第270話 陸戦型宙間決戦兵器〈HDギア〉

 〈HDギア〉右腕主砲が瞬く。

 瞬間、光の線が周囲を払った。

 散弾のような攻撃だが、1発1発が重砲の威力に匹敵する。


 トーコは攻撃を受ける寸前に回避行動を開始。

 経験と直感。それ以外に頼れる物はない。

 それでも、多少なりとも積み重ねてきた戦闘経験は裏切らなかった。

 拡散した光線の隙間に機体を滑り込ませ、超威力の攻撃を振動障壁でいなした。


 真っ正面から当たらなければ、広域攻撃は何とか弾ける。

 問題は向こうの機動力。

 でかいから遅いと見積もったが、そんなことは無かった。

 全高16メートルを超える巨躯を持ちながら、重力などまるで無い風に振る舞って高速で移動する。


 ただ〈HDギア〉自体が重力を無視出来ても、超重量の物体が高速で動き回っている事実だけはねじ曲げられない。

 足下に居た帝国軍歩兵達は防衛陣地を放棄して、巻き添えを食らわないようにと移動している。

 恐らくはツバキ中隊の方へ向かっただろう。

 でもそれでいい。〈HDギア〉さえ引きつけておけば、歩兵は向こうで対応出来る。


 攻撃をいなし、前進。

 共鳴弾を叩き込むにはもっと近づかなくてはいけない。

 〈HDギア〉は大地を揺らし、後方へ飛び退きながら主砲を放つ。

 砲口の向きを注視。攻撃の瞬間を見極め、回避行動。

 紙一重で光線を避けて前進。


 着地した〈HDギア〉は左腕武器を指向。

 手に持ったそれは、全高に比べればずっと小さく見えた。

 それでも砲弾は60ミリ。振動障壁をかき消すには十分な威力。


 右腕主砲にエネルギー収束を確認。

 断続的に放たれる60ミリ砲の射線から逃れながら、広域攻撃の兆候を見逃さないように意識を向ける。


 拡張脳を使ってきた甲斐があった。

 異常な量の情報に曝されたトーコの脳は、ずっと多くの情報を扱えるようになっていた。

 処理速度は人並みでも、同時に多くのことを思考出来る。


 敵機の動き。砲の動き。攻撃予測線。自機の動き。周辺環境。

 全て頭に叩き込み、同時に全てを関連させて思考する。

 考えられる内容は僅か。


 でも、拡張脳を使った戦いによって得られた経験値は膨大だ。

 常人の脳では一生かかっても終えられないような戦闘シミュレーションを延々と頭に送り込まれた。

 同じ思考は不可能。

 拡張脳の思考経路を模倣するなどまともな人間には出来やしない。


 それでも入力情報を元に出力を予想することは可能だ。

 60ミリ砲の弾道予測線が視界を赤く染め、主砲エネルギーの高まりが空間を歪める。

 得られた情報を元に、これからとるべき行動を導き出す。


 瞬時の判断で操縦桿を操り足を踏み込む。首筋に接続された有機ケーブルを伝達して操作を微調整。

 間一髪で回避。ギリギリだがこれでいい。

 距離は詰められているし、振動障壁は起動しなかった。最初に比べてずっと予測の精度は上がっている。


 重ねられた経験が直感を思考へと紐付ける。

 これまでがむしゃらな回避だったものが、最適行動へと昇華されていく。


 敵の攻撃を観察。

 攻撃パターンに対してどのような回避行動が有効だったか記憶。

 1つ1つ敵の行動に対してどう対応すべきか回答を用意。

 1歩ずつでいい。確実に歩を進め、敵の選択肢を削いでいく。


 ――捉えた。


 〈HDギア〉の攻撃を躱した刹那、回避先を先読みし向けていた砲口が敵機を捉えた。

 神経伝達で仮想トリガーを叩く。

 90ミリ砲の発砲炎が螺旋を描き、共鳴を付与された徹甲弾が〈HDギア〉正面装甲に突き刺さる。


 着弾と同時に甲高い音が響く。

 通常の砲弾着弾とは違う。共鳴による振動破砕。

 瞬間的に無限大まで振幅を増大させた振動は、物理的な強度を無視して装甲を破壊する。


「――浅いっ」


 必殺の一撃のはずだった。

 されど宙間決戦兵器である〈HDギア〉の正面装甲は、共鳴弾1発では崩しきれなかった。

