第254話 装備更新
ツバキ小隊を乗せたトレーラーはトトミ中央大陸東岸のシオネ港まで辿り着いた。
ハツキ島へと最も近い位置に存在する港であり、元々は民間の港だったものがすっかり軍事用に改修されていた。
惑星トトミからの帝国軍駆逐を目指す統合軍は、帝国軍最後の拠点であるハツキ島を奪還するため、シオネ港にも戦力を集めていた。
攻略本隊は東岸最大の船舶運用能力を持つハイゼ・ミーア基地から出撃することになるが、先遣部隊はシオネ港からの出撃となっていた。
以前来たときはまだ民間港の面影を残していたシオネ港だが、今は完全に軍事港湾化していた。
ツバキ小隊は立ち並ぶ簡易宿舎の一角に身を寄せて、来るハツキ島上陸作戦へ向けて準備を進めた。
第401独立遊撃大隊の専用整備場で、ツバキ小隊所有の機体を整備していく。
特に先日のサンヅキ拠点攻略作戦で大破していたナツコの〈ヘッダーン5・アサルト〉については、替えのコアユニットが調達され、ようやく修理完了となった。
「とりあえず元通りにはなってるはずだ。
動作は問題無さそうか?」
修理の担当となったイスラが見守る中、テスト動作を一通りすませたナツコは頷く。
「はい。問題ありません!
後は改造を頼みたいんですけど――」
「冷却塔増やせって奴か?
一応真面目に設計考えてみたがコアユニット周りの大改造さえしちまえばいけるっちゃいける。
ただパーツも時間も必要になるからタマちゃんの許可出ない限り無理だぜ」
「それでもお願いしたいです」
ナツコの言葉にイスラは顔をしかめながらも、そこまで言うなら仕方ないと了承した。
「ま、駄目元で頼んでみるよ。
こっちで頼んで断られたときは直談判に行ってくれ」
「はい、そうします。
でもタマキ隊長ならきっと分かってくれるはずです!」
「そりゃどうだかな。
ほらこれ、見積もり結果。放熱能力はこんだけありゃ過剰だと思うが、どうだ?」
ナツコは示された整備用端末とにらめっこして、発生する熱量と放熱量から何秒間の全力稼働が可能か計算する。
「もうちょっとだけ改善できれば、全力稼働でも放熱能力が上回るんですよね」
「高いパーツ頼んでみるか?
ちょっと副隊長殿、こっち来て貰って良いか?」
声をかけられたサネルマは、自身の機体整備を放りだして真っ直ぐに2人の元へやってきた。
「お呼びですか!」
「ちょっとナツコちゃんが良いパーツ欲しいそうなんだが、ニューメイズの放熱板とか入手出来そうか?」
問われたサネルマは考えることなく即座に頷いた。
「はい。ハツキ島決戦に必要だと言えば、突撃機1機分くらい直ぐに用意してくれると思いますよ」
「本当ですか! 流石はサネルマさん!」
「いやあ、後輩に頼むだけだからね。
放熱板だけで良いの?」
問われてもナツコには何が必要なのか自分では分からず、イスラの方へ視線を向ける。
イスラは整備用端末を操作して、必要なパーツリストをまとめるとサネルマに示した。
「放熱板と、あと関節パーツも可能なら替えたい。
それ以降のエネルギー循環ケーブルより下は無理にとは言わない。あれば嬉しい程度に考えてくれ」
「結構ありますね。
必須のものだけなら大丈夫だと思います。
他のは交渉次第ということで良いですか?」
確認をとられてナツコは頷いた。
イスラがまとめたパーツリストには全幅の信頼を寄せていたし、サネルマの交渉能力にも疑う余地はない。
ナツコの初代〈ヘッダーン5・アサルト〉を入手したのもサネルマだ。きっと今回も、上手く交渉してくれることだろう。
「はい。それでお願いします!
ありがとうございます、サネルマさん、イスラさん!」
「ツバキ小隊の晴れ舞台だからね。
万全の態勢で挑まないと」
「副隊長殿の仰るとおりさ。
ここまで来たんだ。機体は最高の状態にしないとな」
イスラは豪快に笑うと、リストをサネルマの端末へと送りつけた。
受け取ったサネルマは、早速連絡とってみますと、足早に通信許可を求めてタマキの元へと向かった。
「パーツの換装くらいなら許可は直ぐ出るさ。準備しとくよ。
他はないか?」
問われて、ナツコは思い出したように告げる。
「そうだ!
