第272話 最終攻勢

 ナツコは南東方面から政庁へ向けて単独で突撃開始。

 防衛中隊に対して正面突破を敢行し、敵中に紛れて各個撃破していく。

 指揮官機を優先撃破。最新鋭突撃機〈フレアF型〉に対しても容赦なくリボルバーカノンの砲弾を叩き込んでいく。


 帝国軍防衛中隊はあっという間に陣形を崩され、指揮官が多数撃破されたことで集団的な防衛行動が不可能になる。

 ナツコは砲弾節約のため、個人防衛火器とハンドアクスによる戦闘に切り替える。

 進路の邪魔をする敵機はハンドアクスで排除し、引きながら戦う敵機は個人防衛火器で脆弱部を1,2カ所抜いて機体動作不良を起こさせる。


 防衛中隊が瓦解したところで〈エクリプス〉2機が接近。

 迅速に防衛中隊を処理できたので足並みを揃えさせなかった。

 特異脳を両方覚醒させて〈エクリプス〉動作を観測。動きが通常のブレインオーダーと異なる。間違いなく学習可能なブレインオーダーだ。


 だがナツコは先ほどの単機相手との戦闘で、後天的に学習可能なブレインオーダーの学習経路を学習している。

 こちらに不利な学習経路を辿らないよう行動を誘引し、回避不可能の一撃を叩き込めばそれで終わりだ。


 23ミリ機関砲の攻撃を掻い潜り接近。

 回避パターンは学習させない。

 回避パターンと、その学習に対して打ち消す学習経路を辿る回避パターンを織り交ぜて、トータルでの学習内容が0に近似されるように誘導。


 距離を詰めると向こうは接近戦に乗って来た。

 〈エクリプス〉が振動ブレードを引き抜く。

 対してナツコは両手にハンドアクスを装備。

 機体操作を全てマニュアルに設定。安全装置全解除。瞬間的な機体負荷に備えて冷却塔起動。


 一撃で決める。

 機動力は〈エクリプス〉が勝る。だがその攻撃を最小限の動きで回避し、一瞬生じた隙に攻撃を叩き込んだ。

 投擲したハンドアクスが1機目のコアユニットに突き立ち、もう1機へハンドアクスを振るう。

 23ミリ砲で強引に受け止められ防御される。この行動は計算済み。

 ハンドアクスから手を離す。そしてブースター加速で1歩踏み込み、隙だらけの正面装甲に後ろ蹴りを叩き込んだ。

 アンカースパイク起動。撃ち出された金属杭が、脆弱な〈エクリプス〉正面装甲を穿つ。


「ごめんなさい。先を急ぐので」


 コアユニットが動作停止しもがいていた〈エクリプス〉へと拳銃を向けて2発発砲。

 銃弾が頭部を貫いた。

 ブレインオーダーが2人とも完全に動かなくなったのを確認するとハンドアクスを回収。丈夫な近接攻撃武器だ。置いていくには惜しい。


 西側の戦闘音が大きくなっている。

 ツバキ中隊の戦闘も激化しているようだ。

 恐らく南側正面はこちらより防衛規模が大きいはず。もしかしたら苦戦しているかも知れない。


 ナツコは合流を急ごうと走り始める。

 今なら帝国軍防衛部隊の側面を突ける。向こうにはフィーリュシカも居るし、攻撃を開始すれば合わせて前進してくれるに違いない。


          ◇    ◇    ◇


「後方は頼みます」

「了解。敵の別働隊はこちらで引き受ける」


 ハツキ島政庁を中心に東西南北に通る中央大通り。その南方面から防衛ラインを攻略中のツバキ小隊。

 戦術レーダーが敵の別働隊の存在を感知し、そちらの対処のためヴェスティ率いるアロエ小隊が別行動をとった。

 ここから先は、ツバキ小隊単独で政庁まで進まなければならない。


 既に統合軍が最終防壁を突破し、中央市街地西側に浸透開始。

 帝国軍はそちらに戦力を割かざるを得なくなっている。それでも司令部のある政庁だけは防備を緩めない。

 恐らく援軍を待っているのだろう。帝国軍の降下艇がハツキ島に降下するより早く、政庁を落とさなければならない。


「北東よりツバキ6接近中」

「了解」


 フィーリュシカからの報告にタマキは通信を試みる。

 しかし司令部付近だけあって敵の電波妨害も強力だ。〈C21〉単独ではナツコの居る地点まで通信を正常化できない。

 だがナツコが近くに来ているのは間違いない。だとしたら、行動を起こすべきだ。


