第265話 最終基地防壁へ

 金色の“手”が物理法則に干渉。改変された物理法則に従って射出された40ミリ徹甲弾は初速を積み増され、驚異的な貫通力を有したまま帝国軍4脚重装甲騎兵〈アースタイガー〉の側面装甲を撃ち抜く。


 フィーリュシカは即座に次弾装填。

 身を翻し敵機からの機関砲弾を躱しながら次の標的を探す。


 ハツキ島中央市街地北側。第2防壁の内側にある装甲騎兵駐屯地に奇襲を仕掛けたフィーリュシカは、〈ボルモンド〉、〈ハーモニック〉、〈アースタイガー〉からなる混成中隊を殲滅。

 駐留する別の中隊へと標的を変更し戦闘を継続していた。


 装甲のほぼ無い〈Aino-01〉。機銃弾でもまともに当たれば致命傷になりかねない機体だが、フィーリュシカは攻撃の一切を回避・防御する。


 フィーリュシカは人類には認知できない深い次元を認知可能出来た。視線が通らなくとも周囲の空間情報を取得できる。

 その圧倒的な認識能力は、集中すれば装甲騎兵の動きはおろか、その内側。搭乗者の肉体内部、筋繊維の微細な動きすら捉える。


 搭乗者の行動、撃ち出される砲弾の内部構造を解析。

 攻撃の未来予知を算出し、最も効率的に攻撃を回避し反撃に転じる行動経路を策定。実行に移す。


 〈Aino-01〉にはアイノが設計した小型深次元転換炉が搭載されている。

 エネルギー源として用いるのは統合軍や帝国軍が用いるエネルギーパックと変わらない。

 異なるのはそのエネルギー抽出過程。


 通常のコアユニットは深い次元にあるエネルギーを、認知可能な次元の純粋なエネルギーへと変換し、そこから必要に応じて各種エネルギーへと再変換を行う。


 一方深次元転換炉では、深い次元のエネルギーはそのまま同次元へと干渉を行う。

 深い次元でのエネルギー移動が、結果的に通常次元でのエネルギー変化として周囲に影響を与える。

 それは極限までエネルギー損失を少なく、また瞬時に、大量のエネルギーを、通常次元に取り出すことが可能だった。


 更にフィーリュシカの深い次元を認識する能力と、干渉を行う”手”によって、深次元転換炉はその機能を拡張させた。

 ”手”が深い次元に存在するエネルギーを抽出し移動させる。

 それは物理法則に干渉し、同時に大量の運動エネルギーを通常次元に生成する。


 フィーリュシカの至近で爆発した90ミリ榴弾。

 だがその爆発の衝撃は突如生成された空気の壁によって阻まれ、同時に発生した強い指向性を持った運動エネルギーが金属片を弾き飛ばす。

 金属片は装甲騎兵部隊に随伴していた歩兵をなぎ倒した。


 攻撃回避と同時に40ミリ砲を発砲。

 徹甲弾が〈ボルモンド〉の脚部関節を砕き、自重に耐えきれず倒れた機体はその場で動作不能となる。


 ――作戦遂行完了まで360秒。


 周辺情報の再解析を終えたフィーリュシカは、その後も黙々と、押し寄せてくる敵機をなぎ倒し続けた。


          ◇    ◇    ◇


「――敵機っ」


 通信機に向かって叫んでいた帝国軍兵士。その喉笛に振動ブレードが突き立ち、そのまま機体を引き倒される。


「迂闊でしたわ」


 見つかった。カリラは唇を噛んだ。

 見つかることを前提に暴れ回っているナツコやフィーリュシカとは異なり、カリラの役割は潜伏しながら奇襲を繰り返し敵指揮系統を混乱させることだった。


 でもまだ修正可能。

 カリラはそう自分に言い聞かせて、倒れた機体を路地へと隠し、位置情報発信装置を破壊する。


