第228話 飲み会
ツバキ小隊による施設の改修作業は夜まで続き、大隊施設科の協力もあってなんとか〈R3〉ターミナルの設置を完了した。
隣に建てられた新しい大隊の機体保管庫と接続され、装着装置から大隊の保有機体・装備を呼び出せる。
タマキは大隊所有機体のうち保有者登録のされていないものについて、受領して価値ある機体がないかと一通り目を通したが、一日中働かせた整備士に更に仕事を振るわけには行かず受け取りは保留した。
装備については整備済み未使用品について、ツバキ小隊からも自由に呼び出せるように登録だけ済ませておく。
何故かタマキの士官用端末から申請を出すとそのまま登録処理がなされる。
明らかな不法手続きだが、責任は大隊長にあるので気にすることもない。
準備が整うとターミナルのテストが実施される。
指名されたナツコは装着装置に入ると個人用端末をかざして認証を通した。
正面ディスプレイに呼び出し可能な機体が表示される。
ナツコに保有者登録されている機体は〈ヘッダーン5・アサルト〉だけだ。視線でそれを選択し、次に装備構成。
こちらはいくつか登録されていて、20ミリ機関砲を主武装とした汎用型、30ミリ狙撃砲を装備した狙撃型、対装甲ロケットを装備した対装甲騎兵型などがあった。
一番下にはナツコの個人用端末から読み出された装備構成も登録されている。
「装備の搬送に問題無いか確認したいので狙撃型選択して頂けます?」
「分かりました」
カリラから指示を受けて、ナツコは狙撃型を選択。
直ぐに〈ヘッダーン5・アサルト〉の装着が開始され、同時に大隊の装備倉庫と直結された搬送路が稼働。
ツバキ小隊の保管庫に在庫の無かった長砲身30ミリ狙撃砲が搬送され、機体装着完了すると直ぐに左腕に装備される。
左腕に主武装30ミリ狙撃砲。右腕に汎用投射機と7.7ミリ機銃。
更に脚部に個人防衛火器、コアユニット下部にハンドアクスが下げられた。
個人用担架一体型のバックパックにエネルギーパックと飲料水、食料が積み込まれると、セルフチェックが開始される。
全パーツ正常稼働。出撃可能を示す緑色のランプが点灯し、前面の扉が開く。
ナツコは左利き用の拳銃〈アムリ〉を機体に外付けされたホルスターに収めると、前へと踏み出して装着装置から出た。
「セルフチェックは問題無し。
搬送時間も気になるほどではなさそうですわね」
ナツコにとりついて各部チェックを粛々と進めながらカリラが報告した。
タマキも大隊倉庫との搬送時間には満足したようだった。
「突撃機の機体装着に搬送が間に合うなら問題は無いでしょう。
ナツコさんは何か気になるところはありましたか?」
問われて、何も考えずに装着装置に乗ったナツコは慌てて考え始める。
しかしこれまで使っていた装着装置と比べて特に不満も無かった。
それどころか装着装置内の空間が広いし、装置が建物の基礎に埋め込まれているので振動も少なく、エネルギー供給が安定しているので全ての動作がスムーズだった。
「良いと思います」
「それなら結構。
問題無ければ装備解除を」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
一応やっておこうと、ナツコも自分の機体チェックを始めた。
一度分解検査をされたがいつも使っていた操縦設定はちゃんと残っていた。
操作性に問題無いことを確認して、それから装備構成について確認。
主武装に取り付けられた高倍率スコープと暗視スコープの一体化した照準ユニットについて、倍率を下げてもいいから小型の物をと要望を出して変更して貰う。
他は大丈夫そうと、装備一覧をメインディスプレイに表示させて目を通していく。
「あれ?
