機関銃を両手に帝国軍を追い払う。


 西側から統合軍がハツキ島中枢部へと押し寄せてくる。

 政庁奪還に動いていた帝国軍も、この場所でのこれ以上の戦いは不可能だと判断して後退を開始した。


 政庁に攻め寄せていた帝国軍が、負傷者を担ぎ撤収していく。

 タマキは既に攻撃中止を命じていた。

 目の前で負傷者を担いで逃げていく帝国軍を、ツバキ小隊は傍観する。もう戦闘を続ける物資も体力も残っていなかった。


「終わった、んですかね……?」


 脳疲労が限界を迎え、特異脳が機能停止したナツコ。

 〈ヘッダーン5・アサルト〉の注視点ズームを使って、撤退していく帝国軍をぼやけた視界で眺め呟く。


「屋内も無事のようです」


 屋内の防衛に当たっていたテレーズ、ヴェスティからの通信を受けてタマキもようやっと安堵して胸をなで下ろす。

 それから、サネルマへと目線を送り名前を呼ぶ。


「サネルマさん、後はあなたたちの仕事です」

「はい。ハツキ島義勇軍副隊長として、最後の仕事、務めさせて頂きます」


 声をかけられて、疲れ果てていたサネルマも気力を振り絞って立ち上がる。

 そしてコアユニット下に懸架していた、筒状の装備を手に取る。

 だがサネルマは隊員たちに目配せして、最後にナツコの姿を見た。


「――と思ったけど、ちょっと荷が重いかな。

 ここは名誉隊長にやって貰ってもいいかな?」


 隊員たちはそれぞれ同意の言葉を口にする。

 サネルマはそれを受けて、手にした筒をナツコへと手渡した。


「え、ええ。私で良いんですか?」

「バシッと決めてくれよ、名誉隊長殿」

「そのためにここまで来たんでしょ、ナツコ」

「あんたが作った義勇軍でしょ」


 イスラとトーコ、リルに声をかけられて、目の前のサネルマが大きく頷いているのを見ると、悩んでいたナツコもしっかりと頷いて返した。

 それからタマキの方へと向き直る。


「タマキ隊長、ありがとうございました。

 ちゃんと約束を守ってくれました」

「当然です。わたしは出来ない約束はしませんから」


 すまし顔で返すタマキ。

 それでもここに居る全員、その約束が簡単には履行できなかったことを知っている。

 ナツコは大きく礼をすると、サネルマから受け取った筒を突き出す。


「これは私たち皆のものですから。

 皆でやりましょう! もちろん、タマキ隊長もです!」


 提案にツバキ小隊の隊員は肯定を返した。


          ◇    ◇    ◇


 ハツキ島西岸、統合軍ハツキ島攻略司令部。

 その司令室には、トトミ星系総司令官コゼット・ムニエ大将。そしてハツキ島攻略の全権を任されたテオドール・ドルマン中将も詰めていた。


 長期戦が予想されたハツキ島決戦。

 南方、対宙砲陣地の攻略は張り巡らされた防衛陣地に苦戦が続いていたが、本丸、帝国軍司令部のあるハツキ島中央市街地攻略作戦は、予定していたよりもずっと円滑に運んでいた。


 統合軍は降下艇の残骸を使って建設された3重の基地防壁を突破し、市街地中心部へ部隊が展開している。

 先行していた潜入部隊による敵司令官の身柄確保が報じられ、政庁に掲げられていた帝国軍軍旗も落とされた。

 統合軍予備兵力も市街地制圧のため投入。

 政庁陥落は、もう時間の問題だった。


「統合軍旗はまだ揚がらないのか?」


 テオドールが司令部付きの士官へ尋ねる。

 司令所の大型端末に政庁の映像が映し出されるが、遠目から見てもまだ旗は揚がっていない。

 屋根には戦闘中の部隊が居るようだが、帝国軍も奪還を目指して動いている。


「戦闘中の部隊は何処の所属だ?」

「確認が取れません。

 市街地中央部は今だ通信妨害が厳しく――」

「急がせたまえ。

 統合軍によるハツキ島奪還を明らかなものにするのだ。

 さもなければ帝国軍はいくらでも降下艇を送り込んでくる」

「状況の確認を急がせます」


 士官は敬礼で応じると直ぐに行動へ移る。

 通信室へと連絡が飛び、そこから更に各部隊へ。

 されど、所属確認が終わる前に政庁の映像に変化があった。

 統合軍の接近を受けて帝国軍が撤退を開始した。

 

「映像が荒いな。

 近くの部隊に連絡をとって鮮明な映像を送らせたまえ」

「直ぐに対応します」


 司令部要員が応じて、最前線で観測を行っている部隊へ通信が繋がれた。

 少し時間を要したが、カメラが切り替わり別角度からの映像が映し出される。

 先ほどより鮮明な映像。

 更にズームがかけられ、政庁の屋根。今まさに旗を掲げようとしている部隊の姿が映った。


「ようやく揚がったか。

 直ぐに報道班を――待て。なんだあの旗は」


 一息つこうとしたテオドールは映像に目を疑う。

 ハツキ島政庁に掲げられたのは統合軍旗ではない。

 だが帝国軍旗でもない。全く別の旗だ。


「な、なんだあれは!

 どこの部隊だ! あんなものを政庁に掲げおって――」


 声を荒げるテオドール。

 だがその声を遮るように、司令室に笑い声が響いた。

 テオドールも司令部要員も黙り込んで、その笑い声の主へと視線を向ける。

 

「妙な要求ばかりしてくると思ったらそういうことですか」


 1人、全てを理解したように映像を見つめるのは、トトミ星系総司令官コゼット・ムニエだった。

 未だ理解の及ばないテオドールは尋ねる。


「どういうことでしょうか。

 あの旗は一体どこの部隊の物です?」

「ご存じありませんか?

 あなたにはハツキ島攻略司令を任せたつもりでしたが」

「回りくどいことは無しです。

 情報があるのでしたら伝えて頂きたい」


 コゼットは映像を見てそこに自分の娘が存在するのを確かめると、微笑みを浮かべて答えた。


「薄桃色のツバキの花はハツキ島の象徴。

 あの旗は、ハツキ島義勇軍のものです。

 帝国軍に奪われたハツキ島は、ハツキ島市民の元に戻った。

 ――ハツキ島奪還を示すのに、これ以上相応しいものもないでしょう?」


 コゼットの言葉にテオドールははっとして、声を張り上げ指令を伝えた。


「報道班を急がせたまえ!

 全宇宙に、ハツキ島奪還を伝えるのだ!」


          ◇    ◇    ◇


 ――あなたたちの旗をハツキ島政庁に掲げる。


 タマキがツバキ小隊と交わした約束は守られた。

 8人の女性が薄桃色のツバキの花をあしらった旗を掲げる姿は、統合軍によって全宇宙に報じられた。


 ハツキ島政庁陥落から一晩明けた今でも、政庁にはハツキ色のツバキの花が風に揺れていた。

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