第227話 約束

 帝国軍の一大拠点となったラングルーネ基地と、統合軍の攻勢拠点となったラングルーネ・ツバキ基地。

 両基地の間で帝国軍が大きな動きを見せた。

 統合軍側の前進陣地が脅かされ、内側の警戒陣地内へと強行偵察が敢行される。

 帝国側の前進陣地は夜半からその境界を押し上げ始め、明け方には新しい対空砲陣地の存在が確認された。


 攻勢開始の兆しを見せるラングルーネ方面に対し、統合軍トトミ司令部はレイタムリット基地から増援を決定。

 防衛師団の移動が開始された。


 それに伴い基地内の区画再編が始まり、ツバキ小隊の所属する第401独立遊撃大隊も間借りしていた大隊司令部を返却し、新たな司令部を基地防壁外側へ設置することとなった。

 場所は帝国軍からの奇襲を受ける可能性があるラングルーネ・ツバキ基地東側。からくもその場所はツバキ小隊の隔離されていた更生施設付近だった。


 ツバキ小隊は更生施設に残ったまま、施設に拠点設備を導入する運びとなった。

 互いに睨み合っている状況ならば素行不良者の更生も価値ある行為かも知れないが、実際に基地が戦闘に巻き込まれたらそんなことをしている余裕は無い。

 折角存在する建物を活かして、管理棟を兵員宿舎に、1階の〈R3〉保管庫は改修し大隊基地と連結された〈R3〉ターミナルに、倉庫は装甲騎兵格納庫に、収容施設は物品保管庫に。


 タマキは施設の大改修計画を発表すると、隊員たちへ速やかに行動開始するよう命じた。

 謹慎処分が解除されたことで通信機材が運び入れられサネルマが設置にあたる。

 同時に戦略物資の受け入れも開始し、リルとフィーリュシカが大隊輸送車両から積み降ろされたエネルギーパックや弾薬を収容施設へと運び入れる。


 改修が伴う作業については、倉庫をユイとトーコ。〈R3〉保管庫はカリラが担当となった。

 改修に必要な機材を受け取るため3人はトレーラーで基地内の輜重科倉庫へ向かう。

 戻ってくると機材が倉庫に運び入れられ作業が開始された。


 〈R3〉保管庫の改修については、昨晩の帝国軍の襲撃によって所有〈R3〉に手が加えられていないか分解検査してから実施されることになった。

 担当を任命されたカリラは隊員の〈R3〉とツバキ小隊所有の装着装置を管理棟1階大広間に並べて、1つ1つ念入りに調査し始めた。


「問題は無さそうですか?」


 新大隊司令部から指揮官用の据え置き端末を受領して来たタマキは、管理棟入って直ぐの所で作業する2人に声をかけた。


「機体のほうに細工は無さそうだな。

 ただデータの方は全部抜いてったみたいだ。

 あたしらの戦闘ログなんか何に使うんだか」

「戦闘ログですか?」


 返ってきた答えにタマキは思わず尋ねた。

 しかしそれ以上の問題が存在することに気がついて、今し方返答を返した人物を睨む。


「イスラ・アスケーグ。

 どうしてあなたがここに居ますか」


 分解した〈C19〉の部品を確認していたのは、車椅子に乗ったイスラだった。

 まだ退院許可が出ていないはずの彼女がここにいることをタマキは問い詰める。


「担当医には退院していいって許可貰ったぜ」

「わたしは許可を出していません」

「そう。だから貰いに来たんだ」


 イスラは悪びれること無く、退院許可の申請を表示した端末を差し出した。


「そんなものは直接渡さずデータを送ってくればよろしい」

「そうだったのか? 知らなかったよ」


 タマキの脳裏に一瞬だけ、蹴っ飛ばしてやろうかという感情がわく。

 だがそんな直情的な感情は直ぐに消え失せ、この問題について責任をとるべき人間に当りをつけた。


「その足で基地防壁内からここまで1人では来られませんね。

 誰かが手を貸した。

 何処の誰ですか。名乗り出なさい」


 タマキの視線は部屋の隅で作業していたカリラに向けられて、声も明確にそちらへと向けられていた。

 一応容疑者はトレーラーに同乗していたユイとトーコも含まれるが、イスラをわざわざ連れ帰ってくるような人物は1人しか居ない。

 ほとんど名指しされたような状況で、カリラはすっとぼけて返す。


「申請書に中尉さんの印が必要とのことでしたので連れて来ましたわ」

「行動の前に通信で確認をとるべきです」

「すっかり失念していました」


 確信犯だ。

 タマキは大きくため息をついて、大馬鹿者2人を交互に見やった。

 分かってやっている以上反省なんてしない。

 叱りつけて衛生部に戻してやってもいいが、向こうも戦闘開始が迫り忙しいであろう。

 当初の予定より早いイスラへの退院許可も、少なからず帝国軍の動きが影響している。

 だとすれば出てきた患者を無理矢理戻しては大迷惑だろう。


「次からは指示にない行動をとる場合は事前に確認をとること」

「当然ですわ」

「イスラ・アスケーグ、返事」

「了解です中尉殿」


 今更こんな当たり前のことをとは思いながらもタマキは2人に約束させた。

 それから一応イスラの体を気遣う。


「体調はもう良いのですか?」

「前から言ってるとおりすっかり健康体だよ。

 拘束されてなきゃ片足でここまで走って来れたぜ」


 イスラは笑いながらも、車椅子に縛り付けられている拘束について外してくれと意思表示をする。

 タマキは絶対に外すなとカリラへと視線を送り、有無を言わさず頷かせた。


「カリラさん。彼女はここにいて仕事の邪魔になりませんか?」

「邪魔どころか大いに助かりますわ。

 全ての機体を分解検査してからターミナル導入だなんて1人ではとても終わりません。

 お姉様が居れば夜までには終わりましてよ」

「それは大変結構」


 タマキもカリラ1人では今日中に終わらないだろうとは考えていた。

 後で大隊から人を借りるなりする予定だったのだが、イスラが勝手に戻ってきたおかげでその必要がなくなった。

 少しばかり兄のカサネとは話しづらい空気になっているので、交渉の必要がないのは喜ばしかった。


「それで先ほどの話ですが、抜き出されたデータについて詳しく教えて貰えますか?」


 タマキの質問が仕事の話題になると、イスラは真剣な眼差しで重装機用装着装置を示して答えた。


「知っての通り〈R3〉の戦闘ログは各機体に記録されるし、機体を収容した装着装置にもバックアップがとられる。

 そのデータがコピーされて持ち出されてた。

 特に〈アルデルト〉のデータは圧縮もせず完全コピーしてる。

 まあフィーリュシカ様の戦闘ログが一般人の役に立つとは思えないけどな」

「フィーさんの戦闘ログですか」


 奇襲が失敗したにもかかわらず、帝国軍襲撃部隊の指揮官はこの管理棟1階に留まった。

 その理由がフィーリュシカの戦闘ログ入手にあるのだとしたら――。


「ブレインオーダーの製造にフィーさんの戦闘データを使うつもりでは」

「あんなのが量産されたら統合軍は終わりだな。

 だが戦闘データは統計と確率に基づいて作成されるんだろ?

 だったら1人分の、しかもあらゆる真っ当な人間の行動からかけ離れたフィーリュシカ様のデータなんて、正規分布から外れに外れてゴミデータ扱いされて終わりじゃないのか?」

「統計的に見ればそうでしょうが……」


 楽観視するならイスラの言葉は正しい。

 フィーリュシカの戦闘ログは端から見れば意味不明な数値の羅列でしかない。

 彼女が強いかと問われれば肯定するほかない。

 しかしその強さは統計的に”正しい”強さとは別の物だ。


 彼女の行動は全て滅茶苦茶で、本来であれば異常行動として扱われるべき物だ。

 だがその異常行動の繰り返しが、どういう訳か奇跡的に強いと評価せざる得ない結果に結びついている。

 異常行動しかしていないのだから彼女のデータだけをもってそれを再現するのは不可能。

 中途半端に真似したところでほんの少しの綻びがあれば途端に全てが無意味――どころか自分の身を滅ぼす行動にしかならない。

 かといって他の統計的にまともなデータと組み合わせようとしても、全て異常値なのだから当然のことながら弾かれる。統計学的に見れば彼女のデータはエラーを生むノイズでしかないのだから。