個人用担架! 新しい機体にしたときついてなかったんです!」
「そりゃ〈ヘッダーン5・アサルト〉の標準装備じゃないからな。
前みたいにバックパックに担架組み込むか? というか本当に必要なのか? 怪我人くらい手で引きづったって構いやしないだろ」
イスラの意見に対してナツコは反論する。
「怪我したイスラさんを運んだのは私の担架でしたよ」
「そりゃそうだが。――ま、いっか。ちょっとばかし余計な仕事が増えることになるが、タマちゃんから押し付けられた倉庫掃除で手を打とう」
「え、掃除ですか? それで良いならやります」
倉庫掃除はタマキから罰として下された仕事だったはずだ。
イスラに仕事を頼んだのはナツコなのだから、そのかわり作業に手を貸すのは当然と言えば当然ではあるのだが、罰を変わってしまったらタマキは怒るのではなかろうか。
不安ではあったが個人用担架の搭載は是非やって欲しい改造だったので、ナツコは引き受けた。
「ナツコちゃんは話が早くて助かる。
じゃ、倉庫の位置と入室キーは送っとくよ。
機体は格納容器に入れて整備用ハンガーの近くにおいといてくれ」
「はい、分かりました。
あ! そうだ! 改造じゃなくて装備の相談なんですけど良いです?」
「聞くだけ聞くよ」
〈R3〉が装備する武装について補給申請書を作ってタマキへ提出しているのはイスラだった。
ナツコは主武装について自分の要望を伝える。
「主武装なんですけど、20ミリ機関砲だと火力が足りなくて。
もっと火力が高くて、でも銃身が短くて、携行弾数が多くて、あ、あと連射速度が早くて、それからDCSで反動抑制しても廃薬不良起こさない武器にしたいんです!」
イスラは半笑いで、そっとナツコの肩――〈ヘッダーン5・アサルト〉の肩へ手を置いた。
それから現実を諭すように告げる。
「いいかい、ナツコちゃん。
世の中なんでも自分の思い通りになるようなものは存在しないんだ。
片方を立てればもう片方が立たない。分かるだろう?」
「そ、それは理解しているつもりなんですけど――やっぱり無理、ですよね?」
流石に要求を盛りすぎたとナツコも自覚はしていた。
火力を上げれば重くなるし携行弾数は減る。
連射速度を上げれば反動が大きくなるし、大きな反動がある前提で動かされている機構をDCSで反動減衰させようものなら薬莢排出に失敗する。
物理法則というのはそうできているのだ。
だがイスラは、ナツコの確認に対してかぶりを振った。
「しかし幸運なことに、今ナツコちゃんが言った条件なら全部同時に満たすことは不可能じゃない」
「本当ですか!? 是非、その装備にして欲しいです!」
ナツコは目をキラキラと輝かせて要求する。
反面イスラはそれから逃れるように視線を逸らして、辟易したように返す。
「しかしなあ……」
「何か、問題があるんです?」
問いに対してイスラはナツコの表情を確かめて、先ほどまで輝いていた瞳が段々と暗くなっていくのを見ると、止むなくうんざりした様子で答える。
「残念ながら、タマちゃんが物凄い嫌がる」
「え、タマキ隊長が、ですか?」
絶望的な表情を浮かべるナツコ。既に改造の件で無理を言う予定なので、ここから装備変更でもごねるのは難しいだろう。ナツコにもその程度の予想は出来た。
だが一変。イスラはそんな雰囲気を豪快に笑って吹き飛ばした。
「ま、何とかなるさ。
イスラ姉さんの交渉能力に任せとけって!」
「はい! お願いします!」
ナツコは瞳に輝きを取り戻すと、明るい表情で元気よく頭を下げた。
イスラは再度機体の装備解除をするよう告げると、自分の機体を見てくるとその場を離れる。
ナツコに見送られるイスラだったが、その表情は明るいとは言い難かった。
◇ ◇ ◇
「お姉様の機体は調整済みです。
もうコアユニット周りの故障に悩まされる心配もないはずですわ」
カリラは自慢げに、改造の完了した〈エクィテス・トゥルマ〉を示す。
その背後。背負った重装機向けコアユニットには、カリラが自作した新型ユニット。3極式世界面変換機構が取り付けられている。