DCSのユニットが増えてます」
「そうそう。分解したついでにつけといた」
答えたのはイスラだった。
彼女は端末を操作して、ナツコへと新しいDCS変換ユニットの取扱説明書を送る。
DCSはエネルギー効率を犠牲にして、瞬間的に大量のエネルギーを取り出す機構だ。
これまでナツコの〈ヘッダーン5・アサルト〉には運動エネルギーを取り出すためのユニットが取り付けてあった。
産み出される運動エネルギーはプログラム次第で、受けた攻撃の衝撃を逸らしたり、装備した重砲の反動を打ち消したり、瞬発的な移動力を発生させたり、逆にブースターやスラスター制動による反動を打ち消したりと、様々な用途に使用できる。
今回新たに加えられたユニットは、電気と音。
ユニットを呼び出してプログラムを確認してみると、電気には飛来する金属片を逸らすものと、弾丸の初速向上と弾道安定化。
音には発砲時の消音と、高周波振動ブレードの攻撃に対する振動防御が登録されていた。
「役に立ちますかね?」
「操縦者次第だろうな」
イスラにそう返されて、ナツコは「頑張ります」と意気込んだ。
送られてきた取説を開くと、エネルギーを扱うためのプログラミングマニュアルが表示された。結構な量で、1から勉強するには相当な根気が必要であろう。
「テストは以上にします。
各位、自分の装備構成については目を通して変更が必要であれば申請を。」
隊員たちはターミナル前に残り、自分の機体構成をチェックする。
いつ実戦になってもおかしくない状況だ。確認できるときにしておかなければいけなかった。
「あれ? そういえばフィーちゃんは?」
その場にいないフィーリュシカについてナツコが尋ねる。
「収容所の見張りをお願いしています。
”姉さん”とやらがくる可能性もありますから。
ところでナツコさんはシアンから”姉さん”についてうかがっていますか?」
「お姉さんについてですか?
確か料理が上手で穏やかで優しい人だって言ってました。
でも血は繋がって無くて、髪も青色じゃないって。
あ、妹さんもいるらしいですよ。詳しい話は一切無かったですけど」
記憶を頼りに答えるナツコに、次から受けた話はちゃんと報告するようにとタマキは釘を刺しながらも礼を言った。
「上手く聞き出してくれたことには感謝します。
明日、もう少し“姉さん”について情報を引き出せないか試して貰えますか」
「はい。ご飯の後にきいてみます」
シアンの食事担当となっていたナツコは、やれるだけのことはやってみると意気込んだ。
「よろしくお願いします。
わたしは部屋に戻っています。あなたたちも消灯時刻までには部屋に戻るように。
では失礼します」
タマキはその場を離れ管理棟の階段を上っていった。
隊員たちは各々確認を進め、リルとカリラが装備構成について揉めたりはしたものの、概ね問題無く全機体の出撃準備が整った。
◇ ◇ ◇
消灯時刻間際になって、タマキは飲料水を取りに談話室へ向かう。
しかしどういうわけか談話室の明かりがついていて、中に2人の先客がいた。
「おうタマちゃん。夜更かしかい?」
タマキが入室するとイスラがからかうように声をかけた。
向かいの席にはカリラ。
机の上には、見るからに酒だと分かる透明なビン。
「飲酒の許可は出してませんよ」
「許可が要るのか?」
イスラは逆に問いかけた。
今は自由時間で、消灯時刻までまだ若干の猶予がある。翌日の任務に支障が出ないのであれば少々の飲酒は構わないはずだった。
しかしタマキは断固として頷く。
「退院許可は出ていても経過観察中の身です。
飲酒などもってのほかです。
そんな怪我の状態で血行を良くして、再び入院することになったら誰がその手続きをすると思っていますか」
「問題無いって。
ほんのちょっとだけさ」
イスラは口元に笑みを浮かべた。その呼気からは”ほんのちょっと”の飲酒とは思えないアルコール臭が漏れている。
「お姉様の退院祝いですもの。
少しばかりの飲酒は許可頂きたいですわ」
ここぞとばかりにカリラも主張した。
彼女が机に置いたコップは、先ほどまでは半分ほど透明な液体が満たしていたが、今は空である。
タマキは空になったコップを手に取ると鼻を近づける。
僅かに残っていた液体から強烈なアルコールが湧き上がり鼻孔を刺激する。度数の低い酒ではあり得ない。
「少しばかり、ね」
問い詰めるようにタマキが口にする。カリラは平然と「ええ少しばかりですわ」と返した。
「どうだい中尉殿も」
あろうことかイスラは酒瓶を手にタマキへと酒を勧める。
呆れ果てたタマキは2人を一喝した。
「大馬鹿者」
しかし言葉とは裏腹にそこまで怒っているわけでも無く、タマキは空のコップを机の上に置いた。
「割って貰える?」
「そうこなくっちゃ。ジンジャエールでいいか?」
「構いません」
これでタマキ同罪だとイスラは上機嫌でコップに氷を入れて蒸留酒とジンジャエールを注ぎ、軽くかき混ぜてから手渡した。
「どうも」
カリラが椅子を勧めるとタマキはそこに腰掛け、コップに口をつける。
タマキは一口で中身を全て飲み干した。勢いよくコップが机の上に置かれると、その飲みっぷりにカリラが小さく手を叩く。
「良い飲みっぷりですこと」
「もう1杯飲むかい?」
イスラが再度酒瓶を手にする。タマキは明確にそれを拒否した。
「結構です。あなたたちもほどほどにしなさい」
「分かってるって」
イスラは半笑いで、自分のコップへ僅かに蒸留酒を注いだ。
それからカリラのコップへも少しだけ注いで、これで終わりにすると酒瓶の栓をしっかりと閉めた。
「中尉さんはお酒、お好きでして?」
立ち上がろうとしたタマキへとカリラが問いかかる。
タマキは顔をしかめながら、イスラへとコップへ水を注ぐよう指示してから答える。
「好きという程ではありません。
機会があれば飲みますけど、こんなものバカの飲み物ですよ」
「金髪おチビちゃんと同意見だな」
イスラがからかうと、ユイと一緒にされたタマキは機嫌を損ねたのか眉を潜めた。
だがイスラは臆すること無く笑いかける。
「たまにはバカになるのもいいもんさ。
で、今日はどうしたんだ? 朝から思ったんだがいつもと様子が違うぜ。
しばらく会ってないうちに変わったわけじゃないだろ?
