第204話 〈パツ〉迎撃作戦

 大隊の行動開始を受けて、ツバキ小隊攻撃班、ナツコ、フィーリュシカ、イスラの3人も前進を開始した。

 対歩兵戦闘能力を持たないため、統合軍別部隊が切り開いた道を進み、〈パツ〉へ対する射撃位置へ向かう。


「順調そのものだな」


 イスラはフィーリュシカと併走しながら、〈イルマリネン〉の駆動機構のチェックを行う。

 拡張パーツのない状態でも重量が重いため、走行負荷でどこかしら損傷しないかと心配していたのだが、それは杞憂に終わった。

 長いことトレーラーに押し込められていた機体だが、直前に行った念入りな整備のおかげで動作に問題は無かった。


「動作異常なし。

 扱いやすい良い機体。

 可能なら譲って欲しい」

「そりゃカリラに取り合ってくれ」


 「絶対渡さないと思うけど」と付け加えてイスラは笑った。

 イスラの装備は偵察機〈P204〉。

 武装は7.7ミリ機銃のみで、〈イルマリネン〉拡張パーツと、積載限界までエネルギーパックとレールガンの弾薬ケース、冷却材を積み込んでいる。


「爆風来ますよ」


 お喋りしていたイスラへ注意を促すようにナツコが告げる。

 統合軍の一斉攻撃に〈パツ〉の80センチ砲。数キロ離れていようとも爆風は到達する。

 熱気を含んだ風が吹き荒れ、粉塵が巻き上がる。

 3人は緩やかに速度を落としながら、飛来するガラス片やコンクリート片から頭部を守る。

 長いこと吹き荒れた爆風が通り過ぎると、速度を戻した。


「前線の方はこれじゃあすまないでしょうね」

「だろうな。

 その分あたしらは責任重大だぜ。

 さっさと脚を壊しちまわないと、前線の連中はいつまでも戦線維持してなきゃならん」

「そうですね。頑張らないと」


 前進を続ける〈パツ〉脚部を破壊する。

 単純明快な作戦だが、実行するのは極めて困難だ。

 統合軍は〈パツ〉前脚へと集中攻撃を仕掛けているようだが、未だに1本も破壊できていない。


「観測結果が届いた」


 フィーリュシカが報告する。

 戦術データリンクを通して、〈パツ〉に関するデータが送られてきていた。

 ユイが気をつかったのか『バカでも理解可能な文体』で、図を多用し、一目で必要な情報が得られるようにまとめられていた。


「質量干渉ですか。

 このエネルギー量ですと……分かります? フィーちゃん」


 ナツコは計算を試みようとしたのだが、移動しながら周辺警戒もこなしているので頭が上手く働かない。

 それでもかろうじて得られた計算能力で試算しようとしたが、いまいちな答えしか出せず、フィーリュシカへ助けを求める。

 彼女はメインディスプレイに表示された情報をちらと見てから答える。


「正面から脚部装甲を破壊するのは困難」

「え、それってまずいですよね?」


 フィーリュシカはこくりと静かに頷いた。

 しかし不安そうな表情をするナツコへと続ける。


「裏側から破壊する。問題無い」

「なるほど!」


 なんだか良く分からないが、フィーリュシカが問題無いと言っているのだから問題無いのだろうと、ナツコは考えることを止めた。

 それに〈パツ〉が自重から自身を守る手法に質量干渉を用いているのならば、砲弾運動エネルギーの大半を速度によるレールガンは相性がいい。

 イスラは「問題ないことはないと思う」と苦笑いしていたが、班長のフィーリュシカが可能だと言うのだから、作戦はそのまま続行された。