 見つかったとしても対処可能。

 フィーリュシカのような異次元の強さはなくても、カリラにも先天的に脳に書き込まれた戦闘知識がある。

 宇宙最速の高機動機〈空風〉が合わされば、どんな敵からも逃げ切ることは難しくない。


 それに多少のリスクを冒す価値はある。

 カリラはそう信じて疑わなかった。


 現在位置は中央市街地の北東側。

 帝国軍の第2基地防壁の内側で、丁度ナツコとフィーリュシカの暴れ回っている地点の中間にあたった。


 路地を駆け抜け、周辺警戒もろくにせず通りへと出る。


 ――見つけましたわ。


 カリラは舌なめずりして発見した標的を睨む。

 指揮戦闘車両。

 確実に指揮官が乗っている。標的にしては最適だ。


 周辺護衛に付くのは突撃機1分隊に重対空機1分隊。

 〈空風〉の速度なら、突破して指揮戦闘車両を破壊。中に居る指揮官を始末して離脱することなど造作も無い。


 カリラは右腕に装備したパイルバンカーにエネルギーパックを装填。

 敵は突然現れたカリラに対して一瞬遅れながらも攻撃開始。

 だが〈空風〉を前にして、一瞬と言えど判断が遅れたのは致命的だった。


 ブースターで最高速度まで加速した〈空風〉。

 既に至近距離に迫っていたため、重装機は火砲の旋回が追いつかない。

 最新の火器管制を積んだ突撃機でさえも、銃口を向けるのが精一杯で狙いをつける余裕など無かった。


 それでも身体すら使って指揮戦闘車両の盾になろうとする敵機。

 車両へ向けて突っ込んだカリラは、その道を塞ぐ敵へ向けてハンドアクスを投擲。

 地面すれすれを掠めるように投擲されたそれは、敵機ヘルメットの隙間から喉元を突き上げるよう刺さった。


 撃破した敵の後ろを取ると、その機体を蹴り飛ばして背後からの射線を塞ぐ。

 そのまま車両に肉薄し右腕を突き出した。

 エネルギー充塡が完了したパイルバンカーがオゾン臭を放つ。


「失礼しますわ」


 電磁レールで加速された金属杭が撃ち出される。

 金属杭は車両側面に穴を穿つと共に扉のロックを破壊した。扉を引き剥がすと、内側から個人防衛火器の射撃。

 初速の早い小口径高速弾だが、カリラはそれを最小限の動作で躱しつつ車両内部へ突入。


 護衛兵士をライフルのゼロ距離射撃で排除し、最も階級の高そうな人物目がけて邁進。

 狭い車両内での戦いは一瞬で終わった。

 カリラは目当ての人物の喉元に振動ブレードを突き立てた。

 手早く士官用端末を奪いとり、グレネードを置き土産にして後部ハッチを蹴り開け外へ。


 ブースターを使って加速し、進路を塞いだ重対空機のヘルメットへゼロ距離からライフル弾を叩き込むとそのまま逃げ去る。

 あっという間に敵を引き剥がし、狭い路地から下水道へ。


 追っ手がいないことを確かめて奪い取った士官用端末を確認。

 指揮戦闘車両所有。側近を引き連れていたことから、少なくとも大尉以上。


「さて、どのくらいお偉い人かしら――あら」


 さしものカリラも自身の目を疑った。

 手にした端末に刻まれた階級は中将だった。


「何故将官がこんなへんぴな場所を彷徨いていますの?

 しかもあの程度の護衛と中隊用の指揮戦闘車両で」


 トトミ中央大陸を放棄してハツキ島に集結した帝国軍。

 十分な施設を与えられない将官が居ることは予想も出来たが、それでも中将がたった2分隊の護衛を引き連れて指揮戦闘車両に籠もっている状況は信じられない。

 可能性があるとすれば――


「何かやらかして左遷されたお方かしら?

