第250話 南側市街地攻防戦

 サンヅキ拠点南側市街地の殲滅戦はタマキの予想していたよりも早くに終わった。

 最終的には北側へ離脱を試みた敵集団だったが、フィーリュシカとナツコによってそれらは全て打ち倒された。

 わずか8人の部隊で15倍近い敵機を撃破。申し分ない戦果だろう。

 タマキは急ぎ包囲を突破するため次の指示を出す。


「西側へ抜けます。集合地点を設定。

 各機機体状況を報告しつつ移動開始してください」


 再集結したツバキ小隊は包囲を狭める敵中隊に対して一点突破をかけるべく進む。

 索敵は不十分。設置した索敵ユニットによって敵機存在は確認できていたが、正確な数までは分からない。

 それでも敵地内に浸透している以上、ここで防衛戦は不可能だ。

 それに、明るいニュースもあった。


『大隊長よりツバキへ。

 1中隊そちらへ向かわせた。単独突破が無理なら増援を待て』

「了解。ですが突破は単独で可能です。

 合流して敵中隊を足止めします」


 タマキからの意見はそのまま認められた。

 大隊長――タマキの兄、カサネに、妹の提案を断る能力は無かった。


「増援が来てます。先行して1小隊。後続3小隊。

 ひとまず突破して向こうの小隊と合流します。

 突破地点を設定。ツバキ7、強行偵察を。ツバキ8、先に行って」


 命令を受けてリルが先行。高度を上げ、建物の高さで飛行し突破地点へと向かう。

 トーコの〈ヴァーチューソ〉も加速。最大火力をもって一点突破を狙う。


 接敵まであと僅か。

 このタイミングで、南側市街地を包囲している敵中隊の陣形が突如として崩れた。


「南に味方?

 ――どうやらトトミ大半島残留組が加勢に来てくれたようです」


 タマキが戦術データリンクの表示を確かめ、南側から敵中隊へ攻撃を仕掛けている味方集団について報告する。


「トトミ大半島だって?

 対宙砲放棄して退却したはずだろ?」


 その報告にイスラが疑問を呈した。

 タマキもそう記憶していたのだが、経緯を調べてかいつまんで回答する。


「どうやら対宙砲放棄後も大半島内に残ってゲリラ戦を続けていたようです」

「補給も無しで?」

「そのようですね」

「正気じゃない」


 イスラはそう断定した。それにはタマキも同意する。

 トトミ大半島は半島に沿って背骨のように連なる山脈と、赤道直下の密林地帯が多くを占めている。

 隠れて戦闘するのには向いているかも知れないが、補給なしでそんな場所に長期滞在するなど無謀も良いところだ。

 だがそれでも確かに残留した部隊が存在して、彼らは今、統合軍がサンヅキ拠点へ攻撃を仕掛けたのを見て援護に駆けつけてくれた。


「とにかく今が好機です。全機突撃開始。

 このまま一点突破をかけます」

「南の味方は?」

「突破してから合流すればよろしい」

「ごもっとも」


 敵は1個中隊。

 こちらはツバキ小隊と、先行して駆けつけた味方1小隊。そして南側に数は不明だがトトミ大半島からの援軍。

 後続の3小隊が合わされば数的には優位に立つ。そうなれば南側部隊との合流も可能だろう。

 そう判断して、タマキは命令を変更すること無く突破を指示した。


 先行して強行偵察に向かっていたリルが接敵。

 軽対空機の対空放火を装甲で弾きながら30ミリ砲を応射。その間にも確認した敵機情報を戦術データリンクへ共有する。


「〈ハーモニック〉目視! 一時後退!」


 敵〈ハーモニック〉の存在を確認したリルは急降下をかける。

 格闘戦性能の極めて低い〈Rudel87G〉だが、反面急降下性能は群を抜いている。ダイブブレーキすら搭載した機体は、急降下をかけても反動で壊れること無く、地面すれすれで飛行姿勢へ戻った。

