第269話 中枢区画へ
「あ、お兄ちゃん。用件だけ言うから聞いてね。
時刻1600に第3防壁西側正面の帝国軍重砲陣地無力化するからバンカーバスター前に出して防壁突破して」
カサネに通信が繋がると、タマキは一方的に用を伝える。
当然、カサネは意見した。
『待て。突然言われても無理だ。
そもそもうちの大隊にバンカーバスターは無い』
「でも副司令なら動かせるでしょ」
タマキは反論した。
大隊がバンカーバスターを所有していないことなど把握済みだ。
それでもカサネなら、トトミ星系副司令であるテオドール・ドルマン中将へと連絡をつけられるのだから問題無いはずだ。
『一介の大隊長にそんな権限は無い』
「ニシ家の長男には出来るでしょ。
父様も必要なら副司令を頼るように言ったわ。今がその時でしょう」
『だがタマキの頼み事のために副司令を頼るなとも言われてる』
カサネはもっともらしく述べたが、タマキはため息交じりに本気で言っているのかと反論した。
「わたしの頼み事?
お兄ちゃん、本気でそう思ってる?
惑星トトミにおける、帝国軍最後の拠点を守る基地防壁を破壊する絶好のチャンスなのよ。
統合軍が基地防壁を突破するのは誰のため?
わたしのためではないでしょう。
分かったら屁理屈こねてないでさっさと副司令に通信繋いで」
責められたカサネ。もちろん、カサネに妹の意見に対する拒否権は存在しない。
やれと言われたらやるしかない。
それを実行する理由付けも済んだ。
統合軍のためだ。決してタマキのためでは無い。
基地防壁の突破は軍にとって必要な事。ならば軍人として、適切なタイミングで副司令に攻勢の判断をして頂くことも必要となろう。
『分かった。何とか連絡を取ってみる』
「分かればよろしい。
あ、それと基地防壁突破するのは良いけど政庁に攻撃しかけないでね」
『分かってる。精々西側へ注意を引きつけるよ』
「よろしく。
では通信はこれで終了。
愛してるわ、お兄ちゃん」
社交辞令以上の価値はない台詞を口にしてタマキは通信を終えた。
西側の仕込みはこれで完了。
16時まではもう少し。バンカーバスターを移動させる時間は十分だろう。
重砲陣地が無力化すれば、基地防壁を崩すのにそう時間はかからないはずだ。
タマキは続いて市民協力者へと通信を繋ぐ。
第3防壁を統合軍が突破してから市民の待避を始めるように通達。
連絡はこれで終わり。
集結したツバキ中隊へ、地下施設第2階層を進んで、ハツキ島中央市街地の中枢区画方面へと移動するように指示を出す。
「火事場泥棒みたいだな」
遅れて到着したイスラがそう発言する。
ツバキ中隊は、第2基地防壁を爆破して西側へと統合軍を率いれ、その隙に東側へと奇襲を仕掛けた。
今度は第3基地防壁を守る重砲陣地を無力化して統合軍に攻めさせて、自分たちは市街地中枢区画へ強襲を駆けようとしている。
タマキは眉を潜めながらも返した。
「小部隊で敵の司令部を陥落させようとしたらこうするほかありません。
ここまでやっても、中枢区画の防衛部隊を突破できるかどうかは不明瞭です」
「批難してるわけじゃないさ。
暴れられるならそれで構わないよ」
「そうでしょうとも。
――ナツコさんは?」
集結したツバキ中隊。
その中にナツコの姿だけが無かった。
ナツコは現れたブレインオーダーと戦うために残ったはずだが、まだ集結地点に到着していない。
