アイノ・テラー

第226話 謹慎解除

「自分が何をしたのかわかっているのか?」


 収容施設の襲撃から一夜明け、帝国軍兵士の遺体回収、戦闘状況報告、移動経路の特定などもろもろの処理が片付いた後。

 大隊長のカサネは、このような辺鄙な場所にあり戦略上の重要施設でもない収容施設に帝国軍が攻撃を仕掛けた意図が分からず、タマキへと何か心当たりはないかと尋ねた。

 タマキはごまかそうとも考えたが、ここまでの事態に発展してしまった以上隠して置けるはずもないと、収容施設に隔離されたシアンの存在を明らかにした。


「先日の輸送作戦からずっとここに隔離していたのか?」

「昨日までは下の懲罰房にいれてました」


 更に状況の悪くなる報告にカサネは頭を抱える。


「軍規に乗っ取らない個人的理由での拘束は人権侵害だ」

「所属も名前も明らかにせず戦闘行為に及んだのよ」

「それでも人権が失われることはない。

 統合軍の監視下のもと収容されるべきだった」

「分かってる。

 でもこの子、わたしが必要な情報を知ってるかもしれなかったから」


 曖昧な回答にカサネはため息をついた。


「それで、その情報とやらは得られたのか?」

「まだ。

 だけどおじいさまの情報を知っているのだけは確かよ」


 カサネは再び大きくため息をついた。

 祖父であるアマネ・ニシがかかわると、タマキはいつも以上に制御が利かなくなる。

 捕らえられた少女が祖父の情報を持っているとなれば、タマキはそれを聞き出すために手段を択ばないだろう。


「まだ拘束を続けるつもりか?」

「駄目なのは分かってる。でももう少しだけ時間が欲しい」

「……そう長い期間ごまかせはしないぞ」

「兄弟そろってろくなもんじゃないわね」


 2人の会話を遮るように、ベッドに横たわっていたシアンが声を発した。

 シアンは立ち上がると入り口に据えられた監視用窓の前に立つ。


「あんたの方が話が早そうだわ。

 コゼットに連絡付けて」


 カサネは要求に対して頷いた。


「連絡はする。手続きは進めておこう」

「すぐに連絡しないと後悔するわよ」

「何事にも準備が必要だ」


 カサネは連絡をとることについては否定しないものの、タマキの要望にも応え、若干の猶予を残す選択をした。


「ま。せいぜいよく考えることね。

 あたしは今のところ快適だから文句を言う気もないけど、あんたたちがどうなるかなんて知ったこっちゃないのよ」


 カサネが出してくれるわけではないと確認して、シアンはベッドへ戻ろうとする。

 その背中へとタマキが声をかけて呼び止めた。


「起きているうちに聞いておきます。

 あなたとアマネ・ニシはどういう関係ですか?」

「知り合いの知り合いよ」

「先日は会ったことはないと言いましたね」

「言ってない。

 忘れたって言ったのよ」

「まだ思い出せませんか?」

「いいえ。思い出したわ。

 何度か会ったことが有る」


 タマキはカサネへ視線を送る。

 アマネと会ったことが有るのならば、詳細な情報を聞き出す必要があった。


「それは何時ですか?」

「忘れたわ」

「彼は今どこに居ますか」

「それは知らない」


 シアンは断固とした態度で回答した。

 タマキはシアンを睨み、本当に知らないのか、実際は知っていて隠しているのか見定めようとする。

 それに応じるようにシアンは口を開く。


「本当に知らない。

 でも連絡方法は知ってる」

「教えて」

「残念。

 あたしが知ってるのは通信コードの半分だけ。

 もう半分は姉さんが持ってる。

 それに、通信が繋がるのは決められた定時連絡時間内だけ。

 次の連絡は――2日後だったはず」


 タマキはもう1度カサネへと視線を送った。

 カサネは顔をしかめながらも頼みを聞き入れる。


「2日だけだ。

 それに通信コードはどうするつもりだ」


 タマキはシアンへと問う。


「その姉さんとやらの居場所は?」

「秘密。

 でも直ぐに会いに来るわ」

「よろしい」


 頷くタマキを見て、カサネは「合法的に」と釘を刺すのだが、その発言は軽くあしらわれた。

 話すことは終わったとベッドに戻るシアンに対してタマキは尋ねる。


「もう1つ。

 懲罰房区画の敵機残骸を調べましたが、人間の力では考えられない破損状況でした。

 あなたは〈R3〉を装備していなかったはずです。

 ――一体あなたは何者ですか?」


 問いかけにシアンはつまらなそうに視線を向けた。


「答える必要性を感じないわ」

「いいでしょう。質問は以上です」


 ちょうど朝食を持ったナツコがやってきた。

 タマキはシアンの監視をナツコへと任せて、カサネと2人収容所区画から離れる。


 カサネを建物の外まで送る途中、彼がタマキへ語りかけた。


「なあタマキ。

 お前がじいさまの行方を何としてもつきとめたいのは理解してる。

 してるが、お前は義勇軍とは言え、部下を率いる士官だ。

 前にも言ったが、お前のやりたいことは分かる。だがそれでも部下たちの存在を忘れてはいけない。

 今回のお前の行動は部下を危険にさらした上、部隊の存続すら危うくさせるようなものだ。

 可能な限り手を貸すつもりだがそれにも限度がある。

 もう少し士官として自覚を持ってくれ。

 じいさまだって、お前が部下を失うことも、軍法会議にかけられることも望んではいないだろう」


 カサネに説教を受けたタマキはうつむき気味に「これからは気をつける」と返した。

 説教をされたのに珍しく言い返さないタマキに対して、カサネもそれ以上は責めたりしなかった。