 リルは地面を蹴り飛ばして機体を浮き上がらせると、建物を盾にしながら急旋回。

 〈ハーモニック〉から放たれた榴弾が建物を吹き飛ばし、飛び散った瓦礫が襲いかかるが、超低空飛行でやり過ごすと後退した。


「こっちで仕留める」


 リルと入れ替わりトーコが前へ出る。

 〈ヴァーチューソ〉が跳躍し建物の上へ飛び上がると、敵〈ハーモニック〉へ向けて右腕90ミリ砲を放つ。

 回避機動を確認。回避先へ左腕90ミリ砲を構え仮想トリガーを引く。

 甲高い音が響き発砲炎が螺旋を描いた。

 共鳴を付与された90ミリ徹甲弾は、回避行動をとった〈ハーモニック〉の正面装甲を振動障壁ごと貫く。


「撃破確認! このまま前進します!」

「ツバキ3、援護に向かって」


 更に突出するトーコ。

 1人では危険だと、タマキはフィーリュシカへ続くように命じる。

 フィーリュシカは命令に従い全速力で〈ヴァーチューソ〉に追従。高機動突撃機たる〈Aino-01〉は、2脚人型装甲騎兵にも後れをとらない。

 その僅かに後方をナツコが続く。最高速度まで機体を加速させながら、正確無比にトーコを狙う敵機を撃ち抜いていく。


 更にカリラも邁進。宇宙最速を誇る〈空風〉は〈ヴァーチューソ〉すら追い抜いた。

 無謀な突撃を敢行したカリラに対して機銃弾の弾幕が襲いかかるが、彼女はそれを正面突破して、敵集団の内側に潜り込んだ。


「狙って撃ちませんと掠りもしませんわよ!」


 肉薄してしまえば〈空風〉の独壇場だ。

 ほぼゼロ距離まで接近し、脆弱部に12.7ミリライフルを叩き込む。

 機体性能とカリラの反応速度が組み合わさり、接近戦においては敵無しの状態だった。

 ただマイクロミサイルを撃ち込まれると迎撃手段が乏しく、ハンドアクスを投擲して時間を稼ぎつつ後退した。

 かわりに突出したフィーリュシカが個人防衛火器でマイクロミサイルを一掃し邁進。

 瞬く間に包囲の一部を切り崩す。


「包囲は破りました。このまま全員突破を」


 後ろに控えていたタマキと、隊長護衛についていたサネルマとイスラが前進。

 崩された包囲網を回復すべく左右から押し寄せてくる敵機を、右側はトーコとリルが抑え、左側をフィーリュシカとナツコが抑える。

 タマキが包囲を突破するとそれを守るように両翼も後退開始。

 1人カリラは残って暴れ回っていたが、後退指示を出されると敵の追従を振り切って戻ってきた。


「これより味方小隊と合流。

 敵部隊を足止めします」


 後はここで時間を稼いで、後続の味方と合流してから南側市街地を占領しに向かえば良い。

 そんな算段を立てていたのだが、戦術レーダーが飛来する砲弾を捉えた。


「重砲来ます。各機散開して回避」


 レーダーが砲弾を捕捉したおかげで着弾地点が判明。

 殺傷範囲が赤く染まり、各機そこから逃れるように回避行動をとった。


「榴弾砲――〈アースタイガー〉かしら」


 タマキは4脚重装甲騎兵の存在を疑う。

 帝国軍はレインウェルでの新年攻勢で〈アースタイガー〉のほとんどを失っていたのでここしばらく見ていなかった。しかし当然補充はしているだろうから、それが姿を現しても不思議はない。


「索敵ユニットに敵影多数。後方から援軍来てるわ」


 リルが報告しながら偵察の許可を求める。

 タマキは前に出すぎないよう敵のおおよその規模だけ確認してと言いつけて偵察飛行を許可した。


「後退しつつ防衛。

 後続との合流を優先しましょう」


 着弾観測が済んだのか、榴弾砲が間断なく降り注ぐ。

 着弾間隔から見て1門だけ。となると火力支援を含む1中隊規模。数的有利に立つはずが、敵の数が倍になってしまった。

 更に悪いニュースは続く。大隊司令部から通信が入る。


『こちら大隊司令部。

 南側市街地方面、増援遅れています。

 第3、第4隧道、グラブ陸橋爆破されました。

 部隊は迂回し移動中。川を渡るので後20分はかかります』


 困ったことになったと、タマキは合流した味方小隊の隊長。ヴェスティ・レーベンリザ中尉と顔を見合わせる。

 彼女はハツキ島の出身で、イスラやカリラとは顔なじみだった。

 それに以前にも彼女の部隊はツバキ小隊と作戦に従事したことがある。

 その時も少数の部隊で最前線の山地防衛にあたるという、割と酷い目にあっていた。


「君たちといると退屈しないな」

「そのようです。防衛は放棄して全力後退すべきでしょうね」


 タマキは現実的な意見を述べる。

 ツバキ小隊は小隊とは名ばかりの分隊規模。1小隊と分隊で、数を削ったとは言え2中隊を相手にするのは少しばかり無謀だ。


『ツバキ7よりツバキ1。

 敵の増援の足が速い。――最前線に〈エクリプス〉確認』

「急ぎ帰投して」


 命令に、リルも即座に了承を返した。

 〈エクリプス〉はブレインオーダー専用機として開発された指揮能力を備えた突撃機。

 それが敵編成に存在するとなれば、数が同数だったとしても劣勢になりかねない。


「後退すべきだろうな」

「それは理解しています」


 タマキは言葉に詰まる。

 どう考えても後退すべきだ。ここで防衛など無謀にも程がある。

 折角包囲を突破したというのに再び取り囲まれ、そして今回はブレインオーダー付きだ。

 頼りの味方到着は20分後。しかも合流したとて数的には不利のままだ。


「待ってください」


 後退する流れに、ナツコが声を上げた。


「私たちが引いたら、南側に残っているトトミ大半島の部隊はどうなるんですか?」


 タマキもそれは理解していた。

 ここでツバキ小隊が西側へ後退してしまえば、残った南側部隊は単独で敵集団と戦わなければならなくなる。

 彼らの背後はトトミ大半島の入り口。険しい崖の連なる地形は、駆け下りることは出来ても駆け上がることは出来ない。

 彼らは既に退路を断たれている。それでも統合軍と合流できると信じて、ここまでやってきたのだ。


「それにずっとトトミ大半島に居たってことは、対ブレインオーダー用の戦術プログラム設定されてないんだろ?