「前進しましょう」

「そうこなくっちゃ」


 攻めあぐねる状況に辟易としていたイスラが手を叩いて賛同する。

 戦闘中だというのにお気楽な彼女の顔をタマキは一睨みして尋ねる。


「爆薬の起爆は可能ですか?」

「もう少し近づかないと遠隔操作出来ないな。

 電波妨害出してる指揮車両片付けた方が早いかも」

「報告ご苦労。

 ツバキ3、電波妨害中の敵指揮車両の撃破は可能ですか?」

「戦線を上げれば問題無い」

「大変よろしい」


 やるべきことは決まった。

 タマキはサネルマとイスラに一時的に戦闘を全て任せる。

 その間に、フィーリュシカとカリラが突撃準備を整えた。リルもそれに着いていくつもりで最後の補給を済ませる。


「では機動攻撃班前進。

 残りはわたしの護衛に付いて」


 即座に了解が返り行動が開始される。

 盾にしていた立体障害を飛び越え、カリラとフィーリュシカが突貫開始。

 少し遅れて、離陸距離を稼いだリルが低空飛行で後ろに続く。


 フィーリュシカの42ミリ砲が正面に展開していた〈ハーモニック〉を無力化。

 対歩兵攻撃の弾幕が薄くなった所にカリラが突撃をかける。最高速度まで加速した〈空風〉は帝国軍の構築した防衛陣地を飛び越えて敵中へ。

 振動ブレードが瞬き、邪魔する敵機を切り捨てた。


 2人は止まること無く敵中を突き進み撃破数を重ねる。

 後に続いたリルが30ミリ砲で援護。塹壕に潜む敵機を損傷させ、道を切り開く。

 所属する全ての機体が高い機動力を有するツバキ小隊。

 一度攻勢を開始するとあっという間に帝国軍の防衛ラインを突き破り分断した。


「ツバキ6、聞こえたら応答を」

『聞こえました! ごめんなさい、通路が無くなってて遠回りしたら遅くなりました』


 前進を続けると遂にナツコとの通信が繋がった。

 タマキは戦闘を他に任せて指示を飛ばす。


「合流できるのならそれでよろしい。

 単独でこちらまで到達可能ですか?」

『はい、問題ありません。

 そちらにリボルバーカノンの予備弾ありますか?』


 問いに対して、タマキの傍らで戦闘していたカリラが左手でバックパックを示す。

 ナツコ用の予備弾薬はしっかり積んで来ている。


「あります」

『了解です! では使い切っても大丈夫ですね!

 直ぐに合流できると思います!』


 ナツコは応答後、もしものためにと温存していたリボルバーカノンの砲弾を躊躇せず撃ち放った。

 その甲斐あって宣言通りツバキ小隊と直ぐに合流できた。

 塹壕の中に飛び込み、そこで待機していたイスラとタマキの元へ。


「助かりました! 以外と弾が減るのが早くて」

「使えばなくなるさ。

 砲身も替えた方が良いな。持ってきてて良かった」


 イスラが手際よくナツコの左腕からリボルバーカノンの砲身を取り外す。

 構造上、薬室は6つあるが砲身は1つだ。強力な専用弾を使うのもあって砲身の劣化が早い。

 砲身交換完了。続いて弾薬庫を丸々交換。初弾をリボルバーカノンの給弾機構にセットするとあとは自動でやってくれる。

 最後にエネルギーパックと冷却材を交換。ナツコ用の補給物資はこれで全部だ。


「さあ、政庁まであと一歩だ。

 頼りにしてるぜ、名誉隊長」

「頑張ります!

 イスラさんも頼りにしてます!」


 腕を軽く合わせる2人。

 補給完了を見てタマキが告げる。


「情報共有を。戦闘データを学習するブレインオーダーについてです」

「あ、地下で戦ったのがそれでした。

 地上でも2人倒してます」

「把握しているならよろしい。

 これからも対処可能ですか?」

「はい、学習パターンを覚えたので対応出来ます」


 2つ返事で答えるナツコ。もう戦闘能力に関して、わざわざタマキから何か言う必要も無さそうだった。

 少なからず新型ブレインオーダーには手を焼いたイスラも苦笑いしながらナツコを送り出す。


「あたしらが心配する必要も無さそうだ」

「ええ。対応出来るのならそれで結構。

 ツバキ6、後ろを気にせず前進を。指揮官とブレインオーダーの撃破を優先して」

「了解です!