 統合軍部隊は幾重にも張られた野戦陣地を最大限活用して、〈パツ〉護衛にあたる帝国軍随伴歩兵へと攻撃を加える。

 前線が押し広げられて、無事に攻撃班は射撃位置まで到達した。


 〈パツ〉の進行方法に対して2時方向。距離はおよそ12キロ。

 無機質で同じような見た目をした高層マンションが密集した住宅区域の一角。

 そのうちの1つのエントランス前で、〈イルマリネン〉拡張パーツの組み立てを開始した。


 現地組立型超重装機である〈イルマリネン〉は、拡張パーツと専用設計されたレールガンを装備して初めて攻撃能力を持つ。

 これまで通常の重装機と同等の機動力を有していたが、組み立て完了後には機動力は激減する。

 そのため、建物上層部で組み立ててしまうとその場から身動きがとれなくなる。

 よって地階での組み立てとなり、整備士のイスラと、事前レクチャーを受けてきたナツコによって、1分とかからず〈イルマリネン〉は組み上げられた。


「全パーツ取り付け完了。

 火器管制正常稼働確認。

 そっちで何か問題はあるか?」


 最終確認を行ったイスラはフィーリュシカへ問いかける。

 問われた彼女は、無機質な声で答えた。


「問題無い」

「そいつはよろしい。攻撃位置はここでいいか?」

「構わない。

 まずは重砲から無力化する。

 装填を頼む」

「了解。

 こっちの弾から使おう」


 イスラは答えると、積んでいた弾薬ケースをレールガンへ装填する。

 ナツコはイスラの荷物からエネルギーパックを12個取り出して、レールガンのソケットへと差し込んでいく。

 イスラは弾薬の装填を終えると冷却材の注入を開始。

 全ての準備が終わると、衝撃に備えるためフィーリュシカから距離をとって周辺警戒に入った。


「周辺敵影無し」

「だそうだ」

「承知した。射線が通り次第発射する」


 フィーリュシカは建物と建物の間、僅かな隙間へとレールガンの砲身を向けた。

 巨大なレールガン、エネルギーを電力へ変換する転換炉、機体を反動から守る射撃装置。

 膨れ上がった重量を駆動するため、コアユニットから装甲騎兵並の駆動音がけたたましく鳴り響き空気を震わせる。


 機体を固定するアンカーが打ち込まれ、脚部拡張パーツが接地面積を増やすため展開される。

 反動抑制機構が射撃位置まで展開されると、発射可能を示すランプが点灯した。

 フィーリュシカはその場で微動だにせず、隙間から〈パツ〉が姿を現すのを待った。

 そしていよいよ〈パツ〉との斜線が通ると、後ろに控える2人へと発射の合図を出した。


「発射準備」


 衝撃に備え姿勢を低くした2人。

 準備が整うと同時に、フィーリュシカはレールガンの物理トリガーを引ききった。

 エネルギーパック12個分のエネルギーが電気エネルギーへと変換され、レールガンの砲身を駆け巡る。

 展開された4メートルの砲身内で、砲弾は秒速3400メートルまで加速された。


 砲弾射出の瞬間、放射熱を含んだ生暖かい暴風が吹き荒れ、即座に冷却剤が散布されあたりを白煙が包んだ。

 砲弾がどのような経路をたどったのか不明だが、統合軍観測隊が中継する映像上で、〈パツ〉右側中央脚部の重砲が突如火を噴き、被害が弾薬輸送路まで及んだのか、連鎖的に脚部全体の火砲が爆発し炎を上げた。


