第209話 修理依頼

 衛生部の建屋から出たタマキは、建屋前で待ち構えていた隊員の姿を見てため息を吐いた。


「機体の整備をするよう言いつけていたはずです」


 直ぐに作業に戻るようにと付け加えたが、それに対してナツコが大きく手を上げて発言権を求める。


「言い訳以外でしたらどうぞ」

「はい!

 〈R3〉の整備が完了したので報告に来ました!」


 タマキは応答に「早いのね」と相づちを打って次の雑用を言い渡そうとしたのだが、ナツコがすかさず尋ねる。


「イスラさんの様子はどうでした?」

「意識は戻りました」

「面会はいつからです?」


 タマキは質問に対して、そっとナツコから視線を逸らしてから答える。


「しばらく面会許可は出しません。

 あなたたちはこちらのことはしばらく忘れて与えられた仕事に集中するように。

 機体整備が終わっているのでしたら貨物駅で補給物資の積み下ろしを手伝ってきて。

 サネルマさん、監督をお願いします。詳細は現地でルビニ少尉に尋ねるように」


 監督役を命じられたサネルマは敬礼してそれに応じる。

 作業指揮官となったサネルマから移動指示が出されるが、ナツコとカリラは直ぐに動かなかった。

 タマキはそんな2人の行動を咎める。


「今更わたしに命令には直ぐ応じるようになどと言わせるつもりですか」

「あ、あの――」


 ナツコが言いかけたのを遮って、カリラが一歩前に出た。


「1つだけよろしいでしょうか」


 タマキは大きくため息をついて、それで気が済むのならと許可を出す。


「1つだけで済むのならどうぞ」

「感謝いたしますわ。

 面会許可は出さないとのことですが、お姉様の様態は面会謝絶しなければならないほど悪いのですか?」


 問いに対して、タマキは明確に首を横に振った。


「いいえ。様態は確実に回復へと向かっています。

 ですから、こちらのことは気にする必要はありません。作業に向かいなさい」


 移動するように促されるが、カリラは食い下がった。


「でしたら、いつ頃面会許可はでますの?」

「質問は1つだけのはずです。

 それに先ほど言ったでしょう。しばらく面会許可は出さないと。

 直ぐに作業に向かうように。これ以上命令無視を続けるようならしかるべき処置を執ります」


 うんざりした様子で告げるタマキに対して、カリラは1礼して手間をとらせたことを詫びて、その場に残ろうとしたナツコの手を引きサネルマの後へと続いた。

 タマキから離れたところでナツコはカリラの手を振りほどき、横に並んで歩きながら呟く。


「どうして面会させてくれないんでしょう」

「さあ、分かりませんわ。

 ですが、中尉さんがああ言うのですから、何か理由があるのでしょう」

「――そう、ですよね」


 タマキのことだから何も考えずに行動するはずはない。

 何か理由があるのだとしたら、いくらごねたところでどうしようもない。

 だとすれば今為すべきは、目の前の仕事に集中することだけだろう。

 ナツコもそう納得して、ひとまずイスラについてはタマキに任せることにした。


          ◇    ◇    ◇


 タマキが士官室で〈R3〉備品の供給申請書類を作成していると、隣の席にカサネがやってきた。

 共用のスペースで馴れ馴れしく近づいてきたことにタマキは舌打ちして明確な意思表示をするのだが、それでもカサネは椅子に座った。


「機嫌を損ねて申し訳ないと思ってる。

 ただ、後で執務室まで来て欲しい」

「ここでは話せないことですか?」

「そうなる」

「でしたら直ぐ伺いますよ、大隊長殿」

「助かる」


 タマキは広げていた共用端末をしまって席を立った。

 2人は士官室を出るとカサネの執務室へと向かう。

 1日経って、大隊長執務室としての機能をすっかり付与された部屋で、タマキは遠慮することなく客人用の椅子に腰掛けた。


「呼び出すのならメッセージ送ってくれれば良いでしょう」


 公共の場で声をかけられたタマキの抗議に、カサネは謝罪の言葉を口にしてから言い訳を述べる。


「部屋に戻ってから送ろうとしたのだが、士官室の入室記録があったため、それなら執務室に戻る途中で声をかければいいと判断してしまった」

「だとしても、話し方というのがあるでしょう。

 もう少し上官らしく振る舞えないのですか。

 どこの世界に義勇軍の中尉にへりくだった物言いをする大隊司令官がいますか」

「舌打ちしただろう」

「不満なの?」


 カサネの精一杯の抗議をタマキは一蹴した。

 対してカサネは「そんなことはない」と謝罪の意を示し、タマキもそんな彼を広い心でもって許してやることにした。


「で、要件は?

 どうせまた変な話なのでしょう?」


 わざわざツバキ小隊に直接持ってくるのだから、ろくでもない話だろうとタマキは予想していた。

 それも、公然と話すことははばかられる内容なのに、人前で呼びつけるのは問題無いという、微妙な立ち位置の話だ。

 そんな話が真っ当なものであるはずはない。

 タマキの予想は正しく、カサネも机から据え置き端末を切り離し、困惑した様子で指示内容に目を通してから答える。


「ツバキ小隊のユイ・イハラだが、彼女をしばらく大隊に貸して欲しい」

「彼女を?」


 予想を上回る妙な話にタマキは思案を巡らせる。

 大隊がユイを借りて何をするのか?

 彼女は技術研究所出身で高い技術力を有している。

 しかし〈音止〉の整備以外には積極的に手を貸さないし、大隊が彼女を指揮下に置いたとして手に余るだろう。

 そうまでして彼女を求める理由。

 ユイ・イハラでしか為しえない仕事。

 そんなものがあるものかと考えを巡らせると、タマキは1つだけ心当たりに行き着いた。

 しかしそれはもうこの場所に存在するはずの無いものだと、確認をとる。


「1つだけ確認させて。

 ――〈パツ〉のコアユニットは昨晩後送した。

 間違いは無い?」

「書類上はそうなっている」


 カサネの回答を得て、タマキは大隊が――というより大隊に指示を出した総司令部が、彼女に何を求めているのか得心がいった。


「整備? 修理?」

「現状確認から全てだ。

 あの乱戦の中の回収だったうえ、元よりアレについて統合軍側はいかなる知見も持たない。

 強引に引き釣り出して回収したが、そもそも全てのパーツが揃っているのかどうかすら判断がつかない」

「それでユイさんね。

 命令を出したのは誰?」

「総司令部からの通達という以上のことは」


 タマキは1度ため息をついた。

 総司令部から直接指示が来たからには、総司令部直轄の独立大隊には拒否権はないし、その隷下であるツバキ小隊にも拒否権はない。


「彼女に拒否された場合は?」

「その時は総司令部に連絡を寄こせと」

「だったら最初から総司令部が直接交渉すれば良いのよ」


 直属上官だからとこんな面倒な仕事を持ってこられたタマキは不満を隠さない。

 ユイに「総司令部の指示だからコアユニットを動くようにしろ」などと命じたのなら悪態をつかれるのは目に見えている。


「ツバキ小隊の隊長はお前だ」

「分かってる。説教臭いこと言わないで」

「分かってるなら任せる。

 問題があったら報告してくれ」

「現状問題しか無いのよ。

 一応引き受けるけど、良い返事には期待しないで」

「ああそれでいい」


 嫌そうにはしつつも、指示を持ち帰ることにしたタマキは席を立った。

 そんなタマキへと、カサネは思い出したかのように尋ねる。


「怪我人の様子はどうだ?」

「回復が早すぎて呆れる位よ」


 タマキは言葉の内に、イスラに対する怒りを多分に含ませていたのだが、カサネはそれに気付かず続ける。


「そうか。良くなるのに越したことはない。

 他の隊員も心配してるだろう。必要なら面会時間を確保して構わない」


 カサネの言葉に、今度こそタマキは隠すこともなく大きくため息を吐いた。

 カサネもそれでタマキが怪我人の回復についてよく思っていないことを察して、慎重に尋ねる。


「どうした?

