無限分の1

第230話 枢軸軍秘密地下施設

 とんでもないことに巻き込まれた。

 トーコが今回の事件に加担して、後戻りできないところまで来てしまってから出した結論はそれだった。


 朝方、ツバキ小隊の起床時刻より前に、野外駐機している〈音止〉を操縦して倉庫の前まで来い。

 ユイから伝えられた命令はそれだけだった。


 こっそり抜け出して2機目の〈音止〉を回収するのかと思えばそうではなかった。

 そもそも〈音止〉を起動するのに、手伝いに来たのは〈アヴェンジャー〉を装備したシアンだった。

 倉庫前についてみればシアンは無理矢理にシャッターをこじ開けるし、中ではタマキがフィーリュシカに拘束されていた。


 何が起こっているのかさっぱり分からない。

 しかし乗り込んできたユイはこっちの質問を一切許さず、ただ進路を伝えて、とにかく移動しろと命令した。


 言われた通り、ラングルーネ・ツバキ基地を離れ、北西方向。リーブ山地の麓へ向けて真っ直ぐ進んだ。

 しかし黙っていられるのも限界だった。

 トーコは後部座席に座るユイへと声をかける。


「説明して貰っていい?」

「ついたらする」

「今して。

 私が基地に戻れなくなったらどうしてくれるの?