「移動する」

「了解。分解するか?」

「このままで構わない」


 フィーリュシカは砲身冷却が完了次第レールガン砲身を収縮させ、脚部固定を解除すると低速で後退を開始する。

 射撃状態にある〈イルマリネン〉は低速でしか移動できない。

 2人に護衛された状態で、1区画ばかり南東方面に移動すると、そこで次弾の準備を進める。


「次は右後方脚部」


 装填完了するとフィーリュシカは建物の影から砲身を出して、射線が確保出来次第発射する。

 右側後方脚部に着弾の閃光が瞬き、またしても連鎖的に火砲が爆発し火を吹き出した。


 着弾を確認すると3人はまたしても移動。

 今度は〈イルマリネン〉を移動状態にするため拡張パーツを取り外し、北側へ2区画移動。

 そこからの射撃で右側前方の火砲を破壊した。


「ここまでは順調だが、問題の脚部はまだ手つかずだな」

「問題無い。次弾装填を」


 移動完了したフィーリュシカは発射準備を求める。

 イスラが弾薬ケースとエネルギーパック、冷却材を取り出して装填。

 発射準備を進め、射線が通るまで待機する間、総司令部より全兵士向けに通信が入った。


『〈パツ〉攻略作戦参加中の全統合軍兵士へ。

 〈パツ〉完全破壊のため、指定エリア内で〈パツ〉脚部破壊を敢行せよ』


 戦略マップが更新され、〈パツ〉進路上のエリアに総司令部指定の着色が施される。

 それは統合軍が構築した対〈パツ〉移動障害の向こう側で、このまま〈パツ〉が移動を続ければ20分ばかりで到達し、25分後には通過しているであろう狭い区域だった。


「まだ1本も破壊できてないのに無茶言ってくれるぜ」

「なんとかなります?」

「事前に受けていた説明と異なる」


 フィーリュシカの意見はもっともで、事前説明では作戦区域の何処ででも、とにかく〈パツ〉を停止させれば良いはずだった。

 それが突然僅かな範囲に限定され、しかもあまりに余裕のない地点であった。


「移動を減らして射撃数を増やす。

 左中央と左後方へ攻撃を集中。

 指定エリア内で破壊する」

「はい。やりましょう!」


 移動を減らせば、それだけ反撃を受ける可能性は高くなる。

 しかも既に3発、フィーリュシカは〈パツ〉へと大損害となる砲撃を叩き込んでいる。

 警戒されていないはずがない。

 射撃地点が特定されてしまえば、統合軍前線部隊の壁を突き破ってでも、攻撃部隊を送り込んでくるだろう。


 ナツコはそれを理解して尚、フィーリュシカの意見に賛同し意気込んだ。

 〈パツ〉の侵攻を食い止めなければ帝国軍はレイタムリットまで到達してしまう。

 そうなっては、故郷のハツキ島が遠のくばかりか、そのまま惑星トトミが陥落しかねない。

 この作戦は何としてでも成功させなければならない。

 ナツコには〈パツ〉の脚を止めることなど不可能だが、フィーリュシカならきっと成し遂げられる。

 だから、フィーリュシカが最大限射撃に集中出来るように尽くすだけだと覚悟を決めた。

 ナツコも〈イルマリネン〉拡張パーツとレールガンの消耗品を大量に積み込んできたため、武装は僅かに12.7ミリ機銃と個人防衛火器、それに拳銃だけ。

 それでも、もし敵襲があれば何としてでもフィーリュシカだけは守らなければならない。


「発射準備」


 フィーリュシカが告げるとナツコとイスラは姿勢を低くした。

 電気エネルギーが空気を震わせて、秒速3400メートルまで加速された砲弾が放たれる。

 端末に映される〈パツ〉の左側中央脚部。その内側第1関節に小さな閃光が瞬いた。


「命中確認。

 このまま次弾発射」


 命中した左側中央脚部はまだ稼働し続けている。

 堅牢な造りの〈パツ〉脚部は、フィーリュシカの射撃をもってしても1発では破壊できなかった。

 その場での次弾発射命令を受け、ナツコとイスラはレールガンにとりついて準備を進める。

 空になった弾薬ケースを外し、エネルギーパックも全てその場に投棄。

 新しい弾薬とエネルギーパック、冷却材をセットしていく。


「あたしの持ってきたのはこれで最後だ」


 これまで全てイスラが運んで来た消耗品を優先して使用してきたため、彼女の荷物は空になった。


「弾が足りないようなら取ってくるぜ?」

「単独行動は危ないですよ」


 イスラの提案に、ナツコが意見する。

 歩兵部隊との直接戦闘はない位置であるが、だからといって1人で行動するのはあまりに危険だ。


「だが全員で戻る訳にもいかないだろ?