「ご苦労さん。
あたしにはこれがどうやって動いているのかさっぱり分からんが、良くこんなもんを作れたもんだ。
流石は自慢の妹だよ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
賞賛されてカリラは素直に喜んだ。
しかしイスラとしては機構の説明をして欲しかったので、軽く咳払いすると説明を求める。
「で、結局こいつはどういう原理で動いてんだ?」
「基本的には認知できないエネルギーの応用ですわ。
エネルギーが認知できないのはその存在が、我々人類が認知可能な範囲よりずっと深い次元にあるためなのはご存じの通りです。
そのエネルギーを深い次元にある状態のまま動かすことで、深い次元に干渉して物理法則の改変を引き起こすのが、アイノ・テラーやお母様が考えた深次元転換炉の理論ですわ」
「その辺はなんとなく分かる」
先を促されてカリラは応じた。
「こちらの3極式世界面変換機構は、より効率的に物理法則を改変するための機構です。
深次元転換炉が、深い次元から超出力のエネルギーを取り出すことに特化しているのに対して、こちらは安定して長期間物理法則を改変し続けることに特化していますの。
物理法則改変に際して最も厄介な問題となるのはその物理法則自身ですわ。
少しでも改変されると、物理法則自体が元の法則に戻そうと強く干渉してきますの。
わたくしが考えたこの機構では、物理法則改変・干渉阻止・改変維持の3つの異なる動作を連続的に行うことで、効率よく連続的に物理法則を改変可能になっているのですわ」
説明されたイスラは「ふむ」と相づちを打って告げる。
結局原理は分からなかったが、結果としてどういった効果を得られるのかという点については納得出来た。
「なるほど。
つまり深い次元に干渉し続けて、〈エクィテス・トゥルマ〉が故障しないように物理法則を書き換え続けるって訳か」
「ええ。
この機体の故障率の高さは、大質量の物体を高速で動かす行為によるところが大きいですから、質量を通常よりも小さく扱い、速度に対する応力を抑えるよう物理法則を改変させていますわ。
逆に言えばそれ以外の改変については設定変更が必要ですわ。同時に複数の改変を起こす場合は、機構を積み増さなければなりませんの」
「いや、故障率さえ下がれば大丈夫。
こいつは宇宙最速の重装機だ。何も問題はないさ」
「ええ! それにお姉様が操縦するのですから、向かうところ敵はありませんわ!」
それだけは間違いないと、カリラは薄い胸を張って自分のことのように誇らしげにそう宣言した。
そんなカリラの背後に、小さな人影が忍び寄り、その肩を叩く。
「なんですの?」
折角イスラと話していたのに邪魔されて、カリラは嫌悪感をむき出しにして振り向く。
振り向いた先にあったリルの顔も、決して友好的とは言えない表情をしていたのだが、彼女にとってそれは普通の顔のつもりで、特段怒っているつもりはない。
それでも無愛想な態度で、整備用ハンガーに掛かる〈エクィテス・トゥルマ〉を指さすと問いかける。
「あの機構、あたしの機体にも積めないの?
主砲の反動抑制して欲しいんだけど」
「おバカなことを言わないでくださいまし。
お生憎様予備はありませんし、あったとしても〈空風〉が宇宙最速の更にその先の速度を獲得するために使いましてよ」
「あれ以上あのバカ機体速くしてどうすんのよ」
「どうもこうも、宇宙最速の機体は1機であるべきですわ」
リルはカリラの言葉をバカバカしいと一蹴するが、カリラにとってそれは大真面目な意見であった。
既に〈空風〉に新型ユニットを装備させ、更に大改造を施すことで本当の意味で”宇宙最速の機体”――すなわち、製造された〈空風〉13機の中で最も高速な機体を実現させる設計図も完成していた。
「本当に無理なの?」
目を釣り上げたリルが詰問するが、カリラは平然と「無理なものは無理ですわ」と突っぱねる。
だが傍らでその会話を聞いていたイスラが、珍しくリルへと助け船を出した。
「親父のとこで量産するんだろ?