ああ待った。当てて見せるよ。――お兄ちゃんに怒られたんだろ」
図星をつかれてタマキは聞こえるように舌打ちをした。
イスラが「まあまあ」となだめながら酒瓶の栓を引き抜いて差し出すと、タマキは無言のままコップを前に差し出す。
「愚痴くらいきくよ」
酒を注ぐイスラが告げる。
タマキは拒否感を示すが、カリラが口を開いた。
「酔っ払いの戯言なんて、誰も余所で言いふらしたりしませんわよ」
「どうだか」
タマキは鼻であしらいながら、ジンジャエールの瓶を差し出すイスラを無視して、コップに入った蒸留酒を口に含んだ。
強烈なアルコールに口の中が熱くなり、慌てて飲み込んでしまうと今度は喉が焼ける。
むせかえるタマキへとイスラは水の入ったコップを差し出す。
「無茶するから」
むせたせいで目を真っ赤にしたタマキは、受け取った水を飲み干し、焼けた喉を冷ますように口を開いて深呼吸を繰り返す。
落ち着いてからアルコール度数を尋ねるタマキに対して、イスラは酒瓶に小さく記されていた40という数字を示した。
「バカの飲み物だわ」
「知ってるよ。
で、あのシスコンは何だって?」
「あのシスコンは真っ当なことしか言ってません。
悪いのはわたしです」
「だろうね。
そうじゃなきゃ怒ったりするはずない」
イスラは豪快に笑う。それを不快に思いながらも、タマキは更に水を1杯受け取ってから語り始める。
「シアンと言う名の少女を不当拘束していた件についてです。
彼の指摘は最もですし、個人の判断で拘束した上に、結果として部隊員と部隊の存続そのものを危うくしたのですから、説教されたのは仕方の無いことです」
シアンの拘束について説教されたというのは、イスラもカリラも予想していた。
しかしそれによって部隊の存続が危うくなったというのには黙っていられず、イスラが尋ねる。
「それで、部隊の存続のほうは大丈夫なのか?」
「まだ分かりません。
不当拘束について大隊長より上に報告していませんから」
「あらまあ。ま、何とかなるさ。
これまでだってツバキ小隊はいつ潰されたっておかしくなかったんだ」
イスラは再び豪快に笑った。
その楽観的な態度にタマキは眉を潜めるも、向かいに座るカリラもどこか他人事のように笑っている。
「あなたたちにとってツバキ小隊は大切な場所でしょう?」
「そりゃあ違いない」
イスラは前置きして、蒸留酒を喉の奥に流しこんでから続ける。
「タマちゃんだってハツキ島婦女挺身隊の名誉隊員だ。
列記としたツバキ小隊の一員なのさ。
だからタマちゃんがやらかして部隊が無くなったとしても気にしやしない。しょうがないことさ。
他の誰がやらかしたってそう。
そうじゃなきゃあたしがやらかした時に責められるからな」
イスラは冗談のように笑う。
アルコールが入っているからか妙に上機嫌だった。
そんな彼女へと向けてタマキは大きくため息をつく。
「今回の件はわたしの個人的事情による問題です。
それでもそう言い切れますか?」
問われたイスラは回答を断る。
「その件についてはノーコメント。
生憎、連れ去るときも拘留してるときも襲撃受けた時も、意地の悪い指揮官のせいで病室に閉じ込められてたからな。
あたしからは何も言えやしないよ」
「意地が悪くて失礼しましたね。
カリラさんは?」
タマキの視線がカリラへ向くと、彼女は機嫌を損ねたように口元を引きつらせると答えた。
「今回の件が個人的事情だと思っているのでしたらそちらの方が問題ですわ。
輸送部隊をつけ回したのは浅慮な行動だとは思いますけれどね。それにつきましても総司令官直々の命令に対する不信感はツバキ小隊の誰もが抱いていましたもの。
あのクソガキの拘束についても誰も反対していませんわ。
レインウェル地方での輸送護衛であのクソガキとその仲間たちにどんな目に遭わされたのか、中尉さんだって忘れてはいないのでしょう?
