第252話 東へ
「酷い機体ばっかだな」
トトミ大半島から来た部隊と無事に合流したツバキ小隊。
南市街地内に残っていた帝国軍は撤退を始め、後続の味方3小隊も市街地入り口まで到達した。
しかし後続部隊と合流しようにも、トトミ大半島の部隊が所有する機体は修理が必要だった。
帝国軍との戦闘で壊れたのもあるが、それ以前から整備不良だったとしか思えない機体ばかりだった。
イスラがため息交じりに全体を観察すると、カリラもそれに賛同する。
「しかも〈カメリアⅠ〉、〈ウォーカー3プラス〉、〈アミュア〉に〈ルーチェⅡ〉。2戦級の機体ばかり。
あ! 〈ヘッダーン1・ギュンター〉がありますわ! なかなかお目にかかれないレア機体がこんな姿で!!」
折角見つけた珍しい機体だったのだが、酷使されてボロボロの状態だった。いくつかのパーツが破損したのか、互換性のある〈ヘッダーン1・アサルト〉のパーツで代用されている。
「ちょっと、整備士は一体何をしていますの!!」
憤怒するカリラが部隊を率いていた曹長。エマ・ミナミへ詰め寄る。
問われた彼女は目を伏せ、小さく返した。
「整備士は戦死しました」
「あら。それはごめんあそばせ。
ですが道理で。癖のある機体ばかりですもの。整備士無しにはここまで辿り着けもしなかったでしょうね」
「だろうな。ま、これくらいなら直ぐに動くようにはできるさ。
全く駄目なのはどっかの名誉隊長機だけだ」
イスラとカリラは嫌みたらしくナツコの方へ視線を向ける。
新しく用意して改造も施した〈ヘッダーン5・アサルト〉だったが、コアユニットが熱暴走を起こして機能停止。
臨界爆発までは行かなかったのでコアユニットの交換で修理は可能だったが、それでもこの場で直ぐにとはいかない。
「うぅ……。悪かったとは思ってるんですよ」
「そうでなければ困りますわ。全く、このおチビちゃんときたら」
「カリラさんは私と大して身長変わらないじゃないですか。あたっ」
〈空風〉の指先で額を弾かれて、ナツコは涙目になって押さえる。
カリラはヘルメットを外すとそんなナツコの顔を間近でまじまじと見つめた。
段々と距離を詰めるカリラにナツコは怯えたが、カリラはそっと額をナツコの額と重ねた。
少し間をおいてからくっつけた額を離すと、カリラは訝しげな視線を向けて尋ねる。
「ナツコさん、頭は大丈夫ですの?」
「そ、それは物理的な話です? それとも精神面の……」
「大丈夫でしたら構いませんわ。機体のパーツを1つ残らずかき集めて、〈ヴァーチューソ〉に積み込んでおいて下さいまし」
「はい! 直ちに!」
こればっかりは自分の責任だとナツコは勢いよく返事を返すと、装備解除されて地に転がっていた〈ヘッダーン5・アサルト〉のパーツを集め始めた。
「さあ、こっちの修理は手早く済まそう。いつまでもここに留まってるわけにも行かないぜ」
「畏まりましたわ、お姉様。
ではわたくしは軽量機体から」
「ああ。でかいのはこっちに任せとけ」
イスラとカリラは分担して作業を開始する。簡単な機能不全程度ならものの十数秒で修理し、次々と機体を動作可能にしていく。
そこから少し離れた場所で、タマキがエマへと状況確認のため声をかけた。
「ミナミ曹長。少しお話良いですか?」
「はい、中尉」
エマはタマキの階級章を読み取って頷く。
「トトミ大半島は対宙砲を有する部隊だったはずです。
連隊長はどうされましたか?」
問いに、エマはうつむき気味に返す。
「戦死しました」
「他の士官は?」
「全員戦死しました」
「ここに居る以外の兵士は?」
「ここに居るだけで全てです。他は――」
「いえ、分かりました。苦しい戦いだったのでしょうね」
エマが引き連れている兵士は僅かに35。
対宙砲の運用・守備部隊だとすれば連隊規模、5000名近い部隊員がいたはずだ。
帝国軍がトトミ中央大陸に上陸し、瞬く間に東部戦線を押し上げ統合軍をレインウェル基地まで追いやってからこれまでの間、凄惨な戦いが続いていたのだろう。
対宙砲の支配権を奪われてから、統合軍はトトミ大半島へ一切の輸送を行わなかった。
そんな状況下でも彼女たちはトトミ大半島で戦い続け、サンヅキ拠点へ統合軍が攻勢に出たのを見て一縷の望みを託し飛び出して来た。
僅かな生き残りだとしても、見捨てる事無く助けられたのは幸いだったと、タマキは若き曹長の肩を叩く。
「指揮官不在ということですので一時的にあなたたちの部隊は第401独立遊撃大隊の指揮下に入って頂きます」
「はい。お願いします」
タマキはサネルマを呼び寄せ、副隊長機に積んであった予備の通信機をエマへ渡す。
戦術データリンクの情報を更新。大隊長の認可も直ぐに得られた。
