第271話 故郷の戦い

 前方敵機。

 まだこちらは見つかってない。


 ナツコは呼吸を落ち着けると来た道を引き返す。しばらくすると爆音が響き、地下施設が大きく揺れた。

 また道が1つ潰された。


 新型ブレインオーダーを撃破して、タマキ達と合流のため第1階層を進んでいたナツコだったが、通るはずだった道が既に埋め立てられいた。

 仕方なく引き返したのだが、その途中でまた通路が爆破された。

 止むなく別ルートを進んで――と行ったり来たりを繰り返していたのだが、遂に今ので進むべき道は全て塞がれた。


 これ以上地下に潜っていることは出来ない。

 出口まで埋め立てられてしまっては出られなくなる。

 最後の手段ではあるが、他の道が無い以上仕方が無い。地表へ出る選択をした。


 地下施設に隠された通路を通り、地下鉄の構内へ。

 帝国軍が2人、出入り口を見張っていたが、ハンドアクスで処理。増援が来る前にその場を離脱。


 地下鉄は動いていない。

 線路を進み、待避口のハシゴを登る。

 地表に続く金属製の蓋まで辿り着くと、意識を済ませて上の様子を観測する。


 ナツコには見えない物を見る力は無い。

 出来るのは見える物をより詳しく見ることだけだ。

 耳を澄ませて地表の音を聞き、触覚を研ぎ澄ませて金属製の蓋から伝わる振動を観測。


 罠は無い。〈R3〉の反応も近くには無さそう。

 取っ手に手をかけ蓋を持ち上げる。

 迅速に飛び出すと、通りから路地へと転がり込む。


 地図情報を確認。

 敵集団が近くに居る。

 突破は出来るだろうが、合流まではあまり目立ちたくない。補給の目処も立たないし、隠密行動でいこう。


 とりあえず行動決定すると路地内を身を潜めて進んでいく。

 展開されている索敵ユニットを、DCSの電磁気制御で電磁波を生じさせて誤魔化すと突破。

 小さな路地へと出て迂回して政庁方面を目指す。


 この辺りの地理なら、地図を見なくても分かる。

 中央市街地東区。中枢地区の手前に位置する低密度区画。

 地下鉄駅からも高規格道路からも遠い、中央市街地内にあって不便極まりなく地価の安い区画だ。


 通りを進むと、ナツコの育った孤児院に辿り着く。

 戦闘の影響だろう。ガラスは全て割れている。

 でも建物自体は無事だ。戦略的価値の低い立地なので、帝国軍にも無視されたのだろう。


 中の様子はどうなってるかな?

 門の前を通る瞬間、速度を緩めて建物を観察する。

 半年間吹きさらし状態だったため汚れてはいるが、掃除すれば綺麗に出来そうだ。ハツキ島を取り戻して、みんなが戻ってきたら――


 脳が敵弾接近を告げる。直後、機体からも敵弾接近警報。

 考えるより早く、神経を駆け巡った電気信号が身体を動かし、それに伴って〈ヘッダーン5・アサルト〉が後方に飛び退く。


 榴弾が孤児院正門を吹き飛ばした。

 破片弾を回避し、視線が建物へと向く。

 孤児院の上に姿を現した〈ハーモニック〉。その姿を見て、ナツコの脳が一瞬で燃え上がった。

 急速に世界は色を失い、思考速度が加速する。静止した世界の中で〈ハーモニック〉の姿を睨む。


 ――出て行け。私たちの故郷から出て行け!


 身体は〈ハーモニック〉へと向けて駆け出す。

 対装甲ロケットはトーコに預けてきた。主力装甲騎兵に対して有効な兵装を積んでいない。

 それでも止まらない。


 感情は爆発していても、脳の最も奥の部分は冷静に戦況分析する。

 敵は単機。周囲に他の敵影無し。携行弾数が標準より少ない。何処かで戦闘行動を行っている。恐らく僚機を失い移動中。援軍を呼ばれる前に撃破すべき。


 〈ハーモニック〉の機関砲が唸りを上げる。30ミリ機関砲弾が地面で爆ぜた。

 弾幕の全てを回避しナツコは突撃を続ける。

 敵機も逃げない。

 対装甲装備を持たない突撃機に主力装甲騎兵が負けるはずがないのは明らかだ。


 あっという間に相対距離が縮まり極至近距離。

 機関砲で命中弾を出せなかった〈ハーモニック〉が近接戦闘を挑む。

 孤児院の屋根から飛び降り、ナツコを踏み潰そうとする。


 攻撃を予測してナツコは右へ回避。回避先へと〈ハーモニック〉の回し蹴りが繰り出されるもその行動も予測済み。

 飛び越えて肉薄。左手で振動ブレードを引き抜く。振動ブレードの薄い刀身が、超高速振動によって光を帯びた。

 