「来てないな。だが相手はブレインオーダー単機だったんだろ? ならなんとかするだろ」
「戦闘データを更新するブレインオーダーだったとしてもそう言い切れますか?」
タマキは報告を受けていた新型のブレインオーダーについて尋ねるが、それにイスラは2つ返事で頷く。
「うちの名誉隊長様なら問題無いよ。
どうせ、道が塞がれてたとかお腹が空いたとか、そっちの問題だろう」
「それはそれで困ります」
地下施設の第1階層は帝国軍が埋め立てていた。
ナツコが合流に使うはずだった経路が埋められてしまって通れなかったというのはあり得る。
それでも作戦行動に支障があった際の合流地点は共有されている。
今のナツコは婦女挺身隊をお情けで合格させて貰った素人では無い。
訓練を受けたいっぱしの兵士だ。自分で状況判断して適切な合流地点へ向かうことくらい出来るだろう。
「作戦遂行に障害はつきものです。
不安ではありますが待ってるわけにもいきません。先に進みましょう」
先行するサザンカ、アロエ小隊に続き、ツバキ小隊も移動開始。
不安そうなタマキへとイスラは軽口を叩く。
「心配そうだな」
それに応じるようにフィーリュシカが私見を述べた。
「ナツコなら単独でも問題無い」
2人の言葉にタマキは大きくため息をつく。
「ナツコさんの心配をしているのではありません。
わたしたちの心配をしているのです」
貴重な戦力を欠いた状態での中枢区画への攻勢。
タマキが不安を抱えていたのはその点だった。
タマキの視線を向けられて、フィーリュシカは小さく頷く。
「問題無い。
戦端はこちらで開く」
「そう言ってくれるなら信じましょう」
時刻は1600を回った。
設置されていた爆薬が時限信管によって爆発。爆破成功の通信がタマキの元にも届く。
確認をとるまでも無く、カサネのほうは上手くやってくれているだろう。
ツバキ中隊は地下施設第2階層内を移動し、中枢区画へ繋がるエレベーターの元に集結した。
起動チェックは既に終えている。
このエレベーターは、市街地中枢区画のエネルギーライン地下中継施設へと繋がっている。そこから地表までは直ぐだ。
「ナツコさんは来ませんでしたね」
通信を試みたが結局繋がらなかった。
第2階層に降りてきていないということは、第1階層か地表に居るのだろう。そっちはそっちで上手くやってくれていることを祈るしかない。
「良い頃合いです。
こちらも動きましょう。
全部隊、出撃最終確認を」
タマキが告げると、ツバキ中隊の全所属機が戦闘前の最終確認を開始する。
輸送車両からエネルギーパックと弾薬を補充し、機体のセルフチェックでエラーが出た物についてはパーツを交換する。
「この機構壊れたんだけど」
「はぁ? どうせ無理な動かし方をしたのでしょう」
リルが破損して使えなくなった世界面変換機構について苦情を述べると、カリラはそれをまともに扱おうとせず決めつけた。
「普通に使っただけよ」
「本当でしょうね。
試作品ですから絶対に壊れないとは言い切れませんけれど……」
カリラはリルの機体へと自身の端末を接続。動作ログを拾い上げると、顔を赤くして叫んだ。
「警告でているのに無理矢理動かしたら壊れますわよ!
あなた普通に使ったと言いまして!?」
「戦闘中なんだから警告くらい出るわよ」
「出たら使わないで下さいまし!」
「あたしに死ねって言うの?」
「警告無視してまで使うなと言ってますの!