「大隊が既にこちらへ向かっていますから、もう心配は要りませんよ」
「はい。本当に、ありがとうございました。
救援が無ければ私たちはあの場で全滅するほか無かったでしょう。
このご恩は忘れません」
真面目に礼を言うエマに、タマキは照れくさくなって返す。
「礼は不要です。
こちらもあなたたちが攻勢に出てくれたことで、包囲を簡単に突破することが出来ました。
それにわたしは教わったことを実践しただけです。
――助けられる味方を決して見捨ててはいけない、と」
エマはその言葉に息を呑んだ。
何か特別なことを言っただろうかとタマキは首をかしげる。
エマは涙のたまった目を強く瞑ってから、疑問に答えるように声を発する。
「私の上官も、同じ事を言っていました。
かつてアマネ・ニシ閣下より教わった、軍人にとって一番大切なことだと」
今度はタマキが息を呑む番だった。
しかし直ぐに笑みを浮かべる。
「本当に、あなたたちだけでも助けられて良かった。
もう少しの辛抱です。部隊をまとめてきて下さい」
エマへ残存部隊をまとめさせると、タマキは作業を終えたイスラとカリラの姿を見て、ツバキ小隊へと指示を飛ばす。
「修理は終わりましたね。
大隊司令部より合流地点の指示がありました。移動開始します。
ツバキ6、機体を積み込み終わったら〈ヴァーチューソ〉へ」
『単座ですよ?』
トーコから確認のため質問が為される。
それでもタマキは〈ヴァーチューソ〉に乗せろと命じた。
〈ヴァーチューソ〉のコクピットが開かれ、その右手が手のひらを開いた状態で降ろされる。
そこに飛び乗ったナツコはコクピットの中。トーコの席の後ろの荷物用スペースに押し込まれた。
「揺れると思う。しっかりつかまってて」
「はい。よろしくお願いします」
「吐かないでね」
「善処します」
〈ヴァーチューソ〉には嘔吐物を収容する適切な設備が存在しない。
ナツコが吐くときはトーコも覚悟を決めなければならない。後ろで吐かれるのには慣れていたとしても、嫌なのには違いない。
「これより移動開始。大隊と合流します」
移動指示が出され、ツバキ小隊と、それに付き添う形でトトミ大半島部隊が移動開始した。
◇ ◇ ◇
制圧されたサンヅキ拠点南側市街地。
そこに山林地帯で戦闘していた第401独立遊撃大隊の本隊が合流した。
大隊としては、サンヅキ拠点を西側から攻める統合軍本隊を援護するため、南側市街地から打って出る方針だった。
ツバキ小隊は大隊の四脚装甲騎兵〈I-A17〉改修型輸送車両から補給を受ける。
予備機として用意されていた〈ヘッダーン4・アサルト〉をナツコが装備し、イスラによって調整がされた。
「問題無さそうだな」
「ちゃんと動かせそうです。昔訓練で使ったことがあって良かったです」
「これを壊したら次は無いぜ」
「はい。気をつけます」
「それでいいさ」
イスラがタマキの元に向かおうとしたが、ナツコはそれを引き留めた。
「ちょっといいですか?
壊しちゃった〈ヘッダーン5・アサルト〉何ですけど、もうちょっと放熱能力上げられませんかね?」
バカな問いかけにイスラは肩をすくめて見せた。
しかし頭越しにその案を否定することも無い。
「お高いパーツ使えば少しは上がるかもな。
それでも駄目なら冷却塔もう1つ建てるしか無い。スペース的に大工事になるぞ」
「それでも冷却塔増やして欲しいです」
「作戦が終わったらちゃんと見積もってやるよ。
今はタマちゃんがお呼びだ。さっさと行こう」
「はい」
ナツコはイスラならちゃんと覚えていてくれるだろうと、大きく返事をして頷くとタマキの元へと向かった。
◇ ◇ ◇
第401独立遊撃大隊は南側市街地に集結するとそこから東進。帝国軍支配地域に浸透し、サンヅキ拠点後方の輸送部隊を脅かした。
統合軍本隊はサンヅキ拠点を西側から攻めつつ、南側市街地に部隊展開し南方からも攻め寄せる。
多方面から同時に攻め寄せられたサンヅキ拠点は翌日には陥落。
統合軍が占領下におき、急ぎ輸送拠点として用いるべく整備が進められた。
北側ではデイン・ミッドフェルド基地から出てきた帝国軍攻勢部隊の撃退に成功。統合軍はレイタムリット基地、ソーム基地から打って出てデイン・ミッドフェルド基地へ向けて進軍を開始した。
統合軍本隊はサンヅキ拠点に集結中。
あとはここから東進し、東岸最大の港湾要塞、ハイゼ・ミーア基地を陥落させるだけだ。
港さえ手に入れれば、ハツキ島までは後1歩。
ツバキ小隊の所属する第401独立遊撃大隊は、攻略本隊の露払いとしてサンヅキ拠点を出立。
東進し、ハイゼ・ミーア基地を目指した。
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