第266話 新型ブレインオーダー
基地防壁の崩壊に巻き込まれて地下空間へと自由落下したナツコ。
スラスターで空中制動をかけて降り注ぐ瓦礫の雨を掻い潜り、防壁を支えていた地下構造物の合間を縫って更に下へ。
ワイヤーを射出。移動方向を調整し下方へグレネード投射。爆発によって形成された僅かな隙間をくぐり抜けて、旧枢軸軍地下施設の第1階層へ。
隙間はナツコがくぐり抜けた直後、降り注いだ瓦礫によって塞がれた。
基地防壁崩壊の衝撃を受けて地下施設も大きく揺れ天井から土埃が落ちる。
それでも施設は耐えきった。
安全確認を終えたナツコは即座に移動開始。
機銃を向けられている。誤解を解くために声を上げる。
「私です!」
その声に、角の向こうで臨戦態勢をとっていたタマキとサネルマは警戒を解いた。
ナツコは機動ホイールを走らせ、タマキ達と合流する。
「早いですね」
タマキが予定よりもずっと早いナツコの到着に率直に感想を述べた。
作戦としては、ナツコが地上で敵からの注目を集め、その間にタマキ達が第3防壁直下の地下構造物に爆薬を設置。
爆破地点周辺まで十分に敵を集めたところで起爆し、基地防壁の崩壊によって敵が混乱したところでナツコが地下施設まで降り立つ予定だった。
予定通りと言えばその通りだが、いくら何でもナツコの到着が早すぎる。
基地防壁が崩壊し、その後帝国軍の監視の目を掻い潜って地下施設に降り立つ通路を移動。ここまで到着するのには少なからず時間を要するはずだ。
だがナツコはけろりとして答える。
「はい! 瓦礫と一緒に落ちてきました」
「なるほど。大変結構」
タマキはナツコの異様な能力について理解しようとするのを放棄していた。
使える能力ならば使うだけだ。
その原理がどうなっているとか、そういうのは興味がある人間が勝手に調べれば良い。少なくともタマキには詳細についてさして興味も無かった。
「弾薬とエネルギーパックの補充を」
「はい!」
警戒に当たっていたトーコが合流する。
直ぐに〈ヴァーチューソ〉に積まれていたリボルバーカノンの専用弾薬とエネルギーパック、そして冷却材が積み降ろされる。
「敵は上手く集められた?」
積み込みを手伝おうとコクピットから降り立ったトーコが尋ねる。
それにナツコは大きく頷いた。
「一応、私なりに出来る限り尽くしました」
「そう。顔、赤くない?」
戦果についてはそれほど気にもしていなかったトーコだが、ヘルメットの透明ディスプレイ越しに見えるナツコの顔色を見て目を細める。
無理矢理ディスプレイを上げさせると、額に手を当てる。
「熱っ! 何これ、人間の体温じゃないよ」
「ちょっと頭を使いすぎただけです。冷やせば大丈夫ですよ!」
「そんな。機械じゃないんだから」
尋常ではない発熱。
だがナツコは全く問題ないとばかりに、冷却材を頭に押し付けて「これで大丈夫」とのたまう。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫ですよ! 頭を使ったら熱がでるものなんです。トーコさんは心配性ですね」
「ナツコに言われたくない」
再度トーコは額に手を当てる。
皮膚に張り付いていた冷却材は冷たかったが、それも急速に温まっていく。
正確な温度を確かめたいが、トーコの装備する〈R3〉は装甲騎兵への搭乗を補助するための汎用機。サーモグラフィーを装備していない。
タマキへ相談するべきだと視線をそちらに向けるが、ナツコが不穏な空気を察して声を上げる。
「全然大丈夫ですよ」
「だからそれを確認したいの」
「必要無いですって。冷やせば元通りです」
「私が少し熱出しただけで大騒ぎしたくせに」
「トーコさんは拡張脳とか言う危ないモノを使ってたので心配されて当然です」
トーコは怪訝な目でナツコの瞳をじっと見つめる。
確かに拡張脳は危ない代物だった。
普通の人間の脳が耐えきれないくらいの情報量を叩き込んでくる、極めてリスクの高い思考補助装置。
だがトーコには、それと同じくらいナツコ自身が高リスクなのではないかという疑念が拭えない。
ついこの間までろくに突撃機も操縦できなかったはずなのに、今となっては単機で敵陣のど真ん中に姿を現して、無事に生還――ばかりか、機体には多数の弾痕が残るものの1つとして貫通したものはない。
トーコが拡張脳を搭載した〈音止〉を操縦したとしても、ここまで上手くやれる自信は無かった。
だからこそ、何か危ないことをしているのではないかという不安が押し寄せる。
「本当に大丈夫なの?」
「本当です!」
ナツコは意固地になってそう主張する。
トーコは真っ直ぐにナツコの顔を見据える。しばらく見つめていると、観念したのかナツコが口を割った。
「ちょっと、熱が出すぎたのは認めます。誤差逆伝播が思いのほか計算不可が高くて……。