「判断はそっちに任せるよ。

 あたしなら敵指揮官機の通信ログ漁って、抜き出したデータを何処かに送信してないか調べとくね」

「そうですね。そのように連絡しておきましょう。

 では引き続き作業をお願いします」


 作業が再開されるのを見届けたタマキは、床に並べられた機体を避けながら管理棟2階へ続く階段へ向かった。


          ◇    ◇    ◇


 倉庫の改修担当となったトーコは、野外に運び出された〈音止〉を見上げる。

 謹慎処分を受け限られた設備で修理を続けてきた。

 昨晩は基地内設備の使用許可をとりつけ作業は進んだが、それでもまだとても戦闘出来る状態には無い。


「いつ頃直りそう?」

「新品受領した方が早い」


 ユイの返答はもっともだ。

 それでも、トーコはこの〈音止〉を修理して欲しかった。


「拡張脳、他の機体に移せるの?」

「不可能ではない」

「不可能じゃないならやってよ」

「愚か者め」


 ユイはふてくされたように言った。

 それからトーコの元へ小さな歩幅で歩いてくる。

 トーコは作業に戻れと叱責されるのだろうと思ったが、そうではなかった。

 ユイは牽引車両に乗せられた〈音止〉の脚部へと右手を伸ばし、そっと装甲に触れる。


「こいつはよく戦ったよ。

 下手クソなパイロットのせいで出撃する度ボロボロになって」

「下手クソで悪かったね」

「分かってるなら口答えする前に腕を磨け」


 下手クソ扱いされるのにもトーコはすっかり慣れていた。

 それでもユイは〈音止〉を修理してくれるし、戦闘になれば後部座席に座って嘔吐してくれる。これ以上頼もしいこともない。


「修理、するよね?」


 確認するようにトーコは尋ねた。

 そのためにこれまで時間を見つけてはコツコツと小さな補修を続けてきたのだ。

 大隊から修理用部品の補給が正式に行われるようになった今、あと必要なのは整備士のやる気だけだ。


「戦闘は無理だが動くようにはしてある。

 こいつはもうこれで十分だ」

「帝国軍が今日にも攻めてくるかも知れないのに?

 私は居残りなんて嫌だから」

「愚か者め」

「それはさっき聞いた」


 トーコはユイの表情をまじまじと見つめた。

 頭ごなしに批判してくるのはいつも通りだが、その口調はどこか優しげだ。

 それもユイの口の悪さに慣れてしまった錯覚かも知れないと考えつつも、トーコは手を伸ばしてユイの頬をつねってみる。


「何をする」

「いつもと様子が違ったから。

 寝ぼけてるのかも知れないと思って」

「寝ぼけてるのは貴様だ。

 愚か者め」

「それは知ってるって」


 やはりどこか様子のおかしいユイ。

 トーコは膝を曲げ、ユイと目の高さを合わせるとその顔を真っ直ぐに見つめた。


「まさかパイロット変えようなんて考えてないよね?」

「どうだろうな。

 下手クソ過ぎて再考の余地有りだ」


 ユイは視線を逸らすこと無く嫌味たらしく返した。

 トーコにはそれは本心から言っているのではないように思えた。


「じゃあ何の悪巧み?」

「愚か者め」


 もう4度目。言いかけたがトーコは口をつぐんだ。

 ユイは何かを伝えたがっている。でも、それを伝えて良いのか悩んでいる。

 きっとそれは、〈音止〉とトーコにかかわる大切なことだ。

 

「もし言いたいことがあるなら遠慮無く言って。

 今なら隊長も居ないし」


 発言を促され、ユイの濁った瞳が更に陰る。

 だがトーコが真っ直ぐに視線を向け続けると、観念したのか彼女は語り始めた。


「これからの戦いは、これまで以上に過酷な物になる。

 だがあたしゃ死ぬわけには行かない。

 最悪の場合、お前を囮にしてでも生き延びるつもりだ。

 逃げ出すなら今のうちだ。逃げたとしても誰にもお前を批難させない」


 そんなことか。

 トーコはちょっとおかしくなって、それでも真剣な眼差しのまま答えた。


「私は逃げない。

 囮に使えるなら使って貰って構わない。

 それでも私は死んだりしない。

 私は、戦って戦って、戦い抜いて、生き残る」


 トーコとしては大真面目に言ったつもりだったのだが、ユイは呆れたような表情をして、それから1つ鼻で笑った。


「半人前が言っても当てにならん」

「もうすぐ一人前になるから。

 だから機体修理して」


 再度の要求に対してユイは明確に否定した。


「断る」

「どうして?」


 ユイは理由を説明するつもりはないようだった。

 問いかけを一切無視して、トーコへと逆に問う。


「本当に逃げるつもりはないのか?

 ここから先は引き返せなくなるぞ」

「しつこい。

 私は戦うよ」

「愚か者め」


 「5回目」とトーコは告げた。

 それからじっとユイの顔を見つめる。押し黙ったまま視線を向け合う2人。

 ユイはそれで、トーコの意志が変わらないことを確かめてついに切り出した。


「覚えているか?

 お前が黒い〈ハーモニック〉如きに無様に敗北した後、再びパイロットにしてやるときつけた条件を」

「無様は余計だけど覚えてる。

 ユイの命令に従う。それがどんなことでも。

 で、何? 何でも言ってくれて構わないよ」


 それでユイの気が済むならとトーコは返す。

 ユイは一瞬躊躇したようだが、呼吸を落ち着けて、周りに誰も居ないことを確かめて告げる。


「この〈音止〉はお前のためにあたしが造った機体だ。

 だが〈音止〉はもう1機ある。

 それは統合軍にも帝国軍にも分からない場所に隠してある。

 ここからそう遠くない場所だ」

「取りに行こう」


 意気込んで告げるトーコの言葉をユイは否定しない。

 静かに頷き、続ける。


「時が来たら指示を出す。

 その時は、どんなことがあろうとあたしの指示に従え。いいな」


 念押しに、これはろくなことにならないとトーコは確信した。

 それでも確かに頷く。


「分かった。約束は守らないとね」

「それでいい。

 他言無用だ。今はこっちの作業に集中しろ」

「了解」


 ユイとトーコは揃って倉庫に入り、運び入れられていた改修資材の確認作業を開始した。

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