 そう言えばトーコさん――ツバキ8は?」

「――別行動中。直ぐ合流します」


 問いにタマキは一瞬言葉を詰まらせながらもそう返した。

 ナツコはその回答に満足する。


「そうですよね。では行ってきます!」


 身を翻し、塹壕から飛び出したナツコは先行するフィーリュシカ達を追いかける。

 ハツキ島大通り。ここを真っ直ぐ進めば、最終目的地の政庁に辿り着く。

 指揮官機を優先撃破。

 それ以外にも厄介な対歩兵兵装を備える重装機を、射線が通った瞬間に撃破していく。


 先行していたフィーリュシカの元にはあっという間に合流できた。。

 前方の強固な防衛陣地を盾に、帝国軍の装甲騎兵小隊が攻撃を仕掛けて来ていた。立体障害の後ろに身を隠し反撃の機会を覗う。


「フィーちゃん、遅れてしまってごめんなさい」

「問題無い。

 〈ハーモニック〉はこちらで始末する。〈バブーン〉は任せる」

「はい! 4脚軽量機ならお任せ下さい!」

「早めにお願いしますわ。あのデカブツ共に闊歩されるとわたくしのやることがありませんから」


 合流したカリラがセミオートライフルの弾倉を交換しながら愚痴る。

 〈空風〉のパイルバンカーでは4脚軽量機くらいは抜けても主力機は相手に出来ない。

 防御力皆無の〈空風〉が暴れ回るには、それなりの環境が必要だ。


「1小隊追加。攻勢は予定通り」


 フィーリュシカが告げると、カリラがミラーを外に出して援軍の姿を確認した。

 その陣容には嘲笑を浮かべる。


「〈ボルモンド〉に――〈ハルブモンド〉?

