第210話 修繕作業
「クソッ。
統合軍にはアホしかいなかったのか。
おい、ここの傷も塞いどけ」
ユイは愚痴りながらも、零点転移炉の外装を見てまわり弾痕や傷の修理指示を出す。
すっかり助手扱いされているカリラは、指示を受けると傷の具合を概算し、必要な修理資材の量を直接外装へと書き込んだ。
〈パツ〉コアユニットは内部の点検を始める前に備蓄エネルギーを全て排出する必要があり、現状触れるのは外装ぐらいだった。
「人使いが荒すぎませんこと?
そもそもこの傷塞ぐ必要ありますの?
この程度の作業なら軍の技術者使って下さる?」
「バカを言うな。
あのボンクラ共に触らせるとろくなことにならない」
「だからといってわたくしに全部投げるの止めて下さいます?」
「フィーの手が空いたら手伝わせる」
1人から2人になったところで問題は解決しないとカリラは唇をとがらせた。
零点転移炉は出力に対する体積比としては非常に小型だ。
だが出力が移動要塞〈パツ〉を稼働させ、あまつさえ産み出されたエネルギーによって物理法則をねじ曲げてしまうほどのものなのだから、当然いくら出力体積比が優れていようとも巨大になる。
そんな零点転移炉の外装についた傷の1つ1つを直せと言われたら、あまりに途方もない作業だ。
とは言えカリラもコレクター気質で、中身はもとより外観も気になってしまうたちだったので、修理指示の出された箇所については元より傷など無かったのように完璧に直していた。
「せめて何人か暇な人間捕まえてきませんこと?」
「仕事が増えるだけだ」
「傷埋めるくらいナツコさんでも足りますわ」
「あのバカは嫌いだ」
こんな我が儘ばかり言っていたら終わるものも終わらない。
ユイにとってはナツコはバカだから嫌いで、サネルマはうるさいから嫌いで、リルは生意気だから嫌いなのだ。
その上トーコには手伝わせたくないと言われるのだからどうしようもなかった。
せめてイスラが居てくれればとカリラは思うものの、今はとても手伝いを頼める状態ではないと首をぶんぶんと横に振ってバカな考えを振り払う。
「恨んでるか?」
「当たり前ですわ。
何が楽しくてこんなガラクタの外装修理しなくてはなりませんの」
「そうじゃない。あのバカのことだ」
「どのバカですの。
バカが多すぎて判断出来ませんわ」
ユイはふてくされたように眉を潜め、カリラが「本当に分からない」という間抜けな顔をしているのを見るとやむなく付け加えた。
「イスラのことだ」
「お姉様はバカではありませんので訂正して下さいます?」
「あいつは愚か者だ」
「このクソガキ!」
カリラはイスラをバカだの愚か者だのと呼ばれて怒るが、ユイは訂正するつもりなど微塵もなく、そればかりか話を打ち切って立ち去ろうとまでしたので、最大限譲歩して話を進めた。
「別に憎んではいませんわ。
操縦技能がカス以下なのを考慮しましても、機体が動かなくなった原因はわたくしたちにも有りますし、無茶苦茶な攻撃しかけてきたのは帝国軍ですもの。
それに――」
カリラは一度言葉を句切って、一呼吸置いてから続ける。
「わたくしがしっかりしていれば、誰も傷つかずにすんだはずですわ」
「1発も当たらなかったな下手クソ」
「こんのクソガキ!
1発は当てましてよ!
あなたに少しでも人の心があると思ったわたくしがバカでしたわ!」
まるで空気を読まないユイに発言に対してカリラは手を上げるも、ユイの金色の髪をわしゃわしゃとかき回すにとどめた。
「バカなのは知ってる。
止めろ、揺らすな。あたしの頭はお前のと違って繊細なんだ」
「どうだか。
繊細とは思えませんわ」
ユイは手を振り払おうとするも、カリラにはかなわない。
カリラはユイの頭をがっちりと掴み、その顔を真っ直ぐに見つめる。
「なんのつもりだ止めろ」
「お母様のメッセージには、確かに戦うための力も残したと記されていました。
あなたなら、わたくしの脳に書き込まれた制限を解除することも可能でしょう?」
「お断りだ。
あたしゃ手術は請け負わない。
今回あの愚か者の足を切るのにメスを持ったのだって気まぐれだ。
理解出来たら手を離せ」
カリラはしばらくそのままユイの頭を掴んでいたが、彼女が考えを変える可能性はないと見切りをつけて手を離した。
「あなたを頼るのは止めますわ」
「そうしろ。
さっさと作業に戻れ、愚か者」
「はいはい。そうさせて頂きますわ」
結局カリラはコアユニットのエネルギー排出が終わるまで1人で作業を続け、外装の傷についてはほぼ全て修理し尽くした。
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