第202話 対ブレインオーダー
〈エクリプス〉はガラスの割れた窓から勢いよく室内に飛び込んできた。
距離60メートルで放たれた対空ミサイルは一時的に敵機に向かったが直ぐ狂ったように変針し、建物の柱や壁に突き立った。
炸裂した榴弾が建材を吹き飛ばし、建物が大きく揺れる。
「後退!」
タマキは後退指示を出しつつ、後ろを見もしないで自動照準で弾幕を展開。
カリラはいち早く次の柱の陰まで後退すると、バックパックに積んであった対空マイクロミサイルを投射機に装填する。
「次弾装填完了」
「了解。ですが敵機は誘導妨害機構を装備しているようです」
「そのようですわね」
〈エクリプス〉は指揮官機と同等の電子戦装備を有している。
搭載する指揮モジュールによって出来ることは変わるが、悪いことに迫り来る敵機は誘導弾の制御を滅茶苦茶にする誘導妨害機構を積んでいた。
最初の奇襲時に戦術レーダーに捉えられなかったことから、ステルス機構も搭載しているだろう。
「誘導妨害を解除するまでミサイルは温存。
2手に分かれて攻撃しましょう」
「隊長を1人にするなと――」
「返事」
「はい」
先ほど聞いた話と違うとカリラが抗議したが、タマキはそれを聞き入れない。
ただ短く返事をするよう言いつけられるとカリラもそれに従った。
「こちらで注意を引きます」
「畏まりましたわ」
タマキは汎用投射機にカートリッジ式グレネードを装填。
柱の陰に隠れたまま、グレネードを斜め後方の壁に向けて放った。
壁に当たったグレネードはそこでは爆発せず、1回跳ねて〈エクリプス〉の方向へ。
〈エクリプス〉は左腕14.5ミリ機銃でグレネードを器用に撃ち落とす。
機銃が余所を向いている瞬間を狙って、カリラが柱の陰から飛び出した。同時にタマキも反対側に飛び出し、12.7ミリ機銃を敵機へ向ける。
相手がブレインオーダーである以上、生半可な攻撃は回避される。
タマキは機銃をフルオートに設定し残弾を気にすることなく仮想トリガーを引ききった。
〈エクリプス〉は短く後方へ跳躍しながら機銃弾を回避。右腕23ミリ機関砲がタマキへと指向される。
攻撃を察知したタマキは柱の陰に引っ込んだ。
強力な23ミリ機関砲弾が柱を削り、建材の破片が舞い散る。
「まだ耐えられる――敵機誘導妨害解除!」
今まで作動していた誘導妨害機構の消失を指揮モジュールが観測した。
カリラへと攻撃指示を出すと同時に、タマキは緊急後退を開始する。
移動完了し、〈エクリプス〉の斜め前方に位置していたカリラが対空マイクロミサイルを全弾投射。
同時に〈エクリプス〉から対歩兵マイクロミサイルが放たれる。
タマキは肩に背負った誘導弾迎撃用のマイクロミサイルランチャーを、自動照準に設定して作動させた。
後方へ向けられたミサイルランチャーからマイクロミサイルが放たれ、向かってくる対歩兵マイクロミサイルを捉えて空中で穿つ。
爆風に背中を押されたタマキは前のめりになりながらも、アンカースパイクを作動させ踏ん張ると、そのまま横っ飛びして遮蔽物の後ろに入った。
オフィス用の事務机なので姿を隠す以上の効果は無いが、何も無い空間に身をさらすより幾分かマシだ。
カリラの放った対空マイクロミサイルは、〈エクリプス〉の左腕14.5ミリ連装機銃で全て撃ち落とされた。
更に敵機は右腕23ミリ機関砲を、机の後ろに隠れたタマキへと向ける。
「中尉さん!」
「分かってます!」
タマキは対ブレインオーダー用回避プログラムに従って、姿勢を低くしたまま回避行動をとる。
