第268話 地下施設の戦闘

「お待たせいたしましたわ!」


 地下施設第1階層に降り立ったカリラは、迎えに来ていたイスラを見つけると満面の笑みで駆け寄った。

 イスラはそれに笑顔で応えつつも、帝国軍が地下施設内を巡回してるから大声を出すなと釘を刺す。


「ま、ともかく無事で良かった。

 ほら。急いで済ませちまおう」


 イスラが高機動重装機〈エクィテス・トゥルマ〉から補給物資を積み降ろす。

 エネルギーパックにブースター燃料、振動ブレードとパイルバンカー予備弾。

 積載能力の低い〈空風〉は定期的に補給を行わなければ作戦行動を継続できない。

 その点、高速重装機として設計された〈エクィテス・トゥルマ〉は、それなりの機動力を有しながら積載能力も必要十分なので補給には適任だった。


 補給を済ませると2人は第2階層への入り口へと向かう。帝国軍によって第1階層が埋められるより早く、第2階層まで降りてしまわなければならない。


 急ぎ移動しながらも、2人はそれぞれの戦果について確認し合う。


「大物は仕留められたか?」イスラが問う。

「ええ。彷徨いていた中将閣下を」

「予想以上の大物だな。

 何してたんだ、そいつ?」

「さあ。車両移動中ではありましたけれど、何処へ向かっていたかはさっぱり。

 そもそも護衛も少なかったので、良い待遇はされていない方のようでしたわ」

「不遇な奴ってのはどこの集団にも居るもんなんだな」


 イスラは不憫な中将を笑う。そんな彼女へとカリラが尋ねる。


「お姉様の方は何をしていましたの?」

「地下中走り回って爆弾設置。

 北側の基地防壁に西側の重砲陣地。それと中枢区域に余った奴。

 仕掛けられるだけ仕掛けてきた」

「それは大変でしたわね」

「全くだ。

 人使いの荒い中隊長様だよ」


 軽口を言って笑うイスラ。

 だがその表情が一瞬で険しくなり、乗機の〈エクィテス・トゥルマ〉両腕に装備された火砲を射撃可能位置まで移動させる。


「敵機」

「確認しましたわ」


 〈エクィテス・トゥルマ〉に搭載されていた簡易レーダーが敵を捉える。ほぼ同時にカリラが肉眼で後方から迫る敵機を発見した。


「〈エクリプス〉単機。舐められたものですわね」

「同感だ。

 ブレインオーダーが単機で戦況を変えられる時代はもう終わってるってのに」


 臨戦態勢。

 逃げることは考えず迅速撃破を選択。

 〈空風〉はともかく、〈エクィテス・トゥルマ〉は〈エクリプス〉からは逃げ切れない。

 戦闘を避けては通れなかった。


 イスラはアンカースパイクを作動させ、地下通路の地面に杭を射出し急停止。即座に転回し後方へ30ミリ砲を向ける。

 〈エクリプス〉は砲口の動きを見て回避行動を開始。

 流石はブレインオーダーだけあって反応は早い。


 イスラが30ミリ砲を発砲。無いに等しい〈エクリプス〉の装甲に対しては過剰な威力だ。擦っただけでも機体に動作不良を起こせる。


 だが既に敵機は射線から待避を完了している。

 その回避方向へと先回りしていたカリラ。

 振動ブレードを引き抜き、一閃。


 一気に距離を詰めて振るわれた一撃。

 ブレインオーダーは持ち前の反応速度で回避。その回避行動を見てカリラの左腕が跳ね上がる。2本目の振動ブレードによる攻撃。


 切り上げた2撃目が防御のためかざされた〈エクリプス〉左腕装甲を舐める。

 振動ブレードは装甲表面を抉ったが、内側フレームまでは到達せず。


 カリラは追撃を重ね、右腕の振動ブレードを振るう。

 30ミリ砲の指向を終えたイスラも〈エクリプス〉の回避方向を予測し照準を定める。


 いくらブレインオーダーでも、統合軍のデータベースに存在しない機体2機を相手には戦えない。

 それにカリラに至っては反応速度は帝国軍製のブレインオーダーに匹敵し、近接戦闘知識においては大幅に上回る。


 〈エクリプス〉右腕の23ミリ機関砲が火を吹く。

 極至近距離で砲撃を受けたカリラだが、火砲が瞬く瞬間には既に回避行動を終えている。

 機関砲弾を紙一重で避けながら、間合いの奥深くに潜り込み右腕を突き出す。

 振動ブレードの切っ先が23ミリ砲機関部に突き立った。


 敵機は故障した機関砲を装備解除しつつ〈空風〉から距離をとる。

 そこを狙い澄ましてイスラが30ミリ砲を放った。

 必殺の一撃――だったはずが、弾道上に投げ出された23ミリ機関砲に命中。

 軌道が逸れた30ミリ砲弾は〈エクリプス〉右腕装甲を擦った。


 砲弾の衝撃で〈エクリプス〉右腕フレームがねじ曲がる。装甲の隙間から血がしたたり落ちた。

 敵が損傷しているのを見てカリラは迷わず追撃に走る。

 刀身が曲がった右手の振動ブレードを投棄。代わりにセミオートライフルを持つ。


 死角から飛びかかったカリラ。

 敵ブレインオーダーの行動パターンは大体把握できた。次の攻撃で確実に仕留められる。

 