とっ捕まえて情報を聞き出すのは当然ですわ。むしろ拷問や違法薬物の使用に走らなかったのはとても理性的な行動だとすら思えましてよ。
1人残らずあのクソガキに少なからずききたいことがあった。
わたくしだって、お父様のことですとか、13機目の〈空風〉のことですとか、知りたいことはありましたわ。――答えては頂けませんでしたけれど。
ですから、不当拘束が中尉さんの個人的事情によるものだとしても、その判断はツバキ小隊全員が望んだ物でしてよ」
カリラの回答を聞き終えて、すかさずタマキは反論する。
「しかしその結果、帝国軍の襲撃を招いた」
「帝国軍に攻撃されるのはいつものことでしょう?
それに誰1人欠けること無く返り討ちにした。違いますこと?」
「結果論ですよ」
「結果より大切なことがありまして?」
問いに、タマキは返答できない。
これまでの行動は過程としては最悪だ。
しかしその結果としてタマキは祖父に繋がる可能性を見出していた。
「いつだって評価されるのは結果であって課程じゃ無いのさ」
「その通りですわお姉様。
〈アヴェンジャー〉も入手出来ましたし、今のところ最高の結果ですわ」
入手をもくろんでいた機体が手に入りカリラは上機嫌だ。
元よりイスラもカリラも楽天的な性格だ。それがアルコールも入っていて、いつも以上に細かく物事を考えなくなっている。
タマキはため息をつく。
「あなたたちみたいに、頭の中を空っぽに出来る人間が羨ましいわ」
「簡単さ。もう1杯飲めば良い」
イスラは酒瓶を差し出すが、タマキは拒否した。
「もう止めておきます。
二日酔いになったらまたお説教よ」
「新任士官なんて説教されるのが仕事みたいなもんじゃないのか?」
イスラは笑うが、その言葉はタマキに重くのしかかった。
いつもより長めのため息が吐き出されると、流石にイスラもタマキを気遣う。
「違ったか?」
「いいえ違わないわ。
でもね、わたしは時期尚早の昇進だったとは言え中尉なのよ。
何も知らない新任士官とは違う。
それなのにシスコンの上官からお説教されて、頭の悪い部下に慰められてる。
こんなんじゃいつまで経っても1人前の士官になんかなれやしない。
もしかしたら士官なんて向いてなかったのかも」
アルコールが回ったのか、タマキの口調はいつもよりずっと崩れていて、話し方もたどたどしかった。
そんなタマキの言葉に対して、イスラは大口をあけて笑う。
タマキは「言いたいことがあるなら言え」と睨み付けたが、イスラはいつまで経っても笑いやまない。
我慢できなくなったタマキが冷めた表情で告げる。
「何が可笑しいのか説明しなさい、イスラ・アスケーグ」
しかしイスラは笑うのを止めない。
タマキはいよいよ机を叩いて無理矢理に黙らせた。
「命令です説明しなさい。
しないのなら精神病棟に放り込みます」
それは流石に勘弁して欲しいと笑うのを止めたイスラ。
しかし開口一番にふざけた質問を飛ばす。
「どうして怒るときはいつもフルネームなんだ?」
「質問しているのはこちらです」
いいから答えろと脅迫を受けて、イスラはやむなく口元に笑みを浮かべながらも答えた。
「じゃあ答えるけど、タマちゃんが士官に向いてないのなんて周知の事実だろ。
めんどくさがりだし、シスコンの兄ちゃん捕まえて越権行為しまくるし、部下の規律違反隠蔽するし。ろくなもんじゃない。
――そんな怖い顔しないでくれよ。
士官としちゃアレかも知れないが、あたしらにとっちゃ最高の隊長さ。これだけは間違いない。
1人前の士官かどうかって問われたら間違いなくNOだ。
だがハツキ島義勇軍ツバキ小隊の隊長としては文句なしに1人前さ。
あんた以上にあたしらをまとめ上げられる人間なんて、宇宙中探したって見つかりっこない。
だからこれからもよろしく頼むぜ? 隊長殿」
いたずらっぽく微笑みかけるイスラ。
タマキはそれを適当にあしらう。
「酔っ払いの戯言だわ」
「違いないね」
イスラはまた豪快に笑って見せた。