23ミリ機関砲弾の前に机は紙切れ同然で、威力を失うこと無く襲いかかり、回避行動を続けるタマキの左腰。エネルギーパックに直撃弾が出る。
「まずい――」
出力低下したのは一瞬。直ぐに右腰のエネルギーパックから稼働に必要な全エネルギーが供給される。
しかし23ミリ機関砲弾に抉られた机は既に形を為していない。
次の遮蔽物へと向かいながら、タマキは12.7ミリ機銃で応射。
1弾倉丸々打ち切ったにもかかわらず、〈エクリプス〉にはダメージを与えられない。
最小限の動きで回避され、命中弾が出たとしても僅かしか無い装甲とフレームで弾かれてしまう。
〈エクリプス〉は23ミリ機関砲でタマキを追い立て、その進路へと14.5ミリ連装機銃を指向させた。
狙い打ちにされたら回避しきれない。
援護のため、飛び出したカリラが側面から攻撃を仕掛ける。
「させませんわよ!」
がむしゃらに放たれた12.7ミリ連装機銃。
慌てて飛び出して仮想トリガーを引いたこと。そしてカリラの天才的なまでの射撃下手が組み合わさり、奇跡が起きた。
ブレインオーダーは脳に直接戦闘データを書き込むことで実現される理想的な兵士だ。
書き込まれる戦闘データは、これまで帝国軍が積み重ねてきた膨大な戦闘データから統計学的に作成されている。
それは統計通りの攻撃に対してはほぼ無敵の盾となる。
しかし統計的手法によるデータ作成には、外れ値の問題がつきまとう。
僅か0.3%ではあるが、どうしても統計上の中央値から大きく外れる値が出現する。
この値が統計に与える影響は優位では無いとして、基本的には無視される。
だが0.3%と言えど、どんな状況からでも発生し得る。
12.7ミリ連装機銃は銃弾の供給さえなされれば1分間に1200発の銃弾を発射する能力がある。
とすれば、1分間連射を続ければ3発か4発、外れ値をとる銃弾が発生する。
装甲を極限まで削減した〈エクリプス〉を装備する前提で設計されたブレインオーダーは、有効弾の被弾は0で無ければならない。
そのため0.3%の外れ値が発生するとして回避パターンが組み込まれている。
そこに来てカリラの射撃は、ブレインオーダーが想定する外れ値の期待値を大きく上回った。
慌てて放った18発のうち、実に16発が外れ値の軌道をとった。
9割に迫る外れ値を含んだ機銃弾の弾幕という統計学上存在し得ない攻撃を受けて、統計学的な回避パターン策定能力しか持たないブレインオーダーは、無敵の盾を剥ぎ取られたも同然だった。
緊急回避機動をとった〈エクリプス〉。
統計学上存在し得ない攻撃に対する適正な回避パターンを持たないため、素人同然の回避機動をとり、あろうことか当たるはずの無い軌道をとった銃弾に被弾する。
極限まで薄くされた〈エクリプス〉装甲を貫き、12.7ミリ機銃弾がブレインオーダー左腕をねじ切った。
ちぎれた左腕は機体フレームに固定されているため落ちることなく、ただ夥しい量の鮮血が吹き出す。
破損した14.5ミリ連装機銃が強制脱離され、被弾の衝撃で機体が壁に叩き付けられる。
「当たりました!? 何故ですの!?」
「あなたが撃ったんでしょう!
追撃を!」
まさか命中弾が出ると思いもしなかったカリラは、血まみれになって壁にもたれかかる敵機の姿に目を疑った。
直ぐにタマキから追撃指示が出されると、意識を現実に引き戻し、12.7ミリ連装機銃を向けてフルオートで撃ちまくる。
「これで止めですわ!」
僅か50メートルの距離で放たれた無数の機銃弾。
しかしそれは全てが外れ値を取り、1発の命中弾も出せない。
「敵は止まってます!
しっかり狙いなさい!」
「狙ってますわ!」
埒があかないと、タマキが飛び込んだ遮蔽物から半身を出して敵機を狙う。
しかし攻撃を開始した時には敵機は回復しており、3発だけ放たれた銃弾は回避される。
「油断しないで。
距離をとりつつ回避に専念」
「畏まりましたわ」
本来ならば痛みで戦闘どころでは無い状態だろう。
しかしブレインオーダーは左腕の損失などお構いなしに、右腕23ミリ機関砲をカリラへと指向させ始めた。
タマキは後退しながらグレネードを投射してカリラの後退を支援する。
いくらブレインオーダーが遺伝子的に痛みに耐えられるよう設計されていようとも、人間の枠に収まっている以上、多量の出血は行動能力を奪うはずだ。
このまま止血もせずに戦闘を続ければいずれ動かなくなるだろう。
周囲に護衛小隊が存在する味方陣地内での戦闘だ。
無理をして決着を急ぐ必要は無い。
確実に勝つためには、逃げ回って味方突撃機分隊の合流を待つだけでいい。
そして勝利の瞬間は間もなくやってきた。
味方突撃機分隊が到着し、隣接する建物から〈エクリプス〉に対してロケット攻撃が敢行される。
片腕しか無い敵機がそれを迎撃しようと背後へ機関砲を指向させると、タマキは飛び出して12.7ミリ機銃と個人防衛火器で攻撃を仕掛ける。
畳みかけるように別方向からも機関砲の攻撃が加えられ、たちまち数十の有効弾を受けた〈エクリプス〉。
防御力皆無の機体は、その攻撃に耐えられなかった。
バラバラになった機体が宙を舞い、床に叩き付けられるとそのまま崩れ落ちる。
タマキはいったん呼吸を落ち着けて、主武装の弾倉を取り替えると、動かなくなった敵機の頭部に1発銃弾を撃ち込んだ。
「〈エクリプス〉撃破確認。
援護、感謝します」
何はともあれ無事に危機を脱した。
一息ついたタマキが礼を述べると、ヴェスティから通信が入る。
『援軍が遅れてすまない。
こちらの戦闘も終わった。
直ぐに合流地点へ向かう』
「了解。
ツバキ観測班は護衛小隊と共に先行して移動します」
通信に対して了解が返り、タマキはカリラを手招きして呼び寄せる。
「お互い無事で何よりです」
「ええ全く。命拾いしましたわ」
「本当にそうですね。これより一時後退します。護衛を――」
護衛の突撃機分隊分隊長へ視線を向けたタマキは、その背後、向こう側の通りの建物を突き破って姿を現した物体を見た。
空気の揺らぎを身に纏う、7メートル級2脚装甲騎兵。
タマキが報告するより早く、護衛分隊が気がつき声を上げる。
『後方敵機〈ハーモニック〉!!』
即座に対ハーモニック用3連タンデムロケット弾頭が放たれる。
しかしそれは、突如発生した空気振動の波によって撃墜される。
〈ハーモニック〉が右腕に備えた90ミリ砲を指向させている。
タマキは今度こそ声を上げた。
「緊急待避!!」
時限信管のセットされた90ミリ榴弾が、建物に入ると同時に炸裂する。
度重なる攻撃を受けた建物が悲鳴を上げ、天井が崩壊を始める。
床に向けて飛び込んだタマキはからくも無傷ですみ、建材が降り注ぐなか体を起こした。
「ツバキ5、状況報告!」
「無事ですわ! これどうします?」
崩壊した天井の巻き上げる粉塵の中から姿を現したカリラは、榴弾の破片を脚部に受けた味方突撃機〈ヘッダーン4・アサルト〉を引きずっていた。
「そのまま運んで。
ここから待避します」
「かしこま――あ、これは――」
空気振動の波が建物外壁を吹き飛ばした。
大きく円形に空いた穴から、〈ハーモニック〉が顔を覗かせる。
右腕には90ミリ砲と23ミリ機関砲。
左腕には60ミリ速射砲と、見慣れない短砲身の武装。
白く光る〈ハーモニック〉の両の瞳が建物内をサーチし、護衛分隊が守ろうとしたタマキの姿を捉える。
60ミリ砲が、急速にタマキへ向けて指向し始めた。
「いけませんわ! 置いて逃げましょう!!」
「バカ者!
助けられる味方を見捨てる人間が何処にいますか!
担いで待避!」
カリラが逃げるのと反対方向へ、タマキは単独で駆け出した。
60ミリ砲は指揮官機を装備するタマキを追従した。
突撃機分隊のロケット攻撃を右腕と視線同調の機関砲で撃ち落とし、60ミリ砲は確実にタマキの進路を捉える。
展開される煙幕を気にする素振りも見せず、60ミリ砲は確実に照準を定めた。
粉塵と煙幕が満ちた空間に、閃光が瞬き、甲高い音が凜と響いた。
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