第203話 新型〈ハーモニック〉
ユイはゆっくりとワイヤーを伸ばして、這々の体で地上まで降り立った。
1人で逃げてきたのだが、カリラの手助けが無いと建物1つ越えるのですら命がけだった。なんとか降下を試みようとしたが、飛び降りる技量も勇気も無く、1階層ずつ慎重にワイヤー頼みで下ってきたのだ。
戦術マップを呼び寄せて合流地点を確認。
あまり広すぎず、かといって移動の障害になるような狭すぎることも無い、適度な移動ルートを策定し、登録したそれに従って移動開始。
路地から幅2メートル半ある小さな通りへ出て間もなく、頭上から巨大な物体が降下してきた。
〈R3〉が接近警報を放つが、ユイは見慣れない表示を一瞥したきりで回避行動をとらない。
その目前に、7メートル級2脚人型装甲騎兵が降り立った。
衝撃に地面が揺れ、散乱していたガラスが舞う。
目の前に現れたそれは、スピーカーで外部に向かって声を発した。
『お待たせ。乗ってく?』
「お前は後方待機のはずだ」
ユイは目の前の〈音止〉。その搭乗者のトーコへ向けて悪態をつく。
トーコは今回の作戦中後方で待機しているはずで、合流地点に向かうように指示は受けていたが、そこからさらに前方まで来いとは命じられていない。
『だって、敵襲があったでしょ?』
「あったからなんだ」
『緊急事態には自己判断も必要なの。
じゃ、乗ってかないなら私は行くから』
「愚か者め。さっさと乗せろ」
ユイは機嫌を損ねながらも命じた。
〈音止〉の左手が降ろされ、開いたコクピットの後部座席へとユイが乗り込む。
同期されたユイの端末情報から移動ルートのデータを拾い上げたトーコは確認をとる。
「合流地点まで下がればいい?」
「バカを言うな。
お前は何をしにここまで来たんだ。
前進しろ。遅れてるのろま共を連れて帰る」
「了解。
仲間思いで大変よろしい」
トーコのからかうような言葉に、ユイは眉間にしわを寄せて返す。
「バカバカしい。
早く行け。
だが気をつけろ。嫌な予感がする」
「分かってる。
速度出すから吐く準備しておいて」
「準備なら出来てる」
「だろうね」
地を蹴り急加速した〈音止〉はあっという間に小さな通りを飛び越えて大通りへ。
機動ホイールを展開し、身を隠すことも無く大通りをタマキ達のいる方向へ向けて突き進む。
「なんだこの反応は」
「敵?」
後部座席で観測情報を確かめていたユイが呟くと、トーコが尋ねる。
ユイは「確認中」と返したが、即座に追加情報を報告した。
「前方左側。ホテル内。14階部分」
「先制攻撃する?」
トーコは冗談半分に口にしながらも、左腕122ミリ砲をホテルへと指向させていた。
そのホテルはタマキ達のいる建物の大通りを挟んだ向かいにあった。
「これは――空間の揺らぎか?」
「出てきた!」
ユイの確認が終わるのを待たず、ホテルの壁を突き破って〈ハーモニック〉が姿を現した。
曲面を多用した人間のようなフォルムをした帝国軍最新鋭7メートル級2脚人型装甲騎兵。
現れたそれは市街地迷彩では無く、全体をグレーのみで塗装されていた。
グレーの〈ハーモニック〉は飛来したロケット弾頭を空気振動の波で弾き飛ばす。
「音波砲だ」
「〈ハーモニック〉は振動障壁しか使えないんじゃなかった?」
「出力計測中。
――コアユニット出力が通常型の倍は出てる。
改装された新型だろう」
「了解。
――戦っていいの?」
トーコは122ミリ砲を構えながらも、火器管制は作動させていなかった。
今回、ユイはトーコが戦闘に参加するのをよく思っていなかった。
念のための確認に、ユイは一瞬迷いながらも問いかける。
「戦闘能力未知数の相手だ。
無茶はしないと約束できるか?」
「多分無理」
「だろうな。半人前め」
