第231話 無限分の1秒先の未来

 愚直に真っ直ぐ放った散弾砲の攻撃はフィーリュシカに対して有効打を与えられなかった。


 フィーリュシカの機体は、重装機で有りながら高い機動力を獲得することを目標に設計された〈アルデルト〉。

 結果として重装機としてはマシな機動力を手に入れたが、それは突撃機どころか中装機にも及ばず、中途半端な機動力を得るために装甲のほとんどを失った。

 フィーリュシカはそんな〈アルデルト〉から更に拡張装甲を剥ぎ取った、まともな防御力が存在するのは基礎フレームのみという飛び抜けたカスタムを施している。

 だというのに、散弾砲から放たれた無数の破片弾は1つとして彼女に傷をつけなかった。


 ナツコは一度距離をとりつつフィーリュシカの出方を見る。

 フィーリュシカの装備は右腕88ミリ砲と左腕20ミリ機関砲。脚部に個人防衛火器を1挺と腰のホルスターに対装甲拳銃、コアユニット下にはハンドアクスを懸架。

 それ以外の脅威としては腰の両側に装備した移動用ワイヤーと、脚部に装着された緊急制動用アンカースパイク。

 当然、〈アルデルト〉自体にも気をつけなければならない。古い型ではあるが重量のある重装機だ。頑丈なフレームで殴られたらひとたまりもない。


 ナツコの装備は対フィーリュシカ戦を想定したもの。

 主武装に左腕20ミリ散弾砲。右腕は焼夷弾投射機。腰の両側には炸裂鉄杭弾投射機。

 脚部側面に個人防衛火器、脇のホルスターに9ミリ拳銃〈アムリ〉、コアユニット下にハンドアクスを懸架。

 移動用ワイヤー、アンカースパイクが武器として使えるのは向こうと同じ。加えて加速用ブースターや空中制動用スラスターも至近距離で使えばダメージを与えられる。

 DCSデュアルコアシステムも使い方次第で直接加害出来る。


 だが迂闊には手を出せない。

 フィーリュシカだけを倒せるように組んできた装備ではあるが、だからといって何も考えずに戦えるわけでは無い。

 散弾砲で威嚇しつつ、焼夷弾で移動を制限し、炸裂鉄杭弾で仕留める。それが装備構成と共に、トーコと考えた戦術だ。


 攻撃の機会をうかがい、その機が訪れるまで、フィーリュシカの攻撃を全て凌ぎきらなければならない。


 フィーリュシカが機関砲を構えた。

 応戦するつもりだ。

 降伏しない。だとしたら無力化して連れ帰るほか無い。


 棚の背後に身体を投じながら散弾砲を放ち、フィーリュシカの攻撃を妨げる。

 しかし彼女は短く後方に飛び退いただけで飛来する破片弾を全てフレームで受けきると、機関砲を3発制限点射で放った。

 機関砲弾が棚に積まれた工具を吹き飛ばす。

 工具片が弾けナツコのヘルメット側面に襲いかかった。間一髪でナツコは身を捻って回避。回避先に機関砲弾が飛ぶが、ギリギリで急加速が間に合いやり過ごした。


 ほんの少しでも気を抜いたらやられる。

 意識を回避に集中。その上で攻撃の機会を見出すしか無い。


 棚の影から飛び出し散弾砲を放つ。照準は機体の火器管制に任せながら、手動で微調整。

 少しでも命中弾が出る可能性を上げる。

 それでもやはりフィーリュシカは飛来する破片弾を物ともしない。その弾道は攻撃したナツコにすら予想不可能だというのに、数十もの破片弾をいとも容易く回避し、僅かなフレームで逸らす。


