第205話 〈アーチャー〉起動
「おい、何突っ立ってんだ? 被弾したか?」
ぼんやりとする意識の中で、不意に背後から声をかけられた。
しかしナツコには、それが何を意味しているのか分からずそのまま立ち尽くしてしまう。
「無事そうだな。どうした? ぼけっとして。作戦行動中だぞ」
「あれ? イスラさん?」
イスラは〈ヘッダーン5・アサルト〉をざっと見て被弾の無いことを確認してから、ナツコの顔をのぞき込んだ。
目の前に現れたその顔に、ナツコはようやく半分以上眠っていた脳みそをなんとか回転させる。
そして慌てて振り向いた。
「そうだ、フィーちゃんは――無事そうですね」
〈パツ〉砲撃後、帝国軍の〈フレアF型〉と戦闘になった。
ナツコは攻撃からフィーリュシカを守るため、射線上に身を投じて――
「あれ? もしかしてイスラさんが助けてくれたんです?」
「何言ってんだ? 寝ぼけてるのか?」
「いえいえ、ちゃんと起きてますよ。
〈フレアF型〉が2機来てたはずなんです」
「あそこにちゃんといるぞ」
イスラが示した先には、12.7ミリ機銃で頭部を撃ち抜かれた〈フレアF型〉2機が転がっていた。
「イスラさんが?」
問いかけに対してイスラは右手を軽く挙げてみせる。
イスラの装備は7.7ミリ機銃だ。この3人の中で12.7ミリ機銃を装備しているのはナツコだけだ。
「だから何言ってんだ。
ナツコちゃんが撃ったんだろ。というか機体は大丈夫か? やばい動きしてたぞ」
「ええ……そんなはずは――」
ナツコは戦う事を諦めて、後のことはフィーリュシカに任せて身を投じたはずだった。
だがイスラに言われて機体のチェックをしてみると、設定が大幅に変更されていた。
全ての動作がマニュアルに設定され、誤操作から機体を守るためのセーフティが全て解除されていた。
短い間隔でDCSを連続動作させた痕跡があり、エネルギー転換機構が許容出力を上回って動作させられたため一時停止してのメンテナンスを要求している。
「な、なんですかこれ……。
フィーちゃん?」
ナツコには機体設定をいじっていられる余裕は無かった。
そればかりか、こんな設定にしてしまっては、戦うどころかまともに機体を動かせるかどうかも分かったものではない。
だとすれば誰かがいじったのだろうと、もう一度ナツコはフィーリュシカの方を見た。
〈イルマリネン〉を装備しているため先ほど少し見ただけでは気がつかなかったが、フィーリュシカの顔からは血の気が失せ、青白い顔をしていた。
「だ、大丈夫ですか!? もしかして被弾を――」
駆け寄ろうと一歩踏み出したところで設定変更を思い出し、保存されていた自分用の基本設定を呼び出し〈ヘッダーン5・アサルト〉を走らせる。
フィーリュシカは顔色から血の気は失せていたが、表情はいつもと変わらず無感情なままで、ナツコの言葉に対してかぶりを振った。
「問題無い。
脳の処理能力が一時的に追いつかなかっただけ。
脳疲労は時期に回復する」
「大丈夫ならいいんですけど、本当に大丈夫ですか?」
ナツコがフィーリュシカのそんな顔を見るのは初めてだった。
魔女と戦って被弾したときも、こんな疲れた姿を見せたりはしなかったはずだ。
それでもフィーリュシカは、イスラから受け取ったエネルギーパックで〈イルマリネン〉を再始動させると、事務的に拡張パーツ取り外しを命じた。
命令を受けると直ぐにナツコは行動に移りイスラと2人、手早くパーツの取り外しにかかる。
ナツコはすっかり機体の設定変更と、倒した覚えの無い〈フレアF型〉については失念してしまった。
「でも、これからどうするんでしょう?」
〈パツ〉は倒れた。
脚部破損のため、自重を支えきれなくなり移動を完全に停止している。
しかし80センチ砲もエネルギー収束砲も健在だ。