拡張脳が使えない状態では〈ハーモニック〉相手に確実な勝利など約束できない。
〈音止〉は量産型の〈I-K20〉より高性能な機体であり、新しい冷却機構を得たことによって更に強化されてはいるが、相手が戦闘能力未知数の新型〈ハーモニック〉となれば、その優位がどれほど残っているのかも分からない。
無茶をしないなどと約束できるはずは無かった。
それでも、ユイはトーコの戦闘を認めた。
「フィーの助けは得られないぞ。
お前がなんとかしろ」
「やってみる」
跳躍し、タマキ達のいるはずの建物へと張り付いた新型〈ハーモニック〉。
音波砲の衝撃が壁に大穴を穿ち、そこから内側へと60ミリ砲を向ける。
一撃で仕留めてしまえば、相手が新型だろうが関係ない。
トーコは指向させた122ミリ砲を狙い澄まして、〈ハーモニック〉のコクピットブロックへ向けて仮想トリガーを引ききった。
射撃体勢をとっていた〈ハーモニック〉の右側面から122ミリ徹甲弾が襲いかかる。
着弾の瞬間閃光が瞬き、振動障壁の作動を表す甲高い音が鳴り響いた。
敵機は張り付いていた壁から吹き飛ばされ、しかしそのまま降下すると地面に両足で着地。
白く輝く両の瞳が〈音止〉を見据えた。
「振動障壁強化されてる?」
122ミリ砲なら直撃させれば振動障壁ごと機体を貫くはずだった。
だが目の前の新型〈ハーモニック〉は完璧にコクピットブロック側面を撃たれたはずなのに損傷した様子は見て取れない。
「空気振動じゃなく空間の揺らぎを使っているようだが、あのサイズの機体じゃそれでも122ミリは防げないはずだ。
――着弾観測結果が出た。
砲弾の進入角度を浅くして、振動障壁で逸らしてるな」
「人間業じゃないよね。偶然?」
「いいや。悪いことに」
「本当に、悪い知らせだね」
〈ハーモニック〉は右腕90ミリ砲を構える。
トーコは敵機砲口を見極めつつ、左方向へと移動を開始。
いつでも回避行動をとれるようにしながらも、タマキへと通信を繋いだ。
「こちらツバキ8。
現在Iライン大通りで〈ハーモニック〉と交戦中。
新型の模様」
『こちらツバキ1。
助かりましたが、戦闘許可は出してません』
「相手が相手だ」
タマキの通信に返答したのはユイだった。
ユイがトーコと共にいることにタマキは安堵した。
しかしずっとトーコの前線投入に反対していたユイの言葉とは思えず尋ねた。
『〈音止〉なら勝算はあると?』
「分からん。
新型の機体。恐らくパイロットはブレインオーダーだ。
早めに対装甲騎兵部隊の援軍を寄こせ」
『了解。
時間稼ぎは任せてよろしいですね』
問いかけに、ユイは発言権をトーコへと渡す。
発言を促されたトーコは力強く答えた。
「お任せください。
何としてでも止めて見せます」
『任せます。
こちらの建物には負傷者が多数いるので近づけさせないで』
「了解」
通信を終えると同時、敵機右腕90ミリ砲が瞬いた。
発砲炎は2重螺旋を描き、甲高い音が建物の間を反響する。
触れた物の物理的強度を無視して振動破砕を引き起こす“共鳴”の付与された徹甲弾。
トーコはそれを前進しながらくぐり抜けた。
「共鳴ってことはアレ、もしかして黒い〈ハーモニック〉と同型?」
「いや違う。
だが設計思想は同じだろう」
「なんだ。
パイロットがブレインオーダーなのは確かなんだね?」
「間違いないだろう。
だから緊急回避は使うな。
自動照準も使っても当たらないぞ」
「分かってる」
装甲騎兵パイロットのブレインオーダーならば、それは統合軍の使用する回避パターン、攻撃パターンを学習しているとみて間違いない。
トーコは88ミリ砲で牽制しながら、敵機をタマキ達のいる建物から引き離す。
「で、こんな所で新型が単機で何してるの?