それの結果によっちゃ、数も確保出来るんじゃないか?」
「それは――そうですけど、あくまでこの機構は連続的に動作するものですから、瞬間的な変換には向きませんわ。
むしろそういう用途でしたらDCSのような機構で――作ればいけそうですわね。そうですわ。以前の試作機の残骸を修理すればあるいは……」
「やってよ」
1人で悩み始めたカリラへと、リルは容赦なく要求する。
それにはカリラもそばかすの浮いた顔を歪めて、勝手なことを言うなとつっぱねた。
「でも出来そうなんだろう?」
「今の段階ではなんとも言えませんわ」
しかし一転、イスラから話しかけられると機嫌良く返す。
「そもそも試作機も〈アヴェンジャー〉との戦いで溶かしてしまいましたし、修理可能かどうかも怪しいものですわ。
必要な部品も、工作機械も、ハツキ島のわたくしたちの工場まで戻ればあるかも知れませんけれど、この場で直ぐには難しいでしょうね」
否定的な意見にリルは顔をしかめた。
それをからかうようにイスラが問いかける。
「で、リルちゃんはどうして〈Rudel87G〉の主砲反動抑制したいんだ?
反動受けたら操縦しきれる自信がないとか?」
「バカ言わないで。
30ミリじゃ火力が足りないから37ミリ積みたいのよ」
「頭の病院に行った方がよろしいのではなくて?」
挑発的な発言にリルは喉を鳴らしてカリラを睨み付けた。
だがカリラもそんなものには慣れたものだ。涼しい顔して返す。
「そんなもの積んで主力装甲騎兵でも相手にするつもりですの?
リルさんの仕事とは思えませんわ」
指摘は正しいと言えば正しい。
〈Rudel87G〉は格闘戦能力こそ低いが、十分な最高速度と、機関銃に対する防御装甲。そして対空砲の射線から待避する優秀な急降下性能を持っている。
それは強行偵察に申し分ない性能で、元々飛行偵察機に乗っていたリルは、この機体で偵察を行うことを求められていた。
しかし彼女はあろうことか30ミリ砲を装備し、敵機への奇襲や遠距離狙撃など、偵察とはかけ離れた仕事を担当することも多い。
それをさらに37ミリ砲を積みたいと言うのは、カリラには正気とは思えなかった。
偵察任務において、37ミリ砲で一体何を相手にするというのか。
されどリルは反論する。
「37ミリなら榴弾で飛行偵察機バラバラに出来るでしょ」
「30ミリ榴弾でもバラバラになりますわよ」
「もっと威力が欲しいのよ」
「身の丈を考えるべきですわ。
むしろ飛行偵察機相手ならお得意の狙撃でなんとかしたらいかがですの?」
カリラにとっては不可能な中距離狙撃だが、リルには可能だ。
飛行しながらの不安定な姿勢からでも、中・長距離で12.7ミリ弾を正確無比に目標へ命中させられる能力がある。
飛行偵察機相手ならそれで十分なはずだし、実際リルはこれまでそうしてきた。
「何とかなるならそうするわよ。
でも相手があたしより格上だったら、あの機体の格闘戦能力じゃ勝てないでしょ。
だから強力な榴弾が撃てるようにしたいのよ」
「宇宙中探しても、おチビちゃんより気色悪い飛び方する人間が居るとは思えませんけどね」
「それが居るから相談してるのよ」
カリラはこれは相談だったのかと若干あきれ顔を浮かべる。口調や態度からは、要求だとか命令としか思えなかったからだ。
しかしリルより格上の飛行偵察機乗りについてはいまいちピンとこなかった。
少なくともリルは天才的な飛行偵察機操縦技量を持っていて、これまでも作戦中その技量を遺憾なく発揮してきた。
常軌を逸した軌道で飛び回り、必中の狙撃で敵機を確実に仕留めていく様は、カリラの知識の範疇では理解不能でしかない。
「ま、今すぐは無理なんだろ?
検討はしとくってことで」
イスラがいなすように告げると、リルは不機嫌そうにそれを睨んで返す。
「無理なのは分かった。
考えといて」
「期待せずにお待ちくださいまし。
一応、検討だけはしてみますわ」
それ以上は約束できないとカリラが告げると、リルはつまらなそうに鼻を鳴らしてその場から立ち去った。
それにカリラは態度が悪いと憤慨するが、イスラがなだめる。
「まあまあ。
リルちゃんにしては丁寧に頼んできた方じゃないか?
