第201話 敵襲
警戒網をすり抜けて襲撃を仕掛けたのは、飛行偵察機〈MV8S〉2機と突撃機〈エクリプス〉2機からなる分隊だった。
護衛小隊は敵機を目視確認すると同時に攻撃を開始。
屋上で警戒に当たっていたサネルマとリルも防衛に向かう。
「援護頼むわ」
「お任せください」
リルは駆け出すと、屋上から身を投げ出した。
落下によって速度を稼ぎ、〈Rudel87G〉を飛行状態へ移行させると、低空飛行で向かってくる飛行偵察機の頭を押さえるよう真っ直ぐ飛行する。
「あ、待ってください!
その機体で飛行戦闘は無謀ですよ!?」
送り出した後になって、リルの乗る機体が空中戦に不向きな機体だと思い出したサネルマが叫ぶ。
実際の所、防御装甲を施されているため地上からの攻撃には滅法強い〈Rudel87G〉だが、上からの攻撃には弱い。
更にただでさえ重い機体に30ミリ速射砲を2門も積んでいるせいで機動戦闘能力は絶望的だ。
建物の連なる市街地では、まともに旋回すら出来ない可能性もあった。
「問題無い。頭押さえて叩き潰すだけよ」
だが、相手も見るからに重装の〈Rudel87G〉に対して正面切って突っ込んでくれたりはしなかった。
2機の〈MV8S〉は左右に分かれ狭い路地へと突入し姿を隠す。
構うこと無くリルは自身から見て右側へ入った敵機の位置を予想して、建物へと30ミリ速射砲を放った。
壁を易々と貫いた砲弾だが、すんでの所で敵機は急上昇をかけていたため直撃しない。
「援護を――」
「左頼んだ。右は任せて」
リルは機動ホイールを展開して壁沿いに走行し、壁を蹴ると同時にブースター噴射で強引に旋回して右側へ逸れた敵機を追った。
「はい!」
屋上に立ったサネルマは左側に逸れた敵機を追う。
対空レーダーを起動するが、自身より高度の低い敵機を捉えられない。
大隊との戦術データリンクから敵機位置情報を取り寄せ、40ミリ対空機関砲を構えると弾道上に建物があろうが構うこと無く撃ちまくった。
40ミリ機関砲は壁を貫き、狭い路地に入ってしまったがために回避の選択肢を無くした敵機を追い立てる。
護衛小隊の軽対空機班が地上からも攻撃を仕掛けると、上下から攻撃を受けた敵機は瞬く間に被弾し、翼を失うと真っ直ぐ地面へと落ちた。
「リルちゃん! 無事ですか!」
単独で敵機を追ったリルを心配して尋ねるが、返答は素っ気ない物だった。
「当たり前でしょ。楽勝だったわ」
ゆったりと上昇しながら屋上へ戻ってくるリルは、1発も被弾した痕跡も無く、言葉通り楽勝だったようだ。
「その機体、空中戦は不向きだってカリラちゃんからきいてます」
サネルマの問いに、リルは何てことはなかったと、平然として答える。
「飛行姿勢が安定してるから狙撃しやすかったわ」
「そうですか。それなら良かったです――」
本人にとっては簡単なことだったのだろうが、旋回性能皆無の機体で、路地内部を高速で飛行する敵機を狙撃する難易度はいかほどのものなのか、サネルマには見当もつかないことだった。
「と、とにかく、隊長さんがステルス機構起動して移動しています。
まだ〈エクリプス〉が残っていますから追いかけましょう」
「そうね。
〈エクリプス〉ってことはブレインオーダーよね?」
「そうとも限りませんけど、その可能性は高いですね。
慎重に移動しましょう」
「了解。
頼りにしてるわよ、副隊長」
おだてられたサネルマは、自慢げに胸を張った。
「はい! お任せください!」
◇ ◇ ◇
観測地点から建物内部を伝って後退するタマキたち。
2区画ほど後退したところで、タマキは通信のためステルス機構を解除する。
「こちらツバキ1。
観測班は各員状況報告」
反応は早かった。
サネルマとリルが奇襲を仕掛けた飛行偵察機を撃破し合流のため移動中。
トーコは後方待機していたが、敵襲の一報を受けて合流地点まで前進中だった。
「よろしい。このまま合流を急ぎます」
観測班については問題無し。
そのままタマキは護衛小隊と通信を繋いだ。
「こちらツバキ観測班。
現在ポイント『H6』まで後退中」
通信先のヴェスティの反応は早かった。
『了解。
こちらはポイント『H7』で〈エクリプス〉と交戦中。
かなり手強い。恐らくブレインオーダーだろう。
1機は押さえているがもう1機は見失った。
くれぐれも注意を怠らないように』
「援護が必要でしょうか?」
対ブレインオーダーとなれば、最も効果的なのは主力装甲騎兵の投入だ。
トーコの前線投入はユイが嫌がるだろうが、相手が相手だ。
しかし通信先のヴェスティは申し出を断った。
『必要無い。
装甲騎兵は観測班の護衛に使うべきだ。
そちらはそのまま後退を。
合流地点を『I5』に設定。そこで落ち合おう』
「了解。
ご武運を」
タマキは通信を終了して、ハンドサインでカリラへとそのまま後退するよう示す。
ステルス機構を解除したことで現在地が共有され、護衛小隊が飛行偵察機2機を派遣してきた。
見失った〈エクリプス〉が観測班に近寄らないように周辺捜索がなされる。
直ぐに突撃機分隊も護衛につくだろう。
そうタマキが思った矢先、後方を飛行していた〈DM2000TypeC〉が突如飛行翼に直撃弾を受けた。
『被弾〈エクリプス〉――緊急離だっ――』
落下中に追撃を受け、装甲を撃ち抜かれた機体は空中でバラバラになった。
機体ロスト寸前のデータが共有され、〈エクリプス〉の最終目撃地点が更新された。
「真下に居ます!