心当たり有るんでしょ」
「いつだって天才は敵が多いんだ。
無駄口叩いてないで集中しろ」
「――了解」
トーコはため息交じりに答えた。
集中しなければいけないのはもっともだ。
半人前のトーコには、手を抜いた状態で目の前の敵を倒すような実力はない。
敵機を1区画誘導し、大通り同士を繋ぐバイパスに差し掛かると、この場で時間を稼ごうと決めた。
位置情報を部隊に共有し、目の前にやってきた敵を見据える。
真っ直ぐに追ってきたことから、先ほどのユイの言葉は正しいのだろう。
この敵は〈音止〉を――ユイを狙っている。
「後ろの通りには出るな。
〈パツ〉と射線が通る」
「気をつける。
――揺れるよ」
敵機が90ミリ砲を撃った。
発砲炎が2重螺旋を描き、砲弾が飛来する。
トーコはそれを斜め右後方へ短く飛んで躱し、そのまま横っ飛びで建物外壁にとりつく。
窓の縁に脚をかけ、一挙動で構えた122ミリ砲を放つ。
敵機はそれを軽く機体を右に振って回避。更に回避姿勢のまま60ミリ砲が放たれる。
一瞬の照準だったにもかかわらず正確無比に〈音止〉拡張装甲の隙間を狙ってくる。
それでもトーコは建物外壁を駆け上がって回避。
――こいつ、やっぱり強い。
一筋縄ではいかない相手。
機体スペックの全体的な上昇もさることながら、パイロットの操縦技能が極めて高い領域に達している。
攻撃の1つ1つが、回避し損ねれば致命傷になりかねない。
だがトーコは新型〈ハーモニック〉の攻撃を躱し続け、隙を見ては応射する。
今の〈音止〉は拡張脳を使えない。
トーコには飛来する砲弾の弾道について計算することどころか、そもそも放たれた砲弾を目視することすら出来ない。
彼女の武器は経験だけ。
だがその経験は、拡張脳による戦闘によって齎された、他のいかなる兵士も体験したことのないものだ。
積み重ねられた拡張脳による戦闘実績を最大限有効活用し、敵機の姿勢、砲口の向き、周囲の環境情報から、感覚的に回避パターンを策定する。
経験に基づく戦闘機動策定は、繰り返す度に研ぎ澄まされその精度を上げていく。
――両腕指向。回避不可。防御可能。
着地した〈音止〉へ向けて、〈ハーモニック〉の両腕が向けられる。
トーコは90ミリ砲と60ミリ砲の動きから攻撃を予測。
放たれた瞬間、小さく後方へ飛び退いた。
90ミリ砲弾をギリギリで回避し、60ミリ砲弾を右腕部拡張装甲で受ける。
分厚い拡張装甲は砲弾を弾き飛ばした。
トーコは即座に反撃の122ミリ砲を構える。
これまでの敵機回避機動から、どのような回避機動をとるか予測。
スラスター制動で着地の衝撃を緩和し、ブースターを目一杯使って急速前進すると照準を定め発砲。
砲弾が回避機動をとる敵機左腕を捉えた。
甲高い音が響き〈ハーモニック〉が纏っていた陽炎の如き衣が霧散する。
振動障壁の影響を受け軌道を逸らされながらも、砲弾は左腕60ミリ砲を貫いた。
着弾の衝撃を受けて60ミリ砲が緊急脱離される。
――仕留め損ねた。
トーコは唇を噛みながら、機体を左方へ振った。
これまでの戦闘から相手の能力が把握出来つつあった。
ブレインオーダの搭乗した新型〈ハーモニック〉。
確かに強い。強いが、それはトーコにも認識出来る強さだ。
ハイゼ・ブルーネ基地で戦った黒い〈ハーモニック〉はまるで人間のような動きでトーコを翻弄した。
捕虜後送護衛任務中に戦った黒い〈ハーモニック〉は、人間の動きを越えた機械に最適化された奇妙な動きによって、数倍のスペック差があるはずの、拡張脳を使用した〈音止〉を打ち破った。
だが目の前の新型〈ハーモニック〉にはそういった異質さがない。
統計学的手法によって与えられた戦術技能はブレインオーダーを優れた装甲騎兵パイロットに仕立て上げたが、それ以上にはしなかった。
トーコにとってそれは脅威ではあるが、対処可能な脅威だ。
敵機は攻撃の衝撃を後退とスラスター制動で受け流し、構えた90ミリ砲で反撃に転じる。
振動障壁がかき消された直後だからか、共鳴を伴わない通常の攻撃。
トーコは砲口の動きを予測し、一瞬だけ弾道予測線に目をやってから回避機動をとった。