 それでも活路は見えた。着弾点の装甲は歪に変形し亀裂が走っている。ダメージは通る。残弾は十分。

 ならば重要機関が機能停止するまで、共鳴弾を叩き込めば良い。


 反撃の広域砲を掻い潜り次弾装填。共鳴エネルギー充塡。

 60ミリ砲による攻撃を、予測線を元に回避し続け更に距離を詰める。

 〈HDギア〉は〈ヴァーチューソ〉に匹敵する機動力を有している。

 だが巨体故にその動きは単調でパターン化しやすい。


 再び広域砲。距離を詰めすぎた。回避行動に余裕が無い。

 それでも振動障壁で光線を逸らす。まだ対応出来る。もう1歩前へ。

 近づけば近づくほど敵攻撃の密度は上がるが、トーコの予測精度も上がっている。

 共鳴弾を発砲。敵の回避行動によって装甲に対して浅い進入角で入ったが、共鳴効果による振動破砕は装甲を伝播し亀裂を生じさせる。


 少しずつでも削り取っていけば良い。

 十分に距離は詰めた。

 逃げられないよう追いかけつつ、攻撃を回避し適時共鳴弾を叩き込む。

 外部装甲を突き崩して、内側コクピットブロックに直接共鳴弾を命中させてしまえば勝負は付く。


 後退する〈HDギア〉にトーコは追いすがる。

 足下に対装甲騎兵地雷反応。

 〈HDギア〉が後退を中止、急加速し前進に転じる。


 引き込まれた。

 トーコは舌打ちしながらも即座に対応する。

 共鳴機関へのエネルギー供給を停止。右腕音波砲へとエネルギー転化。充塡完了後、真下に向けて放つ。

 音波衝撃が周囲の地面を震動させ、いくつかの地雷を作動させる。

 作動しなくても、地面が削られその姿が露わになった。


 〈ヴァーチューソ〉の防御力ならば直接踏まなければ問題は無い。

 迫り来る〈HDギア〉へと意識を集中。

 敵機は跳躍し、広域砲を放ちながら突撃してくる。

 砲弾を撃ち尽くしたのか左腕60ミリ砲が投棄される。


 代わりに手にした短い棒。それはエネルギー供給を受けると、青白い刀身を展開した。

 レーザーブレード。高威力の近接攻撃武器。

 欠点はエネルギー消費量が多いことだが、前時代型エネルギー機関を採用する16メートル級の〈HDギア〉にとっては些細なエネルギーなのかも知れない。


 トーコも近接戦闘に備え右腕に共鳴刀を持った。

 黒い刀身が空気振動を纏って陽炎のように揺らめく。共鳴対策のされていない〈HDギア〉装甲なら、物理的強度を無視して切り裂ける。


 レーザーブレードが振り下ろされる。 

 トーコはブースターを逆噴射し後ろに飛び退いた。

 追撃する〈HDギア〉は一歩踏み込み、横薙ぎの一撃を繰り出す。


 広範囲を払う一閃。

 トーコは有機ケーブルを介して緊急回避コードを叩く。神経接続による圧倒的な反応速度によって機動ホイールが急速回転。からくも攻撃を回避する。


 体格に2倍以上の差がある相手。

 近接武器の届く距離も倍以上違う。それにレーザーブレードに当たらなくとも、通常格闘戦で〈ヴァーチューソ〉は一撃で大破しかねない。

 周囲には帝国軍の対装甲騎兵地雷。

 不利な条件ばかりだが、それでもトーコは逃げない。

 この場で戦って、生き残る道を選択した。


 地面を転げるようにして広域砲を、そしてレーザーブレードを回避。

 カウンターで共鳴弾を投射。至近からの一撃が〈HDギア〉正面装甲を叩く。

 甲高い音が響き、分厚い装甲がガラスのように砕け散った。

 装甲は打ち破った。あとは最後の一撃をコクピットブロックに叩き込むだけ――


 〈HDギア〉が身体ごと突撃を敢行。

 共鳴使用後。再充塡完了までの隙をついてきた。

 だがトーコは冷静にそれを避ける。巨体から繰り出される蹴りを避け、蹴りの反動を利用して振るわれたレーザーブレードの一撃を回避。

 

 これで――


 90ミリ砲の照準を定める。

 だが砲が指向する寸前に、〈HDギア〉が全身を瞬かせた。

 外部装甲を全てパージ。――どうして?