 間合いの内側に入り込まれそうになった〈ハーモニック〉が緊急後退をかけた。

 しかしナツコはもう十分に距離を詰めていた。今更逃がしたりはしない。

 右腕からワイヤー射出。〈ハーモニック〉の腕に巻き付けて、それを頼りに追いすがる。


 この状況で追ってくるナツコに対して敵機も危機感を覚えたのか、両腰に備えられた射出機から対歩兵爆雷を撃ち出す。

 射出された爆雷は極至近で滞空すると高速回転。金属杭を大量にばらまく。


 背後から襲いかかる金属杭。

 ナツコは射出の瞬間には全攻撃軌道の算出を完了。回避ルート策定。

 行動を実行しつつ攻撃用のDCSプログラム作成に入る。


 数百の金属杭が打ち出されているにもかかわらず、その1つとして〈ヘッダーン5・アサルト〉の装甲を貫通しない。

 戦っている相手がただの歩兵ではないと理解した〈ハーモニック〉搭乗者。

 装甲を失うがやむを得ないと近接防衛機構を作動させた。

 〈ハーモニック〉の外周装甲が内側から爆ぜ、その破片と、仕込まれていたワイヤーが外側に弾き飛ばされる。


 特異脳が攻撃軌道を全て数式化し未来位置を予測。同時に、攻撃の瞬間の環境情報を予測。

 異常発熱が視界を赤く染めるがナツコは止まらない。

 リボルバーカノンを発砲し回避不能のワイヤー軌道を強引に逸らすと、僅かに出来た隙間をくぐり抜けた。

 〈ハーモニック〉へ肉薄。相対距離0。

 無防備な正面装甲へと振動ブレードを突き出した。


 〈ハーモニック〉の振動障壁が作動。

 音波振動の揺らぎが攻撃を弾こうとするが、発動に合わせてナツコはDCSの起動コマンドを叩く。


 >DCS 音波制御 : 共鳴


 瞬間、音エネルギーが振動ブレードを包み込んだ。

 それは振動ブレードの固有周波数に音波フィルターとして作用し、合成周波数が振動障壁と共鳴を起こす。

 瞬間的に振動障壁の振幅が無限大になり、自機を守るための機構が牙をむいた。


 振動ブレードが一閃。物理的強度を失った正面装甲を紙のように引き裂く。

 ナツコはその切り口にハンドアクスを突き立てて強引に広げる。

 コクピットブロックが露わになり、恐怖に怯えるパイロットの顔が覗いた。


「動かないで下さい」


 個人防衛火器へと手を伸ばした〈ハーモニック〉パイロット。

 だがその行動は予測済み。

 〈ヘッダーン5・アサルト〉の腰に装備されたワイヤー射出機が作動し、先端のハーケンが個人防衛火器を射貫き弾き飛ばした。


 コクピットブロック前面を取り払いナツコは操縦桿に足をかけた。

 そして左手で拳銃を抜きパイロットの頭部へと向ける。


「離脱レバーを引いて、この場所に2度と近づかないで下さい」


 パイロットは即断出来ず目を泳がせる。

 個人防衛火器をつかもうとしていた手は宙に浮いている。

 操縦桿はナツコの足下。手を伸ばすことは出来ない。パイロットの視線はナツコの構える拳銃へ。それから自分の拳銃へと向く。


 パイロットの手が動く。

 だがその手が拳銃をつかむことは無かった。

 銃声が響き、拳銃弾がホルスターに命中した。

 パイロットの手は再び宙に浮く。

 拳銃を手にしていたとしても、一度分解整備しない限りは安全装置を外せなくしてある。

 もう一度ナツコは警告を発した。


「この場所で誰も殺したくありません。

 離脱レバーを引いて下さい。そうしたらあなたは見逃します」


 拳銃の銃口を近づける。

 パイロットはゆっくりとした動きで手を下ろしていく。

 まだナツコの特異脳は覚醒したままだ。相手の動きをじっと観察し、不審な行動の兆候を決して見逃さない。


 離脱レバーが引かれた。

 瞬間、ナツコは後方に飛び退き、射出されるコクピットブロックから待避。

 コクピットブロックは火薬によって打ち出され、遙か後方へと飛んでいった。


 ナツコはスラスターで空中制動をかけてコクピットブロックを失った〈ハーモニック〉の元に舞い戻る。

 リボルバーカノンを3発発砲。機体を動作させるのに重要な機関を動作停止させ、簡単には修理出来ないようにしておく。

 この場所に置いておきたくは無かったが、機体を再利用されても厄介だ。


「孤児院は――皆で直したらいいよね……?」


 多分院長先生も、孤児院の皆も、町の人達も、これくらいの損傷だったら直せば良いと笑ってくれる。

 それに今のナツコには頼れる仲間もいる。きっと皆、手を貸してくれるだろう。


「まずはハツキ島を取り戻さないと!」


 特異脳はすっかりその機能を停止していた。

 熱はまだ残っているが、頭を切り替えて〈ハーモニック〉の残骸から飛び降りる。


 これだけ騒ぎを起こして、帝国軍兵が駆けつけてこない訳がない。

 さっさとこの場を離れなければまた孤児院が踏み荒らされてしまう。


 遠くから戦闘音が響いてきた。

 タマキ達の方はもう作戦を開始している。直ぐに合流しなければ。


 ナツコは駆け出した。

 前方から敵反応。もう隠密行動は続けられない。

 こっちで出来るだけ敵の数を減らして、本隊の作戦を少しでも手助けしようと路線変更。


 リボルバーカノンの安全装置を解除。

 特異脳を半分だけ覚醒させると、真っ直ぐ敵集団へと突っ込んでいった。

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