 〈イルマリネン〉だけ置いていくわけにもいかないし。

 偵察機なら足も速いしセルフステルスもある」

「承知した。

 真っ直ぐ行って戻ってきて」

「話が早いぜ。じゃあこっちは頼んだ」


 意見していたナツコも、フィーリュシカが決定したのならば従うしかないと、補給に戻るイスラを送り出した。

 フィーリュシカと2人きりになったナツコは、フィーリュシカが射撃体勢をとると姿勢を低くして衝撃に備える。


 砲弾が放たれ、またしても左側中央脚部、第1関節内側に着弾の閃光が瞬く。

 まだ脚部は破壊されない。しかし確実に、脆弱部分に楔が打ち込まれていた。


「このまま移動する」

「はい!」


 空の弾薬ケースとエネルギーパックを投棄すると、2人は移動を開始。

 移動する〈パツ〉の4時方向で射撃位置につく。

 統合軍による〈パツ〉への攻撃は苛烈さを増していたが、未だに前足は両方とも健在だった。

 観測結果を受けてレールガンが多用されるが、分厚い装甲がある正面からでは有効打にならない。


「周囲敵影無し」

「承知した。射撃準備を」

「はい!」


 ナツコはバックパックから弾薬ケースを取り出してレールガンへ装填。

 エネルギーパックをソケットにセットし、冷却材を充塡した。


 射撃体勢がとられると、総司令部からの通信が入る。

 今度は全兵士向けでは無く、ツバキ小隊向けの通信だった。


『総司令官よりツバキへ。

 〈アーチャー〉を使用する。

 大至急有効射程見積もりを』


 戦術データリンクを介して、総司令部からツバキ小隊当てに新型兵器のデータが送られてきた。

 ナツコはそれを開こうとするが、フィーリュシカに止められる。


「あなたの仕事ではない。

 射撃準備に集中して」

「はい」


 きっとそれはユイの仕事なのだろう。

 ナツコは意識をレールガンの方へと向けた。

 射撃後には迅速に移動なり次弾発射なりの準備を進めなくてはならない。

 今のナツコには、余所に気を回している余裕など無かった。


 フィーリュシカが合図し、レールガンが放たれる。

 砲弾は左側後方脚部内側の第1関節に着弾し、小さく瞬いた。


「このまま次弾」

「はい!」


 幾度も繰り返された作業をまたしても繰り返す。

 連続射撃の影響で熱を持つレールガンから弾薬の空ケースを排出し、エネルギーパックを取り外す。

 積んで来た弾薬ケースを装填。エネルギーパックを取り付け、冷却材を充塡する。


 射撃準備が整うと後退し周辺警戒。

 直ぐにフィーリュシカから射撃の合図が出されて、姿勢を低くした。


 レールガンが瞬き、砲弾が放たれる。

 砲弾は正確無比に左側後方脚部内側第1関節に着弾。

 脚部の動きに若干のぎこちなさが表れる。

 2度の攻撃によって、左側中央と後方脚部は確実にダメージを受けていた。


「移動する」

「はい!」


 ナツコは直ぐにレールガンにとりついて空ケースとエネルギーパックを取り外した。

 その最中、フィーリュシカが告げる。


「〈パツ〉が指定エリアに到達する。

 次で確実に仕留める必要がある」

「はい。理解しています」

「ならいい。移動を」


 重い機体を稼働させて、フィーリュシカが移動を開始した。

 ナツコはその護衛につきながら、尽きていた〈イルマリネン〉左腰に装備されたエネルギーパックを2つ新しい物に取り替える。

 レールガンに〈R3〉の駆動用。山ほど持ってきたはずのエネルギーパックであったが、既に在庫は尽きかけていた。


 住宅区域の2車線ある通りへ差し掛かった所でフィーリュシカが停止灯を点灯。

 通りに出てしまえば〈パツ〉との射線が通る。それに、既に〈パツ〉までの距離は8キロ程度しか無かった。

 ナツコはその後ろで止まり、通りの様子を見てこようかと身振りで示す。

 しかしフィーリュシカはかぶりを振って、レールガンの砲身を展開すると装填するよう言った。


「連続射撃で左中央と後方を破壊する。

 射撃後速やかに再装填を」

「はい」


 ナツコは即座に返答する。

 命令を守ることがどれだけ大切なのか、教えてくれたのはフィーリュシカだ。


「射撃に集中したい。

 周辺警戒は全てあなたに任せる」

「はい」


 次の指示には、頷いてから覚悟を決めるのに少しばかり時間を要した。

 ナツコはレールガンの発射準備を終えると、火器管制へ機銃のセルフチェックを行うように指示を飛ばし、正常動作を確認する。


「これより仕掛ける」

「はい」


 フィーリュシカが通りへと飛び出した。

 直ぐにアンカースパイクが撃ち込まれて強引に90度転回し、全ての射撃装置が発射可能状態へ遷移する。

 ナツコはフィーリュシカの右斜め後方にしゃがみ、衝撃に備えながら、次弾装填準備と周辺警戒に努める。


 直ぐに第1射が放たれた。

 轟音と共に砲弾が撃ち出され、レールガンの砲身から冷却材が霧散する。


「次弾装填」

「はい!」


 まだ熱いレールガンから空ケースを排出し、エネルギーパックをセット。冷却材を充塡すると、直ぐに射撃に備えて1歩下がる。

 初弾は正確無比に〈パツ〉左中央脚部の内側第1関節に命中。

 既に撃ち込まれていた2発の砲弾を運動エネルギーで押し込み、関節内脆弱部分を破断させた。

 30メートルにも及ぶ脚部が、第1関節から本来曲がってはいけない角度にねじれた。重厚な装甲が音を立ててへし折れ、突如脚部機能を1つ失った〈パツ〉が大きく前進速度を緩めた。


「効いてます!