 ま、何はともあれわたくしに発見されたのが運の尽きでしたわね。ヘルムート中将閣下」


 カリラはヘルムートの士官用端末を投棄すると、下水道を進んで地下施設第1階層への入り口を目指した。


          ◇    ◇    ◇


 東部地域の対空砲陣地の無力化を確認。

 待機していたリルは通りに出ると、ブースターを噴出して加速。離陸して建物の屋根と同高度で飛行した。


 東側の敵軍主力は暴れ回っているナツコの方へ釘付けになっている。

 残っているのは防衛部隊と偵察機くらいだ。


 対空砲陣地が無力化した今なら、リルは高精度高射砲を恐れることなく飛び回れる。

 重対空機だけが怖いがそれ以外なら対処可能。

 今後もツバキ中隊が市街地内で好き勝手襲撃を繰り返すためには、何としても敵の目を潰しておかなければならない。


 通りに敵の陣地を発見。

 軽対空機〈ウォーカー4プラス〉と〈P3003〉からなる混成対空分隊を目視。どちらも2戦級機体だ。

 防壁の内側。更に統合軍が攻め寄せる方角とは反対側とあって、余った機体が配備されたのだろう。

 試し撃ちの標的としてはやや不満だが、対空レーダー持ちを潰しておくのは今後の作戦のためにも悪くない。


 敵機による対空攻撃が始まる。

 リルは回避しようともせず真っ直ぐに敵陣地へと進路をとった。

 〈Rudel87G〉は飛行攻撃機として設計された機体だ。防御装甲は機銃弾を物ともせず弾き飛ばす。


 機関砲装備の〈P3003〉を発見。これだけはやや厄介だ。

 リルは機関砲の指向先から進路を逸らしながら、両腰に装備された37ミリ速射砲の照準を定める。

 時限信管をマニュアル設定。機関砲を装備した〈P3003〉頭上に照準を合わせ、両側とも同時に仮想トリガーを叩く。


 撃ち出された榴弾は、防衛陣地の立体障害すれすれを通過し〈P3003〉の直上で炸裂した。

 爆炎が直下に居た〈P3003〉を吹き飛ばし、飛び散った金属片が周囲の機体を巻き込む。

 軽対空機2機を完全撃破。数機の損傷を確認。


 悪くない威力。


 リルは試し打ちの成果に満足して、生き残った敵機へと狙撃銃を向ける。

 機関砲を失った軽対空機集団など、〈Rudel87G〉の前では無力に等しかった。


          ◇    ◇    ◇


 ナツコは帝国軍第3防壁へ向けて邁進を続けていた。

 エネルギーパックを交換し、遂に空になったリボルバーカノンの弾薬庫を予備と取り替える。


 追尾してくる敵機も、待ち構える敵機も増大の一途をたどる。

 正確無比な射撃で撃破は重ねているが、それでも帝国軍の防衛の要である基地防壁。その更に最終防壁へと接近しているのだから、際限なく敵は現れる。


 でもそれはナツコにとって都合の良いことだった。

 敵の数は増えてくれた方が陽動の効果は大きい。


 市街地中枢部を取り囲む第3基地防壁は近くに迫っていた。

 地雷原を最高速度で駆け抜けて、前方の堡塁群から放たれる速射榴弾砲の攻撃をさばく。

 前方から突撃機――〈エクリプス〉。


 攻撃に対する反応速度が圧倒的に早い。

 ブレインオーダーで間違いない。

 だがそれはこれまで戦ってきたブレインオーダーと違った。行動パターンが刷新されている。

 されど結局は統計と確率に基づいた、自分が死ににくく敵を倒しやすい行動をとるだけだ。

 いくら認識速度と反応速度に優れていても、銃弾が見えるわけでも、ナツコの行動を予測できるわけでもない。


 さりとて他の歩兵より厄介な存在であることは間違いない。

 ナツコとしては一気に押し切りたかったのだが、基地防壁の対歩兵砲撃の範囲内に入っている。

 堡塁と基地防壁、周辺に展開された歩兵部隊。更に後方から追いかけてくる歩兵と〈ハーモニック〉による、多方面からの圧倒的物量攻撃。


 ――これは、ちょっと無理かも。


 いくらなんでも攻撃の手が多すぎた。

 回避に手一杯で、攻撃軌道を計算する余裕がない。


 ――どれくらい持つかな?