でも最初だけです。もうこんなことは起こらないです。約束出来ます」
「本当?」
疑うように見つめるトーコ。
その視線からナツコは目を逸らさず「本当です」と主張した。
相談すべき案件であることは間違いない。
だけどナツコにはっきりと言い切られて、トーコにはそれ以上追求できなかった。
「約束ね」
「はい。約束です」
トーコはため息交じりに頷いて、ナツコの背後へとまわるとコアユニットに装備された冷却塔へ冷却材を満タンまでつぎ込んだ。
「では移動しましょう」
全ての準備が整うのを見て、タマキが声をかけた。
トーコが〈ヴァーチューソ〉に乗り込み先行。それに続いて爆薬の輸送を担当していたテレーズの部隊が進み、タマキとサネルマ、最後尾にナツコがつく。
第1階層に爆音が響く。
タマキが指揮官端末を確認。第1階層に配置していた索敵ユニットが反応を示していた。
「帝国軍が地下施設を埋め始めてますね。
急ぎましょう」
断続的に爆音と振動が続く。
ツバキ中隊が地下施設を使って移動しているのは帝国軍も把握している。
その経路を潰しに来た。
警戒レベルを上げながらも、急ぎ地上を目指して進んでいく。
「後方敵機」
移動中、ナツコが敵機を感知し声を上げる。
既に砲撃が放たれている。
23ミリ機関砲弾。ナツコを狙っているが、同時にタマキへも射線が通っている。
回避は出来ない。
ナツコは弾道と運動エネルギーを算出。
DCSと装甲で弾けば問題無し。
機関砲弾を右腕装甲に浅く擦らせて同時にDCSコマンドを叩く。
>DCS 運動制御 : 反射
装甲に命中した砲弾。瞬間、外向きの運動エネルギーが生成され、その軌道を無理矢理逸らした。
衝撃を流すために後方へ跳躍し、敵機を睨む。
〈エクリプス〉――ブレインオーダー専用機。
「ツバキ6、損害報告を」
「装甲で弾きました。問題ありません。
ここは私が対応します」
「任せます。
次の作戦地点で合流を」
「はい! 分かりました!」
タマキはこの場をナツコへと任せた。
まだタマキ達にはやるべきことがある。それに、ナツコならブレインオーダー単機相手なら対応出来る。
タマキ達が移動していく。
ナツコはその場に残り、敵機にリボルバーカノンの砲口を向けて牽制。
〈エクリプス〉単機。
先ほどの射撃精度から見てブレインオーダーで間違いない。
補充を受けたばかりなので、武装もエネルギーパックも冷却材も十分。
早く処理してしまえば直ぐにタマキに追いつける。
ナツコは特異脳を左脳側だけ起動。
時間の流れが緩やかになっていく。
敵機の行動を観測。機体の動きを数式で表現すると、違和感に気付く。
――行動パターンがこれまでと違う?
先ほども新しい行動パターンのブレインオーダーが存在した。
帝国軍は複数のパターンの学習データを使ってブレインオーダーを作り始めたのだろうか?
敵機の23ミリ機関砲が指向。
その砲口から逃れるように回避軌道を策定。同時に攻撃方法を思考。複数の攻撃パターンを脳内でシミュレーション。
敵機から23ミリ機関砲の攻撃。制限点射で3発きり。
狙いは極めて正確だ。だがナツコは発射される前に回避行動を始めている。
実際の弾道から回避パターンを微修正。全弾回避可能。
回避成功が確定すると攻撃に移る。
先ほどのシミュレーション結果から、最も有効であろう選択肢を実行に移す。
リボルバーカノンを指向させ狙いを定める。
3点制限点射。全て回避されるパターンが存在しないように調整し、仮想トリガーを引ききる。
リボルバーが半周し、強力な25ミリ専用弾が撃ち出される。
相対距離80メートル。
これで終わり――
だったはずが、ナツコが発砲するより先に攻撃パターンを予測した敵機が回避行動を始めている。
3発放たれた砲弾は、2発を回避され、最後の1発が左腕を掠めた。
命中した砲弾は〈エクリプス〉の左腕フレームを抉り、肘より先に動作不良を発生させる。
肉体にも軽くない損傷が発生したはず。だが、戦闘するために製造されたブレインオーダーは、肉体の損傷など気にすることもなく戦闘を継続した。
撃ち出される対歩兵マイクロミサイル。
同時に23ミリ砲が狙いを定める。砲の動きはさっきより正確に、ナツコの回避先を読んで指向されている。
――まずい。
ナツコは慌てて頭の奥で撃鉄を落とした。
休ませていた右側の特異脳が叩き起こされ、急速に認識能力を上昇させる。
全ての物質が静止したようにその場で固定され、世界が灰色に染まる。
得られた認識能力で周辺を走査。あらゆる物質の未来位置を予測。
同時に敵機の行動予測。
マイクロミサイルは全弾投射している。残りの武装は23ミリ機関砲と、個人防衛火器、それに近接戦闘武器のみ。
まずは攻撃を回避しなければいけない。