軌道ホイールによって急速後退。砲弾は背後の建物に命中し炸裂した。
「榴弾?」
徹甲弾より弾速の遅い榴弾は余裕をもって回避出来た。
しかし対装甲騎兵戦闘で榴弾を放ってきたことに引っかかる。
〈音止〉の122ミリ砲のように、携行弾数を増やすため弾種選択装置を外したならともかく、敵機90ミリ砲には弾種選択装置が備えられている。
「音波砲来るぞ」
「見えてる」
左腕が構えられる。
60ミリ砲を失った左腕には、砲身の短い武装のみ。
空気振動による攻撃を行う音波砲。
広範囲に対して放射したり、指向性を持たせたりと厄介な武装ではあるが、拡張装甲を積んだ〈音止〉に対しては無力だ。
構えられた音波砲が淡い光を放ち、周囲の空間が歪んで見えた。
不可視の衝撃が放出されるが、トーコは回避行動をとらず、正面から音波砲を受け止める。
音波砲自体は脅威ではない。
回避行動をとるよりも、90ミリ砲や共鳴刀の攻撃に備えるべきだと判断した。
〈音止〉正面装甲は音波砲の衝撃を受けても無傷だった。
爆発反応装甲すら起動せず、ただ背後の建物が音波衝撃を受けて揺れた。
立て続けに敵機の攻撃。
装填完了したばかりの90ミリ砲が瞬き、発砲炎が2重螺旋を描いた。
「――外した?」
砲口の動きを目で追っていたトーコはその攻撃に目を見張った。
当たるはずのない攻撃。
弾道予測線は〈音止〉の左上3メートルの位置を通過していた。
無為な攻撃に対しては回避行動をとらず、トーコは反撃に転じる。
左腕88ミリ砲を向けて牽制。回避ルートを制限し、122ミリ砲を確実に当てられるよう誘導する。
「後方、崩れるぞ」
「ん――そういうこと」
榴弾に音波砲。止めに共鳴効果を纏った徹甲弾を撃ち込まれて、物理的強度の限界に達した高層ビルが音を立てて〈音止〉の真上に崩れ落ちてきた。
レーダー観測による建材の落下地点予測を元に回避機動を開始。
敵機はこの機を逃さず90ミリ砲を構えるが、トーコは落下物を回避しつつもそちらへの注意を怠らない。
しかし、敵は〈ハーモニック〉だけでは無かった。
「おい。〈パツ〉との射線が通る」
「まずいっ」
高層ビルが瓦礫となって降り注ぎ、その瓦礫の上に立った〈音止〉。
悪いことに〈パツ〉との射線が通ってしまった。
〈パツ〉右中央脚部に備えられた火砲が、レーダーに捉えられた〈音止〉へと弾幕を展開する。
一斉に放たれた重砲による弾幕。
目の前に統合軍の緊急回避パターンを熟知したブレインオーダーが存在する以上、トーコはそれを自力で避けるしかない。
自身の経験だけを信じて、がむしゃらに回避機動をとる。
100ミリ砲弾が左腕装甲を武装ごと弾き飛ばし、至近に落ちた大口径榴弾の爆発が右腕爆発反応装甲を起爆させる。
80センチ砲の砲撃をギリギリでくぐり抜け、降り注ぐ迫撃砲弾を回避し尽くしたところへ向けて、〈ハーモニック〉の90ミリ砲が放たれた。
発砲炎が2重螺旋を描く。
砲撃は完璧に〈音止〉正面を捉えていた。
トーコは弾道予測線を見て、着弾の寸前に機体を捻った。
90ミリ砲弾が拡張装甲に触れ、共鳴が作動。
拡張装甲が強制脱離され爆発反応装甲が起動。
しかし、寸前の動きで若干の角度をつけられた砲弾は、内側装甲を貫通せず、軌道を逸らされて後方へと抜けた。
装甲は凹んだが、コクピットブロックまで到達しなかった。
被弾によってトーコは鈍器で殴りつけられたような衝撃を受けたが、身に纏う汎用機が守ってくれた。
後部座席でも、無事だったユイが盛大に嘔吐して苦言を申し立てる。
「殺す気か」
「生きてるよ。
それに、軽くなった」
〈パツ〉との射線は切った。
トーコは冷却機構を一時的に限界出力で動作させて、コアユニット駆動力を無理矢理39%まで引き上げる。
武装を失った左手で共振ブレードを引き抜き刀身を展開。白銀の刀身が微細振動し、光の粒子を纏って輝く。
〈ハーモニック〉は被弾した〈音止〉に止めを刺すべく邁進してきていた。
音波砲が淡く瞬く。
不可視の音の塊の軌道を予測したトーコは共振ブレードを振るう。
刀身に触れた音の弾丸がぱっと空気に弾ける。
