第206話 〈パツ〉コアユニット回収作戦
総司令部から発令された『〈パツ〉コアユニットを回収せよ』という命令に従い、作戦参加中の統合軍部隊は行動を開始する。
重砲部隊が〈パツ〉周辺に展開する帝国軍歩兵部隊へ向けて砲撃。
砲撃と共に歩兵部隊が攻撃を仕掛け、〈パツ〉の亡骸を守る敵部隊を排除する。
空から降り注ぐ降下艇に対してはレイタムリット基地の対宙砲が攻撃を仕掛け、支援する形で重対空砲が放たれる。
そんな中にあって、ツバキ小隊が編入されている第401独立遊撃大隊にあてがわれた任務は、後方基地からやってくる帝国軍援軍部隊の足止めだった。
大隊長のカサネは、速度を活かした機動防衛陣の展開と、市街地の地形を活かした狙撃遅滞戦術の実施を決定した。
『ツバキは市街地からの狙撃支援に当たってくれ』
カサネからの依頼をタマキは直ぐに了承した。
ツバキ小隊は現在〈イルマリネン〉を有している。移動中は攻撃能力を持たないこの機体が存在する以上、機動戦力としての部隊運用は不可能だ。
それにツバキ小隊は狙撃能力に秀でる隊員を複数抱えている。小部隊で大軍相手に戦果を稼ぐのなら、遠距離からの狙撃ほど都合の良い物もない。
『これよりツバキ小隊は狙撃支援部隊として帝国軍後続を叩き進軍を遅らせます。
狙撃班を2つ編成。
攻撃班、観測班ともに構成をそのまま狙撃班とします。
班名は――』
班名を決める段階になり、通信に耳を傾けていたナツコは、イスラと顔を見合わせてから意見を申し出た。
「はい! タマキ隊長! 班名を決めても良いですか!」
『班名なんて――良いでしょう。直ぐに決められるのなら』
タマキは班名なんて部隊内でしか使わないのだから他と区別がつけば何でも良いと考えていた。
しかし一部の隊員は名称にこだわりがあるらしい。
ナツコからの通信に賛同するように手を掲げたサネルマを見て、こんなことで士気を削ぐ必要も無いと、条件付きで意見を認めた。
サネルマはカリラ、トーコと話し合いを始め、興味なさそうにしていたリルを無理矢理呼び込む。
サネルマに意見を求められたリルが、下らない話し合いに参加させられるのが面倒になって「じゃあサザンカで」と答えると、班名はそれで可決された。
『ではこちらはサザンカで。
そちらは決まりましたか? まだであれば――』
「ちょっと、あとちょっと待ってください!」
『待ちません』
「で、ではザクロで!」
苦し紛れに花の名前を適当に挙げると、それで決定となった。
『ではザクロ班長をフィーさん。
サザンカ班長をサネルマさんお願いします。
常に互いの位置を確認して近づきすぎず離れすぎないように。
それと、敵は地上だけではなく空からも来ています。
降下艇の落下地点にはくれぐれも注意して。
何かある人はいますか?』
タマキが確認をとると、フィーリュシカが「1つ」と返した。
『なんでしょう』
「対歩兵にレールガンは効率的ではない。
〈アルデルト〉を使用したい」
『意見は最もです。
ですが機体を取りに戻る余裕は――』
『トーコに行かせればいい』
躊躇するタマキに対してユイが提案した。
〈音止〉は正面装甲を損傷し、前線に置いておける代物ではない。そもそも隠密行動の狙撃ならば、図体の大きい装甲騎兵は居ない方が好都合だ。
『なるほど。良いでしょう』
「あ! トレーラーに戻るなら25ミリ狙撃砲持ってきて欲しいです!」
『あたしも25ミリ狙撃砲欲しいわ。あとどっかで補給車両捕まえて30ミリ徹甲弾貰って来て』
『〈イルマリネン〉使用にならないのでしたら回収させて頂きますわ!』
『40ミリ砲弾と念のため対空ミサイルお願いします』
「じゃあついでに20ミリ狙撃砲」
トーコが補給に向かうと知った隊員が各々要望をつけ始める。
タマキはため息をついてからトーコへ尋ねる。
『積み込みの手は足りますか?』
『1人で積み込める量ではないかと』
タマキは目線をユイへと向ける。
ユイは仕方なく頷いたが、そのままカリラを指さした。
タマキはもう一度ため息をついて、カリラの同伴を認める。
『良いでしょう。カリラさん、ついて行ってあげて』
『畏まりましたわ』
〈イルマリネン〉の回収をもくろむカリラは2つ返事で応じた。
後部座席にユイ。肩にカリラを乗せて〈音止〉は東へ向け移動開始した。
出撃地点やや後方にある掩体壕にツバキ小隊のトレーラーは置いてある。