計算完了したマイクロミサイルの軌道から迎撃パターンを算出。
それから23ミリ機関砲の攻撃パターンを予測し、回避ルートを策定。
全能力を回避に費やして行動を開始。
リボルバーカノンの砲撃がマイクロミサイルを蹴散らす。
短く切るように放たれた23ミリ機関砲弾を回避、あるいは装甲で弾いていく。
だが次第に行動予測と敵機の実際の行動がズレていく。
23ミリ砲の照準はナツコの回避先を潰すように指向し、その精度が段々と上がっていく。
――学習してる。
ナツコは敵の動きからそう確信した。
ブレインオーダーは遺伝子操作によって戦闘に最適化した肉体を与えられ、更にその能力を活かせるように脳にあらかじめ戦闘知識を書き込まれる。
それだけでも一般兵にとっては脅威だったが、書き込まれた戦闘知識を明らかにしてしまえば、そこから外れる行動をとることで対応可能だった。
だが目の前のブレインオーダーは違う。
ナツコとの戦闘行動の間にも、その動きを学習し、戦闘知識を更新している。
――後天的に学習可能なブレインオーダー。
書き込まれた戦闘知識が変わるのでは、統合軍側のこれまでの対応策が意味を為さない。
間合いを保ちながら攻撃を仕掛けてくる敵機。
射撃精度は上がっていくが、相手が学習すると分かれば対応もとれる。
予測していた敵機の行動パターンを、現在の行動に合わせて更新。
敵の攻撃は演算リソースを割いて、砲口の指向と砲弾の弾道を計算し尽くしてしまえば問題無く回避出来る。
〈エクリプス〉の機体特性から、絶対に命中弾を出せないように回避軌道をとる。
同時にこちらからの攻撃を成功させるよう演算開始。
既にナツコの行動の多くを学習されてしまっている。
特異脳を使って導き出した〈R3〉に最適化された運動。そして対〈エクリプス〉戦における運動パターン。
これを学習したブレインオーダーを生きて帰すわけには行かない。
この場で確実に始末しなければならない。
3点制限点射でリボルバーカノンを放つ。
敵機の行動は先ほどよりも早い。砲口が瞬くより先に回避行動を開始し、砲弾が撃ち出されると機体を無理矢理横滑りさせる。
高い機動力を有する〈エクリプス〉は、ナツコの攻撃を全て回避した。
先ほどよりもこちらの攻撃に対する回避行動が最適化されている。
だが全て回避されるのもナツコの予測通り。
最初の攻撃と今の攻撃。それに対する回避行動の差から、ブレインオーダーが攻撃回避に対してどのような学習パターンを持つのかを予測。
ブレインオーダーの学習モデルを脳内で構築し、次の攻撃に対して行われる、学習前の行動と学習後の行動を予測。
予測データを元に攻撃パターンを修正。
DCSの起動準備。敵の攻撃を掻い潜りながら、ナツコは攻撃に転じた。
>DSC 運動制御 : 抑制
生成された運動エネルギーがリボルバーカノンの反動を打ち消す。
安全装置を解除され連射速度を増したリボルバーカノンは、6発の砲弾を瞬く間に撃ち出した。
機動ホイールを空転させて回避行動をとる〈エクリプス〉。
最初の3発を躱されたが、次の3発は学習後の行動すら予測して放たれている。
それすらブレインオーダーは持ち前の反応速度で回避しようとするが、既に全弾回避は不可能な状況に陥っていた。
身を捻り、スラスターを噴射し、機関砲を放ち反動で移動。
それでも回避しきれなかった砲弾が23ミリ機関砲を貫き強制脱離させる。
更にもう1発が右腕を貫く。強力な25ミリ砲弾は〈エクリプス〉の薄い装甲を突き破り、右腕ごと切り飛ばした。
攻撃の衝撃で倒れる〈エクリプス〉。
右腕を完全に失い、左腕も肘に大きなダメージを負っている。。
それでも戦うために製造されたブレインオーダーは、床を這いながら、ボロボロの左手で個人防衛火器を手に取ろうとする。
その痛々しい姿にナツコは攻撃をためらいそうになった。
でも、このブレインオーダーを生かしておくわけにはいかなかった。
戦闘データを帝国軍に収集されたら、次は自分がやられるかも知れない。
ナツコは敵機に歩み寄ると、リボルバーカノンを待機位置まで後退させて、左手で拳銃を抜いた。
「ごめんなさい。
あなたが兵器として作られたとしても人間であることは変わりません。
それでも私は、故郷を取り戻す為に出来ることは全部やるって決めたんです」
許してもらえるとは思っていない。
それでもナツコは拳銃〈アムリ〉のトリガーを引ききった。
短く2発。
1発目が〈エクリプス〉のヘルメットを穿ち、2発目がブレインオーダーの脳天を貫いた。
完全に動かなくなったブレインオーダー。
ナツコは拳銃をホルスターへと納めると、先に進んだタマキ達を追いかけ始めた。
「行かなくっちゃ」
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