タマキは舌打ちすると席を立ち、士官用端末を取り出し時刻を確かめて告げる。
「消灯時刻を過ぎています。
罰は明日言い渡すので覚悟しておくように」
「そりゃ無いぜタマちゃん」
「指揮官の責任ではありませんこと?」
タマキがこの場に居ることですっかり油断して失念していた消灯時刻を指摘され、罰を逃れようとする2人。
しかしタマキは情状酌量の余地を一切認めず冷酷に告げた。
「直ぐに片付けて就寝するように。
遅れた分だけ罰が重くなります。
ではわたしは失礼します」
飲料水を回収したタマキは、あたふたと片付けに奔走する2人を残して談話室から立ち去った。
ツバキ小隊の隊長として褒められたことに気恥ずかしさはあった。
でもそれも、体温がいつもより高くなっているのも、全部アルコールのせいだと思い込むことにして、タマキは足早に自室へと戻った。
◇ ◇ ◇
明朝、タマキはいつもより早くに目が覚めた。
起床するには早すぎると再び眠りにつこうとするのだが、どうにも寝付けない。
就寝前のアルコール摂取で眠りが浅くなったからだ。
タマキは仕方なく身体を起こしてベッドから降りる。
立ち上がってみると頭が重い。
二日酔いではないだろう。単純に眠りの質が悪くて疲れが抜けきってないだけだ。
水を飲んで無理矢理頭を覚醒させる。
眠り直すよりこのまま起きていたほうがいいと判断した。
日中どうしても眠くなるようなら、雑務から抜け出して適当な理由をつけて自室に籠もれば良い。士官にはそれが可能だ。
水筒を置くと、机の上に飾られていた写真立てが目に入った。
タマキが尊敬する2人。祖父のアマネ・ニシと、先の大戦の英雄ユイ・イハラ。
まだ少尉だったユイ・イハラは、元帥を隣にしてガチガチに緊張していて、強ばった表情にぎこちない笑みを貼り付けていた。
戦局をひっくり返すような大活躍をした彼女にも新任士官の頃はあった。
当たり前のことだが、この写真を見るとそれが確かに実感できる。
――彼女が中尉だった頃はどんな姿だったのだろう?
思いを巡らすようにして、タマキは写真立てを手に取った。
写真立てから小さな鍵が落ちる。
前回謹慎を受けた時、実家で母親のフミノから受け取ったものだ。
そしてフミノはそれをアマネから受け取っている。もしタマキが軍人になった時に渡すようにと。
タマキは写真立てを置いて、その後ろにあった小さな木箱を手に取った。
これもアマネがタマキへ宛てて残したものだ。
鍵は手元にあるが開けたことはない。
アマネは「士官として1人前になったとき箱を開けるように」と言づてを残した。
だからタマキにはとても開けられなかった。
昨晩のイスラの言葉が脳裏に蘇る。
ツバキ小隊の隊長としては1人前だと認めてくれた。
アルコールが残っている内に感謝しておくべきだったと後悔するが、もう遅いし、あれだって本当に酔っ払いの戯言だったのかも知れない。
タマキは鍵を拾い上げると木箱の鍵穴へと差し込んだ。
心の中で、アマネへと謝罪する。
――ごめんなさいおじいさま。わたしは士官としては未熟かも知れません。ですが、ツバキ小隊隊長として開けさせて貰います。
軽く回すと鍵は簡単に外れた。
木箱の蓋が開く。
中に入っていたのは、古い紙の手帳だった。
「航宙日誌?」
アマネは本当に失いたくない記録は紙に残した。ユイ・イハラの少尉時代の写真と同じように。
この航宙日誌もどうしても残しておきたかったのだろう。
タマキは航宙日誌を手に取った。
すると日誌の最初のページに挟んであった写真が机の上にひらりと落ちる。
写っているのは2人の女性。
ご丁寧に、顔の上にアマネの字でそれぞれの名前が注釈されていた。
短い黒髪。若干垂れた瞳。左目の下に泣きぼくろのある女性は、ユイ・イハラ。
その隣に写るのは――
「――アイノ・テラー」
タマキは航宙日誌を置くと急いで着替え、拳銃を手に部屋を飛び出した。
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