 私物だって置いてきたのに」

「あたしだって私物は置いてきた」

「それは自己責任でしょ」

「お前のもそうだ」


 強情だ。トーコは苛立ち操縦桿を思わず強く握ってしまう。機体が揺れるとユイはわざと大きく舌打ちした。


「何が不満だ」

「何の説明も無いのが不満。

 命令に従うとは言ったけどさ、最低限の情報は共有して欲しい」

「ついたらすると言ってる」

「今してって言ってるの」


 2人の意見は平行線だ。

 トーコは実力行使の可能性を探る。

 まずはユイをワンパンで仕留める。それからコアユニットが不調を起こしている〈アヴェンジャー〉を叩き落として、後ろについている〈アルデルト〉を88ミリ砲で仕留める。

 相手はフィーリュシカだが、〈アルデルト〉は丸腰も同然だった。

 しかしそこまで考えてバカバカしいと思考を放棄する。

 理由もきかずにとりあえず殲滅、で済む問題では無い。


「納得させろとは言わないよ。

 でも何のためにこんなことしてるのかくらい説明して」

「うるさい奴め」

「うるさくて結構。

 嫌なら静かなパイロット雇って」

「命令には従うという約束だ」

「従ってるでしょ。

 ユイの指示通りの場所に向けて移動してる」

「ならついでに黙ってろ」

「あっそう」


 今度はわざと機体を大きく左右に揺らす。

 肩につかまっていた〈アヴェンジャー〉から抗議の声が響き、ユイは吐き気を催して最新型エマージェンシーパックの展開ボタンに手をかけて抗議する。


「悪ふざけは止めろ」

「足下が悪かっただけ。

 ここから先ずっと悪そうだけど」


 トーコは故意では無いと主張する。

 足下が悪いのは本当だ。リーブ山地が近づき、枯れた木の連なる荒れ地が続いている。少しでも気を抜けば機体が揺れるのは仕方の無いことだ。

 機体が木の根に足を取られかくつくと、ユイはついに嘔吐して、吐き終わると前の座席を蹴っ飛ばした。


「いい加減にしろ!」

「わざとじゃないよ」


 トーコはかぶりを振るが、ユイは限界だったらしい。


「何が知りたい」

「何で隊長のこと拘束したの」


 トーコはタマキについて問う。

 〈音止〉を操縦して出撃許可無く移動することについては、悪いことだと明らかではあるが新しい機体を入手するためだからトーコも同意している。

 納得いかないのは、フィーリュシカがあろうことかタマキを拘束していたことだ。


「予定は無かった。

 向こうがこっちの邪魔に入ったから仕方なく拘束した」

「シアンとはどういう関係?」


 次に同行している〈アヴェンジャー〉搭乗者について問う。

 こちらについても同行するなんて説明は一切無かった。


「助手だ」

「助手? 統合軍の技研じゃないよね?」

「あたし個人の助手だ」

「それでツバキ小隊が拘留するように手を回したの?」

「違う。どっかのバカどものせいで捕まっただけだ」

「それもそっか」


 シアンが捕まったのは、タマキが命令無視して輸送隊をつけ回した結果だ。

 トーコは納得しかけたが、シアンを捉えたのはフィーのはずだと尋ねる。


「でもフィーも仲間なんだよね?」

「助手だが、あたしの命令に従うとは限らん。

 言っただろう。バカどものせいで捕まったと。あいつもどうしようもないバカだ」

「なるほどね」


 フィーリュシカはタマキの命令を優先して、本来仲間であるはずだったシアンを倒して捕まえてしまった。

 でもユイはいずれ脱出する予定があったから、その時にシアンも連れて行けば良いと拘留したままにしておいたのだろう。

 結果としてシアンは帝国軍の襲撃を受けた際に役立っているし、タマキの気まぐれな命令無視も悪いことばかりでは無かっただろう。


「で、ユイは何者なの?」

「別に。フリーの脳科学者だ」

「怪しい……。

 名前は? もう本名教えてくれても良いでしょ」


 ユイ・イハラの名前はトーコがつけた。

 初めて会った時、好きに呼べと言われて、宇宙中に知れ渡る有名人で、この世代の女の子の名前としては珍しくない、大戦の英雄ユイ・イハラの名前をそのままつけたのだ。

 ユイはばつが悪そうにしながらも、質問に対して回答を口にした。


「――アイノ。アイノ・テラーだ」

「アイノ? 良い名前じゃない。

 で、アイノ。私たちは何処に向かってるの?」

「お前は言われたとおり進めば良い」


 もうこれ以上質問には答えないと、アイノはぶっきらぼうに返した。

 その途端、〈音止〉が砂利に足を取られて小さく揺れる。


「この下手クソめ!」

「今のは本当にわざとじゃない」

「だったら尚更下手クソだ。操縦に集中しろ」

「分かったよ。全く」


 トーコは愚痴りながら、機体の体勢を立て直して進む。

 枯れ木の森を抜けた先の荒野に、廃棄された坑道が見えた。

 リーブ山地南側の麓には雨が降り始めた。


          ◇    ◇    ◇


 いつ降り始めてもおかしくないどんよりとした空。

 太陽は昇っているはずだが、まだ辺りは闇に包まれている。


 ナツコは闇の中、〈ヘッダーン5・アサルト〉を走らせた。

 フィーリュシカたちはリーブ山地南側へと進路をとっている。