ツバキ5、戦闘準備!」
〈エクリプス〉はタマキ達が移動中だった建物の1階付近まで来ていた。
タマキとカリラは主武装を攻撃可能状態にする。
「これを」
観測装置しか搭載してこなかったユイへと、タマキは個人防衛火器を差し出す。
しかし彼女は受け取りを拒否した。
「あたしゃ銃を持たない」
「そんなことを言っていられる場合ですか」
「訓練を受けてない人間に銃を渡すのか?」
まともな訓練を受けていない人間に銃を持たせれば、自分を傷つけかねない。
そればかりか味方に危害が及ぶ可能性すらあった。
「それは――。
分かりました。ただしわたしの命令に従うように」
「元からそのつもりだ」
「どうだか」
軽口を叩くユイを適当にあしらい、タマキはカリラに近づくよう合図を送った。
「戦闘は護衛小隊に任せます。
わたしたちはこのまま後退します」
「了解しました――危ない!」
銃弾が空気を切り裂く音を聞きつけ、カリラは慌てて警告する。
すんでの所で緊急停止をかけたタマキの目の前を23ミリ機関砲弾が薙いだ。
「転進!」
3人の居るオフィスビルの、道路を挟んで反対側の建物に敵機が張り付いていた。
市街地迷彩を施されていたが、それは紛れもなく〈エクリプス〉。
突撃機ではあるが、装甲を極限まで削った分、高い機動力を有している。
それは前線で戦うには自殺行為に等しい設計と言えたが、撃たれ弱さという欠点を、搭乗者の能力でカバーしている。
その搭乗者は、赤い瞳で感情無くタマキ達を見据えていた。
「柱の陰に!」
慌てて左方へ転進したタマキは告げる。
高層建築の柱なら23ミリ機関砲を耐えうる。一時的ではあるが時間は稼げるだろう。
〈エクリプス〉に対して味方飛行偵察機〈DM2000TypeC〉が攻撃を仕掛ける。
敵は壁に張り付いていた左手をはなし、自由落下しながら左腕14.5ミリ連装機銃を空に向けて放つ。
〈DM2000TypeC〉は対ブレインオーダー用の回避プログラムへ切り替えていたが、それでも攻撃を回避しきれず、コアユニットに直撃を受けた。
護衛機を失ったタマキは身を隠しつつ通信を繋ぐ。
「こちら観測班。
〈エクリプス〉接近中。
至急援護を」
救援要請を出すが、まだ味方突撃機分隊が到着するまでは時間がかかった。
敵襲の報告を受けたとき、直ぐにステルス機構を作動させてしまったのは失敗だったとタマキは後悔するが、今は目の前の問題をなんとかしなければならない。
カリラに担がれて柱の陰に押し込まれたユイを見て、どうするべきか一瞬だけ悩む。
ブレインオーダーとの戦闘に巻き込まれたら、戦闘能力皆無の上、丸腰の彼女は無事では済まない。
しかし、ブレインオーダー相手に2対1はあまりにも不安だ。
タマキはカリラへと視線を向ける。
彼女は小さく頷いて見せた。
「足手まといは居ない方が助かりますわ」
「そうですね。
ツバキ9。邪魔なので先に後退を」
「そうさせて貰う。
こんな所で死ぬわけにいかん。
精々あたしが逃げる時間を稼いでおけ」
一切躊躇すること無く、ユイは2人を残して後退を再開した。
危なっかしく逃げていくユイの背中を守るように、タマキとカリラは迫り来る〈エクリプス〉に備えた。
「戦術レーダー起動。
ツバキ5、敵が飛び込んできたら対空ミサイル全弾投射」
「かしこまりましたわ」
相手は〈エクリプス〉。
搭乗者はブレインオーダー。
遺伝子合成と脳化学的手法によって産み出された、理想的な兵士。
歩兵中隊すら単機で壊滅させる存在が、直ぐそこまで迫っていた。
「戦術プログラム更新。
対ブレインオーダーパッケージロード」
「完了していますわ」
対ブレインオーダー用に組まれた、専用の回避・攻撃プログラムを読み込む。
戦術レーダーが敵機接近を告げる中、カリラが提案した。
「中尉さん。
あなたも逃げるべきですわ」
その発言をタマキは一蹴する。
「バカおっしゃい。
隊長を1人にする隊員が何処の世界にいますか」
「ですが――」
「敵機接近。
――覚悟を決めなさい。
攻撃、開始!!」
ガラスの割れた窓へ姿を現した〈エクリプス〉へと、カリラの装備する対空マイクロミサイルが全弾投射された。
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