 疑問が浮かんだのは一瞬。

 直ぐ答えに辿り着く。

 近接防衛機構だ。

 装甲騎兵にも備えられている、歩兵の肉薄に対応する超至近距離攻撃手段。

 装甲騎兵であれば、爆薬によって装甲と、内側に仕込まれた金属ワイヤーを撒き散らす。

 それが宙間決戦兵器なら――


 切り離された装甲の内側から、青白い光が迸った。

 〈HDギア〉を覆い隠すほどのエネルギーの渦が、瞬く間に周囲へ拡散していく。


「まずい――」


 トーコは神経伝達で〈ヴァーチューソ〉のコマンドを叩こうとする。

 急いで振動障壁を――いや違う。〈HDギア〉は装甲を自壊させ無防備な状態。

 今は攻撃の時だ。


 目視はもちろん、レーダー反応も真っ白に染まり何も見えない。

 トーコは直感だけに任せて共鳴弾を放った。

 射撃と同時に〈ヴァーチューソ〉がエネルギーの渦に巻き込まれる。

 共鳴を使った直後だ。振動障壁が作動しない。

 爆発反応装甲を起動してダメージをなんとか抑えようとするも、襲いかかったエネルギーが機体各所へと深刻なダメージを与える。


 トーコも衝撃によってコクピット内で大きく揺さぶられ意識が飛びそうになる。

 だがそれを耐えきり、光の支配する視界から拾える限りの情報を拾う。


 〈ヴァーチューソ〉左腕全損。正面装甲大破。コクピットブロック損傷。

 敵は――〈HDギア〉の姿を確認。左腕全損――動きは止まっている。

 こちらの脚部は無事。考えるより先に足を踏み込む。


 〈ヴァーチューソ〉前進。

 ダメージを負ったコアユニットが悲鳴を上げ、けたたましい警告と共に黒煙を吐く。

 あと数秒だけ持ってくれれば構わない。警告を無視。コアユニット最大出力。

 