構えられた90ミリ砲。
トーコは回避軌道を策定し、同時に敵機の動きを予測する。
至近距離からの砲撃を、からくも掻い潜り、更に前進。
敵機の姿勢と速度を読み取り、経験から、回避困難な攻撃地点を見定める。
「これで決める!」
122ミリ徹甲弾が、〈ハーモニック〉右脇腹を捉えた。
着弾の瞬間、甲高い音が響く。
振動障壁がかき消えた〈ハーモニック〉。その脇腹には徹甲弾によって穿たれた大穴が空いた。
漏れ出したエネルギーが粒子となって瞬く。
――しかし、敵機は動きを止めていなかった。
至近距離まで迫っていた〈音止〉へと、〈ハーモニック〉はブースター噴射で飛びかかる。
左手には、漆黒に染まった、陽炎の如き揺らめきを纏う長剣。
〈ハーモニック〉は前のめりになった〈音止〉コクピットブロックへ向けて、共鳴刀を突き出した。
――回避軌道を。
考えなければ死ぬ。
何としてでも攻撃を見極めようとトーコは頭をフル回転させるが、前のめりになった姿勢からとれる回避軌道では避けきれない。
既に傷ついた正面装甲は、共鳴刀の一撃に耐えきれない。
共鳴刀の切っ先が正面装甲に触れる。
瞬間、30ミリ砲弾が共鳴刀の刀身側面を貫いた。
刀身の薄い共鳴刀は着弾によってへし折れ、破片が宙を舞う。
『――攻撃開始!』
同時に攻撃命令が飛び、〈ハーモニック〉へ向けて多数のロケット弾頭が飛来する。
淡く瞬く音波砲。
放たれた空気振動の波が、飛来するロケット砲弾の軌道を逸らす。
「そこだあああ!!」
この好機をトーコは無駄にしなかった。
左手に持った共振ブレードを両手で握り直し、真っ直ぐに〈ハーモニック〉正面装甲へ突き立てる。
刀身が振動障壁に触れた瞬間、2つの固有振動数が共鳴し、瞬間的に無限大の振動を発生させる。
あらゆる物理的強度を無視した刀身は自身を崩壊させながらもコクピットに突き立つ。
トーコはそのまま〈ハーモニック〉を押し倒すと、無防備になったコクピットへと視線同調の機関砲を撃ち込む。
ブレインオーダーは機関砲弾の直撃によって、原形をとどめないほどバラバラになった。
「敵機完全撃破確認。
援軍、感謝します」
トーコは通信機に向けて報告と礼を述べる。
あと一瞬でも援軍が遅かったら、今地面に転がっているのはトーコの方だった。
『敵機足止めご苦労様でした。
ツバキ7も良く当ててくれました』
『大したこと無いわ』
どうやら共鳴刀を撃ち抜いたのはリルだったらしい。
彼女は〈Rudel87G〉を低空で旋回させながら、トーコへ向けて誘導灯を振っていた。
『これより観測班は合流地点まで後退。
〈パツ〉との距離が近すぎます。迅速に移動を。
ツバキ8、機体は動きますね』
「はい。問題ありません。
後退開始します」
機体チェックをかけてトーコは返答する。
拡張装甲のおかげで、機体動作が阻害されるような攻撃は受けなかった。
少しばかり無茶させた冷却機構がへそを曲げて、コアユニット最大出力が24%に制限されたりしていたが、後退する分には問題無いだろう。
「詰めが甘い。
だからお前は半人前なんだ」
後退中、吐くものをあらかた吐き終えたユイが、トーコの戦闘を非難する。
返す言葉も無く、トーコはそれに対して「うん」と小さく頷くことしか出来なかった。
「また機体を壊しやがって。
余計な仕事を増やしてくれたな」
その言葉に、俯いていたトーコは顔を上げ、後ろを見た。
「直してくれるの?」
「何を言っている。
お前は壊れたままの機体に乗るつもりか」
「そんなことはない」と否定して、トーコは前へ視線を戻すと口元だけ微笑んだ。
ユイから与えられた機会は「次で最後」だったはずだが、彼女はまだトーコをパイロットとして使ってくれるらしかった。
少しは認めて貰えたのかと嬉しくなって、トーコは上機嫌に言う。
「修理、私も手伝うよ」
対してユイは半分閉じた濁った瞳でトーコの背中を睨み付け、その浅はかな発言を一蹴した。
「愚か者め。
当たり前だ」
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