 天気は悪いが、〈音止〉が残した痕跡はしっかり読み取れた。先日の輸送隊追跡で、フィーリュシカに追跡のコツを教えて貰ったのが役に立った。


 走りながら空になったエネルギーパックを投棄して新しい物と取り替える。多めに持ってきたのが功を奏した。

 フィーリュシカたちが何処に向かっているか分からないが、まだエネルギーパックには余裕がある。

 タマキからは、何としてでも連れ戻すようにと命令を受けた。

 この先どんなことがあっても、フィーリュシカを連れて帰らなければいけない。


 痕跡をたどりながら、幾度目か分からない通信機の接続テストを行う。

 出撃以降、通信が何処とも繋がらなくなった。通信妨害の類いだったら解除装置を積んでいないナツコの機体にはどうしようもない。

 しかし帝国軍から受ける通信妨害とはどこか違う。

 具体的にはさっぱりだが、どうも統合軍側の中継器から通信接続を拒否されている感じがした。

 イスラやカリラなら立ち所に原因を特定するのだろうが、ナツコにそんな技術は無い。


 だからただただ痕跡を追って走るしか無かった。

 基地に残る誰かがきっと、通信妨害の原因を突き止めてこちらの位置を特定してくれるだろう。

 その時のために、何としても痕跡を見逃さず、フィーリュシカたちが向かった先をつきとめなければならない。


 リーブ山地の麓に雨が降り始めた。

 まだ小降りだが直に本降りになるだろう。

 ナツコは速度を上げて枯れ木の森から飛び出した。

 荒野にも〈音止〉の移動した痕跡は続いている。その先に、もう使われていないのだろう、閉鎖された坑道があった。


「リーブ山地南側。廃坑道」


 声に出して検索をかけようとしたが、統合軍のネットワークに繋がらず失敗。

 仕方なくローカルに保存された地図データを開いて現在地と照らし合わせる。

 廃坑道のデータはあったが、大して広くも無さそうだった。


 エネルギー資源の枯渇が迫った前大戦期。枢軸軍が惑星トトミの支配権を握っていた頃に造られた坑道らしい。

 掘ってはみたが産出量は当初の予想を大幅に下回り、得られたエネルギーよりも消費したエネルギーのほうが多かったという曰く付きの鉱山だ。

 適切な閉山処理もとられず、雑に入り口を封鎖してそれで終わり。大戦中にはこういったろくでもない鉱山が大量に産み出されたらしい。ここもその1つだろう。


 〈音止〉の痕跡は坑道内へと続いている。

 ナツコは廃坑道入り口にかかる立ち入り禁止のロープを乗り越えて中に入った。

 入って直ぐを右に曲がり、そこからは真っ直ぐ。

 進路の先に小さな光が見えた。


「――穴? 違う、これって――」


 一見、坑道のど真ん中に穴が開いているようにしか見えなかった。

 しかしそれにナツコは見覚えがあった。

 ウォーマ拠点攻略戦の最中、ユイの案内で訪れた旧枢軸軍の秘密地下拠点。そこに通じる入り口と良く似ていた。

 だが入り口は段々と小さくなっていく。

 ナツコは慌ててブースターに点火。全速力でその穴に駆け込んだ。


「せ、セーフ!」


 穴が消滅する寸前。ナツコは中へと身を投じた。

 ここから先は地面があって、そこからエレベーターで更に下へ――

 そう考えていたナツコは、真下の空間を見て自身の目を疑った。


「あ、あれ? 床は!? エレベーターは!?」


 既にエレベーターは移動した後。

 ナツコが駆け込んだ穴の中には、空っぽな空間が何処までも続いていた。


          ◇    ◇    ◇


「ここだ」


 言って、アイノは後部座席で端末を操作し〈音止〉のコクピットを開ける。

 枢軸軍の秘密地下施設。

 トーコにはそれ以上の情報は無かった。

 〈音止〉の肩に乗っていた〈アヴェンジャー〉もそこから降りて正面ゲートへ向かう。


 ゲート前は、物資の受け渡し場所として使われていたらしい。

 コンテナや大きな棚がいくつも並び、雑多に物が積まれている。

 中には見覚えのあるコンテナもあった。帝国軍の貨物輸送コンテナ。いつか宇宙海賊がトトミに運び込んでいた物だ。


「88ミリ砲と20ミリ機関砲を降ろせ」

「火気厳禁なの?」

「そういうわけじゃない。フィーに使わせる」


 トーコは一瞬だけフィーリュシカへと視線を向けたが、彼女もアイノの言葉の意味が分かっているわけでは無いらしい。

 というより、分かっていたとしても、フィーリュシカの無感情な表情をトーコは読み取る自信が無かった。

 言われるとおりに装備を降ろすと、フィーリュシカがそれを装備する。


 積み替え作業の間、アイノはゲートの認証装置を操作していた。


『認証コード確認……。

 ――認証。ようこそ、アイノ・テラー少将閣下。

 ゲートを開放します』


 アイノ・テラーは本名らしい。

 それにしても少将か。偉い大物だったなと、トーコは今までのアイノの態度を思い返す。

 タマキをお嬢ちゃん呼ばわりしていたのにも納得してしまう。


「フィー。準備完了まで中に誰も入れるな」

「――命令?」


 フィーリュシカは感情を浮かべない顔で、首をかしげて問いかけた。

 アイノは2つ返事で返す。


「そうだ」

「承知した」


 フィーリュシカはコクリと頷いて、ゲートに背を向けてその場で待機した。

 命令が聞き届けられたのを見て、アイノはゲートの中へ進んだ。直ぐにシアンがそれに続き、トーコも後を追う。