 不安が頭をよぎる。

 だがためらっていられる状況でもなかった。

 覚悟を決めて、ナツコは〈ヘッダーン5・アサルト〉の機体設定を書き換える。


 全操作をマニュアルに変更。

 全安全装置解除。あらゆる警告を無効化。

 コアユニット冷却塔起動。全力稼働開始。


 機体準備が整った。

 ナツコは頭の奥。異常発達した脳組織によって構成された特異脳へと意識を向けた。

 ここまでの戦闘で使ってきたのは発達が不十分な左脳側のみ。

 ここに来て、遂に右脳側の特異脳を叩き起こした。


 一瞬で覚醒する特異脳。

 左右の特異脳が演算を開始。ナツコの認識能力と演算能力を、限界まで引き上げる。


 飛び交う銃弾も、砂埃の1つ1つも、全ての物が静止した世界。

 不必要な情報が切り捨てられて灰色に迫った世界を観測して、特異脳は計算結果を告げる。


 ――作戦続行可能。


 改造された〈ヘッダーン5・アサルト〉と、両側特異脳を使用した状態での全力戦闘。

 物理的に算出できる機体限界と違い、構造がナツコ自身にも理解不能な特異脳については寿命も限界も分からない。

 この状態をいつまで保持して戦闘継続できるか全く不明だった。


 それでも既に周りを敵機に囲われていて、演算能力を落とした状態では作戦続行困難な状況にある。

 特異脳を使わない選択肢はなかった。


 静止した時間の中で特異脳の神経組織をつなぎ替える。

 右脳は周辺の環境情報取得と、物理演算によるあらゆる物質の未来位置予測。


 左脳は異常発達した脳神経に疎な思考演算クラスターを形成させる。

 薄い関連性を持った脳組織の集合体は、計算精度を犠牲にして、同時に大量の簡単な計算を行うことに特化された。


 それは周辺に展開された敵兵士の行動を予測するようプログラムされた。

 これまで無限乱数として扱っていた敵による思考と行動の、数式による表現を可能とする。


 現時点での予測精度は高いとは言えない。

 だがそれは敵兵士の行動を観測する度に、脳組織の疎な繋がりを修正し学習していく。

 特異脳による莫大な認識能力によって帝国軍兵士の行動パターンを観測。観測情報と予測情報の比較がなされ、予測結果が正しくなるよう脳組織へフィードバックをかける。


 しばらくは攻撃回避と観測に専念。

 灰色に染まった世界で無数の数式が未来を描く。

 それを元に全ての攻撃をやり過ごす。

 その間に観測された敵の行動を学習し、左脳の脳組織が予測精度を指数関数的に上昇させていく。


 長期未来予測正答率、10秒先で95%。


 特異脳の予測精度が十分に高まった。

 右脳による絶対的な短期未来予測。

 左脳による緩い長期未来予測。

 2つが組み合わされて、十数秒先までの敵機の位置、行動予測が数式で表現される。


 ――行きます!


 リボルバーカノンに初弾装填。

 人間的な行動を捨てて、〈R3〉に最適化された行動をとる姿は傍目には機体が暴走しているようにしか見えない。

 だがその行動の結果、あらゆる攻撃を回避し、あらゆる敵機を撃破した。


 適当に撃ったとしか思えないリボルバーカノンの砲撃が、何故か射線上に吸い込まれるよう移動してきた敵機を穿つ。

 先天的に戦闘能力を与えられたブレインオーダーですら、為す術もなく打ち倒されていった。


 〈R3〉を使った戦闘に最適化された2つの特異脳を持つナツコを、帝国軍は止めることが出来なかった。

 周囲には1連隊規模の兵士が集まったにもかかわらず、ただ1つの有効弾も与えられない。

 それでも戦闘を放棄出来ない。

 基地防壁に据えられた対歩兵砲はおろか、戦略砲まで稼働され弾幕を展開。


 ナツコは砲撃を受けても速度を落とすことなく基地防壁を目指し続ける。

 もっと前へ、前へ。数多の堡塁を乗り越え、基地防壁は目前に迫っていた。


『ツバキ1よりツバキ6。聞こえたら応答を』


 タマキからの通信。

 認識速度を引き上げたままだと何を言われているのか理解出来ない。

 受け取った音声情報を解析して脳内で早送り。通信内容を確認。それから返答。


「ツバキ6聞こえました。

 第3防壁到達まで80秒」

『了解。では100秒後に起爆します』

「はい!」


 〈ヘッダーン5・アサルト〉のタイマーを設定。

 100秒後に最適な配置につけるよう行動予測を再計算。

 攻撃を掻い潜りながら基地防壁へと肉薄する。十分近づいてしまえば大型火砲は使えない。


 タイマーが100秒を告げる。

 足下、地下から爆音が轟いた。

 灰色に染まった世界の中で、基地防壁が崩れていく。


 ナツコは周囲に展開された帝国軍もろとも、基地防壁の崩壊に巻き込まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る