 予備機まで出してきましたわね」


 部隊認識番号も記載されていない軽量2脚人型装甲騎兵〈ハルブモンド〉。

 偵察用の2脚機は最近では前線運用されていない。

 偵察と戦闘で機体を分けるより、主力機で両方出来るようにした方が合理的だと判断されたからだ。

 そんな〈ハルブモンド〉が対歩兵機関砲を担いで最前線に出てきている。

 政庁の保有戦力は残り少ない。もう一押しで、防衛ラインを突破できる。


「では攻撃を」

「はい!」


 フィーリュシカが飛び出して42ミリ砲を放つ。攻撃と同時に〈ハーモニック〉撃破が確定。


 一緒に飛び出したナツコは〈バブーン〉へ向けて邁進。

 特異脳を両側覚醒。〈ヘッダーン5・アサルト〉の全安全装置を解除。操作をマニュアルに変更。冷却塔起動。全力戦闘開始。

 冷却塔から白煙を引いて、ナツコは真っ直ぐに突き進んでいく。

 灰色に染まった世界は時間の流れが緩やかで、迫り来る砲弾の1つ1つすら止まって見えた。

 あらゆる物体の運動が数式化されて未来位置が予測される。

 敵機の行動予測を算出。


 短期予測と長期予測を組み合わせて戦闘行動計画を策定。

 フル回転で演算を行った特異脳は冷たく殲滅可能を告げる。


「行きます!」


 戦闘行動計画に基づき戦闘を開始。

 〈R3〉に最適化された動きであらゆる攻撃を無力化し目標との距離を詰める。

 帝国軍は防衛ラインを守ろうと対歩兵兵器を湯水の如く放つが、1つとしてナツコに有効打は与えられない。

 攻撃を仕掛ける寸前には回避行動が終了している。当たるはずが無かった。


 目標の〈バブーン〉へ肉薄。脚部関節へリボルバーカノンの砲弾をねじ込み破損させ、機動力が落ちたところで背後に回りコアユニット排熱口に1発。

 動作不能に陥った機体からパイロットが飛び出すが、即座に射出された移動用ワイヤーがそれを捉える。


 主力機は軒並みフィーリュシカが撃破している。

 ナツコは指示通りに前進。指揮官機を狙い打ちにし、姿を現した〈エクリプス〉へと邁進。確実撃破可能圏内まで接近すると個人防衛火器によって頭部を撃ち抜く。


 戦線を押し上げたことで、敵の指揮戦闘車両との射線が通った。

 装甲騎兵を片付けながら進んできたフィーリュシカが指揮戦闘車両へ42ミリ砲を放つ。

 独特の発砲音と共に放たれた42ミリ徹甲弾は、指揮戦闘車両の装甲を貫通しコアユニットを加害。暴走状態に陥ったコアユニットが小爆発を起こした。


「妨害電波を発信していた指揮戦闘車両を破壊」


 フィーリュシカからの報告を受けタマキが遠隔起爆を指示。

 爆薬が起爆され、政庁前の重砲陣地直下の地盤を崩す。

 完全には沈黙させられなかった。だがツバキ小隊が帝国軍の最終防衛ラインを突き崩すのにはそれで十分だった。


「全機前進!」


 タマキからの命令が飛ぶ。

 目の前の防衛部隊だけ片付ければ政庁に辿り着く。

 最前線をナツコとフィーリュシカ、カリラが進み、側面からリルが砲撃支援。

 タマキを護衛しながらイスラとサネルマも前進し、前線へと火力支援を行う。


 既に政庁間近。

 ここに来て帝国軍が戦略爆撃を敢行。本来であれば大部隊へ向けて行うべきもので、小部隊相手には費用対効果が悪すぎる。

 そもそもこの場で使っても、ツバキ小隊より帝国軍の被害が大きい。

 それでも使わざるを得なかった。帝国軍は味方の損害よりも、ツバキ小隊の排除を選択した。

 北側戦略砲陣地から放たれた大型ロケット砲による面制圧。

 飛来するロケットを〈ヘッダーン4・ミーティア〉の対空レーダーが捉える。


「ロケット砲多数接近!」

「可能機は迎撃!」


 サネルマから報告。即座にタマキが迎撃指示。

 電波妨害が弱くなり、ツバキ小隊内は戦術データリンクで接続されていた。

 〈ヘッダーン4・ミーティア〉対空防衛システムの捉えた情報が全機に共有される。


「隊長さん伏せて!」


 タマキをかばうように前に出たサネルマが脚部を地面に固定。

 40ミリ対空砲を空へ向ける。

 ヘッダーン社が開発した最新鋭重対空機。それは飛来するロケット弾頭の位置を正確に捉え、40ミリ砲弾を寸分の狂い無く送り込んだ。


 信管を抜かれたロケット弾頭が空中で爆発していく。

 そして対空砲火を掻い潜った弾頭が地面寸前まで到達すると起爆した。

 多数のロケット弾頭が同時に爆発し砂埃と瓦礫が飛び交う。帝国軍の防衛陣地すら巻き込んで、広大な面積が戦略攻撃によって灰燼と化した。


 されど、ツバキ小隊は迎撃によってロケットを撃ち落とし、僅かな生存可能区域を生み出していた。

 ここに来てようやく戦闘で活躍できたサネルマは、赤熱した対空砲の砲身を誇らしげに掲げる。


「ミーティアの対空戦闘能力は甘くないですよ! えっへん」

「大変結構。次から薬莢にも気をつかって欲しいわ」


 40ミリ砲の空薬莢の山から這い出したタマキが非難の目を向けると、サネルマはやってしまったと短く謝罪する。

 タマキは分かればよろしいと直ぐに再前進を命令。


 帝国軍はロケット砲によって少なからず被害を受けていた。

 それでも防衛ラインを死守すべく、出せる戦力を全て投入してくる。

 予備機と思われる軽量2脚装甲騎兵。

 〈R3〉も最新型の〈フレアF型〉を出し尽くしたのか、〈フレアE型〉〈フレアD型〉はもちろん、第3世代機の〈フレアC型〉、更にはハツキ島に存在した機体を接収したのであろう〈ヘッダーン1・アサルト〉まで投入してくる。


 ブレインオーダーも惜しむこと無く戦線に出される。

 だが最前線を進むナツコがそれらを確実に潰していった。

 最早新型だろうが従来型だろうが敵ではない。防御能力皆無の機体など、個人防衛火器で撃ち抜いて終わりだ。


 ツバキ小隊は大通りの戦線を一気に押し上げた。

 帝国軍の防衛ラインは崩壊。

 指揮官機を尽く潰され、戦力の半分以上を喪失。負傷兵を抱えて政庁へと後退していく。

 それをツバキ小隊が追撃し蹴散らす。


 政庁まで阻む物は存在しない。

 だが、ここにきてツバキ小隊は進撃を止めた。止めざるを得なかった。


「主砲残弾6。エネルギーパック次で最後です」

「徹甲弾残り3。エネルギーパック要補給」


 最前線で追撃をかけていたナツコとフィーリュシカが、敵が政庁の防衛圏内に逃げ込んだので戻ってくると同時に報告する。

 他の隊員も同じような状況だ。

 燃費の良くない部類に入るイスラ、カリラ、リルの機体はエネルギーパックを使い果たし、撃破機体から回収した帝国軍規格のエネルギーパックを移し替えてなんとかやりくりしている状態。


