第255話 ハツキ島奪還作戦へ向けて

 私室にいてもひっきりなしに訪れる来客によって作業が進まないと、タマキは士官室の片隅で仕切りをして1人目の前の端末を睨んでいた。


 統合軍はハツキ島へ上陸し、そこを拠点とする帝国軍を駆逐すると決めた。

 しかし統合軍諜報部の入手したハツキ島の情報は不確かで、未だに戦力予想どころか、拠点位置、詳細地形すら上がってきていない。

 それでもタマキは以前の市街地図を睨んで作戦を考えようとするのだが、やはり何をするにしても情報が足りない。

 ツバキ小隊にも、第401独立遊撃大隊にも諜報能力はないのだから、これに関しては待つほかなかった。


「珍しく仕事熱心だな」


 そんなタマキへ、わざわざ仕切りを除けて声をかけたのはカサネだった。

 タマキは不機嫌全開で、周りに他の士官が居ないことを確かめて、高圧的な物言いで返す。


「珍しくは余計です」

「それは悪かった」

「そんなにわたしは仕事をしていないように見えますか」

「いや、そうは言ってない」

「ならどういう意味ですか?」


 さらなる謝罪を求めてタマキが追求する。最近同じようなことをイスラからも言われていて不満がたまっていたのだ。

 悪いことに地雷を踏み抜いてしまったカサネはたじろいで、弁明するように告げた。


「お前は仕事熱心だと思う。

 だが、今回はいつもと違って大分滅入っているように見えた。

 そういう意味での珍しいだ」


 タマキは「ふうん」と値踏みするようにカサネの表情を見た。

 彼は視線を受けて続ける。


「ハツキ島奪還作戦が義勇軍にとって大切な戦いになるのは理解出来るが、あまり根を詰めるな。

 面倒なことはこっちで引き受けるさ」

「そんな簡単な話じゃないの」


 ふてくされ気味にタマキは言う。

 しかしカサネは駄々をこねる妹をなだめるように、和らげな口調で返した。


「だったら相談してくれ。

 同じ大隊の先任士官だ。お前より士官の経験はずっと長い。

 それ以上にお前の兄だ。これまで通り、お前の頼みなら何だって聞いてやる。

 遠慮するなんてらしくないぞ」

「お兄ちゃんのくせに偉そうだわ」


 気に食わないとタマキは言い捨てる。

 それでもカサネはタマキを突き放したりしない。この2人で偉いのはいつだって妹のタマキの方だ。彼女が愚図ろうとも、カサネは決して見捨てる事はない。

 先任士官として、兄として、諭すように告げる。


「1人で抱え込むのは悪い癖だ。

 頼りない兄が不満でも、隊員たちには相談したらどうだ?

 ハツキ島奪還はあの子たちにとって大切な戦いなんだろう?

 きっと、お前から相談を持ちかけてくれるのを待ってるはずだ」


 タマキはその言葉にはうつむき気味に頷いて、手元の端末に表示されたハツキ島市街地図をちらと見た。

 そして批難するように告げる。


「だとしても言い方が気に食わない。

 折角1人で作業できる空間だったのに無許可で話しかけてきたのも非常識だわ。

 ――でも、一応ありがと。貴重な意見として受け取っておくわ」

「そうしてくれ。

 こっちも次からはもう少し気を配る」

「少しでは足りません」


 きっぱりと言い切られてカサネはそこまで言われるかと呆れたものだが、それでもタマキに対しては頭が上がらなかった。

 そんな彼へと向けて、タマキは端末を示した。


「ハツキ島の情報が足りてないわ。

 大隊から諜報部に催促できない?」

「既にやってるが、再度要望を出してみる」

「〈C21〉は調達出来そう?」

「問題無い。2日後に到着するファーストロットから調達してそっちに流す」

「大変結構。ご苦労様」


 カサネの尽力にタマキはねぎらいの言葉を投げる。

 それで用は済んだのだろうとカサネは判断して、仕切りを元に戻そうとする。

 しかしそれをタマキが呼び止めた。


「待って、お兄ちゃん。

 どうしても確認しておきたいことがあるのだけど、良い?」

「もちろん」


 2つ返事で頷くカサネ。

 そんな彼へと、タマキは珍しく妹らしい笑顔を浮かべながら、されど事実を間違いなく確認するために、厳格な口調で問いかけた。


「先ほど「お前の頼みなら何だって聞いてやる」と言いましたね。

 これは言葉通り、わたしの頼みを、その内容に関わらず、全て聞いてくれると受け取って構いませんか?