 〈HDギア〉の巨体が目前に迫る。

 広域砲が構えられていた。

 砲口に集中したエネルギーが幾重にも重なる光の筋となって襲いかかる。


「いっけええええええ」


 後退のネジは外してある。

 もう進む他に選択肢は無かった。

 脚部に力を込め〈ヴァーチューソ〉は真っ直ぐに〈HDギア〉へと飛びかかる。


 広域砲が〈ヴァーチューソ〉脚部に直撃。

 振動障壁も爆発反応装甲も無い。高密度のエネルギーが着弾した瞬間、脚部パーツが溶解爆発。即座に強制離脱される。


 胴体ブースターを最大出力に。

 右手に構えた共鳴刀を前に突き出した。


 〈HDギア〉コクピットブロックに共鳴刀の切っ先が突き立つ。

 声にならない声を上げ、突き刺した共鳴刀を振るう。

 共鳴刀は甲高い音と共に物理的強度を無視して振るわれ、伝播した振動破砕がさらなる共鳴を起こし、連鎖崩壊を巻き起こす。


 粉々に分解されるコクピットブロック。

 重要区画が損傷し動作を停止する〈HDギア〉。


 そして〈ヴァーチューソ〉も悲鳴を上げる。

 コクピットブロックのエネルギー供給停止。非常用電源で再起動。

 ヒビだらけでまともに見られやしない正面コンソールは、コアユニット臨界爆発を通告する最終警告で真っ赤に染まっていた。


「あ、やばい。

 動け! 動いて!!」


 コクピットブロックの緊急脱出レバーを引く。

 1度引いても作動しなかったので、へし折るつもりで2回目を引く。

 ガコン、と音がして、レバーが折れた。

 まずい、と思った刹那、コクピットブロックが傾き、後方へと射出される。


 宙に舞い上がった瞬間、目の前で〈ヴァーチューソ〉のコアユニットが臨界爆発。

 緑色の光が〈ヴァーチューソ〉と〈HDギア〉の亡骸を包み込んだ。


 ご苦労様。――なんて、感傷に浸っている余裕も無い。

 のんびりパラシュート降下なんてしてはいられない。ここは今は敵地だ。


 シートベルトを解除。

 コクピット備え付けの個人防衛火器だけもって、出口を蹴り破って外へ飛び出す。

 ワイヤーを射出して近くの建物へ。

 ハツキ島の旧水道局。前大戦時代からあるのであろう古い造りの建物だった。


 割れた窓ガラスから1階に侵入。

 索敵ユニットを配置して周囲に敵機の存在が無いことを確認すると、端に身を寄せて地図情報を確認。

 政庁までのアクセスは悪くない。

 早くタマキのもとに合流しなくては。

 敵地内を汎用〈R3〉でうろうろしていたら、命がいくつあっても足りない。保護して貰わなければならない。


 通信を試みる。

 敵地内だから味方指揮官機から距離が離れていれば繋がらないだろう。とにかくまだ近くに居ることを祈る。


「こちらツバキ8。応答を願います」


 短く一言。

 返答を待つ。

 駄目かと諦めかけたその時、ノイズまみれの通信が入る。

 野太い男性の声。


『……こちら、……通…………。』

「聞こえました。このまま通信維持を」


 とにかく繋がった。この機を逃してたまるかと、慣れない通信機調整をかけてなんとか接続を確保。

 再び声をかける。


「こちらツバキ8です」

『こちらレイン1。

 ――レインウェル軍曹か?』


 通信相手はレイン1。ロード・ロスウェル中尉。

 トーコが以前所属していた装甲騎兵部隊の小隊長。つまりは直属上官だ。

 その声を忘れるわけがない。トーコを叱責するのはいつだって彼の声だったのだから。


「そうです、隊ちょ――ロスウェル中尉」


 隊長と呼びそうになって慌てて修正。

 トーコの今の隊長はタマキだ。それ以外の人間を隊長と呼ぶ訳にはいかない。


『それで良い。

 付近にツバキ1はいるか?』

「居ません。私1人です。乗機を失って孤立しています。

 そちらはどこからかけてます?」

『第2階層だ。旧水道局直下』

「旧水道局でしたら私はそこに居ます」

『ちょうど良い。

 そちらからエレベーターを起動出来るか?』

「言っておきますけどあなたに私の指揮権はありませんよ」


 直属上官以外の指示には従わなくていい。軍人の常識だ。

 例え相手が将官だろうと、トーコにはタマキ以外の命令を突っぱねる権利と義務があるのだ。

 それでもロードは告げた。


『ツバキ1から頼まれていた物資が手に入ったから引き渡したい。

 そのためなら手を貸してくれるだろう』

「そういうことでしたら。

 少し時間を下さい」


 地図を再確認。

 サネルマから入手したハツキ島地下帝国の地図を重ね合わせる。

 旧水道局――あった。確かに第2階層への直通エレベーターがあるが、使用不可となっている。


 いくらサネルマでも旧水道局には勝手に入れなかっただろう。

 多分これは地上側のエレベーター到着地点に問題があって起動出来ない状態にある。

 その問題を解決してやればエレベーターは動くかも知れない。


 地図データをメインディスプレイに貼り付けて移動開始。

 個人防衛火器を構えて安全確認をしながら地下へ入る。

 配管の並ぶ地下施設。配管の隙間を進み、エレベーター到着地点に行き着いた。


「なるほど」


 到着地点には錆びて使えなくなった水道管が堆積されていた。

 この異物があったからエレベーターが起動不全を起こしたのだろう。

 汎用機とは言え腐っても〈R3〉。水道管をその場からどかし、端末からサネルマ謹製の認識コードを送信。

 エレベーターが音も無く起動し、これまで古くさい荷物置き場だった場所が、旧時代のテクノロジーで造られた超高速エレベーターに変化していった。


 人類が大分昔に失った技術。

 戦後生まれのトーコにとっては何が起きているか分からなかったが、とりあえず結果としてエレベーターは起動出来た。

 通信を繋ごうとするが、それより先にエレベーターが動き出す。


 エレベーターはこちらへと向かってきている。

 ロードもそれに乗っているのだろうと、トーコは通信を繋いだ。


「ツバキ1に頼まれた物って何です?」

『着けば分かる』


 素っ気ない返事。トーコは話題を変える。


「ハツキ島の住民は?」

『市民協力者が避難させている。

 もう全員外に出た頃合いだろう』

「そう。それは良かった」


 ハツキ島住民の無事は、ハツキ島義勇軍の全員が願っていたことだ。

 無事に避難できたのならばそれは喜ばしいことだ。

 ナツコ達に報告したらきっと喜んでくれるだろうと、トーコはちょっと嬉しくなった。


 エレベーターの到着が近づいた。

 トーコは到着口から離れて待機。直ぐに到着口の床が綺麗に円形に開く。

 そこから大きな機械が姿を現した。


 座っているがトーコにはそれが何なのか分かる。

 2脚人型装甲騎兵。

 でもこれは――


 装甲騎兵の足下に居たロードが慣れない笑顔を作って声をかけた。


「本当は作戦開始前に予備機が欲しいと頼まれて居たんだが、旧所属基地との連絡に時間がかかって調達が遅れてしまった。

 だが、乗機を失ったのなら無駄にはならないだろう?

 持って行ってくれ。操縦方法の説明が必要か?」


 ロードの問いかけに、トーコは首を横に振った。

 統合軍主力7メートル級2脚人型装甲騎兵〈I-M16〉。

 その操縦を忘れるはずが無かった。


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