 フィーリュシカの88ミリ砲が指向開始。

 榴弾の破片でも致命傷になりかねない。散弾砲での攻撃を継続し、砲口の動きを観察。

 88ミリ砲は〈アルデルト〉の装備可能限界重量だ。その動きは遅く、予想しやすい。

 コンテナの後ろに飛び込む。

 直後に発砲音。


 ブースターを炊いて横っ飛びでコンテナから距離をとる。

 榴弾はコンテナに命中。貫通すること無く、時限信管によって内部で爆発した。

 中に積まれていた弾薬とコンテナ外壁が散弾のように襲いかかる。


 同時にナツコは用意していた制御コマンドを機体に送りつける。

 >DCS 運動制御 : 反射

 転換された運動エネルギーがナツコとコンテナの間に力場を形成。向かってくる金属片に対して逆向きのエネルギーを与える。


 緩くなった金属片の動きを見極め、〈ヘッダーン5・アサルト〉を滑り込ませる。

 いくつか命中したが装甲で防いだ。

 直ぐに体勢を立て直す。機関砲弾を避けながら、散弾砲を放つ。


 88ミリ砲は再装填に時間がかかる。

 攻撃するなら今が好機。


 だがフィーリュシカは今も機関砲で攻撃を仕掛けてきている。

 迂闊に攻め込めば返り討ちに遭うかも知れない。そこまで行かなくとも、数に限りのある炸裂鉄杭弾を無駄遣いしたらじり貧だ。

 弾数は両腰に3発ずつ。フィーリュシカの回避能力を考慮すれば両方同時に打ち込む必要がある。


 棚を盾に使いながら距離を詰める。

 散弾砲の攻撃を、フィーリュシカは短く飛びのくだけでいなしてしまう。


 機関砲の攻撃がやんだ。

 フィーリュシカは左手で榴弾をつかんだ。88ミリ砲からは薬莢が排出される。

 今彼女は無防備な状態だ。

 しかし装填が終われば直ぐに88ミリ榴弾が飛んでくる。


 攻めるか、退くか。


 悩んだのは一瞬だった。アンカースパイクを起動。

 急減速をかけ短く後ろに飛び退く。

 そこから、DCSの制御コマンドを叩いた。


 >DCS 運動制御 : 加速

 強烈な運動エネルギーに背中を押される。同時にブースター全開。

 安全装置解除。一時的に制限された加速度を超えて機体が急加速する。


 フィーリュシカの驚いた表情を見た気がする。

 いくら彼女でもこの動きは予測できなかった。


 真っ正面から最高速度で突っ込み、左腕散弾砲と、右腕焼夷弾投射機を撃ちまくる。

 慎重に行かなければならない相手だ。

 でも彼女はナツコの手の内を全て知り尽くしている。

 だから予想外の動きからの集中攻撃による短期決戦に全てを賭けた。


 フィーリュシカは装填の手を止め、破片弾の回避に集中する。

 足下に炸裂した焼夷弾が、粘性燃焼剤を撒き散らかし赤々と炎を上げる。

 〈アルデルト〉は消火剤を降ろしていなかったらしい。緊急消火剤が霧のように散布される。

 ナツコは容赦なく焼夷弾を1カートリッジ撃ちきった。


 フィーリュシカは炎に周囲を囲まれながらも、破片弾を最低限の動きで逸らし続けた。


「――これで、決める」


 前進を続けながら両腕を振り下ろし、炸裂鉄杭弾投射機のトリガーを叩く。

 同時に煙幕を展開し緊急後退。

 撃ち出された炸裂鉄杭弾は、回避行動を続けるフィーリュシカの斜め上方で滞空した。

 直後、高速回転を始め、閃光と共に金属杭を無数に撃ち出す。


 金属杭は無差別に周囲にある物全てを薙ぎ払う。

 フィーリュシカの姿は埃の中に消える。

 地下倉庫に金属音がいくつも反響した。


 全ての金属杭を打ち出した弾頭が床に落ちて大きな反響音を鳴らす。

 ナツコは散弾砲、焼夷弾、炸裂鉄杭弾を再装填。散弾砲を構えながら、煙に包まれたフィーリュシカの状態をうかがう。


 ゆっくりと視界が晴れていく。

 〈アルデルト〉はまだ立っていた。

 機体のそこかしこに被弾痕があった。金属杭が薄い装甲に突き刺さり、いくつか黒い煙を上げている。

 フィーリュシカの姿が現れる。