 本当に、”何だって”聞いてくれる。間違いありませんか?」


 直立したまま硬直するカサネ。

 冷や汗が身体を伝い、真っ直ぐ見つめるタマキの茶色の瞳を直視できず視線を逸らす。

 タマキがここまで念を押して言質を取りに来た以上、これまでのどのようなものよりもずっと無茶苦茶で荒唐無稽な頼み事をするつもりなのは間違いなかった。


 それでも質問から逃れることは出来ない。

 それに、一度口にした言葉を撤回することも出来なかった。

 カサネに拒否権は存在しない。

 そう答えては絶対にいけないと頭の中では確信しながら、それでも「はい」と答えるしかなかった。


「もちろん。何でも言ってくれ」


 その回答をきいて、タマキは満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうお兄ちゃん。大好きよ。

 お兄ちゃんならそう言ってくれると信じていたわ。

 それで、早速1つだけ、どうしてもお願いしたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」


 強ばる体を懸命に動かして、カサネは小さく頷いた。

 やはりタマキは笑顔のままで、その”お願い”を口にした。


          ◇    ◇    ◇


 ツバキ小隊は夕食開始時刻の前に呼集を受けた。

 談話室に集まると既に到着していたタマキへと、本日の作業内容について報告がなされる。


「大変結構。明日も引き続き作業を進めてください」


 タマキが報告内容に満足すると、ようやく食事にありつけると解散の号令を待ってそわそわするツバキ小隊の隊員たち。

 しかしそんな隊員たちへタマキは問う。


「少し時間を頂いても構いませんか?」


 珍しくタマキ側からのお願い。

 本当に必要ならば彼女は頼んだりしない。話を聞けと命令すれば済むことだ。

 だからこそ何か理由があるのだろうと、副隊長のサネルマが代表して答える。


「はい。もちろんですよ」


 タマキは短く感謝の言葉を口にして、談話室のテーブルへ士官用端末を置いた。

 表示されていたのは、不鮮明で、不明な箇所も多いハツキ島中央市街地の地図。

 タマキはそれを見る隊員たちへ申し訳なさそうに頼み事をした。


「統合軍の偵察情報は見ての通りです。それにわたしにはハツキ島の土地勘もありません。

 先日あのような約束をしておきながらこんなことをお願いするのはおかしな話かも知れません。

 ですが少しでも多く情報が必要なのです。どうか皆さんの知恵を貸して頂けませんか?」


 その問いかけに、何を頼まれるのかと表情を強ばらせていた隊員も微笑む。

 そしてイスラがにやりと笑って答えた。


「良いも悪いもないさ。ずっとタマちゃんから頼られるのを待ってたんだ」

「本当ですわ。ハツキ島奪還作戦からわたくしたちを閉め出すつもりなのではと心配していましたのよ」


 カリラが続くと、そんな2人の言葉にタマキは申し訳なさそうに笑って返した。


「ええ。もっと早く、相談するべきでした。

 何か帝国軍も、統合軍も知らないような情報があったら是非教えてください」


 タマキは命令することなくそう尋ねた。

 幼い頃からハツキ島に済んでいる隊員たちが顔を寄せ合ってあれやこれやと意見を言っていく。


「中央市街地の地下を縦断する地下市街が建設されていたはずです」


 サネルマの意見にイスラが相づちを打つ。


「そういや子供の頃にそんな工事をしてたな。

 あれそう言えばどうなったんだ?」


 サネルマは中央市街地に一本の縦線を引き、それと交差するように横線を引く。


「確か建設予定はこうでした。

 ですが、掘ってみたところ地盤の問題があったみたいで、そのまま完成させるには予算が足りないことから中断しています。

 横方向は全くの手つかず。

 縦方向は部分的に解放して、歩行者用の地下通路に転用されています。地図に地下通路の表記がない部分でも、このときの工事跡が残っているはずです」


 タマキはその意見を受けてハツキ島旧政府の公共工事のデータベースへアクセス。

 当時の工事情報を引き寄せた。


「確かに封鎖処理をせずに放置している部分がありますね。

 深さにもよりますが、使えるかも知れません」


 他に意見はあるかと問われて、隊員たちは地図を睨んで考え込む。

 地表より上は帝国軍によって基地化されているだろう。

 いくら長いことハツキ島に住んでいたとしても、撤退してから今までの間に帝国軍が何をしているのかはさっぱり分からない。


「うーん。市街地の地下は地盤に問題があったので、大規模な掩体壕とかは作れないかも知れないですねー」


 サネルマが気の抜けた声で所見を述べる。

 タマキは短く礼を言って、他の意見を求める。

 しばらく考え込んでいた隊員たちだが、ふとナツコが思い出したように口を開いた。


「ハツキ島地下帝国は?」

「地下帝国? ――ああ、確か、前大戦中に作られた地下基地でしたね。ですが子供の遊び場になっているのでしょう?」

「はい、地域の子供達が、それぞれ自分たちだけ知っている場所を秘密基地にしているんです」


 ハツキ島地下帝国については以前ツバキ小隊でも話題にしたことがあった。

 大戦中に作られた、連合軍、もしくは枢軸軍の地下施設。

 現在を遙かに上回る当時の技術で建造された地下施設は、極めて発見が困難である。

 しかしそれらは地元の子供達によって発見され、彼らの遊び場として用いられていた。子供達にすら発見されていること。そして実際に人の出入りがあったことを考えれば、帝国軍が発見している可能性は高かった。


