第267話 〈Rudel87G〉空中戦

 リルは市街地内を低空飛行で進んでいた。

 何度も通った道。景観が変わっていても、地図もなく目的地まで移動できた。


 ハツキ島大学の姿が見える。

 すっかり帝国軍によって改装されていたが、中央の講義棟は面影を残していた。


 標的を確認。

 講義棟の後方にそびえ立つ電波塔。

 帝国軍に接収されたそれは、今は通信中継拠点として用いられている。

 アンテナさえ壊してしまえばリルの仕事は一段落だ。


 大学敷地内に入ると高度を上げる。

 開けた講義棟前の広場には立体障害が並べられていて、その背後に隠れた敵機から攻撃を受ける。

 軽対空機〈ZR-13〉が主体の防衛部隊。機銃弾は無視して、撃ち出されるマイクロロケットにだけ注意して飛行。


 敵の重装機部隊が攻撃準備を始めている。

 立体障害の背後に隠れた重装機は、いくら37ミリ砲でも確実撃破は難しい。

 やるべきことだけ終わらせて、さっさと撤退するべきだ。


 強引に高度を上げる。

 機体の重い〈Rudel87G〉の上昇力は絶望的だ。急上昇による失速が起きたが、とりあえず通信アンテナまでの射線確保。

 目を細めてアンテナを目視確認。脆そうな部分へと両腰の37ミリ砲を指向させ、失速による降下が始まる直前に発砲。


 射撃の反動はコアユニットに接続されたカリラ作の新型ユニットによって緩和されるものの、それでも37ミリ砲は飛行可能機体に積むには強力すぎる火砲だ。

 反動による失速が急上昇の失速と重なり、機体が急降下を開始。


 普通の機体なら操縦不能に陥ってもおかしくないが、そこは飛行攻撃機〈Rudel87G〉。

 元々急降下を行えるよう設計された機体は落下姿勢を保ち、加速しながら地面へ向けてダイブ。

 速力が十分回復したところでダイブブレーキを展開。姿勢を起こし、地面すれすれで飛行状態に戻す。


 37ミリ砲による攻撃も成功。通信アンテナ破壊。修理されるだろうが、とりあえず数時間だけでも動かなければそれでいい。

 