 弾薬も底を尽き、機体によってはパーツの交換が必要だ。

 ハツキ島政庁は防衛のための施設ではない。それでも改修によって戦術砲を備え、小部隊による奇襲くらいなら単独で対応出来る。


「攻勢限界、ですか」


 タマキが呟く。

 中央大通りを突き進み、政庁目前まで到達した。

 だがここから先へ進むための物資がない。いくら〈R3〉の操縦技能で圧倒していても、エネルギーパックが無ければただの人。

 政庁奪還どころか近づくことすら出来ない。


 統合軍が市街地中枢区画西側に浸透している。後はそちらに任せるしかない。

 帝国軍の戦力を分散させ、削れるだけ削った。

 指揮官を大量に失った帝国軍は、統合軍本隊の攻勢を防ぎきれないだろう。


 タマキはそう判断して、最後の命令を下そうとツバキ小隊を集める。


「南西より車両接近」


 タマキが口を開く寸前にフィーリュシカが報告する。

 戦術レーダーが接近車両を捉えた。既に極至近。敵味方識別信号無し。

 タマキはそちらへと視線を向けた。

 ロケット攻撃によって更地と化した大通りに、護衛歩兵を引き連れた装甲輸送車両が姿を現す。


 戦闘準備をとらせようとしたタマキ。

 だが車両の姿を見て判断が遅れる。


「医療車両? なんでこんな場所に――」


 赤十字の旗を掲げる車両。

 地球時代からの慣習で、その旗を掲げるのは戦闘能力を持たない中立組織と決まっている。

 だがそれが護衛歩兵を引き連れているのは妙だった。

 どちらの味方か? 衛歩兵の姿を見れば明らかだ。統合軍仕様の〈ヘッダーン5・アサルト〉。一応は味方らしい。


 そんな車両の上部ハッチから、一機の〈R3〉が姿を現した。

 〈ヘッダーン4・グロリア〉。統合軍の主力中装機。

 何者かとタマキはその機体を注視しズームをかける。


 ツバキ小隊の存在に気がつき大きく手を振る人物。

 褐色の肌に琥珀色の瞳。その顔はタマキをはじめ、ツバキ小隊の面々は見覚えがあった。


「スーゾ? なんでこんな場所に? 最前線――どころか敵地内よ」


 タマキの頭では理解出来ない。

 衛生部検疫科中尉。レインウェルかレイタムリット基地の所属のはずであるスーゾ・レーヴィが、ハツキ島の、帝国軍勢力圏内の、敵司令部前に姿を現す理由が分からない。


 車両はツバキ小隊の元へと突っ込んできて、直前で急ブレーキをかけつつ転回。180度回って後部ハッチを向けた状態で停止した。

 遠心力で振り落とされそうになっていたスーゾだが、耐えきるとタマキへと笑顔を見せる。

 それから〈ヘッダーン4・グロリア〉の右腕を突き出して、親指を立てて見せた。


「おひさ!

 借りてた物を返しに来たぜ!」

「は? あなたは一体何を言っているのです?」


 スーゾは問いかけに対してコンコンと車両を指で叩く。

 装甲輸送車両。

 ツバキ小隊が統合軍から貸与された車両だが、辺境のデイン・ミッドフェルド基地へと転属となった際、スーゾに預けていた。


「確かに預けましたがこんな時に返せとは――」


 タマキの言葉をスーゾが遮る。

 琥珀色の瞳を爛々と輝かせて、彼女は胸を張って述べた。


「必要な時に返してくれれば良いって約束したよね?