で、何とかなりそうなのか?」
「今の段階ではなんとも言えませんわ。
ですが必要だそうですから、何とか形にはしてみます。
最悪、DCSをそのまま移管するだけでもそれなりの効果はあるでしょうし」
「だな。
第5世代機の予備だけ、こっちで申請出しとくよ」
「お願いしますわ、お姉様」
2人は方針を決定すると、それぞれの仕事へ戻る。
カリラは改造の完了した〈エクィテス・トゥルマ〉を格納容器へとしまい、イスラは整備用端末を手に、タマキの元へと向かった。
◇ ◇ ◇
「改造ですか。しかもコアユニット周り。下手にいじって問題はないでしょうね」
「そこはあたしらの腕を信頼して欲しい。2日かかりきりになるが、結果は保証するよ」
「腕に関しては疑いはしませんけれど、大きな改造になりますね。統合軍の規格には通りますか?」
「ちょっとばかし耐久面は問題になる。
だがサネルマ副隊長殿にパーツを頼んである。そっちの交渉が上手く行けば安全規格も通る計算だ」
タマキは端末を睨み付けて、それからイスラの顔を見て、ため息1つつきながら改造について了承した。
「最近のナツコさんの活躍には目を見張るものがあります。
その彼女が必要と言うのでしたら、改造の必要性も認めましょう。
ただし2日かかりきりは多少問題です。
1日でなんとかなりませんか」
その要求にイスラは拒否反応を示した。
「待った待った。
本当は3日欲しいところをなんとか縮めて2日なんだ。
その辺り是非ご理解頂きたいね」
タマキは訝しむような視線をイスラへと向ける。
イスラの顔は相変わらずふざけて居るのか真面目なのか判断がつかず、サボろうとしているのではないかと言う疑惑は拭いきれなかったが、ここまで連れ添った整備士だ。
それにハツキ島を目の前にして手を抜くようなこともないだろうと、彼女の言い分を認めた。
「分かりました。
ではパーツが届き次第取りかかってください。必ず2日で終わらせるように」
「もちろん。それは約束するよ。
じゃあこれ、必要なパーツリスト。
ついでに装備の方もまとめといたから一緒に確認してくれ」
整備用端末を手渡されて、タマキは斜め読みでそれを確認していく。
〈ヘッダーン5・アサルト〉の改造用パーツについてはタマキには理解出来なかったので、とりあえず問題はないだろうとして装備の項目へ。
フィーリュシカの42ミリ砲の予備砲身など正直補給を取りやめたい装備もいくつか存在するが、それについてはもう諦めていた。
しかし順々に目を通していくと、見慣れない装備の存在に気がついた。
「25ミリ砲ですか?
たった8人の部隊で、一体何種類銃弾を使っているのか理解しています?
自部隊で補給する能力もないのに。
どうして更に弾種を増やそうとするのかとても理解出来ません」
やはり見つかったかとイスラは口元を引きつらせながらも弁解を試みる。
「それについてなんだが、最近じゃあ敵に中装機も増えてきてるし、突撃機も振動障壁のせいで20ミリ砲すら弾いてくる。
〈ヘッダーン5・アサルト〉の火器運用能力を考えれば、25ミリ砲装備も無理じゃないし、保有しておく価値はあると思う」
「言い分は認めますけどね。
これ以上の弾種は――まあ良いでしょう。
25ミリなら統合軍の標準弾薬指定されていますから、補給も問題無いでしょう」
タマキのその発言に、思わずイスラは拳を握りしめる。
だがその一瞬の気の緩みをタマキは見逃さなかった。
この25ミリ砲には何かあると、詳細情報を確認する。
「――待って、専用弾?
何ですかこれは、説明しなさい」
突き付けられた端末。
そう、イスラの提出した資料にのる25ミリ砲は、統合軍規格で採用されている25ミリ砲弾ではなく、専用弾を用いるものだった。
見つかってはいけないものを発見されてしまい、イスラは目を逸らしながら答える。
「まあ、そうだな。
こう、何かを手に入れるためには、多少の代償も必要なんだ」
「バカなことを言ってないで。
さっきも言ったでしょう。
わたしたちには部隊単独で補給を行う能力がないんですよ。
一体どうやってこの専用弾薬を前線に届けるつもりですか?」
「その辺はこう、お兄ちゃんに頼んで貰って」
「大馬鹿者」
ぴしゃりと言いつけられてイスラは黙るしかなかった。
タマキは25ミリ砲の詳細を念入りに調べていく。
「リボルバーカノン?