 リルはその場から撤退を開始した。

 仕事は終わったので、後は敵の追撃を振り切ってツバキ小隊と合流するだけ。


 前方敵機。〈ジャスト・ヴェラ〉で構成された分隊。

 珍しい機体だ。機体に保存されたデータから機体情報を確認。

 デュノ社製造の第4世代中装機。背中に対空レーダーを装備しているので、恐らく対空機に改修されている。


 機銃弾を防ぐための装甲しか持たない〈Rudel87G〉にとっては、機関砲装備の対空機体は天敵だ。

 進路変更。ブースターを炊いて加速し、レーダー錯乱のため金属塗布された粉塵をばら撒く。


 重い機体だが加速してしまえば地上機体は引き離せる。

 十分加速したところで住宅地へ入る。狭い路地の中で最高速度に到達。

 リルにとってこの辺りは庭みたいなものだ。小回りがきかない機体でも速度を落とすことなく飛行できる。


 地下施設への入り口までの経路を確認。

 ナツコとフィーリュシカが暴れてくれたおかげでこの辺りは敵が少ない。

 辿り着いてしまえば地下へ降りるのは容易だろう。


 ――敵機。


 リルは敵影を発見すると同時に機体を左へと振った。

 防御装甲で住宅の壁をこすり、壁を蹴って進路を強引に変える。後方からの機銃攻撃が飛行翼を掠めた。


 煙幕展開。視界が途切れる寸前に、メインディスプレイに表示された後方視界の情報を確認。

 斜め上後方に飛行偵察機〈MV8R〉4機。

 競技用途向けの機体を前線運用できるよう改修している。装備構成から見て、偵察目的ではなく、敵の飛行偵察機を潰すための部隊だ。


 煙幕展開を継続。高度を稼ぎつつ、住宅密度の低い地域へと進路をとる。

 狭い路地は身を隠すのには適しているが、〈Rudel87G〉が戦闘するには適さない。

 身動きがとれなくなれば上から機銃掃射を受けてお終いだ。

 防御装甲は下方からの攻撃には滅法強いが、上方からの攻撃に対してはそれほどでもない。

 他の飛行偵察機に比べれば幾分か丈夫とは言え、7.7ミリ機銃で飛行翼をもぎ取られかねない。


 煙幕を使い切った。

 だが高度は十分に稼げたし、低密度住宅地域は目の前だ。

 速度も十分。見逃してくれるならそのまま待避。追ってくるのなら迎撃。


 リルは後方映像を確認。

 先ほどよりも高度を上げて〈MV8R〉が編隊を組んで飛行していた。敵機は空中で間隔を保ちながら攻撃体勢をとる。

 対飛行偵察機分隊としてそれなりの訓練は積んでいるらしい。


 仕掛けてくるならば仕方が無い。

 37ミリ砲の安全装置を解除。


 敵機からの機銃掃射。片目で後方映像を。片目で前方情報を確認し、機体を左右に振って攻撃を避ける。

 敵の1機が狙撃銃を構える。12.7ミリ。背中の装甲は抜かれかねない。


 後方映像を注視し銃口の向きを確認。発砲確認と同時に機体を大きく左に振った。

 そのまま急降下をかける。


 高度を速度へと変換。

 加速し急降下する〈Rudel87G〉に着いてこられる飛行偵察機は存在しない。

 ダイブブレーキの展開をギリギリまで待つ。


 一度高度を下げてしまえば敵は再上昇を待ってはくれない。

 次の一撃で可能な限り敵戦力を削りきらなければならない。


 速度は大幅優位。追ってこないのならば逃げ切れるが、案の定敵機も急降下をかけている。

 だが地面が迫っても減速しないリルを見て敵機が急降下を中断。高度を維持しつつの追尾に切り替える。


 それを確認してリルはダイブブレーキを展開。

 急減速のGに機体は耐えるように設計されている。搭乗者については保証されてないが、リルは歯を食いしばって意識を保つ。


 地面すれすれで機体をロール反転。常軌を逸した飛行軌道に機体が高負荷を訴えるが無視。

 背面飛行で37ミリ砲の砲口を無理矢理上方へ向けた。

 安全装置が無理な姿勢での砲撃に対して警告。やはりこれも無視。

 安全装置を取り払って強引に反動抑制機構を起動。

 カリラによって後付けされたそのユニットも高負荷を理由に警告を吐くが、直接コマンドを打ち込んで実行させる。


 >DDI 古典力学改変 : 抑制


 物理法則が部分的に改変され、37ミリ砲の反動を実際よりもずっと小さく扱う。

 撃ち出された砲弾は空中で進路変更中だった敵編隊へ向かい、設定された時限信管によって至近で爆発。

 強力な37ミリ榴弾の爆発が敵機4機とも巻き込んだ。


 損害確認をしたかったが、それより先に体勢を立て直さなければまずい。

 リルは機体をロールさせ姿勢を水平に戻すと地を蹴って飛び上がる。残っていたブースターを使い切ってなんとか離陸速度を獲得。

 ゆっくりと飛行状態を取り戻した。


 今度こそ敵の損害確認――の前にけたたましく響く自機の損害報告を黙らせる。