帝国軍の随伴歩兵部隊も〈パツ〉の周囲から離れる様子はない。
「移動要塞が移動しなくなって要塞になったってだけの話さ。
要塞って言うより、戦艦が横たわってるようなもんだけどな」
「簡単には手を出せないですよね」
〈パツ〉が攻撃能力を有している以上、迂闊には手を出せない。
砲撃を加えつつ、補給線を寸断し、〈パツ〉が攻撃能力を失うのを待つしかない。
統合軍も無事に〈パツ〉の移動を阻止できたことで、修理阻止へと目標をシフトさせたらしく、砲撃もレールガンから榴弾砲主体へと切り替えていた。
「当初の目的も果たせたことだし、タマちゃんに指示を仰いだ方が良いだろう。
こっちから連絡しようか?」
「任せる」
イスラが班長であるフィーリュシカの許可をとってタマキの指示を仰ごうとすると、総司令部から展開中の全兵士へ向けた通達が入った。
『トトミ総司令部より〈パツ〉攻略作戦展開中の全兵士へ。
これより〈アーチャー〉を起動。〈パツ〉に対して攻撃を行う。
攻撃完了まで一時待機。
次の作戦に備えよ』
総司令部より指示が出たことで、一応攻撃班としてもやることは決まった。
フィーリュシカが一時後退を命じたので、3人は1区画だけ後退を開始した。
移動中、通信内容が気になったナツコがイスラへと尋ねる。
「そう言えば、〈アーチャー〉って何です?
さっきデータが来てましたけど」
「あー。ちらっと見たけど、まあなんというか……。
珍兵器の類いだな」
「珍兵器?
それで〈パツ〉を攻撃するんです?」
「するって言うんだからするんだろう」
イスラは問いかけに対してそうとしか答えられなかった。
しかしナツコは当然の疑問を口にする。
「それって、本当に効果ありますかね?」
待機地点まで到達すると、イスラは立ち止まったナツコの肩にぽんと手を置いて、諭すように答えた。
「あるかどうかじゃないんだよ」
「え、ええ……」
本当に大丈夫だろうか。
ナツコは心配でたまらなかったが、結局出来ることはその場から観測映像を通して〈パツ〉の姿を見ることだけだった。
◇ ◇ ◇
「ご主人様~。ニシさんから見積もりが届きました」
間の抜けた声と共に司令室に入ってきたのは、新しくコゼットの副官になったクレア・ベクイットだった。
本来家政婦であり、軍人としての教育を受けたわけではない彼女には、総司令官権限で准尉の階級が与えられている。
「呼び方を改めなさいと言いつけたはずです」
「そうでした? ああ、そうでしたね。では司令、ニシ中尉から見積もりが届きました」
「そんなものは端末に直接送ってくれれば――まあよろしい」
わざわざ司令部要員でごったがえす司令室に入って来る必要など有りはしない。
そもそもコゼットは、この話について他の司令部要員にまともに説明していないのだ。
こっそり送ってくれることを期待したのだが、クレアに対しては望むことがあるのなら直接言わなければいけないのであった。
前の副官であればその辺りいくらでも気を回してくれたのだが、そちらが特別秀でていただけで、世の中の人間の大半は言われないことはやらない。
自分の行動が間違って居たのだとコゼットは受け入れて、端末を取り出すとデータを直接受け取った。
「流石、仕事が早いわ」
データには〈パツ〉に対する〈アーチャー〉の有効射程ばかりか、〈パツ〉内部構造についても予想図がまとめられていた。特に零点転移炉についてはその正確な位置まで特定している。
世の中の人間の大半は言われないことはやらないが、中にはこうして気を回してくれる人間も居るものだ。
データの最後に〈アーチャー〉について信頼性不明であり正常稼働する確率は50%だとか要らないことさえ書かれていなければ、コゼットはこの見積もり作成者を手放しで褒めただろう。