 タマキ自身、今回の行動が軽率で褒められたものではないと理解していた。

 本人が非を認めている以上、それについて更に追求する必要も意味も無い。


「事態が事態だ。ツバキ小隊を隔離し続けることも出来ない。

 一応謹慎処分は解除するが、しばらくは雑務に回って貰う。

 拠点は引き続きここを使ってくれ。

 大隊司令部もこちら側に移設されるし、何よりあの少女を余所に動かすわけにも行かないだろう。

 設備については今日中に改修させる」


 謹慎解除を言い渡されてもタマキは表情暗く「分かった」とだけ返す。

 カサネはそんなタマキの肩を叩いた。


「隊員の前でもそんな顔をしているつもりか?」

「分かってる。分かってるわよ。

 お兄ちゃんのくせに口うるさくお説教垂れないで」

「悪かった」


 タマキが俯くのをやめたのを見て、カサネは気持ちよく謝罪した。

 すっかりいつもの調子を取り戻したタマキは尋ねる。


「帝国軍の様子は?」

「昨晩から動きがあった。

 ラングルーネ基地から前線へ大動員がかかっている。

 戦闘開始は近いだろう」

「出撃命令が出たらどうしたらいい?」

「その時は出撃してくれ」

「了解。

 大好きよ、お兄ちゃん」


 更生施設の出口に到達し、別れ際、タマキはいつもの台詞を送った。

 見送られたカサネは車両に乗り込むと、運転席に座っていた副官のテレーズ・ルビニ少尉へと出発の合図を出す。

 テレーズはタマキの方を見て軽く頭を下げると、車両を出発させ更生施設を後にした。


 残されたタマキは扉を閉め、周りに隊員がいないことを確かめて大きくため息をつく。


「――わたしは、どうするべきだったの?」


 問いかけても誰も答えてはくれない。

 統合軍士官として与えられた命令だけ忠実に実行すべきだったのか、ツバキ小隊隊長として彼女たちの目的のために身を投じるべきだったのか、タマキ個人としての目的を優先すべきだったのか。

 考えた所で答えは出ない。

 相談しようにも、彼女が最も頼りにしているアマネ・ニシは行方不明だ。


「一人前の士官なんて、わたしにはほど遠いわね」


 アマネの示した目標からは遠く及ばぬ自分に嫌気がさしながらも、タマキは頬を叩いて憂鬱な気分を振り払い、施設設備改修準備のため隊員たちへ招集をかけた。


         ◇    ◇    ◇


「今日はお肉多めにしましたよ。

 シアンちゃんにはまた助けて貰いましたから」


 朝食を渡すナツコはご機嫌で、受け取るシアンはそれに若干引きながらも、言葉通り合成肉の多く入ったスープを見て少しばかり機嫌を良くした。


「全部肉でも良いくらいなのよ。

 何なら缶詰のまま出されてもいい」

「お肉だけなんて栄養バランスが悪すぎます」

「それは生きてる人間の理屈よ」

「言われてみると……。

 もしかして本当にお肉だけの方がいいんです?」


 真剣に尋ねられると、シアンはばつの悪い顔をして返した。


「だけは言い過ぎた。

 でも今のあたしに動物性タンパク質が必要なのは間違いないわ。

 いつまで経っても身体の修復が終わりやしない」


 言って、シアンは食事の受け渡し口へと潰れた銃弾を3つばかり投げ込んだ。

 ナツコはそれを手に取って確かめる。全て個人防衛火器の小口径高速弾だった。


「何処で拾ったんです?」

「身体の中に残ってたのよ。あんたかばって撃たれた奴。

 あと少しで肺まで達する所だったのよ」

「そ、それは、ごめんなさい。

 痛いんですよね」

「当たり前でしょ。

 ま、あの人形女に盾にされて撃たれた機銃弾に比べればマシよ」

「大丈夫なんですか?

 必要ならお医者さん呼びます?」

「医者が診たところでどうにもなりはしないわよ」


 シアンは機嫌悪く返したが、食事に手をつけると不機嫌もどこかに行ってしまったらしい。

 機嫌を良くしたシアンは食事の合間にナツコへと問いかける。


「あんた、あたしのこと隊長にちゃんと説明してないでしょ」

「シアンちゃんのこと?

 なにかありましたっけ」

「死んでることとか」

「あ、してないです。

 した方が良かったですかね?」


 ナツコのとぼけた回答にシアンは頭を痛めた。


「別に。あんたの好きにしたら良いのよ。

 でもあんた、隠し事なんかして怒られないの?」

「バレたらあるいは……。

 でもシアンちゃんが本当に死んでいるって証拠も無いですし。

 それに前も言ったとおり、シアンちゃんと私たちは協力し合えると思うんです」


 またその話かとシアンは唇を尖らせる。


「ね、シアンちゃん。

 私たちはハツキ島を取り戻すために戦ってるんです。

 力を貸して貰えませんか?」

「お断りよ」


 シアンは申し出をきっぱりと断った。


「でもシアンちゃんは帝国軍の敵なんですよね?」

「だとしても、あたしにはあたしの目的があるのよ」

「それって何です?」


 シアンはむすっとした表情を向けて、答えるつもりはないと意思表示した。

 それから逆にナツコへと提案する。


「あんたがあたしに協力しなさい。

 特別にあたし専属の食事係にしてあげるわ」

「ええと、それはちょっと。

 私はハツキ島を取り戻さないといけないので」

「ならこの話は終わりね」


 ナツコは「むむむ」と一切譲歩してくれないシアンの感情へ訴えるべく視線を向けるが、彼女はそんなこと気にするはずも無く黙々と食事を続けた。


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