 ――世界面変換機構損害発生。物理パラメータ取得に失敗。再起動不能。


 何か嫌なメッセージが見えたがとりあえず後回し。

 後方確認。敵機の損害を確かめる。


 飛行翼を穿たれた2機が落下している。損害状況から見てどちらも復帰は絶望的。

 地面に落ちるか、搭乗者だけパラシュート降下するか。どちらにしろ戦闘継続は不可能。


 残り2機も無傷では無さそうだ。飛行しながら機体パーツをいくつか投棄している。

 それでも飛行し、2機編隊のまま追尾してくる。

 継戦するつもりだ。


 舌打ちしながら操縦に意識を戻す。

 コアユニットの出力を最大にして加速を続ける。しかし重い機体は一度速度を失うとなかなか加速してくれない。

 速度、高度共に敵機有利。


 このまま地面近くを飛んでいても的になるだけだ。

 地上に降りて戦う選択肢もあるが、ブースター燃料を使い切ってしまった今、一度着陸してしまえば再飛行には長大な地上滑走距離が必要になる。

 敵地においてそんな悠長なことをしている余裕はないだろう。


 だとすれば飛行状態のまま敵機を倒すしかない。それも援軍が到着する前に迅速に。

 損害評価を終えたのか、後方から迫る敵機が急加速開始。

 加速性能が違いすぎる。あっという間に追いつかれた。


 真上からの機銃攻撃。

 威力の低い7.7ミリ機銃。それでも飛行翼と背面装甲には有効だし、手数が多い。

 頭を上げないように、地表付近で機体を左右に振って回避。

 距離が詰められている。回避するにも限度がある。


 神経を研ぎ澄まし、自身の機体情報。前方視界。後方映像を確認。

 敵機の装備する7.7ミリ機銃はドラム型弾倉。装弾数は50発だったはず。

 撃ち込まれた弾数を数えるが、向こうだって自分の残弾くらい管理している。

 1,2発ずつ撃って逃げ道を塞ぎながら、命中弾を出せる距離まで詰めてくる。


 一か八か。37ミリ砲に装填。適当な建物に撃って壁に穴を開けて――


 呼び出した反動抑制機構がエラーを吐く。

 ――世界面変換機構損傷。再起動不能。


 そう言えば損害報告を後回しにしていた。


「クソッ! 警告無視したくらいで何で壊れるのよ!」


 悪態をつきながら、こうなっては荷物でしかない37ミリ砲を投棄しようとする。

 が、それを中断。

 確かに反動抑制機構は壊れている。

 だが37ミリ砲が壊れたわけではない。


 耐えられるか?

 機体は無理。

 自分は?

 多分いける。


 これまで散々飛んできた経験から判断。

 狙撃銃を右手で構え、覚悟を決めると歯を食いしばって37ミリ砲の仮想トリガーを叩く。


 砲撃。

 殺しきれなかった反動が機体を、そしてリルを襲う。

 真っ正面から鈍器でぶん殴られたような衝撃。

 衝撃を受けた機体は37ミリ砲を強制脱離させ、空中で前方に半回転。


 飛びそうになる意識を無理矢理現実世界に押しとどめ、暗転寸前の視界の中で目を凝らす。暗闇に包まれかけた視界で敵機の発砲炎が瞬く。


 見つけた。


 限界を超えた荷重の中、言うことを聞かない腕部パーツをなんとか動かして狙撃銃の照準を定める。

 セミオートで2発発砲。

 命中確認をしている余裕はない。とりあえず撃った。


 口の中を噛んで意識を保ちつつ、機体姿勢をとにかく修正する。

 機体が重くて助かった。

 軽い機体だったら反転した段階で過負荷に耐えられずバラバラになっている。


 何とか姿勢を戻す。速度低下のため地面に落下。ギリギリで間に合った。防御装甲から落ちる。

 地面をこすり反動で浮き上がる。

 飛行翼動作を確認。大丈夫、動いてる。

 コアユニット出力制限を一時的に解除。熱暴走を起こすまで限界出力維持。

 速度を取り戻し、飛行翼が揚力を捉えると、〈Rudel87G〉は超低速のまま飛行状態へ入った。


「何とかなった――」


 一息つきかけたがまだ終わっていない。

 敵機はどうなった?


「敵は――当たってるわね。当然よ」


 追いかけてきていた〈MV8R〉は、2機とも墜落し煙を上げていた。

 ようやっと一息ついたリルは、コアユニット出力制限を戻して恒常出力でゆったりと加速しつつ路地の中を進んだ。


 先ほど打った腹部から、腰にかけてじんわりと嫌な痛みが走っている。

 多分、37ミリ砲の反動を受けた腰骨がどうにかなってる。

 リルは血の混じったツバを吐き捨てると独り悪態をついた。


「よくも警告無視如きで壊れる欠陥品積んでくれたわね。

 あのクソ整備士覚えてなさいよ」


 追っ手を振り切ったリルは、そのまま路地内を飛行し地下施設への入り口まで到達した。

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