 装甲を突き破った金属杭によって身体中からいくつか出血している。

 フィーリュシカは右肩付近に刺さった大きな金属杭を引き抜く。

 血が溢れるが、直ぐにその傷口は塞がった。

 カランと音を立てて金属杭が床に転がる。


 ナツコはフィーリュシカと対峙した。

 真っ直ぐに彼女を見据えると、向こうも視線を返す。


 フィーリュシカは破損したヘルメットの正面ディスプレイを無理矢理押し上げた。

 その中には優しげな眼差しが浮かんでいた。


「――強くなりましたね。ナツコ」


 建物が火災を検知して消化剤をふりまく。

 それでもなお残る赤々とした炎に包まれながら、フィーリュシカは柔らかな声色で告げた。

 ナツコはちょっと嬉しかった。

 ようやく、僚機に強さを認めて貰えた。


 ――でも今は、彼女は倒すべき相手だ。


 ナツコはエネルギーパックを新品に取り替え、散弾砲を構える。


「私と一緒に、戻ってはくれませんか?」


 問いかけに、やはりフィーリュシカは首を横に振った。


「自分は準備完了まで中に誰も入れるなと命令を受けている」

「――そうですか。そうですよね」


 要求を受け入れて貰えないのは分かっていた。

 でもやっぱり断られるのは寂しい。

 もう後戻りは出来ない。

 ナツコにも守るべき命令がある。

 なんとしてでも連れ戻す。なんとしても。――生死すら問わず。


 次の炸裂鉄杭弾で無力化する。

 もう1度攻撃機会を得なければいけない。

 急加速で棚の背後にまわるナツコ。その頭の奥に、ノイズのような違和感が押し寄せた。


 フィーリュシカを起点として、通常の物理法則から外れた何かが作用している。

 その違和感には覚えがあった。

 魔女討伐で見せた、肉体の最適化。

 フィーリュシカはここから先、本気で戦うつもりだ。


 ほんの少しでも集中を切らせば即座に仕留められる。

 ナツコはコンテナ裏の死角に飛び込むと、聴力を研ぎ澄まし〈アルデルト〉の動きを探りながら反撃の機会をうかがう。

 88ミリ砲の指向音。

 即座に発砲される。またも榴弾はコンテナを貫通せず内部で炸裂した。

 十分距離をとっていたナツコはブースターの加速だけで金属片をやり過ごす。


 ――追ってきた。


 これまでゲート正面に陣取っていたフィーリュシカが発砲と同時に駆け出していた。

 ナツコは棚の背後に回りつつ、進路を潰すように焼夷弾を撃ち込む。

 フィーリュシカは弾けた炎を飛び越えた。

 余りに無謀な行動だ。

 空中では動きが制限される。

 散弾砲を構えるナツコ。しかしフィーリュシカの姿に目を見開く。

 攻撃を止め即座に待避。


 88ミリ榴弾が棚を薙ぎ払い、その背後に置かれたコンテナに命中。中に積まれていた弾薬に引火して大爆発を引き起こす。

 爆発の衝撃にナツコは床を転がる。〈ヘッダーン5・アサルト〉が装甲の損傷を告げた。簡易チェックを走らせ駆動部に問題無いことを確認しスラスターを噴射。20ミリ機関砲による追撃をがむしゃらに回避し、ブースターで床を転がるようにして距離をとった。


 88ミリ砲の装填が早すぎる。

 通常では考えられない装填速度。

 だがそれは夢でも幻でも無い。

 フィーリュシカは前方に砲弾を投げると、それを追いかけるように跳躍。跳躍の反動によって廃薬莢が飛び出し、即座に次弾が薬室に入る。そして着地の衝撃で装填が完了。

 一連の次弾装填動作を終えると、砲口はナツコの回避先へ向いている。


 ――緊急停止。ダメ、読まれてる――


 〈アルデルト〉の微細な動きに神経を集中し、何とかすんでの所でアンカースパイクの起動を取りやめた。リスク覚悟で跳躍し、前方に積まれたコンテナの山へ移動用ワイヤーを打ち出す。

 背後で爆発。爆風に背中を押される。

 ワイヤーを最高速度で巻き取るが、移動先は簡単に予想されてしまう。途中でワイヤーを投棄。スラスターを使い、落下速度を速めて強引に着地。脚部の軽微損傷報告を無視して機動ホイールを展開。