「あまり役に立たないですかね?」


 申し訳なさそうにナツコが問うと、タマキはかぶりを振った。


「いえ。帝国軍が地下施設を使っている可能性がありますから。

 場所を教えて貰えるなら助かります」

「はい! ――本当は地域の子供達の秘密なんですけど、タマキ隊長は特別です」


 ハツキ島婦女挺身隊名誉隊員であるタマキへと、各員が把握しているハツキ島地下帝国の出入り口の場所、おおよその広さを伝えていく。

 ナツコ、イスラ、カリラがそれぞれの地域の情報を伝え、リルも大学の周辺にあったという出入り口の場所を伝える。それからトーコも、砂丘で引き釣り込まれた地下施設の場所を大まかに示した。


「サネルマさんならもっといっぱい知ってそうです」


 ナツコが無邪気な視線をサネルマへと向ける。

 それと同じように、タマキも期待するようにサネルマの姿を見た。

 しかしいつもは頼られると機嫌を良くしてノリノリで答えるサネルマが、暗い表情を浮かべていた。


「あれ、サネルマさん……?」


 ナツコが問いかけると、サネルマは視線を逸らして「あー」とか「うー」とか、悩み込むようにうなり声を上げる。


「もしかして、秘密ですか?」


 俯いたサネルマの顔をのぞき込むナツコ。

 サネルマはそんなナツコの視線に耐えられず顔を上げる。そして、タマキの顔を直視せずやや視線を外して問いかける。


「……ああー、やっぱり、詳しい情報があった方が良いですよね?」

「無論です。

 ただどうしても秘密と言うのでしたら無理強いはしません」


 何か事情があるのだろうと察してタマキは告げるが、サネルマは「ちょっとだけ待って」と言って1人こそこそと自分の端末を操作し始めた。

 そして準備が整ったのか、おずおずと皆の元へ戻る。


「ちょっと古いデータで恐縮なんですけど、ハツキ島奪還作戦に役立てて貰えるのなら是非使ってください」


 サネルマは端末を操作して、まとめた地図データをタマキの端末へ送信する。

 膨大な量のデータは送信に時間がかかり、送信後もデータを展開するのに時間を要した。

 しかしそのデータの全容が明らかになるにつれ、皆の顔から血の気が引いていく


 ハツキ島市街地の地下に張り巡らされた、3階層にも渡る一大拠点。

 それは複雑に入り組みながら、市街地の重要地点を2階層より下の地下通路によって相互に結びつけていた。

 サネルマが説明を付け加える。


「子供の遊び場として使われているのは一番浅い位置にある第1階層だけです。

 第2階層以下には専用の解錠キーがなければ立ち入りは出来ません。大戦中の技術ですから、帝国軍にも簡単には発見出来ないはずです。

 更にその下。第3階層はより厳しいセキュリティを有しています。また、この区画は宇宙空間からの砲撃にもびくともしないよう設計されています。

 かき集められた記録から見る限り、これは前大戦の緒戦で惑星トトミを占領した枢軸軍が、絶対防衛ラインとして建設した基地のようです。

 ――実際は〈ニューアース〉が登場してあっという間に通過されてしまったわけですけど」


 サネルマの説明を聞きながら、タマキは地下茎のように張り巡らされた通路を確認していく。

 第2階層以下が発見されていなければ、市街地中枢区画。帝国軍が司令部を置いていると予想されるハツキ島旧政庁へと、完全に不意を突いて攻撃を仕掛けられる。


「第2階層への移動手段は?」

「解錠キーを送りました。

 第1階層との接点からアクセス可能です」

「第3階層へは?」

「同じキーで第2階層との接点からアクセス出来ます」

「素晴らしいわ。

 ありがとう、サネルマさん。

 この情報があれば作戦を相当有利に進められます」

「はい。是非、お役に立ててください」


 サネルマはタマキの言葉にようやっと笑顔を見せた。

 タマキは改めて隊員全員へ礼を述べてから告げる。


「一度持ち帰って考えてみます。

 行き詰まったらまた相談させてください」

「ああ、是非そうしてくれよ」


 偉そうに答えるイスラの言葉にもタマキは怒ることはなかった。

 そして夕食の開始時刻になっていることを確かめると、各自へと本日の作業終了と、明朝までの自由時間を告げる。


 解散して真っ直ぐ食堂へと足を進める隊員たち。

 その中でイスラが、歩く速度を緩めることなく、隣を進むサネルマへ問いかけた。


「何処であんなデータ手に入れたんだ?

 あたしらが知ってた一番上の部分ですら、全部知ってるのは地下帝国皇帝とその側近だけだって噂だったぜ」


 問いかけにサネルマは乾いた笑みを返して、それから誤魔化すように視線を逸らしながら答えた。


「皆さんより少しばかり、ハツキ島での顔が広かっただけですよ」


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