「――〈アーチャー〉へ伝達を。
〈パツ〉エネルギー転換機構へ攻撃。くれぐれも零点転換炉には当てないように」
コゼットの指示に、通信士がリーブ山地に待機中の〈アーチャー〉へ攻撃指示を出す。
1回使えば壊れる、性能評価すら不可能な1点物の欠陥兵器であるが故に、本当に仕様書通りに動くかどうかも分からない。
それでも〈パツ〉を安全圏から確実に撃破するためには、この欠陥兵器に頼らざるを得なかった。
「上手く動いてくれることを祈りましょう」
コゼットに今できることは、祈ることしかなかった。
◇ ◇ ◇
攻撃命令を受けて、リーブ山地に身を隠していた〈アーチャー〉が動き始めた。
6脚重装甲騎兵〈I-H17〉6両によって支えられる、砲身40メートルにも及ぶエネルギー収束砲。
射撃にはエネルギー供給車両4両分のエネルギーを要し、運用には管制・補給・運搬・整備要員を含めて1個大隊を必要とした。
姿を現した〈アーチャー〉は砲撃姿勢をとり、全〈I-H17〉が脚部を地上に固定。
充塡されたエネルギーの転換が開始される。
全エネルギーの転換を終えると、照準を調整。
地に墜ちながらも砲撃を続ける〈パツ〉エネルギー転換機構のあると予想される、本体後方へと照準を定めた。
砲撃準備完了の報告を送ると、即座に砲撃指示が戻ってくる。
全ての安全装置を解除した〈アーチャー〉は、カウントダウンに合わせて〈パツ〉へ向けて攻撃を敢行した。
◇ ◇ ◇
待機命令が出されたツバキ小隊攻撃班の3人は、〈パツ〉と射線を通さないようにしながら観測映像を見ていた。
「〈アーチャー〉ねえ。
どうやら、対宙砲を水平投射出来るように魔改造した代物らしい。
しかしこんな適当な設計で反動殺しきれるのか謎だな」
詳しく〈アーチャー〉のデータを調べたイスラが感想を述べる。
間に合わせの突貫工事で造られたらしい〈アーチャー〉は、対宙砲を地上運用するためだけのプラットフォームで、しかも撃てるのは1発きりだった。
「うーん、どうでしょう。
ちょっとエネルギー収束砲の知見がないので反動が計算できないですけど、見た目からして危険な香りがしますね。
これ、砲身ちゃんと固定されてます?」
「一応繋がってはいるから」
「ええ……」
兵器とは思えないふわっとした設計。
これに賭けるしかないほどに、統合軍は対〈パツ〉に有効な兵器が無かったのだろう。
「少し様子を見てくる」
「お供しますよ」
フィーリュシカが告げると、ナツコは挙手して護衛に立候補した。
単独行動は危険なためついていかなければと言う使命感が半分。〈アーチャー〉の攻撃がどうなるのか気になるのが半分。
イスラも同伴すると言ってついてきたが、こちらは100%〈アーチャー〉が気になるからだった。
建物を〈パツ〉の姿が見える位置までよじ登る。
無機質な集合住宅の居室から、こっそりと顔を出して観測を始めた。
横たわる〈パツ〉の姿は僅かだが見えて、今も火砲が火を噴いているが、統合軍兵士が一時後退しているためかその砲撃は大人しくなっていた。
『ツバキ1より攻撃班へ。
〈アーチャー〉とやらが使用されるようです。
引き続きその場で待機しつつ、暴発に備えてください』
「攻撃班、承知した」
タマキからの通信に、フィーリュシカが即座に返答する。
しかしナツコとイスラは顔を見合わせた。
「暴発って……」
「そんな危ないのか?」
「攻撃が開始される。
姿勢を低くして」
フィーリュシカが命じると、ナツコもイスラも直ぐに従った。
それでも〈パツ〉の姿が見えるように位置取り、その瞬間を今か今かと待つ。
やがて、総司令部からの通信が入った。
『〈アーチャー〉を使用します。
射線付近の統合軍兵士は衝撃に備えてください』
これまで秘匿されていた〈アーチャー〉の位置が共有され、射線が戦術マップに示される。