 何か問題があったのか?」

「大ありよ。あの問題児ときたら、まるで正気とは思えないわ」

「カウンセラーが必要か?」


 カサネの提案に、タマキは怒り狂った表情で返す。


「お兄ちゃんはイスラ・アスケーグという人間を分かってないのよ。

 あの大馬鹿者はカウンセラーつけたところで何も変わらないわ」

「いや、お前のだ」


 感情を逆立てているタマキに対して、カサネは怒られるのを覚悟して提案した。

 タマキはそれを一蹴する。


「結構。

 必要なのは胃薬よ」

「大量に処方されてるだろう。これ以上は――」

「申請出すから通しておいて」

「分かった」


 凄まれたカサネは拒否出来なかった。

 話は済んだでしょうと、タマキはユイの件については進めておくと告げて、執務室からでていった。


          ◇    ◇    ◇


 大隊装甲騎兵保管庫の一番端。

 修理用ハンガーにかけられた〈音止〉の足下で、ユイは必要な修理用パーツのリストを作成していた。


「少し良いかしら」

「見ての通り忙しい」


 保管庫にやってきたタマキがそんな彼女の背後から声をかけると、ユイは振り返りもせず拒否した。

 されどタマキはユイの隣までやってきて、作業中の端末を見て尋ねる。


「コクピットブロックまで損傷してたの?」

「あの半人前に操縦させるとろくなことが無い。

 修理にはしばらくかかるぞ」

「直るのであればそれで結構。

 ――ですが、少し優先度を落とします。

 大隊があなたに特別に頼みたいことがあると」

「何をバカなことを」


 ユイは今度こそ端末の操作を止めて、タマキの顔を睨む。

 そして大隊から呼び出しを喰らった理由を自分で考えたのか、先手を打って告げる。


「言っとくがあたしゃ零点転移炉は専門外だからな」

「だとしたら、統合軍の技術者を使う方がマシですか?」

「まさか。

 あたしゃ天才だ。

 それにボンクラどもをいくら集めたところで零点転移炉は動きやしない」

「ではあなたが適任でしょう」


 ユイはいつも通り不機嫌そうに、半分閉じた濁った瞳でしばらくタマキを睨んだ。


「トトミ総司令部の意向です。

 拒否したら直接そちらから話が来るようなので、その場合の交渉は任せます」

「バカバカしい。

 あの小娘は何を考えてやがる」


 小娘という言葉に、一体誰のことかとタマキは少し頭を悩ませる。

 しかしその答えが出るより先に、ユイは要請を受け入れた。


「動くようにすれば良いのか?」

「ええ。そのようです」

「いくらあたしが天才でも1人じゃ無理だ。

 まともな助手がいる。

 ――カリラを連れてこい」

「カリラさんですか?

 彼女が適任だと?」


 ユイは首を横に振りながらも、助手の件は譲らない。


「他に候補が居ないだけだ。

 あとフィーも寄こせ。計測関係なら役に立つ」


 タマキは助手として2人をつけることに少しばかり頭を悩ませた。

 この件の優先順位が非常に高いのは確かだ。

 〈パツ〉コアユニットは後送したと偽装されエノー基地に残されたが、本来であれば前線であるこの場所に存在するのは好ましくない。

 それでも残されたのは、零点転移炉を修理可能な人間がユイの他に居なかったからだ。

 だとすれば、迅速に修理を行い、しかるべき場所に送るべきであろう。

 そのために人員が必要なのであればそれは適切に配置するべきだ。


「良いでしょう。

 念のため大隊の了承を取ってから2人を助手につけます」

「そうしろ。

 何処にあるんだ」

「機密事項なので大隊長副官に直接確認して」

「面倒なことばかりだ。

 あたしが居ない間、バカ共には〈音止〉を触らせるな。

 修理パーツだけは手配しておけ」

「引き受けましょう。

 ではそちらは任せます。

 可能な限り早く戻ってきてくれることを期待するわ」


 その程度ならお安いご用だとタマキは受け入れて、ルビニ少尉の連絡先をユイへと送信した。

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