このおチビちゃんと来たら、折角修理した貴重なユニットを――」
文句を言いながらも、カリラは外付けユニットを取り外し車両に積み込み、代わりに運び出してきた30ミリ砲をリルの機体へと装着する。
こちらなら反動抑制機構が動かなくても通常使用可能だ。
リルは威力不足だと不満を隠さなかったが、警告無視のあげくに壊したという罪悪感もあってか強くは出られなかった。
押し付けられたそれを受け入れて、つつがなく最終チェックを済ませた。
小隊長のテレーズとヴェスティが部隊の装備確認を終えたことをタマキへと報告する。
ツバキ小隊の整備担当であるイスラとカリラも、全機の確認が済むと報告する。
「よろしい。
ではこれより、政庁奪還に向けてハツキ島中央市街地中枢区画へ攻勢を開始します。
エレベーターを起動。
ツバキ3。先陣をお願いします」
フィーリュシカは頷いてエレベーターの扉前についた。
エレベーターは起動されると、ツバキ中隊を乗せて地表へと向かう。
音も無く上昇するエレベーター。到着すると、ゆっくりと扉が開いた。
フィーリュシカが1人先行。出口の安全を確認して合図が出されると、中隊も移動を開始した。
エネルギーライン中継施設は前大戦以前に作られた施設だった。
前時代のエネルギー運搬手段でありながら、再び建造する技術を人類が持たないが故に、使われなくなった後もそのまま残された。
されど帝国軍側も施設の存在には気がついている。
通路には帝国軍所有の〈R3〉による痕跡がいくつか残されていた。
フィーリュシカは敵機の存在を告げ指示を仰ぐ。
タマキは中隊へと通信を繋ぎ、攻勢開始を命じた。
「これより戦闘を開始。
まずは地表を目指して下さい。各員の健闘を祈ります」
攻撃開始の指示が出され、フィーリュシカが施設内の通路を駆け出し、角を曲がると同時に発砲。付近に居た帝国軍兵士を一掃する。
それにツバキ中隊が続く。
先行したフィーリュシカは外に続く扉を蹴破り飛び出す。
帝国軍の索敵網に引っかかるが、そのまま敵の警戒部隊を各個撃破していく。
「サザンカは退路確保を。
ツバキとアロエは前進! 政庁を目指します!」
テレーズの率いるサザンカ小隊はエネルギーライン中継施設の占領と退却地点確保のため残り、それ以外の部隊は前進を開始。
先行したフィーリュシカは既に帝国軍の防衛ラインへと攻撃を開始している。
タマキの予想したとおり、中枢区画の敵機数は少ない。
防壁の外側の戦力も削っているので東側から援軍が来るとしても少数だろう。援軍をかき集められる前に政庁まで辿り着けば、司令部を陥落させることも不可能ではない。
「このまま防衛陣地を突破します。
ツバキ8、前へ!」
トーコが前進し、〈ヴァーチューソ〉左腕に装備された90ミリ砲を防衛陣地へ向けて放つ。
発砲炎が二重螺旋を描く、共鳴を付与された砲撃。
それは防衛陣地前面に配置された立体障害を、物理的な強度を無視して破壊した。
立体障害を取り払われ、無防備な姿をさらした敵重装機部隊へ向けて火力が集中される。
あっという間に敵分隊は全滅。ツバキ中隊が防衛陣地内へと突撃していく。
「何――」
けたたましく響くサイレンの音。
最前線で指揮をとっていたタマキが何事かと空を見上げる。
敵機接近に対するものではない。
――戦略兵器、ではないはず。
既に中枢区画の深部。司令部のある政庁は目と鼻の先だ。
こんな場所に戦略兵器を投入してくるはずがない。
だとしたら何だろう――
「敵広域攻撃。待避を推奨」
フィーリュシカから意見が出される。
咄嗟にタマキは通信機へと全機待避を告げた。
各機、帝国軍防衛陣地内の待避口や立体障害の後ろに身を隠す。
その直後、幾重にも重なった光の柱が周囲を襲った。
瞬間的に熱量を叩き込まれた空気が膨張し、辺りを熱せられた暴風が吹き荒れる。
暴風に耐え、酸素マスクを口に押し当てながらタマキは叫んだ。