テレスコープ弾使用、前装式。
一体誰がこんな特殊な装備を運用するのですか」
「ナツコ氏です中尉殿」
「それは彼女の意見ですか」
「彼女から次期主砲について要求があり、それを全て満たす火砲として選定しました次第です」
「予備機ではなく主砲運用するつもりだったのですか?
こんなものを?」
追求に対してイスラは素直に頷く。
「バカバカしい。
弾薬がなければどんな優れた装備もただの重りでしかありませんよ」
「それは理解しているつもりなんですがね。
どうしても火力があって軽量で携行弾数も多くとなると、こうなってしまったわけで」
「これでないといけませんか?」
イスラは静かに頷く。
「要求を全て満たすためには通常機銃でも通常弾薬でも不可能です」
「全くもってバカな話です」
タマキは端末を睨み付ける。
しばらく押し黙ったまま彼女は悩み続けたが、結局、示されたリストについて電子印を押した。
「受領は許可します。
ただし必ず20ミリ機関砲を使用可能状態で準備しておくこと。
何か問題があるようならこのふざけた装備の使用は停止させます。
よろしいですね?」
「もちろんですよ中尉殿」
返された整備用端末を受け取って、イスラはほっと一息ついた。
とりあえず請け負ったミッションは無事に完遂。
ナツコの要求した機体改造と新主砲についてタマキの許可が得られた。
「用が済んだなら帰って結構」
「あー、もう1件。
そんな顔しないでくれよ。もう無理は言わないから」
もう1件と言われて思わずむっとしたタマキだったが、そう言われて平静を装って「なんです」と問い返す。
イスラは応えた。
「〈C19〉の調整はこれまで通りで問題ないですかね?」
「わたしの機体ですか。
これまで通りで結構。通信機だけ最新の通信妨害対策版に積み替えてください」
「了解。
そっちの申請書も作っとく」
「お願いします。
――ただ、もしかしたら機体を変えるかも知れません。新型機の受け入れ準備はしておいて」
「あら。もしかして〈C21〉か?
ロールアウトしたばっかの最新機体だぜ」
新型機と聞いて、イスラは最新鋭指揮官機〈C21〉の名前を挙げる。
タマキの装備する〈C19〉も古くない。指揮官機は常に最高の性能を求められることから、新型機でも次の年には改修が入る。
タマキの〈C19〉はその改修が行われた、いわば〈C20〉とも呼べる機体だった。
小隊規模未満の義勇軍隊長機としては贅沢すぎる機体だ。
それがまだまだ前線運用可能な状態で次世代機へ乗り換えというのは多少もったいない気もした。
「指揮官機の性能は高ければ高いほど部隊の生存率が上がりますから。
それともわたしが最新機を使ったら不満ですか?」
「いや全く。
整備マニュアルだけ公開されたら直ぐに回して欲しいね」
「はい。入手出来次第渡します」
タマキはそれについては約束した。
整備マニュアルさえ手に入ってしまえば、イスラとカリラに整備できない機体は恐らくない。
タマキが当時最新鋭機だった〈C19〉後期型を大破させた際も、2人は難なくそれを完璧に修理した実績がある。
「じゃあ準備は進めとくよ。
機体周りについては任せておいてくれ」
「そのつもりです。
直ぐに仕事に戻るように」
退室を促されて、イスラは扉へと向かう。
しかし退室寸前で立ち止まり、振り返ってタマキへ視線を向ける。彼女は既に次の仕事へ取りかかかっていた。
「――ああ、そう言えば」
切り出された言葉に、タマキはうんざりした様子で応じた。
「まだなにか?」
向けられた表情にイスラはふざけたように笑って、言い出そうとした言葉を取りやめて別の言葉を投げる。
「いや、珍しく仕事熱心だと思ってね。
感心なことだが、あんま根を詰めないようにな」
「珍しくは余計ですし、そもそも無用の気遣いです。
用が済んだなら仕事に戻りなさい」
叱責されてもイスラはそれを笑い飛ばして、ふざけたように「了解です中尉殿」と返すと退室した。
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