 トーコにとってこの先はきっと未知の世界だ。

 だが彼女は不安よりも、アイノが用意したという新しい〈音止〉に対する興味の方が勝っていた。


          ◇    ◇    ◇


「〈R3〉が無かったら死んでました……」


 何処までも続くかと思われた空洞をようやく一番下まで降りきったナツコ。

 比喩表現では無く、本当に〈R3〉が無ければ死んでいた。ワイヤーから空中制動スラスターにアンカースパイクまで、使える物は何でも使ってかろうじて下まで辿り着けた。

 「どれくらい降りたんだろう」と口にすると〈ヘッダーン5・アサルト〉のメインディスプレイに225メートルと表示される。

 こんな機能ばっかり使えなくていいから通信機動かして欲しいと、通信テストを試みるが今度は明確に電波不良を返された。

 旧枢軸軍の秘密の拠点だ。統合軍仕様の通信が繋がるようには出来ていないのだろう。


 エレベーターが駐機するのであろう空間から、1つしかない出口を通って先に進む。

 環境情報を測定。酸素濃度も気温、湿度も管理されている。空調はしっかり動いているようだ。

 先客がいるためか道中の明かりもついていた。

 チタン合金製の無機質な道を、壁に埋め込まれた電灯が青白く照らす。


 先に進むと大きな扉があった。

 大型輸送車両でも通れるサイズの扉ではあるが、管理ゲートではなく、空間を仕切っているだけのものだ。重いだろうが〈R3〉を装備していれば開かないこともない。


 特に施錠もされていない扉を、ナツコは両手で思いっきり押し開いた。

 油圧ダンパのおかげで勢いよくは開かなかったが、〈ヘッダーン5・アサルト〉が通れる程の隙間が空くとそこを通り抜ける。


 その先は物品倉庫のようだった。

 通路と同じく建材にはチタン合金が使われていたが、明かりは橙色をしていた。

 輸送用コンテナが整理もされないまま置かれて、大きな棚がこちらは整理されているのか等間隔に並んでいた。ただ棚に積まれた雑多な物はろくに整頓されておらず、きっと棚を運び込んだ人と、物を積んだ人は別なのだろうと素人目にも分かった。


 20ミリ散弾砲を構えながら、棚の間を進む。

 終点は直ぐだった。

 先ほど通ってきた扉と同規模の、しかしこちらは通行を管理されたゲートだった。

 その正面に、良く見知った姿を認めた。


 ナツコの僚機。

 そして、ツバキ小隊最強の〈R3〉パイロット。

 〈アルデルト〉を装備したフィーリュシカだった。

 フィーリュシカはナツコの姿を見ても、武器を構えようとしない。

 だがゲートの前からは決して動かず、向かっていくナツコをじっと見据えていた。


 ナツコは散弾砲を構えたまま、フィーリュシカの前まで出て行った。

 距離は僅かに30メートルばかり。

 そこまで行って立ち止まると、真っ直ぐにフィーリュシカの姿を見据えた。


「タマキ隊長の命令です。

 あなたを連れ戻しに来ました」


 呼吸を落ち着けて、整然とここに来た目的を伝える。

 フィーリュシカは答えを返した。


「今すぐに戻ることは不可能」

「いつなら戻れますか?」

「未定。

 少なくとも今すぐには不可能」

「私は連れ戻すよう命令を受けました。

 トーコさんもこの先にいますか?」


 ナツコの問いに、フィーリュシカは小さく頷いた。


「居る。だが彼女も直ぐにここを離れることは出来ない」

「それでも、私は連れ戻すよう言われたんです」


 散弾砲の安全装置を解除。

 〈ヘッダーン5・アサルト〉を戦闘状態に移行させ、意識をフィーリュシカへと集中させる。


 フィーリュシカの強さを、ナツコはずっと間近で見てきた。

 ブレインオーダーも、装甲騎兵〈パツ〉も、〈アヴェンジャー〉を装備したシアンも、彼女には敵わなかった。


 それでも、ナツコはフィーリュシカを連れ戻すように命令を受けた。

 それに、フィーリュシカは現在、タマキの命令に背いて行動している。


 環境情報を再取得。周囲の気温、湿度、風の流れを観測し、雑多に置かれた物の詳細な位置情報をなるべく頭の中に叩き込む。

 勝算があるかどうかは分からない。

 トーコと共に組み上げた対フィーリュシカ用の装備を持ってきたが、この装備で戦ったことは1度も無い。

 それでもここで引き返すわけには行かなかった。


「命令を守ることの大切さを教えてくれたのはあなたです。

 もう一度聞きます。

 フィーリュシカ・フィルストレーム伍長。

 私と一緒に、基地に戻ってくれませんか?」


 少しの間があった。

 しかし、フィーリュシカはナツコにも分かるように、明確に首を横に振った。


「それは不可能」


 一瞬だけ寂しかった。

 フィーリュシカなら、最後にはきっとついてきてくれると思っていたから。

 だがナツコは直ぐに頭の中身を入れ替えて、これからのことに全神経を向ける。


「残念です――とても。

 分かりました。無理矢理にでも、連れて帰ります!」


 旧枢軸軍が建造した秘密地下施設。

 その正面ゲート前の物資堆積場に、散弾砲の発砲音が響いた。

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