 ですが前進継続! 既に指定エリア中央まで来てます」

「発射準備」


 ナツコの報告に、フィーリュシカは感情無く次弾発射を告げる。

 衝撃に備えると2発目が放たれた。

 発射の瞬間、ナツコの視界が歪む。

 脳が本来有るべき姿ではない物理的事象を捉えた。

 しかしそれが起こり得る物理的事象なのだと学習させられた脳は直ぐに歪みを修整する。

 物理法則が改変されたのは確かだ。

 だがナツコには何が行われたのかまでは分からなかった。


 秒速3400メートルで撃ち出された砲弾は、空気抵抗を受けて加速する。

 砲弾は自己崩壊しながらも、〈パツ〉左側後方脚部第1関節へと秒速20000メートルで着弾した。

 着弾によって関節脆弱部が完全に破断されたばかりか、命中の瞬間に発生した衝撃波が外側装甲すら叩き割った。

 脚部は第1関節で切断され、〈パツ〉は大きく体勢を崩した。


 〈パツ〉の前進が一時的とは言え停滞した。

 この機を逃すこと無く、既に脚部破壊指定エリアを踏破しつつある〈パツ〉前足へと向けて、統合軍部隊が反撃覚悟の総攻撃を敢行した。

 レールガンの波状攻撃が前足装甲を叩き、遂に装甲が限界を迎えて崩れ落ちる。

 装甲を突き抜け脚部フレームに砲弾が炸裂し、稼働不備を起こした右側前足が黒煙を上げて動作を停止させる。

 〈パツ〉の前進が、完全に停止した。


「やった! これで――」

「次弾装填」


 〈パツ〉の脚部を3本破壊した。

 これで前進が止まるとナツコは歓喜して声を上げたが、フィーリュシカの命令で意識をレールガンへと向けた。

 まだ終わっていない。

 直ぐに空ケースの取り出しとエネルギーパックの投棄を行う。


 脚部を1つ完全に失い、2つを機能停止したはずの〈パツ〉。

 だがそれは、姿勢を低くし、かろうじてくっついているだけの脚も含めた5本脚で接地すると、機動ホイールのみで前進を再開した。

 これまで使用されていなかった、本体下部に取り付けられたエネルギー収束砲が、青白い光を放つ。

 エネルギーは広範囲へ拡散され、エネルギーの渦が〈パツ〉の前方を塞ぐ統合軍部隊へ襲いかかった。

 多数の重砲が破壊され攻撃の手がやむ。

 〈パツ〉は低速ではあるが、確実に前進を続けていた。


「エネルギーパックが――」


 〈R3〉の稼働に使っていた分、エネルギーパックが足りなくなっていた。

 ナツコは自分用の予備はもちろん、〈ヘッダーン5・アサルト〉にセットされていたほとんどエネルギーを消費していないものまで取り外したのだが、あと1つ足りない。


「これを」


 フィーリュシカが自身の機体にセットされたエネルギーパックを示す。

 既に〈イルマリネン〉のエネルギーは尽きかけている。

 それを外してしまったら、射撃後機体が動かなくなってしまう。

 それでも命令を受けたナツコは〈イルマリネン〉から残っていたエネルギーパックを取り外し、レールガンへセットした。

 冷却剤の充塡が完了し、発射準備が整う。