 20ミリ機関砲が指向している。前進も後退も出来ない。

 ホイールを空転させ機体を滑らせると、横向きにブースター噴射。

 遮蔽物に隠れようとコンテナ裏を目指すが、その進路へ機関砲弾が放たれる。

 装甲で弾くにしては角度が悪い。右腕をかざし、焼夷弾投射機で攻撃を受け、同時にDCSの制御コマンドを叩く。

 焼夷弾投射機の緊急脱離と、生成した運動エネルギーでなんとか威力を弱めた機関砲弾を装甲で弾く。


 一瞬たりとも気を抜かせてはくれない。どこか1つ、ほんの少しの判断ミスをすればそれで終わりだ。

 何とかコンテナ裏に駆け込んだが、88ミリ砲が指向している。

 直ぐに距離をとるが、指向音に違和感。

 砲弾が違う。榴弾では無く徹甲弾――


 発射した瞬間に回避行動を開始。DCSを使いたかったがエネルギー充塡が間に合っていない。

 ブースターを定格出力を大幅に超えて噴出。コンテナを貫いた徹甲弾をからくもやり過ごすが、今度は20ミリ砲に追い立てられる。

 散弾砲を向け反撃するも、攻撃をものともせず機関砲弾が撃ち込まれてくる。

 何とかやり過ごし、遂に機関砲弾が弾切れを起こした。


 やっと来た好機だ。

 そう思えたのはほんの僅かな間だけだった。

 攻撃を回避するのに頭がいっぱいで、回避先の地形について失念していた。

 攻撃を遮る棚もコンテナも無い、開けた場所に立っていた。

 フィーリュシカが88ミリ砲を指向させている。

 距離は僅かに30メートル。


 88ミリ砲の発砲炎が網膜を焼いた。

 眩しすぎて目が見えなくなったかと思った。

 弾道予測も、回避機動も計算できてない。

 全てが終わった。


 ――でも、やれることは全部やったよね?


 フィーリュシカ相手に良く頑張った方だと思う。ナツコは今回の戦いについてそう自己評価した。

 強烈な光で麻痺していた視覚に対して脳が無理矢理に補正をかけた。

 向かってくる88ミリ徹甲弾が見える。

 直撃はしない。

 でも背後、8メートル44センチ先の棚に命中して、ねじ切れた金属柱が〈ヘッダーン5・アサルト〉の背後、コアユニット排熱口に突き刺さる。

 

 ――なんで私はそんなことが分かるんだろう?


 ふとした疑問。

 絶望的な状況なのに、脳は冷静に答えを導き出す。

 簡単な話だ。

 砲弾の現在位置。保有エネルギー。速度。そしてあらゆる環境情報。

 それらを元に、弾道学とごく当たり前な物理法則に照らし合わせて計算すれば、砲弾の軌道も、着弾した砲弾による破壊エネルギーも、その結果吹き飛ぶ金属柱の軌道も、あらゆる事象は予測できる。


 脳が出した答えに納得して、それから脳の浅い部分。余り賢いとは言えないであろう部分が疑問を呈する。


 ――本当に、私はやれることは全部やったかな?


 ハツキ島を取り戻すためにやれることは全部やる。

 ナツコは自分に、そしてトーコを初めとしたツバキ小隊の仲間たちにそう誓った。


 ――まだ、やれることはあるよね?


 止まっていた時間が動き出す。

 左腕を背後に向けて散弾砲を1発発射。

 右腕でハンドアクスを引き抜いて軽く一振り。

 弾かれて空中をくるくると舞った金属柱は、ナツコの頭上を飛び越えてその目の前にカランカランと音を立てて転がった。


 妙に気持ちが落ち着いていた。

 目の前のフィーリュシカを真っ直ぐ見据える。

 彼女はきょとんとして首をかしげた。88ミリ砲も、20ミリ機関砲も再装填を行っていない。


「――私にやれることは全部やるって決めたんです。

 だから――」


 まだ諦めるには早すぎる。

 だってまだやれること全部試してない。

 投げ出すのはそれからでも遅くは無い。


 ナツコは脳の最奥部。異常発達した脳組織へと全神経を向け指令を発した。

 

 ――認識出来るものみえるもの、全部、計算し尽くせ!

 予測しろ! 無限分の1秒先の、未来を!!!!


 頭の中で撃鉄を落とす。

 体感時間が無限と思えるほどに引き延ばされ、世界は色を失い一面灰色に染まった。


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