『では行動開始。
まずは帝国軍援軍部隊の側面をとれる位置まで移動してください』
タマキの命令に班長のフィーリュシカとサネルマは応えた。
フィーリュシカは早速、ナツコとイスラに指示を出す。
「南下しつつ攻撃地点を探る。
狙撃班ザクロ設定確認。
出撃コードを発行。
移動ルート指定。
ザクロ2先行を。ザクロ3、護衛について」
「「了解」」
イスラとナツコは即座に了解を返す。
ナツコは返事をしてから発行済み出撃コードを確認して、自分がザクロ3であることを確かめた。
「ザクロ3、護衛につきます!」
◇ ◇ ◇
〈パツ〉によって造られた道を突き進む帝国軍。
前線指揮を執っていたカサネは攻撃部隊を小さく分けて、入り組んだ市街地から敵軍へ向けて攻撃を仕掛けさせる。
一撃離脱の攻撃は精度が高いとは言い難いが、それでも複数部隊が側面から幾度も波状攻撃を仕掛ければ、帝国軍側は消耗していく。
高い機動力で常に移動しつつ攻撃を仕掛けるため、応射を受ける機会は少ない。
帝国軍部隊は側面攻撃に対する警戒を強め、攻撃部隊を見つけると重砲やロケットによって面制圧をかけるようになってきた。
部隊員に負傷者が出るも、援軍の進軍を遅らせるという当初の目的は果たせている。
カサネは作戦続行を命じ、更に狙撃支援部隊へと敵指揮官を攻撃するよう指示を出す。
『側面より敵機。
〈エクリプス〉2機』
最左翼に位置する部隊から通達があった。
位置情報が共有され、既に十分敵機に接近されていると判明する。
「左翼一時後退。
1小隊を〈エクリプス〉側面へ」
大隊指揮車両から指示を出すカサネ。
しかし指揮車両の通信機に、別部隊からの連絡が入った。
『401大隊へ。
こちらトトミ第1特務部隊。部隊長のウメキだ。
ブレインオーダーはこちらで引き受ける。
貴官は帝国軍進軍阻止に集中を』
壮年の女性だろうか。声の主はそう語った。
しかしカサネは即答しない。
通信士に発信元の情報を取得させ、副官のテレーズにトトミ第1特務部隊の情報を集めるよう静かに告げる。
結果は直ぐに出た。
発信元はウメキ大佐。身元の確かな、旧枢軸軍上がりの士官だ。
トトミ第1特務部隊は対ブレインオーダーを想定し、トトミ総司令部直轄部隊としてつい最近編成された部隊だった。
「401了解。
必要であれば歩兵小隊に援護させますが」
『必要無い。
もう片はついた』
カサネはハンドサインで情報を収集させる。
テレーズから〈エクリプス〉直近にいた部隊からの映像を受け取り、2機とも完全撃破されていることを確かめる。
「感謝します。
では遅滞作戦に戻ります」
『任せた。
ブレインオーダーの警戒は引き受ける』
「了解」
ひとまずブレインオーダーに側面攻撃を仕掛けられる危機は去った。
カサネは機動防衛陣の陣形を再配置するよう指示しながら、第1特務部隊についての追加情報を集めさせる。
「一応、機体映像出ましたが……。
統合軍には認可されていない機体ですね」
「対ブレインオーダー専用機か?」
テレーズが示した画像データをカサネは確認する。
装甲を極限まで排除し、重装機に匹敵する大出力コアユニットと大型ブースターを積んだ機体。速度が速すぎるためか、偵察機のハイスピードカメラでも捉え切れていなかった。
「酷い機体だな」
「ブレインオーダーは統計データに基づく戦闘を行いますから、統計に存在しないバランスの機体は都合が良い、という説はどうでしょう」
「考え方は正しいかも知れないが、実行するのは困難だろう。
そのための専用部隊という可能性もあるにはあるが、いまいち得心いかない。
周辺警戒はこれまで通り。
第1特務部隊についても完全には信用しないよう通達を」
「了解。
ところで後方物資堆積場からの20ミリ狙撃砲持ち出し許可申請が届いています」
「このタイミングで後方から?」
既に前線で遅滞作戦が始まっている。
今更そんな申請を出してくるのは何処の隊だと、カサネは語気を強めて問いかけたのだが、テレーズはそれをなだめるように応えた。
「申請元はツバキ小隊です。
許可してよろしいですね?」
カサネはそれきり何も言えなくなって、声もなく頷いた。
テレーズはカサネの許可を得ると、申請データに大隊長副官権限で印をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます