ブレインオーダー2.0
第208話 エノー補給基地
第401独立遊撃大隊は、〈パツ〉コアユニットを輸送してレイタムリット地方南東部、エノー基地に入った。
エノー基地は新設されたばかりの補給基地であったが、〈パツ〉攻略作戦の結果を見て基地機能増強が決定。
レイタムリット基地より施設科旅団が派遣されて、増改築工事が進められていた。
コアユニット奪取に成功した第401独立遊撃大隊は、基地施設利用について優先権が認められ、間借りではあるが大隊司令所と、十分な数の兵舎が割り振られた。
ツバキ小隊も大隊宿舎に割り振られる。
隊員は割り当てられた部屋に荷物を運び込むと直ぐに外出許可を取って、イスラの治療室の前に集まった。
入室を許可されたのはタマキだけだった。残りの隊員は治療室の外で、通路の端にまとまって座り込む。
ナツコは静かに治療室の扉を見上げた。
ナツコがイスラの元へ辿り着いた時には、彼女の意識は朦朧としていた。
弱ったイスラを個人用担架に乗せて、撤退する大隊の病院車両まで運び込むまでの間、気が気では無かった。
あの時ナツコは、イスラ達と別行動をとっていた。
別れず一緒に行動していれば、こんな事態は防げていたのかも知れない。そう考えてしまうと不安でたまらなくなる。
でも、それ以上に苦しい思いをしているのはカリラだろう。
通信を受けて慌てて引き返した時に見たカリラの真っ青な顔は、今でもナツコの脳裏に焼き付いている。
今カリラは茫然自失として、微動だにせずしゃがんだままじっと床に視線を落としていた。
治療室の扉が開き、手術衣服を身につけたタマキが出てきた。
ナツコ達は立ち上がって彼女の元へ駆け寄る。
「あ、あの――」
物言わぬカリラに変わって、ナツコが問いかけようと声を発する。
タマキはそれを遮ると、マスクを外してから笑顔を見せた。
「問題ありません。軍医に苦情をつけられた程ですよ。
適切な処置が施された患者をこの忙しい時に何故治療室に送ってくるのかと。
今は麻酔で眠っていますが直に目を覚ますでしょう」
タマキの言葉をきいてナツコはほんの少し気持ちが落ち着いた。
しかし振り返ってカリラの顔を見てみるが、そちらは未だに曇ったままである。
「面会はいつからでしょうか」
尋ねると、タマキは当たり障りのない返答をする。
「意識が戻ってから様子を見て判断します。
今は休養が第一です。
――もちろん、あなたたちもですよ。
長時間の作戦参加で疲れたでしょう。機体の整備も荷物の整理も明日でよろしい。
今日は十分に休むように」
指示を出したにもかかわらず、隊員の返りが悪い。
タマキは機嫌を損ねた風を装って、厳しく言い直した。
「わたしの部下には、休むべき時に休めない人間も、命令に対して返事を出来ない人間も必要ありません。
本日は十分に休養をとるように。
分かりましたか?」
確認に対して、ツバキ小隊はいつものように大きく返事をして宿舎へと戻っていった。
彼女たちを見送って、タマキはため息を1つ吐き出すと、自分の仕事のため大隊司令所へと向かった。
◇ ◇ ◇
帝国軍は敵前降下という無謀な戦力投入を行い、大損害を出しながらもボーデン地方北部に拠点を構えることに成功した。
統合軍はレイタムリット地方へ撤退した部隊と、第2次反攻作戦のためラングルーネ地方へ進出した部隊とに別れた。
リーブ山地を押さえているため補給線は分断されていないが、戦力は二分されている。
されど帝国軍側も戦力損失が大きく攻勢に転じることは出来なかったようで、今はラングルーネ基地からボーデン地方にかけての広い範囲で、防衛陣地の構築を進めていた。
トトミ中央大陸東部における統合軍と帝国軍の勢力関係はやや統合軍に有利な形ながらも、戦況は再び均衡を取り戻していた。
大隊司令所にタマキが入ると、直ぐに大隊長副官のテレーズ・ルビニ少尉がやってきてそのまま大隊長執務室に通された。
執務室とは名ばかりの居室は、ようやっと作業員が端末付の執務机を運び入れた所だった。
「引っ越し中だった?」
「いや、今日の作業はこれで終わりだ。
直ぐに出ないといけなくなってな」
「出撃?」
「いいや。〈パツ〉コアユニットの搬出だ。
鉄道輸送で今夜中にレイタムリット基地まで後送したいらしい」
「前線基地に置いておく訳にはいかないでしょうね」
損害を出してまでからくも奪取したコアユニットだ。
こんないつ帝国軍が攻めてきてもおかしくない前線基地に長く止めておく理由は何もないだろう。
惑星トトミ総司令官コゼット・ムニエ大将が、どうして〈パツ〉コアユニットを奪取させたのかは謎だが、少なくとも前線基地に飾っておくためではない。
「――怪我人が出たようだな」
唐突に切り出されたカサネの問いかけに、タマキは頷く。
「ええ。右脚を切ったわ。
でも処置が適切で、命に別状はなさそうだと」
「そうか。
分かっているだろうが――」
「分かってる。
作戦中の怪我は指揮官の責任よ」
「分かってるならいい。
ただ、お前もあまり抱え込むな。
ツバキ小隊に命令を出したこちらにも責任がある」
「それも分かってる。
お兄ちゃんは大丈夫?」
大隊も多くの怪我人を出し、死者も出ていた。
カサネは頷くことなく、そっと目を閉じると答える。
「失うには惜しすぎる部下を失った。
――それでも、まだまだやることが山積みだ。立ち止まっているわけにもいかない」
「ええ、その通りだわ」
タマキはその言葉にしっかりと頷いた。
トトミでの戦いは終わっていない。
ツバキ小隊の目的も果たせていない。
怪我人が出たからと、戦いを止めることは出来ない。
カサネは設置されたばかりの据え置き端末を操作して、ツバキ小隊の隊員名簿を呼び出す。
保有機体についても状況を確認して、それからこれからのことを言い渡す。
「義勇軍であるツバキ小隊は、隊員の補充も再編成も出来ない。
損傷機体もあるようだ。
しばらくは後方支援に当たって貰うことになる。
雑用ばかりになるが、構わないか?」
カサネはツバキ小隊の上官だ。
雑用を押し付けるのであれば、命令だと言ってしまえばいい。
本来ツバキ小隊に拒否権は存在しないはずなのにわざわざ確認をとってくるカサネに対して、タマキはやきもきした気持ちを抱えながらも、頷いて返す。
「ええ。
状況が状況ですから。
それに、今のあの子達には十分な仕事が必要だわ。
余計なことを考えなくても良い程度に、忙しい仕事がね」
「ルビニ少尉に仕事の割り振りは任せる。
内容については彼女と相談してくれ」
「了解」
仕事の話を終えると、タマキは退室していいか目で尋ねる。
カサネは頷きながらも、タマキへと伺いを立てるようにして尋ねた。
「1つ。
お節介だとは思うが、一応先任士官からの助言みたいなものだ」
「是非頂きたいわ」
タマキが答えると、カサネは告げた。
「戦争している以上、怪我人は出る。場合によっては命を落とす者も出る。
だが、それにあまり慣れるな。
部下が傷つくことを当たり前にしてはいけない。
抱え込むなと言ったことと矛盾するかも知れないが、それでも悩むのが士官の仕事だ。
過去を変えることは出来ないが、未来を選択することは出来る。
どんな些細な被害だろうと、必ず次に活かすことだ。
士官として、それが出来れば一人前だろう」
タマキは小さく頷く。
「それなら、わたしはまだまだ半人前ね」
「ほとんどの士官は半人前だろう。
それでも、部下の前では一人前の士官でなくてはならない」
「厄介で面倒臭いことこの上ない職業だわ」
「間違いない。
だが、自分で選んだ仕事だ」
タマキは口元をほんの少し歪めながらも、確かにそれを肯定した。
「アドバイスありがとう。
先輩ぶった態度が癪に障ったけれど、参考にさせて貰うわ」
「癪に障ったことについては申し訳ない。
だが、役立てて貰えるようなら何よりだ」
しかめっ面のカサネに対して、タマキはいつもの社交辞令以上の価値はない言葉を口にすると、執務室から退室した。
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