「被害報告!」
ツバキ小隊は全機無事。
アロエも損害機体はあるが全機稼働している。
寸前だったとは言え、退避行動をとれたのは大きかった。
「ツバキ3、今のは――」
タマキはフィーリュシカへと回答を求めた。
しかしそれより先に、帝国軍防衛陣地後方に現れた巨大な物体が目に入った。
全高16メートル。
主力2脚人型装甲騎兵の倍以上の高さを持つ巨人がそこに存在していた。
「旧連合軍宙間決戦兵器〈HDギア〉」
フィーリュシカが静かに回答する。
タマキもその存在についての知識はあった。
宇宙空間における機動戦闘の主体が戦闘ポッドだった頃に、人型であることの優位性が説かれ、連合軍によって製造された人型兵器。
それが宙間決戦兵器〈HDギア〉だった。
製造からしばらくは日の目を見なかったが、優秀な操縦機構であるスーミア機関が開発されて以降、一気に機動戦闘の主役を担うことになった。
「大気圏内ですよ」
タマキは疑問点を指摘する。
宇宙空間においては主力でも、大気圏内ならば話は別だ。そもそも、前大戦中はほとんど大気圏内での戦闘は行われなかった。
フィーリュシカは淡々と返す。
「数機試作された陸戦型。
拡散砲、エネルギー収束を確認。待避を推奨」
タマキは再び退避命令を下した。
〈HDギア〉が右腕に装備した機構不明の大型火砲先端が瞬いたかと思うと、周囲に光の雨が降り注ぐ。
着弾地点で爆発が起こり、熱膨張による暴風が吹き荒れる。
再び損害報告をさせる。
まだ全機無事だが、攻撃の度に防衛施設を破壊されている。
いつまでも耐えてはいられない。
「弱点は?」
「旧連合軍製造機体のため、振動破砕に対抗手段を持たない」
その言葉にトーコが応じた。
「共鳴ならダメージ与えられる訳ね」
回答を待たず、立体障害の裏から飛び出して〈HDギア〉へと向かっていくトーコ。
〈HDギア〉は宙間決戦兵器〈ハーモニック〉が登場する以前の機体だ。
敵側であった枢軸軍側は〈ハーモニック〉登場後、自軍機体へ振動破砕に対応する拡張装甲を装備したが、連合軍側は共鳴による攻撃を受ける心配がなかったため行わなかった。
共鳴機構を有する〈ヴァーチューソ〉ならば、陸戦型〈HDギア〉へと有効打を叩き込める。
それでもタマキはトーコに任せるのには慎重だった。
「他に対抗手段はないのですか」
「重砲が運用できない限り難しい」
きっぱりと言い切られると言葉に詰まる。
戦闘能力未知数の〈HDギア〉の相手をトーコに任せてしまって良いのか。
しかし〈HDギア〉をなんとかしなければ、歩兵は一方的に攻撃されるだけだ。
「隊長、ここは任せてくれませんか?
私だってこれまで訓練を重ねてきましたし、実戦経験もあります。
あんなとろそうな機体、でかいだけで良い的です。さっさと片付けて合流できます」
トーコの強気な言葉を、タマキは鵜呑みには出来ない。
だが決断を先送りする猶予もない。既に敵の司令部前。足を止めることは出来ない。
「分かりました。
ここは任せます。ただし、無理だと判断したら直ぐに退却するように。
あなたに何かあったらアイノがうるさいでしょうから」
「はい。お任せ下さい」
許可を得たトーコは〈HDギア〉の前へと躍り出て、牽制のため共鳴を付与した90ミリ砲を放つ。
距離が離れすぎていたため攻撃は回避されるが、共鳴を使えると示した以上、〈HDギア〉はトーコの〈ヴァーチューソ〉を無視できない。
後方、歩兵部隊へ向いていた〈HDギア〉の右腕主砲が、〈ヴァーチューソ〉へと指向した。
「ここはツバキ8に任せます。
ツバキ、アロエは迂回して政庁へ向かいます。ツバキ3先行を」
「承知した」
歩兵本隊は転進。
迂回路を進み、一路ハツキ島政庁を目指した。
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