 フィーリュシカは目を瞑り、レールガンの照準を定める。

 ナツコには、レールガンを覆う、金色に輝く羽のような光が映った。


 砲弾が放たれる。

 砲弾は空気抵抗を受けて加速するが、砲弾は物理法則改変の歪みに耐え抜き、自己崩壊すること無く右側中央脚部装甲へ命中する。

 浅い角度で命中した砲弾は装甲面を滑り軌道修正。

 吸い込まれるように、左側中央脚部。破断された第1関節へと命中した。

 砲弾は関節を貫通し、かろうじて脚部を繋いでいたフレームが限界を迎えて破断する。

 脚部と呼ぶには余りにも大きな脚が、第1関節で切断された。


 更に脚部を失った〈パツ〉は左後ろへと体勢を崩した。

 失ったのは左側中央と後方の2脚。

 残りの脚だけでは質量干渉を用いても自重を支えきれなくなり、遂に〈パツ〉本体が大地に墜ちた。


 超質量の落下に大地が揺れ粉塵が巻き上がる。

 総司令部が指定した脚部破壊エリアギリギリで、〈パツ〉はその前進を完全に停止させた。


 ――敵機。


 〈パツ〉行動不能に喜ぶ間もなく、ナツコの視界に異物が映り込んだ。

 突撃機――〈フレアF型〉2機。

 帝国軍の最新鋭突撃機。

 〈R3〉ながら〈ハーモニック〉に備えられた振動障壁の小型版を扱う、厄介な機体だ。


「敵襲! 下がって!」


 フィーリュシカの前に躍り出て、ナツコは機銃を構える。

 敵機の動きに集中。

 2機いるため意識が集中できない。

 それでも近いほうの機体へと意識を向け、現在保有する運動エネルギーと加重分布から移動先を予測。12.7ミリ機銃を3点制限点射で発砲。


 機銃弾の1発が脚部を捉えたが、振動障壁によって弾かれる。

 後方の機体からマイクロミサイルが放たれている。

 更に前方の機体は14.5ミリ機銃を向けている。


 回避可能。でも――。


 ナツコの背後には、フィーリュシカがいる。

 機体の駆動エネルギーを失った〈イルマリネン〉は予備動力でかろうじて自重から搭乗者を守っている状態で、戦闘どころか移動すらままならない。


 ――私が戦わないと。


 意識を戦闘へ全て集中。

 〈フレアF型〉2機。

 飛来するマイクロミサイル16発。

 放たれた機銃弾9発。


 活性化された脳はナツコの認識能力を底上げした。

 されど、観測対象が余りに多く、演算能力がパンクし、集中力も分散してしまう。


 ――認識不能。計算不能。


 構えた機銃も何処へ向けて撃ったらいいのか分からない。

 既に機銃弾が直ぐそこまで迫っていた。


 ――守らないと。


 最後に残った集中力で、接近する機銃弾とマイクロミサイルの軌道だけ大雑把に計算。

 フィーリュシカを守るように、その射線上へと短く跳躍した。


 覚悟を決めたナツコの視界いっぱいに光が満ちた。

 意識を失う直前に見えたそれは、天使の羽のようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る