 カリラは攻撃の刹那、ブースターに点火し急加速。左手に持つ振動ブレードを振り下ろす。

 ブレードの切っ先が浅く〈エクリプス〉装甲を抉った。

 更に攻撃の反動そのままに右腕を突き出す。


 セミオートライフルの銃口を敵機頭部に叩き付けようとするが、〈エクリプス〉はアンカースパイクを作動。

 急減速、から即解除。機動ホイールによって横滑りしながら、左手に持った個人防衛火器を乱射してくる。


 小口径高速弾。威力は低いがそれでも〈空風〉にとっては脅威だ。

 カリラの脳内に書き込まれた戦闘知識が最適な回避行動を推定。

 ブースター出力を調整して空中制動をかけ攻撃をいなす。2発命中弾を受けるがフレームで弾いた。


 〈エクリプス〉の攻撃を止めさせるためイスラが後方から30ミリ砲を放つが、敵機は怪我を感じさせない動きでその全てを見切り、避けきる。


 カリラはイスラへと近距離通信を繋ぐ。


「行動パターンが変化しています。

 このブレインオーダー、学習していますわ」

「そのようだ。

 どうする?」


 イスラの問いにカリラは即答した。


「ここで始末すべきですわ。

 それも猶予を与えず迅速に。

 一瞬動きを止めますからそちらで仕留めて下さいまし」

「おうよ。任せとけ」


 間合いをとろうとする〈エクリプス〉。

 カリラは躊躇無く邁進し、一気に距離を詰めた。


 戦闘が長引けば長引くほど向こうは戦闘知識を深める。

 生半可な傷では、ブレインオーダーの動きには影響しない。

 だとすれば、学習する機会も与えず、一撃で仕留めるべきだ。


 〈エクリプス〉が個人防衛火器で弾幕形成し〈空風〉接近を牽制。

 先ほどよりも精度の上がった射撃。

 だがカリラも敵の動きを見て行動を修正。

 セミオートライフルの代わりに右手にハンドアクスを持ち、銃弾を弾いて前進。

 至近まで迫ると、個人防衛火器の攻撃を振動ブレードで両断して突撃する。


 カリラがハンドアクスを振り下ろす。

 攻撃を敵は〈エクリプス〉の右腕で受け止めた。

 ハンドアクスの一撃が右腕基礎フレームに突き立つ。フレームの変形は骨まで加害しているはずだが敵は力を緩めない。


 カリラはハンドアクスから手を離すとそのまま右拳を突き出した。

 後退していたパイルバンカーが射出可能位置まで前進。すでにエネルギーチャージ済み。

 ブレインオーダーに考える時間を与えること無く物理トリガーを引ききる。


 電磁レールで加速された金属杭が〈エクリプス〉右腕に突き刺さった。

 敵は咄嗟の判断で右腕パーツをパージ。同時に右腕を肩からねじ切って切り離しパイルバンカーの衝撃を逃がす。


 カリラは止まらない。

 速度をそのままに〈エクリプス〉へと飛びつき、個人防衛火器を持つ左手を押さえる。


「お姉様今です!」


 敵機ともつれ合い動きを止めるカリラ。

 イスラは30ミリ砲を指向させ注視点をズームさせる。

 〈エクリプス〉の動きを止めようとするカリラに、〈空風〉を振り払おうとするブレインオーダー。

 2機とも人間の動きを越えた反応速度で暴れまわり、一時も収まることはない。


 イスラは目を細めて2人の動きを注視。間違ってもカリラを撃ってはならない。

 だがあまり猶予はない。

 速度のみを追求した〈空風〉はあらゆる機体に対して力比べでは勝てない。


 イスラは左手で30ミリ砲を支えて安定させると、意を決して仮想トリガーを引ききった。


 撃ち出された徹甲弾。

 その砲弾は、カリラの腕の外側僅か2センチの位置をくぐり抜け、〈エクリプス〉正面装甲を貫いた。


 カリラは敵から伝わってきた砲弾の衝撃をいなしながら後ろに飛び退く。

 着地するとセミオートライフルを手にして、敵の完全な死亡を確認した。


「流石はお姉様ですわ」


 称美の声を受けて、イスラは悦に浸って機関砲の砲口を掲げてみせる。


「当然よ。

 あたしにとっちゃこの程度の射撃なんてことないぜ」

「ええ。一分の隙も無い完璧な射撃でしたわ!」

「そうだろうそうだろう。

 にしても、学習するブレインオーダーは厄介だな。

 下に降りたらタマちゃんに報告してやらないと」

「そうですわね。

 初撃で仕留めるのが最も容易な解決法なのでしょうけれど」


 1対1だったら仕留め切れただろうかとカリラは思案する。

 近接攻撃特化の〈空風〉とカリラの戦闘データは、ブレインオーダーの初期学習データには存在しないはずだ。

 恐らく最初から全力で殺しに行けば勝負は付くはずだ。

 だが初撃で仕留められなかった場合は――。


 表情を曇らせたカリラへと、イスラが楽天的に声をかける。


「問題ないさ。

 2人でかかれば大した相手じゃない。

 それに、フィー様や名誉隊長殿と合流すりゃ怖い物知らずさ」


 その言葉にカリラも表情を明るくした。


「お姉様の言う通りですわ。

 そのためにも早く合流地点へ向かいませんと」

「そういうこった。

 急ごうぜ」


 撃破したブレインオーダーに踵を返した2人は、目的地である第2階層への入り口へ向けて足早に移動した。

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