 このまま行くとやばいぜ」


 イスラが付け加える。

 何の対策も無いままブレインオーダーに挑めばどうなるのか。統合軍は”魔女”騒動でそれを痛いほど分かっていた。


「気持ちは分かるが、勝算がないのなら引くべきだ」


 ヴェスティは冷静に告げる。

 それにはカリラが反論した。


「随分と冷たくなりましたわね」

「部下を持つ身だからね。

 だけど、それは勝算がないのなら、という話だ。

 もし何か策があるのなら話は別だよ。ただ決定までにあまり猶予はない」


 既に南側市街地では敵が増援と合流している。

 榴弾砲の攻撃は止んでいたが、再び居場所を捕捉されれば再開されるだろう。


 回答を求められたタマキだが、今の戦力で敵2中隊と交戦し、取り残された味方を救援する策は思いつかなかった。

 かぶりを振って応える。


「残念ですが、わたしには策はありません」

「そうか。では――」


 ヴェスティが結論を出そうとする。だがタマキはそれを遮った。


「――ですが、フィーさん。何か良い策はありますか?」


 突然視線を向けられ問われたフィーリュシカ。

 彼女はそれに無表情のまま応じる。


「策と呼べるものはない。

 ただ、助けられる味方を決して見捨ててはいけないと命令を受けている。

 救援は可能。ただ、1人では間に合わない」


 フィーリュシカは感情のない瞳でナツコを見た。

 対してナツコは大きく頷く。


「はい! お供します!」

「ナツコさんですか? 危険では?」

「問題無い」

「はい。きっとなんとか出来ます!」


 ナツコは胸を張って答えた。

 一対多数の戦闘方法にも慣れてきた。

 味方を助けるため。しかも自分たちを助けるために駆けつけてくれた味方だ。それを救援するためならば、どんな数の相手だろうが戦うつもりだった。


 その意志を受けて、タマキは彼女たちの行動を了承した。

 ヴェスティへ向き直りツバキ小隊の方針を告げる。


「というわけです中尉。

 策と呼べるものはありませんが、ツバキ小隊としては南方部隊の救援へ向かいたいと考えています」


 ヴェスティは苦笑いして、されどその提案を突っぱねたりはしなかった。


「出来るというなら信じてみるよ。

 後方支援は任せてくれ」

「感謝します。

 ではツバキ3とツバキ6で戦端を開きます。

 他に突撃希望者は?」


 問いかけに、ツバキ小隊の面々は我先にと意思を表明した。


「〈アースタイガー〉破壊には90ミリが必要でしょ」一番に申し出たのはトーコ。

「偵察はこっちで引き受ける」続いてリル。

「まだ暴れたりませんわ」とカリラ。

「おう。そうだとも」最後にイスラ。


 しかしタマキはイスラの意志については突っぱねた。


「あなたは隊長護衛」

「そりゃないぜ中尉殿」

「隊長護衛と敵機撃破、どちらが大切ですか」

「敵機撃破――冗談だよ。隊長閣下がいてのツバキ小隊さ」


 イスラは護衛を引き受ける。サネルマも隊長護衛につくため、突撃は5名。


「では直ぐに行動に移しましょう。

 補給は済みましたね?」


 ヴェスティの小隊から補給を受け、既にナツコとフィーリュシカは突撃準備が完了していた。

 ナツコは市街地戦で使用した20ミリ機関砲弾を補充し、念のためコアユニット冷却材を追加で積んだ。

 先行する2人が準備完了を告げると、タマキは一度ヴェスティへと視線を向けて1つ頷き、作戦開始を告げる。


「これより南方に展開中の味方部隊救援に向かいます。

 ツバキ3、ツバキ6。先行して敵部隊を蹴散らして」


 ナツコとフィーリュシカは大きく返事をすると、急加速して接近中の敵部隊へと向かった。

 タマキは矢継ぎ早に、他の隊員へと指示を飛ばしてく。

 全機行動開始すると、ヴェスティがタマキへ声をかけた。


「信じてはいるが、駄目だった時は――」

「その時は迅速に撤退を」

「いや、その時は地獄まで付き合うよ」

「心強いです。ですがきっと問題ありません。

 彼女たちは出来ない事を出来るとは言いませんから」


 それなら安心だと微笑んで、ヴェスティは小隊指揮へ戻る。

 タマキは護衛の2人に声をかけて、突撃部隊援護のため前進を開始した。

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