カウントダウンは5から始まり、あっという間にそれは0を迎えた。
『〈アーチャー〉砲撃!』
砲撃の瞬間、ナツコは目を大きく開いて〈パツ〉の方を見た。
一瞬、余りの眩しさに目が眩む。
一筋の光の筋――膨大なエネルギーの渦が、真っ直ぐに〈パツ〉本体後方、幾重にも装甲の施された区画を貫いた。
300メートルを超える〈パツ〉本体に大穴が穿たれ、エネルギー転換機構を撃ち抜かれたのか、転換されなくなったエネルギーが空気中に放出されて緑色に輝く。
エネルギー供給を断たれた〈パツ〉は、今度こそ完璧に動かなくなった。
あっという間に起こった〈パツ〉撃破の光景にナツコは口をあんぐり開けていたが、イスラに「衝撃来るぞ」と注意されると、慌てて口を閉じて床に伏せた。
〈アーチャー〉の砲撃と、〈パツ〉エネルギー転換機構爆発の余波が、大きな衝撃となって建物を襲う。
脆くなっていた建材が衝撃で吹き飛び、散乱していたガラス片が弾丸のように舞った。
ナツコは伏せながら偵察機装備のイスラをかばい、衝撃が通り過ぎると伏せたまま周辺観測を行い、安全を確かめた上で体を起こした。
「フィーちゃん、イスラさん、大丈夫です?」
「問題無い」「問題無し」
2人ともそれぞれ機体チェックを終えて立ち上がった。
吹き抜けた衝撃によって砂塵が出ていたが、それでも遠くに見える〈パツ〉は沈黙し、砲撃はやんでいた。
「――これで、〈パツ〉攻略作戦も終わりですね」
『ツバキ各班、状況報告』
ようやく一息つけたところにタマキからの要求が飛んできた。
攻撃班はフィーリュシカが代表して3人分の報告を行う。観測班側も、全員無事だったようだ。
『大隊から通達。
〈パツ〉後方輸送線より帝国軍歩兵部隊接近中。
確認されただけでも連隊規模』
入ってきた通信にイスラは顔をしかめた。
通信機に声を拾われないように、ナツコへと声をかける。
「向こうはまだここでやり合う気らしい」
「え、でも、〈パツ〉動いてないですよ?
こっちの防衛拠点はまだ生きてますし、無謀すぎませんか?」
「あたしもそう思う。
楽勝であることを祈るね」
ここは統合軍が〈パツ〉対策のため、急ごしらえとは言え防衛施設を整えた野戦陣地。
帝国軍は移動要塞〈パツ〉を失い、歩兵部隊だけが取り残されている。
「残された歩兵部隊助けに来たのか――それとも――」
突然、戦術データリンクが警報を発した。
ナツコは警報内容を確かめて目を疑う。あまりに現実味の無いその内容に、最初は誤報だろうと考えた。
しかし、視界に映るレイタムリット方面の空を、一条の光が薙いだ。
――対宙砲だ。
『帝国軍降下艇、作戦区域に降下開始!』
「嘘だろ? 最前線に直接降下なんて無謀ってレベルじゃねえぞ」
イスラは口にしながらも、真っ赤な光の軌跡が降り注いでくるのを確かに見た。
帝国軍は宇宙から直接、この地に援軍を送り込んできている。
『合流地点を設定。
ツバキ各員は撤退を開始して――』
タマキからの通信音声が小さくなっていく。
より優先度の高い通信が入った。それは総司令部からのものだった。
『司令部より〈パツ〉攻略作戦参加中の全兵士へ。
これより作戦を第2段階へ移行する。
〈パツ〉コアユニットを回収せよ。
各員の検討を祈る』
総司令部からの作戦通達によって、タマキは隊員へ一時待機を命じて通信を切った。
大隊長と今後の方針について話し合っているのだろう。
「あらま。もうしばらく帰れそうにないなこりゃ」
「みたいですね。まだまだ頑張らないと」
「ああ、そうだな」
ボーデン地方北西部市街地を舞台にした〈パツ〉攻略作戦は、第2段階へと移行した。
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