 今、これが必要でしょ?」


 装甲輸送車両の後部ハッチが開く。

 中には〈R3〉を装備したスーゾの部下数名。

 そして大量の戦略物資が積み込まれていた。エネルギーパックに砲弾。機関砲に〈R3〉予備パーツまで。


「401大隊の補給記録見て見繕ったから役に立つはず」

「全機、直ぐに補給を済ませて」


 タマキは命令を下し、特に重要度の高いナツコとフィーリュシカに砲弾の補給を急がせる。

 命令を受けたツバキ小隊の行動は早い。

 イスラとカリラは車両に乗り込んで、必要な物資を確認すると外へと運び出していく。

 タマキは車両から降りていたスーゾへ声をかける。


「全く、あなたという人は。

 考えることもやることも滅茶苦茶すぎます。

 非戦闘員が敵中に強行輸送だなんて正気ではありません」

「いやー。それは分かっちゃ居たんだけどさ。

 どうせタマのことだから無茶してるだろうなと思って、何かしら役に立てそうなことを探してきた訳よ」

「敵に見つかったらどうするつもりだったのですか」

「その時は降伏して捕虜にでもなったかな。

 直ぐに統合軍が来てくれるだろうし」

「大馬鹿者」


 話にならないとタマキは一喝した。

 赤十字の旗を掲げていようが、敵の装甲車両を見逃してくれるはずはない。

 発見したら中身を改めず即攻撃されても文句は言えない。


 タマキは大きくため息をつく。

 スーゾのやったことはとち狂った行動に他ならない。

 それでも、彼女に助けられたのも事実だ。

 ぎりぎり聞き取れるくらいの声で、短く礼を言う。


「助かりました。感謝します」


 その言葉をスーゾは聞き逃したりしなかった。

 タマキに感謝されたことで顔を赤らめた彼女は、調子に乗って要求する。


「お礼ならキスで良いからね」

「バカ言ってないで」


 タマキは要求を撥ねのけると、イスラによって用意された自分用の補給物資を〈C21〉に積み込んでいく。


「まあ私はタマの役に立てたならそれで十分だけどね」

「あなたはそうでしょうね。

 巻き込まれた他の人達の気持ちを考えたことはあります?」


 補給をしながらタマキは視線をスーゾの部下に向ける。

 車両に乗り込んでいた衛生部の部下達は、非戦闘員にもかかわらず敵地に連れてこられたというのに、嬉々として物資の運び出しを手伝っている。

 

 スーゾの部下だ。

 こんな滅茶苦茶は日常茶飯事なのだろう。


 それから護衛歩兵へと視線を向ける。

 その部隊長らしい人物と目が合うと、彼女は敬礼で応じた。


「ミナミ曹長? どうしてあなたが?」


 その下士官には見覚えがあった。

 トトミ大半島の部隊所属だったエマ・ミナミ曹長。

 ツバキ小隊はサンヅキ拠点攻略作戦のおり、トトミ大半島から脱出して来た彼女たちの部隊を救援している。

 その後、彼女たちは第401独立遊撃大隊に編入されていた。

 エマは答える。


「我々はあなたがたに救って頂いた恩があります。

 ツバキ小隊が別行動をとると聞いて、大隊長に自分たちも同行したいと願い出たのですが却下されました。

 丁度そこにレーヴィ中尉がやってきまして、ニシ中尉の元に物資を届けに行くと言うので護衛を買って出た次第です」

「あなたも無茶しますね」


 タマキは深くため息をつく。

 大隊長が却下したと言うのに勝手に部隊を離れてスーゾの護衛に付いたのだから、とんでもない命令無視だ。

 大隊長がタマキの兄で無かったら厳しく罰せられていただろう。

 

「ですがスーゾを守ってくれてありがとうございます。

 合流地点を送りました。南進してアロエ小隊のレーベンリザ中尉と合流を。安全地帯へ抜けられます。

 もう少しだけ、このバカを守ってあげて下さい」


 スーゾはバカと言われて口を尖らせるが、エマは大真面目にその頼みに頷いた。


「お任せ下さい。

 負けない戦いは得意ですから。必ずやレーヴィ中尉を守り通します」


 ツバキ小隊の補給が完了した。

 持ち出せるだけの予備物資をイスラの〈エクィテス・トゥルマ〉に積み込み、装甲車両のハッチを閉める。

 車両監視塔にスーゾは飛び乗ると、手を振ってツバキ小隊に別れを告げた。


「私の役目はここまでだね。

 では諸君、頑張ってきたまえよ。

 タマのことよろしくね」

「早く行きなさい」


 タマキは軽くあしらうが、ツバキ小隊の隊員はスーゾへと手を振って別れを告げる。

 戦闘準備は整った。

 南方へ転進する車両を見送っている時間は無い。


 手の届く距離まで迫った政庁。

 旧時代に造られた、無骨な外観をした建屋。

 その屋上には、この島の所有者を示すように帝国軍の軍旗が掲げられている。


「最終攻勢です。

 ツバキ小隊、全機戦闘準備」


 命令を受け、ツバキ小隊は整列し政庁を睨んだ。

 これがツバキ小隊としての最後の作戦だ。


「これよりハツキ島政庁を奪還します!

 全機、前進開始!」

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